「晴れたなー! てるてる坊主作ったかいあった?」
昨日の雨が嘘のように晴れた今日。部活は休みで久し振りのオフだ。
せっかく休みなんだしどこか行かない、と提案したのが昨日。本を読んでいる緑間に投げたその問いに対して、どこに行くんだと返ってきた。一年前だったら即答で断られたのだろうが、今はこうして付き合って貰えるくらいの仲まで進展した。
まぁ、本当に付き合ってるんだけど。
なんて思ったりしながら、それならどこに行こうかと話し合った結果。春だからピクニックに行こうということになった。話し合ったというより、高尾が勝手に決めた訳だが了承のうえだから問題ない。
「たまにはこういうのも良いよな」
「たまにならな」
そんな風に言っているけれど、誘えば用事がない限りなんだかんだで付き合ってくれるのだろうと高尾は思っている。バスケ部に所属している二人が、こうして一緒に出掛けられる日というのは限られているけれど。せっかくのオフなら、楽しいことをして過ごしたいと思うのは誰だって同じだろう。
一概にはいえないけれど、休みの日には各々やりたいことをして過ごす。その幾つもの選択肢の中から、二人が選んだのが一緒に出掛けることだっただけだ。
「河原には色んな花が咲いてるよな。タンポポにクローバーに、真ちゃんも知ってる?」
「詳しくはないが有名な物は知っているのだよ」
「そんなモンか。ま、オレも似たようなモンだけど」
春の七草に数えられるナズナ、春先に見かけるツクシ。この辺りなら流石に分かる。
他にも良く見かける花などもあるけれど、名前までは分からないという物は多い。植物について興味がある訳でもない二人が知っているのはその程度の知識だ。友人に聞いても同じような答えが出て来るのではないだろうか。
「真ちゃんは、花冠とか作ったことある?」
「いや、作る機会もないからな」
花冠というもの自体は知っているけれど、実際に作ったことはない。何か機会でもなければ男の子が花冠を作ることなど滅多にないだろう。緑間も同じで、花冠なんて物は作ったことがない。
それなら今から作ろうよ、と高尾は手近にある花を摘み始める。いきなり何を言い出すんだと緑間は思ったが、どうやら高尾は本気らしい。真ちゃんも早く花を集めてね、などと言われてしまいとりあえず緑間も花を摘む。
ある程度の花が集まったのを確認して「これくらいで良いか」と高尾が言ったのを合図に花を摘む作業は終了。ここからはいよいよ花冠を作り始める。
「そんな難しくないから、とりあえずオレと同じようにやってみて」
そう言った高尾は両手にタンポポを持つ。それから右手に持ったタンポポを左手のタンポポの茎に巻きつけるようにしてきゅっと締める。また右手にタンポポを持つとその下に続けるように先程と同じ工程を繰り返す。さらに一本、もう一本と続けると少しずつだが確実に花が編まれていく。
「これをずっと続けて丁度良い長さになったら止めて終わり。簡単でしょ?」
簡単だと言われてもやってみないとなんとも言えないんだが、とは思ったものの口には出さなかった。大体、こういうものは出来る人からすれば簡単だがそうでない人にとっては難しいことも少なくない。本当に簡単に完成するのかと疑問はあったが、隣で「ほら真ちゃんも」と言いながら笑っている高尾を見たら止めようとも言えない。元より止めるつもりもないが。
とりあえず高尾に言われたように緑間もやってみる。次々に花を繋げていく高尾のようにはいかないけれど、一つずつ、確実に緑間も編み進めていく。動作はぎこちないけれど花冠は順調に作られている。
(頑張ってるな……こんなに丁寧に花冠作る人初めて見たかも)
どうして高尾が花冠の作り方を知っていたかというと、妹に作ってあげることがあったからだ。タンポポやシロツメクサを使った花冠に首飾り、春になるとその場にあった植物で色々と作ってあげたものだ。その妹とも一緒に花冠を作ったこともあったけれど、ここまで丁寧に作るのは緑間くらいなのではないかと高尾は思う。
