「今年は色んなことがあったな」


 一年の終わり、大晦日。
 この一年間を振り返ってそう呟けば、隣から「そうだな」と相槌が返ってきた。この一年間も色々な出来事があったけれど、やはり一番大きいのは隣に居る彼の存在だろうか。


「まさか真ちゃんと年を越すことになるなんて思わなかった」


 高校時代、二人は付き合っていた。けれど卒業を機に別れた。嫌いになったのではなく、男同士で恋愛なんて世間では認められないから。そんなことが許されるのは高校までだと高尾から別れを切り出し、緑間もそれを受け入れた。
 それからも友達としては付き合いを続け、毎年お互いの誕生日にだけ逢う約束をしていた。これからもずっとそうやって付き合っていくんだろうなと、漠然と高尾は思っていた。だが、緑間はそうは思っていなかった。だから二人は今、ここに居る。


「オレは初めからそのつもりだったのだよ」

「それって、オレがOKすると思ってたってこと?」


 好きだから一緒に居たい。一緒に来て欲しい。
 大学を卒業した今年の春、高尾は緑間に告白された。緑間は別れてからもずっと高尾のことが好きだった。もとより、緑間は別れる気がなかった。二人で一緒に居られるように必要な準備期間としてこの四年間を過ごしていた。
 高尾がそれを知ったのは告白をされた時で、忘れようとはしていたものの高尾もまだ緑間が好きだった。それを緑間は分かっていただろうから、そういうことなのかと聞き返してみたのだが。


「お前と一緒に居たいと思っていただけだ」


 まだ好きでいてくれているとしても、一度は別れていたのだ。その時の理由が嫌いになったからではなかったことから、たとえ好きだとしても断られる可能性は十分に考えられた。
 だけど、一緒に居たいと思っていたのだ。もっとずっと前から。大学を卒業したら一緒に暮らしたいと思っていた。
 つまり何年も前から、大学を卒業したこの年はこうして一緒に年越しを迎えるつもりだった。それが実現するかは分からなかったけれど、初めからそのつもりであったのは事実だ。


「だから今、お前と一緒に年を越せて幸せだと思っている」


 さらっと言ってのけた緑間に高尾は顔を逸らす。そういう不意打ちは卑怯だろうと、顔に熱が集まるのを感じたから。


「……真ちゃんって、昔よりデレが多くなったよな」

「知るか。お前が勝手に人のことをそう言っていただけだろう」


 ツンデレだなんだと勝手に言っていたのは高尾だ。緑間自身はそうは思っていなかったからそんなことを言われても返答に困る。
 だが、お互いに昔より今の方が素直に気持ちを伝えるようになったのだろう。四年間離れていたこともあるのかもしれない。また傍に居るようになって、以前にも増して離れたくないと思うようになった。離れていた時間は、二人のお互いを思う気持ちをより強くしていた。


「来年も再来年も、これからはお前としか年を越すつもりはないのだよ」


 はっきり言い切った恋人に高尾も同意だ。今までは家族と過ごしてきたけれど、そうして過ごすことはおそらくもう二度とないのだろう。
 けれどそれで良いのだ。それが自分達の選んだ道。そして、これがこの先は当たり前になっていくんだなと思うと自然と笑みが零れる。


「そうだな。でも、来年からはちゃんと作るから」


 スープを飲み終えて言えば、緑間も「楽しみにしている」と答えて微笑んだ。
 大晦日といえば、年越しそばを食べるという風習がある。別に絶対に食べなければいけないというものでもないが、思い出したら食べたくなってしまうものだ。うっかり買い忘れてしまったけれど今からスーパーに行くのは面倒で、少し高くつくけれどコンビニで楽をしてしまった。
 けれど来年からは忘れずに材料を買ってちゃんと作る。そういう話である。


「そん時は真ちゃんも一緒に作る?」

「それはオレが料理を苦手なことを知っている上で聞いているのか」

「当たり前だろ。大晦日くらい良いんじゃね?」


 余計な仕事が増えるだけだぞと緑間は言うけれど、一緒に料理をするのも良いと高尾は思うのだ。緑間の料理の腕なら知っているが、苦手であっても全く出来ないというわけではない。それに。


