夏休みのある日。大学生になり別々の大学に進学したかつてのライバル達は一通のメールでこのストバス場に集まっていた。
 メールの内容を要約すると、久し振りにみんなでバスケでもしないかというものだった。今ではバスケから離れてしまった者も居るけれど、それでも全員がバスケを好きであるということは変わらない。返事は勿論決まっていた。

 では、いつ集まろうか。
 住んでいる場所も学校もバラバラ。それぞれの都合を確認して集まる日が決まったのがつい一週間前。そして当日である今日。全員が集まると、早速バスケをしようとチーム分けのくじ引きを始めたのだった。


「久し振りに集まったけどみんな何も変わってないな」


 試合は三人ずつのチームの総当たり戦だ。試合をしていないメンバーはコートの端でその様子を眺めている。彼、高尾もつい先程まではコートの中にいた。今は交代をしてドリンクを飲みながら試合観戦をしている。
 そんな高尾の呟きに、お前も変わっていないだろと返したのは同じチームになった火神である。彼もまたドリンクで水分補給をしながら、その目はコートに向けられている。


「まぁ数ヶ月で変わってたら逆に驚くよな。大学デビューでもしたのかよってさ」

「大学デビュー?」

「なんつーの? 大学生になった途端に派手になったりするみたいな」


 通じなかった言葉を簡単に説明すれば、そういうのを大学デビューというのかと理解はして貰えたようだ。勿論、今ここに集まっている面子の中に大学デビューなんてした者は居ない。みんなこれまでと変わらず、高校生だった頃と変わっていない。
 くじ引きの時点で一緒のチームになりたい、またはなりたくないと騒いだり。「黒子っち一緒のチームっスね!」とはしゃぐ黄瀬を黒子は適当にあしらい、あるところではいつも通りラッキーアイテムを持っている緑間の姿があり、その隣では高尾がラッキーアイテムに触れながら笑っていた。また別の場所では今日は負けないと既に闘争心全開な二人に慌てる降旗。紫原はマイペースにお菓子を食べ、ほどほどにしておくようにと話しているのは氷室。赤司はそんな彼等をただ見守る。
 全員のチーム分けが終わったところで桃井が試合を始めるよと声を掛け、漸く一回戦が終わったところである。


「火神もまた一段とジャンプが凄くなってたな」

「そうか? まぁ、毎日練習してるしな」


 自分ではあまり実感がないらしい。けれど火神は今でも本格的にバスケを続けている。その成長は未だに止まることを知らない。いずれはアメリカに行ってプロになるつもりだ。同じく青峰も将来はプロを目指している。いつかは世界で戦う二人を見る日が来るのかもしれない。
 今も本格的にバスケを続けているのはこの二人だ。黄瀬は高校を卒業してからモデルの仕事をメインに活動するようになり、最近ではテレビで彼の姿を見ることもちらほら。緑間は医学の道へと進み、紫原はお菓子が好きなことからその道を選んだ。高校生だった頃はただバスケの頂点を目指していた面々だが、今ではそれぞれの道を着実に進んでいる。


「でもお前のパスも凄いだろ。黒子とはまた違うけど、やり易かったぜ」

「そりゃどうも。ま、オレもパスが生業の選手だからね」


 高尾も黒子もタイプは違えどパスを主体としていることは同じだ。かつては同族嫌悪だと言ったこともある。黒子はミスディレクションを使った奇抜なパス回しを、高尾は鷹の目を使った正確なパス回しでお互い高校時代はチームに貢献してきた。
 その黒子と同じチームで相棒として戦っていた火神がそう言ってくれるというのは純粋に嬉しい。高尾も大学に入ってバスケから離れてしまった一人だが、時々仲間内でストバスに行ったりする程度にはやっている。数ヶ月で腕が鈍っているということもない。


「そういや、火神って獅子座なんだっけ?」


 黒子と戦った時に言った台詞を思い出しながら、その時に聞いたことがふと頭に浮かんだ。正確には聞いたのは緑間だ。その日のおは朝占いで緑間の蟹座は一位だったけれど、唯一相性の悪い獅子座が火神でよく当たる占いだと呟いていたのを聞いた。実際に緑間のシュートと火神のジャンプは相性が悪かった。
 あの時はまさか負けるとは思わなかったななんて当時を思い返す。けれど、あの負けがあってチームが少しずつ変わっていったのだから悪いことばかりではなかったと今は思う。負けて悔しかったけれどリベンジも果たしたのだからそれはそれで良い。全部終えた今だからこそそう思えるのかもしれないけれど。


「そうだけど、何だよ急に」

「いや、獅子座って七月か八月生まれだろ。そろそろ誕生日だったりすんのかなと思って」


 八月も第一週が終わった休日。もう過ぎてしまっている可能性も十分あるけれど、まだ誕生日が来ていない可能性も同じくらいある。なんとなく思い出してそのまま聞いてみると、火神は「まぁそうだな」と答えた。それなら何日なのかと続けて尋ねれば、特に考えることもなくすぐに教えてくれた。


