朝。いつものように自転車で真ちゃんの家に行って、それから学校に向かう。ジャンケンもしたけれど、どっちが勝ったかはご想像通りってヤツだ。相変わらずオレの連敗記録は続いている。
自転車を置いてそれから体育館に。おはようございますと挨拶をしながら部室に入ると、まだ部活が始まるよりも結構早めの時間だというのに既に先輩達の姿があった。かくいうオレも今日は普段より早く学校についていて、この時間はまだ誰も来ていないかなと思っていたところだったから意外だった。先輩達もいつも早めに来ているのは知っているけど、これは早すぎないか。オレだって真ちゃんに今すぐ迎えに来いなんて言われなければもう少し遅く登校する予定だったのだ。
「珍しいっすね。こんな早い時間に先輩達が来てるなんて思わなかったですよ」
「まあ、色々あってな。大会も近いのだから練習するに越したことはないだろう」
後のは分かるけど、最初の色々って何なんだ?何かあったのかななんて考えてみるが、答えを出すよりも前に今度は別の方向から声を掛けられる。
「高尾、お前誕生日だったんだってな」
木村サンの言葉に驚く。思わず「え、何で知ってるんすか」と頭に浮かんだことがそのまま声に出た。だって、別に隠してた訳ではないとはいえ秀徳に来てから誕生日なんて誰かに話した覚えはない。そりゃ、必要な書類には生年月日くらい書いているけど、部活の書類で誕生日を記入するような物はない。
そんなオレの疑問は、次の宮地サンの言葉で幾らか明らかになった。
「そりゃ聞いたからに決まってんだろ。人の誕生日の時ばっかり騒いで。轢くぞ」
「オレ誕生日なのに!? いや、もう昨日っスけど!」
「おいお前達、今日は祝ってやるんじゃなかったのか」
オレ達のやり取りを見ながら間に入ってくれた大坪サンには感謝する。それにしても、聞いたからって誰から。いや、誰からかなんてある意味分かり切ってるんだけどさ。だって、オレがこの学校に入学してから誕生日を教えた人物なんて一人しか居ないのだから。
それでも、一応確認の為にももう一度。どうしてオレの誕生日を知っているのかと、この場に居た先輩達に尋ねる。それに答えたのは隣に居た真ちゃんで「お前が隠しているからなのだよ」と言われた。その通りだと言いたげの先輩達に、どうやらオレの予想は当たっているようだと確信する。
「あの、真ちゃん? もしかしなくても、先輩達にオレの誕生日のこと話したのって真ちゃんだよね?」
「覚悟をしておけと言っただろう」
「それって来年の話だろ! まさか今日のことだなんて思わねーよ!!」
やっぱり教えたのは真ちゃんか。大体、真ちゃんにしか教えていないんだから他から伝わる訳がない。それにしてもどうやって先輩達に教えたんだよ。昨日の夜、オレと別れてからだろ?あの後で先輩達にメールでもしたのか。あの真ちゃんが。仮にそうだったとして、先輩達もビビっただろうな。いきなり緑間から、しかもオレの誕生日どうこうっていう内容のメールが来るんだもんな。
……なんか、真ちゃんと先輩達とのやり取りが凄く気になる。一体どんなメールのやり取りをしてたんだろう。後で宮地サンにでもこっそり聞いてみようか。
「それで先輩達はこんな早くに学校に?」
「わざわざ朝早くに先輩を呼び出したんだから覚悟は出来てるよな、高尾」
「いやだからそれオレのせいじゃないっすよね!? つーか、オレだけなんすか!?」
「お前を祝ってやりたいと言ってきたのは緑間だが、そもそもお前が隠さなければ良かったことだろ」
「それも隠してたワケじゃないですってば!」
どうしてこんなことになっているんだ。誕生日は聞かれたことがなかっただけで隠していたつもりはない。聞かれれば……まぁ、答えないということもなかっただろう。オレが悪いみたいになってるけど、この人達ってオレのことを祝う為に朝早くから部室に居るんだよな?段々この時間に先輩達が集まっている意味が分からなくなってきている気がする。
「真ちゃんも見てないで助けてよ!」
「自業自得なのだよ」
それは酷くないか?少しくらい助け船を出してくれたって良いじゃないか。
