キンコンカンコーン。
 学校に鳴り響くチャイム。これで今日の授業は全て終了した。この後は部活に行く者、教室で友達と喋る者、さっさと帰る者と予定は人それぞれである。
 いつもなら高尾も部活へと向かうところなのだが、今日は体育館の点検があるらしく体育館を使う部活動は全て休みとなっている。このまま真っ直ぐ帰るべきか、それともせっかくだから買い物でもしてから帰ろうか。そんなことを考えていると、後ろの席からいつものように声が掛けられた。


「帰るぞ、高尾」


 いつもは一緒に部活に行くところだが今日はその部活がない。だから一緒に帰ろうということなのだろう。元々、二人は登下校も共にしていることが多い。昔からずっとそうなのだから理由なんてない。しいて言えば、家の方向が同じだから。幼馴染の二人が一緒に登下校をする理由なんてそんなものだ。


「ねぇ真ちゃん、部活ないんだしたまにはどっか寄り道していかない?」


 鞄を手に取ってすぐにその背を追い掛けてからダメ元で尋ねてみる。休日にどこかへ出掛けようと誘ってもなかなか良い返事はもらえないのだ。それなら勉強をするとかバスケをするとか、緑間らしいと答えが返ってくることが大半。それでも時々付き合ってくれるのだから優しいなと思うのだ。たったそれだけで優しいといって良いのかと思うかもしれないが、高尾からしたら優しいと思える一面である。


「どこかとはどこだ」

「特に決めてないけど……バッシュ見たりとか?」


 おそらく適当に思いついたことをそのまま言ったのだろうが、バッシュを見てどうするんだとは緑間の意見である。女子バスケットボール部ではなく男子バスケットボール部のマネージャーをしている彼女には必要のない物だろう。使わなくても見るくらい良いという話になるのだろうけれども。
 もっと他に行きたい場所はなかったのかと思いはしたものの、それも緑間が付き合ってくれそうな場所として名前を挙げたであろうことは緑間も分かっている。要するにどこに行きたいかではなく一緒に寄り道をしたいということだ。それならそう言えば良いことだが、それで付き合ってもらえなければ意味がないという訳だ。そう言われたところで断るつもりもないんだが、とは緑間の心の声だ。


「お前が行きたい場所を言え」

「言ってるよ? あ、じゃあこの前出来たスイーツのお店とかは?」


 それもお前が行きたい場所ではないだろう。そう思ったものの口にはしなかった。
 いや、もしかしたら高尾自身も興味はあったのかもしれない。けれど、そこまで甘い物が好きではない彼女がそういった情報をいち早く手に入れてくるのは甘い物好きな幼馴染の為だ。結局はまたそこに戻ってきているのである。
 自分の行きたい場所を言えと言ってもこれではどうすれば良いのか。あとははっきりと言うしか方法は残されていないのではないのだろうか。そうでしか通じないのならはっきり言うしかない。


「今日はどこでも付き合ってやるからお前の好きな場所にしろ」


 そうはっきりと伝えればきょとんとした表情で見つめられる。真ちゃんがオレに付き合ってくれるなんて珍しいね、と言われるくらいには珍しいことである。


「別に良いだろ。それで、どうするのだよ」

「そうだな…………」


 行きたい場所か、と高尾は頭の中に色々な店を思い浮かべる。たまにはカラオケとかも行きたいなとは思うけれど、緑間はそういうところを好まないだろう。やっぱり体を動かせる場所が良いかなとも思ったが、それは放課後よりも休日にでも行った方が良さそうだ。
 となると、候補は大分絞られてくる。今から行ける場所と考えると限られてしまうのは仕方のないことだ。


「やっぱり今日はスイーツ見に行こうよ。評判良いから気になってるんだよね」


 最終的にそこに辿り着いたらしい高尾に本当にそれで良いのかと疑問に思うが、本当にそれで良いから言っているのだ。好きな場所と言われてもこれといって行きたい場所も思いつかず、それなら緑間も楽しめる場所にしたいと思っただけのことだ。
 本人がそれで良いというのなら緑間も構わない。だが、それでも今日はと思ってしまう部分もあるのだ。理由は簡単。今日は――――。