「八月二日だけど」

「二日って過ぎてんじゃん。つか一昨日じゃね?」

「あーそうだな」


 言ってくれれば良かったのにと零せば、別に教えるほどのことでもないだろうと。確かにそうかもしれないけれど、せっかく誕生日が近くだったというのに今ここには何もない。事前に分かっていたら少し遅れた誕生日プレゼントの一つくらい用意出来たのだが、今知ったのだからそれは無理である。
 別にそこまで重要なことでもないだろうというが、誕生日は年に一度しかないのだ。それを祝わずしてどうするというのか。なんて言われても、そこまで言うほどのことではないだろうとやはり火神は思うのだ。でも友達としては誕生日は祝いたいものなの、とは高尾の意見である。


「じゃあ何か欲しいモンある? あとで何か奢るぜ」

「欲しいモンな……食い物なら何でも嬉しいぜ」


 なんとも火神らしい答えに高尾は思わず吹き出す。そんなんで良いのかよと言うけれど、食べ物を貰えれば火神としては嬉しい。あとはバスケが出来れば楽しいけれど、それは今やっている上に物ではない。そうやって考えたら辿り着いたのがそれだったのだ。
 本人がそう言うなら良いけどと言いながら高尾は赤に視線を向ける。何でも良いにしても何か食べたいものがないのかと質問を変えると、本当に何でも良いんだけどと返ってくるのも火神らしい。しいていうなら肉とか、と言いながらもやっぱり何でも良いななんて話している。


「んー、ならせっかくだしこの後みんなで火神の誕生日会でもするか」


 高尾の唐突な提案に「は?」と間抜けた声が漏れる。過ぎてしまったけれどまだ許容範囲内の日にちだろうと言った高尾は、どこで誕生日会を開くかと勝手に話を進め出す。マジでやるのかよと聞けば当然だろと返ってきた。


「あ、誕生日会とかもうやった?」

「いや、メールとか電話は貰ったけどオレは部活があったから」

「なら尚更じゃん。近くに良い店とかあるかな」


 スマホで適当に近場を検索する。ちなみに、もし誕生日会を既にやったと言われたとしても何度やっても良いだろうと同じ状況になっていたに違いない。
 そう簡単に良さげな店が引っ掛かる訳でもなく、かといってファミレスやマジバというのも味気ない。それなら誰かの家で鍋でも何でもした方が良い気がする。
 でも場所がなと思っていると、それならウチに来ても良いけどと言った火神に「マジで?」と聞けば「一人暮らしだし」と言われてそういえばそうだったと思い出す。それなら帰りに材料でも買って台所を借りるのが一番良いだろうか。勿論ケーキも買って。


「でも良いのか? 結構大人数だぜ?」

「高校ン時はバスケ部のみんなが来たこともあったし平気だと思うぜ」


 誠凛は新設校で火神達が入学した時の部員数はそう多くなかったけれど、決して少なくはない数だ。今集まっている人数より少し多いくらいだから、それなら問題もなさそうである。


「それなら火神の家が良さそうだな。みんなにも言っちゃって良い?」

「ああ、それは構わねぇぜ。でも本当にやんのか? 普通に飯食うだけでも良い気がすんだけど」

「こういうのは大事なの! じゃあ、オレはみんなに言ってくるな」


 丁度試合も終わったところだし、と高尾は立ち上がって他のメンバーにこの後の予定を離しに行くことにする。けれど歩こうとしたところで一度立ち止まり、火神を振り返った。


「遅くなったけど、誕生日おめでと」


 まだ伝えていなかった言葉を先に伝えると、火神は綺麗な発音で「thanks」と返した。そして今度こそ高尾はみんなの元へと向かう。
 次はオレ達が休みかと話している中に入りながら「今日さ」と話し掛ければ、そちらの輪の中から「火神誕生日だったのかよ」「火神っちおめでとう」なんて声が飛んでくる。既に当日に連絡をしていた黒子達は誕生日会をやることにすぐ賛成し、それなら何を作ろうかという話を始める。

 まさかこの場に集まった全員に祝われるとは思っていなかっただけに少し驚いた。「良い仲間達だね」といつの間にか隣にやってきた氷室が微笑むと、火神も「あぁ」とそんな仲間達を見て笑う。
 火神の誕生日の話で盛り上がっている様子に「とりあえず今はバスケをしようぜ」と声を掛ければ、それもそうだと試合を再開する流れになる。

 始めるよという声に、高く空へと放られるボール。
 そのボールを追い掛けては、みんな一斉に地面を蹴って走り出した。







少し遅れてしまったけれど、みんなで君の誕生日を祝おう。


Happy Birthday 2013.08.02