中学時代から付き合いのある友人からメールが届いた時は何のことだか最初分からなかった。


『高尾君、最近大丈夫なんですか?』


 タイトルはなし。本文にそれだけが書かれたメール。本人にでも聞けば良いだろうと言いたくなった。というより、送信相手を間違っているのかとも思った。
 だが、そういえばこの友人と高尾は同じ大学に通っていたことを思い出した。大学に行ったら見知った姿を見つけて驚いたと入学した頃に言われた覚えがある。しかも学部まで一緒らしく、そんな偶然もあるものだなと思ったのは記憶に新しい。
 学部が一緒だからといって毎日顔を合わせているかどうかなどオレには分からない。だが、少なくとも学校の違うオレよりもその友人の方が高尾に会っている筈だ。そしてまた振り出しに戻る。どうしてそれをオレに聞くのかと。


『緑間君なら何か知っているんじゃないかと思いまして』


 聞いた結果がこれである。確かにオレは高尾と今も親しい間柄にある。だが、先にも言ったようにオレ達は別の大学に通っている。時間を見つけては連絡を取り合って会うこともあるが家だって別々だ。実家からは大学までの距離があった為にお互い一人暮らしをしてはいるものの、どちらかの家に頻繁に出入りしている訳でもない。
 何か知っているのかと聞かれればNOとしか答えようがない。だが、わざわざそれをオレに知らせるということは何かしら理由があるのだろう。そういった内容のメールを送信すると、数分後には携帯の受信ランプが光った。


『本人に聞いても大丈夫だと言うんですが、なんだか最近疲れているといいますか。寝不足でもあるみたいですし、ちょっと心配になったんです』


 それは気になるな。アイツは自分の体を気にせずに無理をするところがある。今回も無理をして体調を崩しているのだろうか。課題が終わらずに徹夜をしたのかもしれないし、大学になってから始めたアルバイトでシフトを増やしているだけかもしれない。詳しいことは本人に聞かなければ分からないが、それなら直接訪ねてみるまでだ。
 オレは鞄の中に筆記用具などを片付け、メールを送ってきた友人に様子を見に行ってくるという旨のメールを送って学校を後にした。その後で返ってきたメールには『よろしくお願いします』とだけ書かれていた。



□ □ □



「そんでわざわざウチに来たの? 優しいね、真ちゃん」


 既に何度も訪ねているアパートまで来てチャイムを鳴らすと、見慣れた姿が出迎えてくれた。急にどうしたのと驚いた顔をした高尾に聞かれ、黒子がお前を心配してオレにメールを寄越したのだとそのまま伝えると先程の台詞が返ってきた。黒子も心配し過ぎなんだよと笑いながら高尾はキッチンから二人分の飲み物を運んできた。


「そりゃ昨日は寝不足だったけど、新作のゲームに夢中になってやってたら朝になってただけだぜ」


 だから心配することなんてないというが、それはそれでどうなんだ。高校生だった頃から高尾がカードゲームというものを好きだというのは知っていた。勿論テレビゲーム等の類も好きで、学校にゲームを持ってきては同じソフトを持っているクラスメイトと一緒にプレイしていたこともあった。オレもやろうと誘われたが、学校は勉強をするところだろうと答えたら固いことを言うなよと笑ってコイツはゲームを続けていた。
 別にオレもゲームをやったことがない訳ではない。高尾にそう言った時は「マジで!?」と疑われたが、オレだって普通の学生だ。ゲームくらいやったことがある。言えば「だって真ちゃんだろ!?」などと言われたけれど全くどういう意味だ。その後で何のゲームを持っているのかと聞かれ、一緒にやったこともある。


「ゲームに夢中で寝不足になってどうするのだよ」

「つい夢中になっちゃったんだよ。次からはちゃんと気を付けるって」


 それで体を壊したなんて言ったらとんだ笑い話だ。体調管理くらいしっかりしろと注意すると分かりました、と本当に分かっているんだか怪しい答えが返ってきた。そう思ったところでオレは高尾の言葉を信じることしか出来ないのだが、いくらなんでもこんなくだらないことで体調を崩すような男ではないだろう。
 だが、気になる点はまだある。


「寝不足の理由は分かったが、サプリなんて物を飲んでいるのもそのせいなのか」


 すぐ傍にある棚の上に置かれたそれに視線を向ければ、高尾はしまったという顔をした。連絡もせずに訪ねたからオレが来るとは思っていなかったのだろう。オレを部屋に招き入れた後で軽く部屋を片付けてはいたがそこまでは気が付かなかったらしい。
 寝不足でと言われればそうかと納得する者も居るかもしれない。けれどオレはそれだけでは納得出来ない。もっときちんとした理由を説明されれば別だが、会った時から気になっていた。大体、棚の上に乗っているそれらが何種類かある時点でおかしい。


「毎晩ゲームをやっているとでも言うつもりか?」

「いや、それは、この間までに提出するレポートがあってさ。なかなか終わらなくて徹夜してたから」

「それなら尚更ゲームをやるべきではないだろう。休むことが先だ」


 いくらゲームがやりたくともそこまでしてやるものではない。それくらいは高尾だって分かっている筈だ。疲れているのならちゃんと休む。当たり前のことだ。
 玄関で会った最初の一瞬、明らかに顔に疲れが見えた。相手がオレだと分かってすぐにいつも通りに笑ったが、誤魔化せたつもりでいるんだろうか。高校三年間もずっと傍で見ていて気付かない訳がないというのに。この男がポーカーフェイスを得意としているのは知っているが、それでもオレには分かってしまう。
 いや、初めの内はオレも騙されていた。だが、こうも付き合いが長ければ分かるようになるものだ。何でもすぐに隠そうとして平気な振りをする。それが逆に周りを心配させるのだと気付いていないのだろう。