あ、真ちゃんも前もって教えなかったことを少なからず怒ってんのか。それならこうなっても仕方がない……なんてことはない。それを言ったら真ちゃんだって同罪だと思うのはオレだけじゃない筈だ。誕生日前に知れたから良かったものの、オレが聞かなければ絶対に教えることなく過ぎただろ。後から知ってなんで教えなかったんだよ、っていう話になっただろうことは容易く想像出来る。だって、そう言うのは主にオレだろうし。
「ったく、どうして自分の誕生日はスルーなんだよ。緑間の時は騒がしかったっていうのに」
「それはやっぱり、真ちゃんの誕生日を祝ってあげたかったんで」
「どうしてそれが自分に当て嵌まると思わないんだ」
どうしてって言われても。そんなこと思いもしなかったっていうか。友達の誕生日を祝うのに覚えていても、自分の誕生日って忘れがちっていうか。完全に忘れてる訳じゃないんだけど、ある程度前までは覚えていて当日は忘れてるってパターンも少なくない。みんなそんなもんじゃね?他人の誕生日は意識してても自分の誕生日はそこまで気にしないっていうか。気にしてない訳でもないんだけど、なんていうかな。そういうのは絶対にオレだけじゃないだろ。
「とにかく、だ」
収集が付かなくなってきたところに響く主将の声。それと同時に、一斉に視線がこちらに集まる。
「誕生日おめでとう、高尾」
複数の声がハモる。あーそうだった、オレの為にみんな朝早くに学校に来てたんだよな。昨日は真ちゃんに一杯祝って貰えて凄く嬉しかったけど、こうして先輩達にも祝って貰えて。それはやっぱり嬉しくて。どれくらい嬉しいかなんて、オレには上手く表現することなんて出来ない。
「ありがとうございます」
だから、笑顔でそう返した。本当、オレはこの秀徳に進学して素敵な人達に出会えたんだなと改めて思った。こんな人達に囲まれて過ごせるなんてオレは幸せ者だ。
「さてと、じゃあとりあえず練習でもするか」
「時期に残りの部員も集まるだろうしな」
「なら、それまで先輩相手してくださいよ」
「しょうがねーな。それならさっさと支度しろ」
「はーい! ほら、真ちゃんも早く準備しようぜ」
「お前に言われるまでもないのだよ」
「オレ達は先に体育館に行っているぞ」
そう言った先輩に返事をしてからオレ達も制服からジャージへと着替える。静かな部室にたった二人。朝から色々なことがあり過ぎて驚いたり喜んだり忙しかったけど、全部ひっくるめてこれが幸せなんだと思う。昨日のことだけでも今年の誕生日は十分過ぎるほど幸せを感じたんだけど、祝って貰えるのはこんなにも心が温まるものなんだ。
これも全て、隣に居る相棒のお蔭。もう誕生日は終わってしまったけど、一年に一度だけのその日を祝う為に先輩達に連絡してくれて。一日過ぎていようが誕生日を祝って貰えたという事実に何ら変わりはない。
「真ちゃん」
部室を出る前に一度振り返る。見慣れたジャージ姿。オレの相棒で、親友で、それから恋人で。とても大切な、大好きな人。
「ありがとな」
オレの誕生日をこんなに祝ってくれて。
言えば、それは昨日既に何度も聞いているなんて返された。そういえばそうだったっけ。でも、オレが言いたいから言っているだけだ。そう伝えると、真ちゃんは柔らかく笑みを浮かべた。
「一日遅れで済まないな」
「オレは昨日もすっごく祝って貰ったぜ。それに今日は先輩達にまで祝って貰えて嬉しいよ」
勿論、真ちゃんにも祝って貰えて嬉しい。同じ言葉ばかり並べてしまうけど、それだけ大きな気持ちが胸の中に溢れているんだ。
「誕生日をこんなに祝って貰えるなんて思わなかった。ホント、ありがと」
時間が時間なだけに部室にはオレ達以外に誰も居ない。それを良いことに真ちゃんの腕を引きながら自分も背伸びをする。そのまま触れるだけのキスをして。
「あまり待たせると宮地サンに轢かれそうだよな。行こうぜ、真ちゃん」
くるりと背を向けてドアを開ける。すぐに「ああ」と身近な返事が後ろから聞こえる。体育館に着く頃には頬の赤さも問題なくなるだろう。離れてから顔を逸らした理由なんてそんなものだ。まぁ、真ちゃんにはバレてるんだろうけどな。
それから体育館に着いて先輩達と練習を始める。冬も近付いて体育館の気温は低いというのに、心はとても温かかった。
沢山の“おめでとう”
真ちゃんに宮地サン、木村サンや大坪サン。
他の部員達にも朝来るなり次々と「おめでとう」の言葉を貰った。
オレは秀徳を選んで、この人達に出会うことが出来て本当に良かった。