何に対しても真剣だよな、なんて思いながら高尾は緑間が花冠を作る様子を見守る。緑間が意外と不器用だということは高尾も知っているけれど、作り始めたからには最後まで完成させることだろう。この大きな男が小さな花冠を必死に作っている様子が可愛いな、なんて思っているのはここだけの話。
(どれくらいで完成するかな)
そんなに難しい物でもないし、不器用だといっても数十分もあれば余裕で完成させられるだろう。高尾はといえば、こんなことを考えている間にも手を動かして花冠を完成させた。作り慣れているだけあって、あっという間である。手の上には綺麗なタンポポの輪っかが乗っている。
時間は幾らでもあるのだからそう急ぐこともない。高尾はのんびりと緑間を眺める。当の本人は必死に花冠を作っている訳だが、それがまた微笑ましい。
「おい、高尾」
唐突に名前を呼ばれて顔を上げる。反射で「何?」と返してしまったが、用件は聞かずとも明白だった。
というのも、緑間の手には一本の長いタンポポが出来上がっている。どうして一本なのかなど、理由は聞くまでもない。高尾は止めれば終わり、とまでしか説明していなかったのだから。
「ああゴメン。止める時は最後の一本をこうやって止めれば良いんだけど」
向かい合わせに座って、緑間の手を取りながら教える。この茎を輪っかに通せば良いと教えれば、緑間はゆっくりと一つ一つの輪に茎を通した。
これで漸く花冠の完成である。高尾が作った物と比べると不格好だが、それでも綺麗に仕上がっているのではないだろうか。ただ。
「真ちゃん、この長さだと花冠っていうより首飾りじゃない?」
「お前が何本使うのか言わなかったのだろう」
「あーうん、ゴメンね?」
でも丁度良い長さでって言ったんだけど、と続けると見ていて止めなかったのは誰だと突っ込まれた。それは真ちゃんが花冠に奮闘しているのが可愛かったから、とは流石に言えない。だから代わりに「首飾りでも良いじゃん」とフォローをしておいた。自分で疑問を投げ掛けたくせにそれを言うのか、と零した緑間は正論である。
高尾はそれをスルーして、さっきまで手に持っていたそれを何の躊躇もなく緑間の頭に乗せた。何をするんだと言われる前にその口を塞ぎ、離れると笑みを浮かべて。
「お姫様みたい」
そんなことを言い出した。一瞬呆気にとられた緑間だが、すぐに「馬鹿なことを言うのはやめるのだよ」と反論する。しかし、その頬が赤く染まっているから全く説得力がない。
似合ってると続けるとそれ以上は何も言われなかった。そのことを不思議に思っていると、代わりに緑間の手元にあった首飾りが高尾に掛けられた。予想外の行動にきょとんとしている高尾に、緑間はふいと視線を逸らしてそっと口を開く。
「…………お前の作った物をオレに渡すのなら、それはお前にやるのだよ」
作ろうと言われて作ったは良いもののその後のことは考えていなかった。そこで高尾がふざけたことをしてきたのだが、この際それに乗ってやることにする。
と、つまるところこれらは全てただの口実なのだけれど、それでも緑間が頑張って完成させたそれを自分にくれたという事実は純粋に嬉しかった。そこに照れ隠しも含まれていることも高尾は御見通しなのだ。
ニカッと笑ってありがとうと伝えると、漸く翠の瞳と色素の薄い瞳の二つが交差した。そんな高尾につられるように、緑間も口元に小さく笑う。
「もうお昼だな。昼飯にするか」
「そうだな」
昼飯といってもそんな大層な物ではない。ピクニックに行くのならお弁当は必須だろうと、よく分からないことを言い出したのは高尾。料理が苦手な緑間は何か買えば良いだろうと言ったのだが、自分が作るからということで了承させたのは昨日の話。
出来得る限りの料理をお弁当箱いっぱいに詰めるというのも候補にあったけれど、最終的に高尾が作ったのはサンドイッチだった。誰にでも作れるお手軽な料理だ。
何故これにしたのかといえば、決して時間がなかったという訳ではない。サンドイッチならどこでも手軽に食べられるし、季節のフルーツなんか使っても美味しそうだったからと理由はちゃんとある。
「ピクニックならサンドイッチが良いかなって思ったんだけど」