「いつものように笑っているつもりかもしれないが、ちゃんと笑えていないのだよ」


 遠まわしに言って伝わらなくても面倒だ。そのまま直球で言ってやると、高尾は分かり易く表情を消した。やはり当たっていたか。こうなると、先程のゲームの話も嘘かもしれない。具合が悪いのを隠す為に吐いた嘘。
 有り得そうなことを言う辺りが高尾らしいが、こっちはいい迷惑である。オレはそんなに頼りないのだろうか。人に頼らずに自分一人で解決するような奴であることは知っているが、少しくらいは周りを頼っても良いのではないか。


「バイトが忙しいのか? それなら減らすなりしろ」

「そんなことねーよ。シフトはちょっと増やしたけど、そこまでじゃねーし」

「だが現に体調を崩しているだろう」

「それは、そうだけど…………」


 はぁ、と思わず溜め息が零れる。さっきから目が合わない。というよりは、高尾が合わないように視線を逸らしている。
 理由もなくそんなことをする奴ではない。それくらいはオレも分かっている。だが、本人がそれを話そうとしてくれなければこちらも分からない。この男を相手に話したくないものを無理に聞くのは難しいだろう。言いたくないことは絶対に言わないタイプだ。それならどうするか。


「高尾、何かあったのか」

「別に話すようなことはねぇよ」


 やはりな。話したくない理由も人に迷惑を掛けたくないからとかそんな理由だろう。オレも随分とこの友人のことを分かるようになったものだ。お前が逆の立場だったなら、迷惑なんてことはないと言うのだろう。オレだって同じだと分からないのだろうか。分からないのだろうな。普段の高尾ならともかく、少なくとも今のコイツには無理だ。
 どうせ何を言っても無駄。それなら強硬手段に出るしかない。
 オレは高尾の隣まで移動してその腕を引いた。同じ男でも身長差は二十センチ近くある。オレが強く引けばすぐに高尾はオレの方に引き寄せられる。


「ちょ、緑間! いきなり何すんだよ!」


 暴れようとする高尾を抱きしめながら抑える。こういうところは大学生になっても変わらない。まだ大学生になって半年程しか経っていないけれど、少しは変わらないものだろうか。


「高尾。オレはお前のようにバイトもしていない。だから社会のことはお前の方が詳しいだろう。だが、それでも友人として少しは頼れ」


 オレは学業に忙しくバイトもせずに大学生活を送っている。きっとオレの知らないことも高尾は幾つも経験しているだろう。そのことについてはオレでは分かってやれないかもしれない。そういう意味では頼りないかもしれないが、一人の友人としてお前のことは心配なのだ。だから、少しでも良いから人を頼って欲しい。オレが無理なら他の奴でも良いから、もっと人に頼るようになれ。
 暗に一人でどうにかしようとする癖を治せという意味を含めて伝えると、腕の中の高尾がぴたりと大人しくなった。静かになって何も言わない友人に「高尾」と名を呼べば、俯いていた顔を僅かにこちらへ向けた。


「真ちゃんは頼りないなんてことないよ。でも、迷惑は掛けられないし……」

「オレがいつ迷惑だと言ったのだよ。くだらないことを心配するな」


 くだらなくなんかない、とは言わせてやらなかった。くだらないことだろうと同じ言葉を繰り返して。
 まだ納得はいかないのだろうが、大人しくなったということは少なからずオレの言いたいことも通じたのだろうか。それなら、まずは無理をしすぎるこの友人を休ませてやらないといけない。


「今日もバイトはあるのか?」

「……夜勤だから五時間後には家を出るけど」

「休めないのか」


 言い辛そうにしながらも高尾は小さく頷いた。急にアルバイトを増やしたのには、金銭面での理由があるのかもしれない。それが何かは気になるが、聞くのは後にしよう。


「それなら時間まで寝ていろ。やることがあるのならオレに出来ることはやっておく」


 そう言って返事を聞くよりも前にベッドまで友人を運ぶ。寝不足もそうだが、少しばかり赤くなっている頬は熱のせいだ。さっき手を引いて抱き寄せた時に分かった。棚の上に並んでいた薬の中には風邪薬もあるのかもしれない。
 何か言いたそうにする高尾に寝ていろとだけ言って、とりあえず食事をとらせなければいけないなと考える。そうしていると、服の裾を掴まれてそちらを振り返る。この家にはオレと高尾しかいないのだから、引っ張ったのは当然高尾だ。


「迷惑を掛けるとかいう話なら聞かないが」

「ううん、それは思ってるけどいい。頼れって言われたし」


 意外な言葉が返って来て驚く。だが、それなら何だ。問えば高尾は漸く小さな笑みを見せた。


「ありがとね、真ちゃん」


 礼など必要ないのだが、これはこれで受け取っておこう。友達に頼ったり頼られたりなんていうのは珍しいことでもないだろう。それこそバスケではオレも高尾を頼っていたし、高尾に頼られることもあった。当たり前のことをしているだけだ。


「気にするな。それよりお前は寝ていろ」


 そっと頭を撫でてやると高尾は掴んでいた手を離した。それから高尾が眠るのを確認してオレは部屋を出る。食事を用意する為に買い物へと向かう。


「最初からあれくらい素直なら良いんだがな」


 一見素直そうに見えてそうでもないのが高尾和成という男だ。だが友人と思われているからこそ分かってくれたのだろう。少しばかり無防備なところがある気がしないでもないが、それはこちらの事情だ。
 どうして無理をしていたのかは起きてから聞くとして、今はゆっくり休ませてやろう。友人として力になってやりたい。それは紛れもない本心。







(頼りなくても、お前を大切だと思っているのだから)