「それでさ、その後もちょっとだけ付き合ってくれない? その…………」

「どこでも付き合ってやると言っただろう。……今日はお前の誕生日だからな」


 そう、今日はこの幼馴染の誕生日なのだ。だからこそ自分の行きたい場所を言って欲しかった。今日くらいは彼女の好きなところに付き合おうと、そう思っていたから。
 この幼馴染が何をしたら喜んでくれるのかと考えたりもしたのだが、これといったことが思い浮かばなかった。だからせめて、彼女の頼みくらいは聞こうと思ったのだ。もっとちゃんと祝ってやれれば良かったのだけれど、何も決まらないまま当日を迎えてしまった緑間に残されていた手段はそれくらいだった。


「え? 真ちゃんオレの誕生日覚えてたの?」

「当たり前だ。何年の付き合いだと思っているのだよ」

「えっと……十六年? 覚えてないけど小さい頃から遊んでたんだっけ?」

「…………そうらしいが、答えろと言いたい訳ではなかったんだが」


 緑間の言葉を笑って流す。お互いに曖昧なのは、物心がつく前の記憶なんて殆ど残っていないからだ。親の話によれば、赤ちゃんの頃から一緒に遊んでいたらしい。二人の母親が学生時代からの友人で家も近所だったからというのが主な理由だ。今でも母達は時々二人で出掛けることもあり、父の帰りも遅い時なんかは一緒に夕飯を食べることもあるくらいには家族ぐるみの付き合いをしている。


「そっか。ちゃんと覚えててくれたんだね」

「誕生日らしいことをしてやれなくてすまない」

「ううん、嬉しいよ。ありがとう、真ちゃん」


 だから今日はどこでも好きな場所を言えと言われたのかと今更ながらに理解する。なんとなく付き合っても良いと思った日なのかと思っていたのだが、誕生日だからという明確な理由があったらしい。別に何か欲しいものがあった訳でもないのだ。覚えていてくれて祝おうとしてくれただけで高尾にとっては十分である。


「それじゃあ、今日は本当にどこでも付き合ってくれるの?」

「さっきからそう言っているだろう。だが、あまり遅くなると心配されるぞ」


 それは真ちゃんと一緒だって連絡しとけば大丈夫、と高尾はスマホを取り出してメールを打つ。送信先は親だろう。返事はきっと「気を付けてね」といった内容に違いない。よく知る幼馴染と一緒であり、女の子同士という訳でもないのだから親も心配しないらしい。それで良いのか悪いのか。
 だが、もしも何かあったとしても緑間は高尾を守るつもりなのだから大丈夫だろう。とはいえ、百九十を超える身長の男と一緒に居る女に手を出すような輩もそうは居ないだろうけれど。

 メールを送り終わったらしい高尾は顔を上げて翡翠を見る。どうした、と緑間が問おうとするがそれよりも前に腕にギュッと抱き着かれる。


「おい、高尾……!」

「今日はオレに付き合ってくれるんでしょ? ならデートしようよ」


 思わず「は?」と聞き返してしまった緑間は悪くないだろう。幼馴染とはいえ別に恋人同士ではないのだ。いきなりそんなことを言われて驚かない訳がない。
 けれど高尾は全く気にした様子もなく、そのまま腕を絡めて「ほら行こう」と足を進める。ちょっと待てと言ったところで時間が無くなると返されては強くは言えなくなる。多少帰りが遅くなっても大丈夫だとはいえ、放課後から出掛けたのでは時間は大分限られている。色々な場所を回るのなら早くいかなければいけないのだろうが。


「高尾、まさかとは思うが今日はずっとこのまま出掛けるのか……?」

「当たり前じゃん。今日だけだから、さ?」


 駄目かと上目使いをされて駄目だと言える訳もなく。上目使いなのは身長差のせいでもあるのだろうが、溜め息を一つ吐いてから「好きにしろ」とだけ言ってやればやったと嬉しそうな声が聞こえる。高尾がそうしたいというのなら今日くらいは良いだろう。
 一体どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか。幼馴染というだけあってお互いのことは良く知っている間柄だが、時々その距離感に頭を悩ませることもある。


(今日だけのデート、か)

(本当は今日だけじゃなくてもっとしたいんだけどな……)


 ちらりと相手を見た瞳がかちあって、さりげなく視線を逸らしながら「そういえばさ」と適当な話題を振る。幼馴染な二人は今日も一緒に町を歩く。







今日