「お前が作る物なら何でも構わないのだよ」
珍しく素直に言葉にした緑間に少しばかり驚きつつも高尾は「そっか」と嬉しそうな声を上げる。なかなか素直にはなれないけれど、高尾の色んな表情が見られるのならたまには言葉にするのも悪くはない。そう緑間は心の中で思うのだ。とはいえ、恥ずかしいので高尾のように何でも言葉には出来ないけれど。
それではお昼にしようとなったところで、唐突に高尾が「あ」と短く零した。どうしたと尋ねれば、もう一つ忘れていたと答えられた。続けて「真ちゃん左手貸して」と言われ、クエッションマークを浮かべながらも緑間は高尾に左手を差し出した。
「花冠に花で作った首飾り。ここまできたら、これも忘れちゃダメだろ」
言いながら最後に一本残っていたタンポポを差し出された左手にくるりと巻いた。
左手の薬指に。
「これからもずっと、オレの隣に居てくれませんか?」
花で作られた冠と首飾りは、それぞれお互いの身に飾られている。これだけ作ればもう全部やりきった感もあったけれど、もう一つだけ残っていたのだ。一番大切な最後の一つ、花で作られた指輪。それを左手の薬指につけた理由など、今更説明する必要はないだろう。
本当のプロポーズではない。けれど、その言葉に嘘偽りはない。この先もずっと、高校を卒業してからも二人並んで歩いて行きたい。まだ見ぬ未来を想像すると、必ず隣には緑間が居るのだ。緑間が居なければ、高尾の世界は幸せの色に染まらない。
「……それなら、お前もオレの隣に居るのだよ」
暫しの間を置いてから返ってきたのは、遠回しな肯定の言葉だった。緑間らしいその言葉に思わず笑みを零しながら高尾は答える。
「勿論! オレはいつだって真ちゃんの隣に居るぜ」
いつか本物の指輪を贈るから、なんて話す高尾に必要ないと緑間は言う。けれどそれは嫌いだからとかではなく、指輪なんてものがなくても高尾の気持ちは分かっているから。確かに形ある物は目に見えている分、嬉しくて幸せも感じられるだろう。けれど、形ある物が全てではない。それ以上に大切なのは、真っ直ぐに向けられているその気持ち。
だから、高い指輪など必要ないと緑間は言う。高い指輪もタンポポの指輪も、どちらも同じくらい価値のあるものだと思うから。なぜなら、そこにある高尾の気持ちはどちらも同じだから。
「まさか真ちゃんに告白されるとは思わなかった」
「別に告白という訳では――――」
「違うの?」
「違、わないが…………」
予想外の言葉に驚いた高尾だったが、すぐにいつもの調子を取り戻す。それからニコッと笑ってありがとうとお礼を述べた。お礼を言われる理由が分からなくて首を傾げると、真ちゃんの気持ちが嬉しかったからと教えてくれた。
「でも、いつか本物の指輪も贈らせてね? オレが真ちゃんに渡したいから」
「……そういうことなら、受け取ってやらんこともないのだよ」
値段なんて関係ない。指輪を贈りたいと思うのは相手のことをそれだけ愛しているから。気持ちが大事だとは分かっている。だが、その気持ちを見える形にもしたいと思うのだ。だから、今はまだ無理だけどいつかは本物の指輪を渡したい。
そんな高尾の思いを緑間は受け入れる。どちらの考えも、結局はお互いが好きだからこそ。形があろうとなかろうと愛の大きさに変わりはない。楽しみにしててねと本人が言っているのだから、楽しみに待っていてやることにする。いつかやってくるであろう、未来のその日を。
「さてと、いい加減お昼食べよっか」
結局未だにお昼を食べていない。お花遊びはこのくらいにして昼食の時間にする。
お昼を食べながらも、どちらも相手から貰ったその花を外すことはしなかった。お互いが相手のことを想って作ったその花を外す理由など、何もないのだから。
タンポポに想いを乗せて
幸せなこの時間をいつまでも。
黄色い小さなこの花に、真心の愛を乗せて。
ぎお様のイラストから小説を書かせて頂きました。快諾してくださってありがとうございました!
ピクニックに行く二人で、そこで花冠をお互いに作りっこしています。