友達の友達と
部活が休み、となればその日を有意義に過ごす為にあれこれ考えたりする訳で。せっかくの休みなんだしと買い物に出かけるなんてよくある話だ。
スポーツショップを覗いたり、カードショップで新しいパックが入荷しているのかをチェックしたり。彼、高尾和成はオフをそれなりに有意義に過ごしていた。
そんな中、街を歩きながら視界が捉えたのは目立つ黄色。周りの大人達より頭一つ分は大きいそれに見覚えがあった。
(あれ、黄瀬クン? 東京で仕事でもあったのかな)
女の子に囲まれたその中心に居る人物はモデルの黄瀬涼太。そっちの方面でも女子に人気で有名らしいが、バスケをやっている高尾にはキセキの世代と呼ばれる天才プレイヤーというイメージが強い。とはいえ、町中や雑誌でも見掛けるその姿にモデルであることも度々認識させられている。
帝光中学校を卒業した黄瀬は神奈川の海常高校へと進学した。ここは高尾の家から数駅程離れた場所、つまり都内なのだからこの場に居る理由は大方モデルの仕事だろう。ジャージではないから試合で来たと訳でもないだろうし、それが妥当な考えだ。
と、ここまで考えて思考を放棄する。色々考えたところで答えなんて分からないのだ。それに、そもそも高尾は黄瀬と親しい訳ではない。会った回数も片手で数えられる程度だ。中学も別で高校も東京と神奈川、いくらバスケをしている者同士とはいえそれほど接点はない。
だがお互い相手のことが嫌いという訳では決してない。単純に東京と神奈川では会うことも多くなく、二人が会う時に落ち着いて話すような機会がないだけだ。機械があれば話してみたいとは思う。
(けど今は忙しそうっつーか、流石はモデル。出歩けば大人気ってワケか)
黄色い声が上がっているそこを見ながら客観的に思う。別に機会なんて作ろうと思えば幾らでも作れる。今此処であの中に入って行く気にはなれない。そうしたら女の子達の視線が痛いことだろう。ここは見なかったことにしてやり過ごすのが最善だと判断してくるりと向きを変える。
しかし、次の瞬間。少し高めのテノールが「おーい!」と声を上げたかと思えばそのまま腕を掴まれた。突然のことに顔を上げれば、そこには先程まで女の子達の輪に居た筈の黄瀬が目の前に立っているではないか。
「ゴメン、待たせちゃったっスね」
「は? 黄瀬クン?」
「それじゃあ、オレ友達と約束があるからもう行くね」
ひらひらと手を振りながら笑顔で女の子達に別れを告げる。後ろで残念そうな声が上がるのを聞きながら、高尾は黄瀬に引っ張られるままに歩いた。
それから暫くして彼女達の姿が見えなくなった頃。立ち止まった黄瀬につられるように高尾も足を止める。いきなりどうしたの、なんて聞くだけ野暮だろう。先程の彼の発言が全て物語っているのだから。やはりモデルというのは大変らしい。
「いきなりゴメンね」
「別に良いよ。モテるってのも大変だな」
高尾の言葉に黄瀬は苦笑いを零した。
何でも、女の子達に捕まって動くことが出来ずに困っていたらしい。そこに偶々通りかかったのが高尾で、こちらは邪魔になりそうだからと声を掛けるのを止めたものの黄瀬の方が助けを求めるべく声を掛けたというのが一連の流れである。邪魔をするのは悪いと思っただけだったのでこのくらいのことは構わない。
それよりせっかくだからどこか店にでも入ろうよと提案すれば「そうっスね!」と肯定が返された。何か食べたい訳でもなく、適当にあった場所で良いかなんて言いながら二人は歩いて少ししたところに見つけた店に入ることにした。
「本当、高尾クンが来てくれて助かったっスよ」
さっきのお礼に奢ると言われてこれくらい良いよと断ったのだが、これくらいのお礼はさせてという言葉に甘えてここは黄瀬に奢って貰うことになった。本当に大したことはしていないけれど、黄瀬からすればかなり助かったのだ。
「東京に来てたのはモデルの仕事?」
「そうっス。帰ろうとしてたところで捕まっちゃって」
職業柄、女の子に声を掛けられるのは慣れている。学校でも町中でも黄瀬にとってはよくあることなのだ。ファンサービスくらいはモデルとしてするけれど、あまりにも人が集まって来た為困っていた。抜け出すタイミングもなく、黄瀬にとっては高尾が通りかかってくれたのは正に救いの手だった。
大袈裟だろと高尾は笑うけれど、実際そうだったのだ。高尾が居なければ今も女の子達に囲まれていたことだろう。ああいうのはタイミングを逃してしまうとなかなかキリがつかないのだ。
「高尾クンは買い物っスか?」
「そんなトコ。ま、これからどうしよっかなって思ってたから黄瀬クンに会えて丁度良かったかも」
「オレで良かったんスか? あまり話したこととかないっスよね」
黄瀬の疑問にうんと高尾は肯定を返した。だが、すぐに「だからだよ」と続けた。あまり話をしたことがないからこそ。
