青く広がる空の下、太陽が暑い日差しを降り注ぐ中で元気に走っている子供が一人。少し離れたところで足を止め、くるりと振り返って「真ちゃん!」と大きく手を振った。


「真ちゃん、こっち!」

「今行くから待っていろ。それと、あまり走ると転ぶぞ」


 大丈夫だと言いながらその子供はまた走り出す。
 全く、待っていろと言ったばかりだというのに話を聞いているんだかいないんだか。返事がきたということは聞こえてはいるのだろうが遊びたくて仕方がないのだろう。まだ小学一年生なのだから当然だ。


「ねぇ真ちゃん、ヒマワリってすっごく大きいんだね!」


 そう言いながら高尾は向日葵の隣に並ぶ。そこには幾つもの向日葵が咲いているが、そのどれもが高尾の身長よりも高い。
 漸く高尾が立ち止まったことで追いついた緑間は「そうだな」と頷きながら向日葵を見る。


「ちゃんと育てれば三メートル近くにはなるらしいからな」

「三メートルってどれくらい? 真ちゃんより大きいの?」

「オレよりもっと大きいのだよ。バスケのゴールくらいはあるか」


 数字だけではまだ大きさが分からない高尾は頭の上にクエッションマークを沢山浮かべている。そんな高尾に緑間は分かりやすく身近にあるものを例に挙げた。
 バスケのゴールなら高尾も見たことがある。あんなに大きいのもあるんだと目の前の向日葵を見上げる瞳はキラキラと輝いて見える。実際に高尾が見たことのあるストバス場のゴールは三メートルよりも少し低いのだが、大体の大きさを理解するには十分だろう。


「そんなに大きいヒマワリがたくさんあったらみんな何も見えなくなっちゃうね」

「そうかもしれないな」


 何せ三メートルだ。それほどの向日葵畑があったのなら先は何も見えないのではないだろうか。今ここにある向日葵の先でさえ、高尾にとっては緑の葉っぱでいっぱいなのだ。見上げて初めて黄色の花を見ることが出来る。これ以上大きい花が咲いていたら誰にも前が見えなくなってしまうのではないだろうか。きっとその通りだろう。


「だが、もっと大きな向日葵も世の中にはあるらしい」

「ゴールよりも高いの?」

「大きいものではだから、普通はせいぜいそれくらいまでなのだよ」


 三メートルでさえ高尾には十分高い。けれど、それよりも大きな向日葵も世の中にはあるなんて想像もつかない。そんな大きな向日葵畑は誰が見ても圧巻の景色だろう。
 そんな向日葵も見てみたいけれど、流石にそれほどのものは見たいと思って見れるものではないだろう。三メートルの向日葵だって近くにないのだ。だからそれは無理だと諦めるしかないのだろうが。


「真ちゃんはこのたくさんのヒマワリ、全部見えてるの?」

「? ああ、見えているが」


 どうして急にそんなことを聞くんだと思いながらも答えてやれば、すぐに「オレも見たい!」と元気な声で返ってきた。
 それに一瞬きょとんとするが、緑間もほどなくしてその意味を理解した。高尾の身長では見上げても一番前にある向日葵しか見えないのだ。大きな向日葵は無理でもここにある向日葵なら見ることが出来る。前を見たところで葉っぱばかりではあまり楽しくないし、どうせならもっと沢山の向日葵の花が見たい。


「それなら背負ってやるからこっちにこい」

「肩車がいい!」

「分かった。ちゃんと掴まっていろ」


 うんと頷いた高尾は小さな手で緑間の頭を掴む。それを確認してからゆっくりと立ち上がれば、眼前に広がるのは黄色。先程までとは全く違う景色だ。どこを見ても黄色の花が咲き誇り、どの花もみんな空を向いている。


「真ちゃん、ヒマワリが全部空見てる!」

「向日葵の花は太陽の方を向くからな。だから向日葵を漢字で書く時も太陽に向かう花と書くのだよ」

「じゃあ、この花も太陽と一緒に動いてるの?」

「いや、向日葵が太陽を追い掛けるのは成長している時だけだ。もう動かないだろう」


 そうなんだ、と言った高尾は少しばかり残念そうにする。向日葵が太陽の動きにつれて動く様を見てみたかったのだろう。気持ちは分かるが向日葵はそういう植物なのだ。ここにある成長してしまった花が動かないのは仕方がない。
 けれど、こうも落ち込まれてしまうとどうにかしてやりたい気持ちもある。とはいえ、そういう植物である以上は緑間にもどうしようもない。この季節ならどこでも向日葵を見られるだろうが、今も成長中の向日葵を見付けるのは流石に困難だろう。
 そこまで考えて、緑間はふとあることを思いつく。


「和成、今すぐには無理だが来年。一緒に向日葵を育ててみるか?」


 自分で育てれば、その過程で向日葵が太陽を追い掛ける様子も見ることが出来るだろう。わざわざどこかに足を運ぶ必要もない。夏休みの宿題に日記か何かでもあれば丁度良いだろう。
 そう提案してみると、高尾は二つ返事で頷いた。それから「絶対だからね!」と念を押される。緑間の話を聞いてどうしても自分の目で見たくなったのだろう。そんな高尾の様子に小さく笑みを浮かべながら「約束だ」と答える。続けて指切りをしようと言ってくるところがまた子供らしい。


「忘れたらダメだからね!」

「お前も忘れないようにな」

「オレは忘れないもん!!」


 どうだろうなと冗談交じりに言えば、絶対に忘れないと繰り返された。これならおそらく来年も忘れていないだろう。むしろ向日葵の種まき時期よりも前から催促されそうなものである。その時はまた向日葵の育て方を教えることにしよう。


「上手に育てたら三メートルになるかな?」

「そうだな。毎日しっかり水をやって大切に育てればそれくらいになるかもしれないな」


 可能性はゼロではない。三メートルを超える巨大な向日葵となれば話は別だが、三メートルなら普通の向日葵でも成長する大きさだ。頑張って育てれば実際に目にすることが出来るかもしれない。


「それじゃあオレ、人事を尽くすのだよ!」

「ああ、頑張るのだよ」


 ニカッと笑った高尾にこちらも笑みを返す。そうしたら今度は向こうの方に行きたいと言い出すものだから、緑間はそのまま高尾の言う方へと足を踏み出した。

 一年後。彼等が育てる向日葵はどんな花を咲かせるのだろうか。
 それは来年のお楽しみ。







(大きなヒマワリが咲いたら真ちゃんにあげるね)
(オレにくれるのか?)
(うん! ちゃんと人事を尽くして育てるから楽しみにしててね)
(……ああ)
(真ちゃん? どうかしたの?)
(いや、何でもない。楽しみにしているのだよ)


まだ君に教えていない向日葵の話がある。
向日葵の花言葉。それは――――。




お誕生日祝いとして差し上げたものです。
しょたかおと緑間お兄さんの話というリクエストで書かせて頂きました。