言葉とは、文字や声にして感情や思想を伝えるもの。言葉にしなければ伝わらないものは当然ある。
 というより、言葉にしなければ何も伝えることは出来ない。どんなに頭の中で考えていようと、思っていることがあろうと形にならなければそれで終わり。誰に伝わることもない。それを伝えられるように言葉というものを覚えていくのだろう。


「だからさ、好きって言葉にするのも大事だと思うんだよ」


 何がだからだと呆れたように溜め息を吐いた相手こそが高尾の恋人である。付き合っているんだから好きという言葉の一つくらい言ってくれても良いのではないか、と思うのはこちらだけらしい。
 勿論、好きと言わないなら嫌いというわけではない。緑間も高尾のことが好きだ。それを高尾のように言葉にしないだけである。高尾とてそれは分かっているけれど、恋人なんだからもう少し言葉にしてくれても良いのではないかと思うのだ。


「言葉にするだけが全てではないだろう」

「そうだけど、手っ取り早い愛情表現だろ」


 愛情表現に早いも遅いもないだろう。言いたいことは分かるけれどこれは少し違う気がする。声に出したならとにかく好きと言えば良いという話になりそうだからやめておくけれども。


「逆に聞くが、お前は言葉にしなければ分からないのか」

「それは……って、そういう問題じゃねーんだけど」


 違うと言いかけたがどうやら気付いたらしい。ここで納得してしまえばわざわざ言葉にする必要もないと話が終わってしまうことを。
 流石にそう簡単に乗ってくれるとは思っていなかったが、こういうことを言い出したらこっちが折れるまで諦めない奴だ。それこそ早い話が一言好きと言えばそれで済む。だが、ここで素直に好きと言葉にしてやる気にもなれず。


「つまり、愛情表現がして欲しいということだろう」


 好きという言葉に拘っているのではなく、と尋ねると暫し悩むようにしてから肯定が返ってきた。好きと言って欲しいと言い出したのもそれが理由だ。何も“好き”の二文字をそのまま言ってくれなくても構わないといえば構わない。緑間が同じ意味を示してくれるのであれば。
 そう確認して緑間は口元に弧を描いた。そして白く長い指を高尾の頬に沿えたかと思うとそのまま唇を重ねる。


「これで満足したか?」


 楽しげに笑う緑間。突然のことにぽかんとしてしまった高尾だが、次の瞬間には頬を朱に染めてふいと顔を逸らし「それとこれとは違うだろ!」と声を上げた。これも愛情表現の一つだろうという意見は間違っていないが、高尾からすれば全くの別問題らしい。


「嫌だったか?」

「嫌、じゃねーけど…………」

「それなら何だ」

「……真ちゃんって時々大胆なことするよな」


 質問の答えにはなっていないそれに緑間は首を傾げる。それを言うのならお前の方こそだろうと。
 いや、高尾の場合は時々ではない。いつでもどこでも構わず、今の話題である好きという言葉も恥ずかしげもなく口にする。高尾の性格だから周りにも冗談として言っているんだろうと捉えられているが、緑間からすればもう少し時と場所を考えろと言いたいところだ。


「お前には言われたくないのだよ」

「その台詞をオレはお前に言われたくねーよ」


 唐突にこのような行動をとるのはいつだって緑間だ。所謂不意打ちというものである。高尾も身長は平均以上あるとはいえ二人の間には二十センチ近い差がある。これだけあれば高尾から緑間にはどうやっても届かない。先程の緑間のように不意打ちのキスなんていうのは相手が座っているかしないと高尾からは出来ないのだ。
 逆に言えば緑間からはいつでも出来るということ。いくら好きと言葉にすることが多いにしてもキスという行動一つとどちらが大胆かなんて言うまでもないだろう。とはいえ、他人からしてみれば非常にくだらないことだ。結局は恋人の痴話喧嘩のようなものでしかない。別に喧嘩はしていないけれど。