「一度黄瀬クンとは話してみたいと思ってたんだ」
同じバスケをやる者として、というよりは友達として。いつも会うとすれば試合がある時だったりと時間がない時ばかりだ。バスケをしに行った場所で会って、そうゆっくりと話せないというのは当たり前といえばその通りだが。一度話をしてみたいとは前から思っていたのだ。
そんな高尾の言葉にきょとんとした顔を見せたものの、すぐにニコッと笑って「そうだったんスか」と言った黄瀬もどうやら同じことを考えていたらしい。オレも高尾クンとは話してみたかったんスよと言われて、じゃあお互い丁度良かったななんて笑う。
「でも意外っスね」
「そう? オレは黄瀬クンの方が意外なんだけど。興味ないことに対して素っ気なさそう」
「どういうイメージっスか!?」
思わず突っ込む。一体どこからそんなイメージが生まれたのだろうか。その疑問は高尾本人が緑間の話を聞いてと言ったことで全て納得がいった。今度は逆にどんな話をしたのかという疑問が出来てしまったけれど。それも聞けば答えてくれるのだろうが今は置いておこう。次に緑間に会った時には変なことは教えないで欲しいと頼んでおこうと心に決めて。
「それで、黄瀬クンは何でオレと話してみたかったの?」
話を戻して尋ねられる。話してみたいと思ったからには何かしら理由があるのだろう。当然、それは高尾にもいえることだ。聞かれるよりも先にオレは気が合いそうだったからなんだけどと簡潔に理由を話した。
それに対し、黄瀬もまたオレも似たようなもんっスよと返す。あまり知らない相手に対して抱く第一印象とでも言おうか。この人とは合いそうとなんとなく思ったのだ。それはやはり、性格的なものなのだろう。
「なんていうんスかね。なんとなくとしか言えないんスけど」
「最初はそんなモンだって。黄瀬クンって流行とか詳しそうだし、最近のアーティストとかモデルやってるからファッションとかも色々知ってそう」
高尾の言うことは大体合っている。彼が普段一緒に居るであろう友人を思い浮かべて、そういう話にはならないんだろうなと思った。そういった話をする友人もクラスや部活に居るのだろうが、そのどちらも同じらしい黄瀬の友人はそういったことには疎いというか。そもそも興味がないのだ。
「緑間っちとはそういう話にはならないっスよね」
「そういう話どころか、基本的にオレが勝手に喋ってるのを聞いてるだけだからね」
その状況が容易く想像出来てしまって黄瀬は苦笑いを漏らした。けれど、あの緑間がいつも高尾と一緒に居るということは高尾に気を許しているからなのだろう。そうでなければウザいだの五月蝿いだの言って寄せ付けない。いや、それくらいは自分に対しても言っていたなと思い出して何ともいえない気分になる。
だが、それは高尾も似たようなものだ。勝手に付き纏っていたのは高尾の方で、いつしか隣に居ることが当たり前になっていた。黄瀬にそんな風に言うのもやはり友達だからだろう。真ちゃんってツンデレだし、と言った高尾にそれもそうっスねと中学時代のやり取りを思い出しながら黄瀬も同意する。
「あ、黄瀬クンってこの後まだ用事ある?」
それから色々な話をしていると気が付けば時計の針が一周していた。時間が流れるのは早いものだ。楽しい時間は余計にそう感じる。
今更といえば今更だが、一応この後の予定を確認しておく。黄瀬は神奈川に帰らなければいけないのだからその時間もあるだろう。
「時間なら大丈夫っスよ。いつもなら部活やってる時間だし全然問題ないっス」
「それならこれから遊びに行かね? 近くにショッピングモールもあるし色々見に行こうぜ」
「良いっスね! なら、ついでにプリクラでもどうっスか?」
「じゃあ、まずはゲーセンだな!」
言い終えたところでお互いに顔を見て吹き出す。やはり気が合うようだ。なかなかここまで気が合う友人というのも居ないだろう。このノリに付いてこれる、というか付き合ってくれる友というのがそう居ないのだ。
「そうだ、メアド交換しとこうよ」
今日限りではなくまた一緒に遊びたいし、というのはどちらも同じ。まだ連絡先を交換してなかったことを思い出して言えば、高尾も携帯を取り出して連絡先を交換する。赤外線でアドレスを交換をしながら、せっかくだからニックネームで呼ぼうかなんて話にも発展する。
それなら“高尾っち”と呼ぶと言ったのは言うまでもなく黄瀬だ。高尾の方はといえば、少しばかり考える仕草をした後に“涼ちゃん”と呼ぶことにしたらしい。一応説明すると、黄瀬の下の名前から考えたものだ。涼太だから涼ちゃん、とのこと。
「行こうぜ、涼ちゃん」
「そうっスね、高尾っち」
店を出て最初に向かう先はゲームセンター。
わいわい騒ぎながら友達と楽しく過ごすそんなオフの日の出来事。
fin