「よぉ」
「どうも」
町中で声を掛けられたかと思えば、見知った姿がそこにあった。親しいという程の間柄ではないが、偶然出会って挨拶をするくらいの間柄……ではあるのだろうか。
そもそも町中で声を掛けられるなんて経験がないだけに何とも言えないなと黒子は思った。ミスディレクションを使わずとも元々影が薄く、隣に居ても気付かれないなんて珍しくない。ましてや町中で友人に声を掛けられるなど滅多にないのだ。だからその言葉が自分に向けられているものだと気付くのにも一瞬遅れた。
「誠凛も今日はオフなんだ」
「ということは、秀徳もですか」
普段なら部活に出ているだろう時間。そんな時間に町中で出くわしたとなれば、辿り着く答えは同じだった。どちらも都内の学校なだけに偶然出会うことも可能性としては十分有り得ることである。
とりあえず道端で突っ立って会話をしているのは通行の邪魔になるからと、近くにあったマジバに入ることにした。特にこれといった用もなければ話したいことがある訳でもないのだが、その場の流れとでもいおうか。一先ずマジバにでも入るかと誘った高尾を断る理由はなかった。
「緑間君とは一緒ではないんですか?」
適当に注文をして空いている席に座ったところで黒子が尋ねる。二人の接点といえばどちらもバスケ部に所属していることぐらいだ。
試合を見に行った時や試合をする時、高尾は緑間とよく一緒に居たように記憶している。レギュラーの中で同じ一年生だからなのかもしれないが、彼等が自転車にリアカーといった変わった移動手段を使っていたりとそれなりに仲は良さそうだ。ここに緑間が居たのならすぐにでも否定しただろうけれど。
「別にいつでも一緒なワケじゃねーぜ。お前だって火神と一緒じゃねーだろ?」
「それはそうですが、元々君達ほど一緒ではないので」
「オレと緑間もそこまで一緒じゃねーからな?」
誤解をされていそうな気がしたから一応訂正をしておく。お互い相手のことはバスケ以外、つまり普段の学校生活での様子は殆ど知らない。バスケではお互いに火神や緑間の相棒的なポジションであるから、普段も一緒に居ることは多いのではないかという想像で話をしているに過ぎない。
とはいえ、その想像も間違っているとはいえない。当然だが部活では毎度顔を合わせているし、偶然にもクラスは同じ。他の友人と比べればやはり一緒に居ることが多いのは事実である。
「黒子はこれからどっか行く予定だった?」
「ストバス場に行こうと思っていたぐらいですよ」
なんだか順序がおかしい気もするが、聞きそびれていたことを確認する。オフだからこそここで出会ったのだが、ここで出会ったということは何かしらの目的があってこの場に来ていたからだ。
黒子の場合は、部活がないからバスケをする為にコートがある公園まで来たところだった。体育館が使えるのならそこで練習をすれば良かったのだが、生憎今日のオフは体育館の整備がある為だ。そうなると必然的に体育館は使用出来ないことになり、この近くにコートがあることを思い出してやってきたのである。
「そういう高尾君こそ何か予定があったんじゃないですか?」
同じ質問を繰り返すと、こちらも同じ答えが返ってきた。つまり、高尾もバスケをするつもりだったということだ。そのついでにこの近くにある店に寄ったりしていたところ、見知った姿を見つけたので声を掛けた。それが黒子だったという訳だ。
「こういっては何ですが、ボク達の共通点はバスケぐらいですよね」
「だな。バスケのこと以外何も知らないし」
「あとは緑間君という共通の友人がいることでしょうか」
他にはこれといって思いつかない。それは高尾の方も同じだったようで、じゃあ他にも共通点でも探す?なんて冗談交じりに言われる。ゆっくりと話をしたことがまずないのだから、バスケと緑間以外の共通点があるかどうかなど分からないのも当たり前である。あまりなさそうな気がしないでもないが、それは探してみないと何とも言えないだろう。
黒子はわざわざ探そうという発想に至らなかったが、ここで会ったのも何かの縁だろうか。同じバスケをやっている者同士、話をしてみるのも悪くはない。
「仮に探してみるとしてどうするつもりですか。自己紹介でもしますか」
それらしいことを言ったつもりだったのだが、今更かよと高尾は吹き出した。こうして会うのは既に何度目かではあるが、お互い相手のことは名前とバスケのプレイヤーとしてしか知らない。改めて話をするとなれば自己紹介も大切ではないか。尤も、自己紹介をしたとしても名前以外に特に話すことはないけれど。
結局自己紹介はいらないだろうということに纏まり、無難なところで近況を話すといったところに落ち着いた。これも大して話すこともなく、というのも別段変わったことなどない為いつも通りだといった内容の話で終わった。
その後はなぜか中学の話になる。話題を振ったのは高尾の方だ。キセキの世代と呼ばれる彼等は中学時代、同じ学校の選手だった。だから中学の時はどんな感じだったのかと、それこそ緑間君にでも聞いてらどうですかと返したのだがあまり話してくれないということらしい。黒子とてこれといって話すことはないのだが、とりあえず普通の中学生でしたよとだけ答えておく。
「普通って、キセキの世代が揃ってたんだろ?」
「そうですが、彼等がそう呼ばれるようになったのは才能が開花し始めてからです。バスケはともかく、みんなどこにでも居る男子中学生でしたよ」