「嫌ではないんだろ?」

「まあ、気が向いたら付き合ってやる」


 料理当番は高尾と決まっているわけではない。ただ、緑間が料理を苦手としているから高尾が作っているだけ。それでも全く手伝ってくれないわけでもなく、お皿を並べたり簡単なことならやってくれる。
 だからこの返答も大方予想通りだ。素直じゃないな、とは言わなかったけれど。苦手でもやらないとは言わないことくらい分かっていた。何せ、二人で一緒にやっていくと決めているから。


「和成」


 今では当たり前になったその呼び方。呼ばれてそちらを向けば、白く長い指が高尾の頬に添えられる。真っ直ぐにこちらを見つめる翡翠は昔と変わらない色をしている。いや、そこに含まれる色は出会った当初とは違っている。


「ここに居てくれてありがとう。まだ暫くはお前にも大変な思いをさせてしまうだろうが、これからもよろしく頼む」

「バーカ、今更何言ってんだよ」


 言ってそのまま唇を重ね合う。熱い口付け。互いの体温が混ざり合う。


「オレの方こそありがとな。オレもお前と年を越せて良かった」


 最後に一緒に年を越したのは高校生だった時のことだ。一緒に年を越してそのまま初詣をしようと約束をした。初詣に行った先の神社では先輩達に会ったり、新年一発目の運試しだとおみくじを引いたりもした。懐かしい思い出。


「久し振りに初詣にも行くか?」

「そうだな。近くの神社まで行ってみるか」


 お参りをして、おみくじがあったらそれを引いてみるのもおもしろいかもしれない。一体どんな運勢が出てくるのか。くじ運が良い緑間でも必ずしも大吉が出るわけではないんだな、なんて話を昔はした覚えがある。当たり前だろうと緑間には呆れられたけれど。
 夜が明けたら二人で家を出て、この近所にある小さな神社まで。寒いのだからしっかり厚着をして出掛けることにしよう。そのついでに町の中を歩いても良い。最近はなかなか一緒に出掛ける機会もなかったから。


「明日は雑煮でも作るか。それともおしるこ?」

「おしるこ、と言いたいが正月くらいそれらしく過ごすのも良いだろう」

「じゃあ雑煮だな。どんなんでも平気?」

「そこまで拘りはないのだよ」


 雑煮はよく地域によって違いがあると聞く。同じ東京に住んでいた二人でも、親の出身によっては味付けが違っていただろう。だから聞いてみたのだが、そこは心配しなくても良さそうだ。もっとも、その雑煮のレシピはこれから探すことになるのだが。


「もうすぐだな」


 カチカチと音を立てる時計を見上げてぽつり。
 あと少しでこの一年が終わりを迎える。今年も様々な出来事が、本当に様々なことがあった。楽しかったこと、辛かったこと、大変だったこと、嬉しかったこと。色々なことがあって、その多くを隣に居る彼と共有してきた。そんな一年だった。
 いや、本当はたったそれだけの言葉だけでは言い表せない。それほどのことがあって、だけどここ数年で一番幸せだった。そう言えるような一年であったことは間違いない。


「好きだよ、真ちゃん」

「ああ。オレもお前を愛している」


 カチッ、と全ての針が十二を指す。触れ合う指先、たった二人の時間。空間。
 ずっとこうしたかった。手に入れたかったものを漸く手に入れることが出来た。そんな年だった。そしてこれからは、それを一生手離すことなく歩いて行くのだ。二人で。


「明けましておめでとう」


 今年もよろしく、と言ってどちらともなく唇を寄せた。そっと離れてお互いの顔を見ると、自然と笑みが零れる。ああ、幸せだなと。心の中で思わず呟いた。

 この道を選んだからには辛いことも苦しいこともある。分かっていてオレ達はそれを選んだ。
 だから今年も二人でその道を歩くのだ。真っ直ぐでなくても良い。遠回りをしても良いから、二人で並んで歩く。そう決めた。もうこの手は離さない。

 だって、これがオレ達にとっての幸せだから。







来年も再来年も。これからはずっと君と共に。