「だけど、それはやっぱ違うだろ」

「愛情表現をして欲しいと言ったのはどこの誰だ」

「そうなんだけど……あーもう!」


 普通に届かないのであれば強引に自分と同じ高さにしてしまえば良い。身長差が二十センチ近くあろうとこちらも男子高校生。それも運動部に所属しているくらいだ。それ相応の力くらいは持ち合わせている。
 勢いよく腕を引いてそっと頬に触れるだけの口付けをし、ぱっと腕を放すと再び顔を背けた。さっきよりも頬の赤みが増していることには触れない方が良いのだろう。この男は好きとしょっちゅう口にしている割に行動に移すのはあまり得意ではないらしい。この身長差も理由の一つだろうが。


「好きって言うのとこういうのは、また別だろ」


 もとは愛情表現をして欲しいという話だったわけでそれが嫌だったわけでもない。それでも良いけれど同じではないのだと、だから否定したのだと話す。
 わざわざ説明されなくても高尾のそれが照れ隠しからくる発言であることなど緑間は分かっている。顔を赤くして話す恋人のことを可愛いと思いもしたが、これ以上からかうのは可哀想だろうか。


「好きだ」


 求められていたそれを言葉にしてやると色素の薄い瞳が翡翠を映した。小さく笑みを浮かべれば、今度は「本当、真ちゃんって卑怯だよな」なんて呟く。そんな顔で言われても何の説得力もないけれど。


「心配しなくともオレがお前を嫌いになるなど有り得ないのだよ」

「はっきりと言い切るんだな」

「当然だ。お前以外を好きになることは考えられん」


 それは今のお前がそうであって未来は分からないんじゃないか――などと聞くのは野暮だろう。この先もその気持ちが変わらないという自信があるからこその発言だ。
 大体、男同士で付き合うことを選んだ時点で色々と割り切っているのだ。おそらくお互いに相棒に恋愛感情を抱いてしまった時に同じようなことを一通り考えたに違いない。それでも二人で一緒にいることを選んだ。それだけの覚悟くらいはとっくにしている。少なくとも緑間は。


「ホント、真ちゃんって真っ直ぐだよな」


 思わず笑いが零れてしまう。言葉にされなくても分かっていたとはいえ、まさかこうも言い切られるとは思っていなかった。
 緑間らしいけれど、と思いながらこちらも同じ気持ちだと言うことを伝えるべく口を開く。やはり言葉にしないと伝わらないこともあるから。


「オレも真ちゃんとずっと一緒にいるつもりだから。これからもよろしくな」


 クラスメイトとして、相棒として、恋人として。
 二人の前にはいくつもの壁があるだろうけれどこの道を進んでいくと決めたのだ。このような特別な関係になる時から分かっていた。それは高尾にしても同じ。たとえ何があろうと二人で一緒に。そう決めた。


「まぁでも、まずは優勝が目標か」

「その為にも人事を尽くすのだよ」

「分かってるって。次こそキセキの世代を全員倒そうぜ!」


 ライバル達を倒す為にも明日も朝から夜まで練習だ。二人の力を合わせて、チームの力を合わせて頂点に立つことこそが秀徳バスケ部の目標である。
 恋人である以前に彼等は相棒なのだ。そもそもバスケがなければ今の関係もない。彼等にとって第一にあるのはバスケだ。恋愛も良いけれどバスケを厳かにするつもりはない。それは二人共が思っていることだ。


「やっぱバスケしてぇな。どっか寄って帰らねぇ?」

「近くにストバス場があっただろう」

「じゃあワンオンワンしてこうぜ。あ、オレが一本取ったらお願い聞くとかどう?」

「それならオレが十本先取したらお前が言うことを聞け」


 十本も先に取らせるわけないだろと言えば、お前こそ一本取れるのかと売り言葉に買い言葉。絶対に言うこと聞かせてやるともはや目的がずれはじめているがたまにはこんなのも良いだろう。相棒である以前にライバルでもあるのだから。

 勝った方が負けた奴の言うことを聞く。
 さて、一体彼等は何を言うつもりなのか。そこはやはり、恋人としての願い事なのだろう。好きと言って欲しい、行動で示しても同じこと、そんな話を今しがたしていた二人はお互いにどんなことを望むのだろうか。







二人が互いにどんな願いを口にするのか。
それはこの勝負の末に。




お誕生日祝いとして差し上げたものです。
勝負の末にはどんな願い事をするのでしょうね。