どこにでも居る中学生ね、と高尾はついこの間まで同じ学校に通っていただろうキセキの面々を思い浮かべる。今でこそ別々の学校だが、中学の時はやはり仲が良かったのだろうか。疑問をそのまま口にすれば、悪くはなかったと思いますとのこと。全く興味がなければ同中の奴の試合なんて見に行かないしな、といつかの現チームメイトの様子を思い出して一応納得。
それにしても、アイツ等もどこにでも居る男子中学生のように馬鹿やってたのかと想像しようとしても出来ない。それもそうだ。バスケのことであれば雑誌等を通して知ることが出来るが、それ以外の彼等の様子など他校生が知る訳もない。唯一、今同じ学校に通っている緑間のことなら分かる程度だろうか。
「じゃあ、掃除中に雑巾丸めて野球とかしたの?」
「黄瀬君や青峰君はやってましたよ」
「あー……それはなんとなく分かるかも」
「合宿の時なんかはセミを取りに行ったりもしていましたね」
青峰君だけですがと付け加えられたそれに、男子中学生というよりは小学生レベルじゃないかと高尾が笑い出したのは言うまでもない。セミ以外にも虫を捕まえては黄瀬が嫌がる姿を楽しみ、騒いでいる二人に緑間辺りが怒るのだ。その横で普通にお菓子を食べている紫原に注意をしたりと、中学時代の相棒の話を聞きながらアイツがなと些か失礼なことを思ったのはここだけの話。
秀徳での緑間といえば、ワガママ三回なんていう無茶苦茶なことをやっている。それがただのワガママではないということくらい知っているが、中学の時は周りがそれほど凄かったということか。時々赤司君も悪乗りをしていましたね、なんていう黒子に中学ではそれなりに苦労していたのかもしれないと思った。想像が出来るような出来ないような、だけど自分もよく注意されたりするなと思った。
「お前等六人が揃ったらどんな感じなんだろうな」
「普通ですよ。バスケのことはともかく他は至って普通です」
そう説明しながら、しかしあれを普通の基準にしてしまって良いのだろうかと言った本人が考える。馬鹿やって騒いだりというのはおそらく普通だろう。けれど、キセキの世代と呼ばれる彼等はみんな個性的とでもいおうか。
いつも「黒子っち!」と自分を慕っているモデルの黄瀬。夏に「テツ、カブトムシ取りに行こうぜ」などと小学生かと言いたくなるような誘いをする青峰。マイペースでいつもお菓子を片手に持っている紫原。毎日変わったラッキーアイテムを持ち歩く緑間。負けを知らず正に文武両道である赤司。
普通というのは少しばかり個性がありすぎるかもしれない。バスケでの天才プレイヤーという意味だけではなく、彼等が揃っていると目立っていたなと今更ながらに思い出す。
「すみません。やっていることはくだらなくても彼等は色んな意味で目立ちそうです」
そんな風に訂正した黒子に、高尾も納得したのか「そうだな」と肯定を返した。何もしていなくても身長が高い連中が集まっていればそれだけで目立つだろう。加えてカラフルな集団であり、緑間は間違いなくラッキーアイテムを持ち歩いていて。バスケを知らなくとも若い女の子にはモデルの黄瀬涼太が居ると気付かれれば一気に視線を集めるだろう。
加えて黄瀬に限らず所謂イケメンに部類されるような集団なのだ。容姿だけ取ってみても目立たないとは考え難い。
「でも普通に男子高校生やってるお前等見てみたいわ」
「馬鹿やってるだけですよ。本当に馬鹿な人も居ますがぶっ飛んでいる人も居ますからね」
「凄い言われようだな、キセキの世代」
はっきりと言い切れるのはやはりそれだけ仲が良かったのだろう。仲違いをしていたとはいえ、以前は同じバスケ部の中でも仲が良く一緒に帰ったりもしていたのだ。なんだかんだ言っても仲良しであることに変わりはない。
それもそうだろう。彼等は中学時代、帝光バスケ部という場所で一緒に戦ってきた仲間なのだ。それまで築いてきたものはしっかりとそこにある。やはりお互い特別な存在なのだろう。現在のチームメイトとしては、何とも言い難い心境になるけれど。
「さてと、そろそろ行くか」
トレイを持って立ち上がると同じように黒子も席を立つ。ストバス場に行くんですかと歩きながら黒子が尋ねれば、どうせなら一緒にやろうぜと高尾が誘う。
元々二人がここに来ていたのはバスケをする為だ。目的も目的地も同じなのだから、それならば一人より二人の方が練習になるだろうという提案。それを断る理由もやはりない為、そうですねと頷いて店を出た。
そして向かった先の公園で思わず二人は顔を見合わせて笑ってしまった。どうやら考えることはみんな同じらしい。つまりはみんなバスケ馬鹿なのだ。
「2on2になりそうだな」
「良いんじゃないですか。楽しいと思いますよ」
それなら前の試合のリベンジとでも行きますか。
そんな風に言えば、こちらも負けるつもりはありませんと強気な瞳が返ってくるのだ。そしてまた二人でくすりと笑うと、大きく手を振りながらコートに居る先客に声を掛けるのだ。
とあるオフの日に
「真ちゃん、一緒にバスケやろうぜ!」
「高尾、それに黒子も居るのか」
「どうも。せっかくなので2on2をしませんか」
「おもしれーじゃねぇか。やってやるぜ」
「じゃあ決まりだな!」
バスケ少年達は今日もボールを追い掛けて走る。
輝く太陽の下、ドリブルをしてパスを出しシュートを放つ。そうしてひたすらにボールを追い続ける。それはきっと、この先も変わらないのだろう。
なんせ、この場に集まった者はみんなバスケが好きなのだから。