静かに揺れる海面、浮かぶ月。街灯のない砂浜がこれだけ明るいのも真ん丸の月が見えているお蔭だろう。その周りには無数の星が広がっている。あれは何の星座だろうといつか習った星座を頭に思い浮かべてみるがなかなか答えは出てこない。流石に夏の大三角とすぐ傍にある三つの星座くらいは分かったけれどそれくらいだ。
 時刻は深夜を回っている。この時間に出歩いているような人は殆ど居ないようだ。当たり前といえば当たり前かもしれない。オレだって目が醒めなければこんな場所に居なかっただろう。だからざくざくと砂浜を歩く音が聞こえた時は少しばかり驚いた。


「高尾」

「どうしたの真ちゃん。こんな時間に」


 それはこっちの台詞だと言いたげに翡翠が見下ろしてくる。それでも律儀に答えてくれる辺りが緑間らしい。夜中に一人で出歩くなという答えがオレを探しに来てくれだと理解するのは容易いことだ。オレが勝手に抜け出しただけなんだから気付かない振りをしても良いのになんだかんだで気に掛けてくれる。それが緑間真太郎という男だ。
 緑間が答えたのだからこちらも答えるべきだろう。少し風に当たりたくなってと答えれば合宿中だと怒られた。それは分かっているけれどちょっとくらいなら平気かなって、言ったら溜め息を零された。


「バレたら怒られるでは済まないだろう」

「バレなければ大丈夫でしょ」

「現にオレに見つかっているんだが?」


 そこを突かれると痛い。でも先輩達や監督には言わないでくれるのだろう。まあ言ったらオレを探しに来た緑間も巻き込まれかねない。


「悪かったって。でも日中はバスケばっかだし、こんなに近くに海があるのに全然見れねーじゃん」

「バスケをする為の合宿だ」


 緑間は常に正論を言ってくれる。確かにそれは正しいけれど、せっかく海がある場所に来ているのだからと少しくらいは思うだろう。……コイツに同意を求めるのは難しいかもしれないけど。
 それより、とここはさっさと話題を変えることにしよう。それよりではないとまた怒られそうな気もしたけれどこのままでは分が悪い。


「ここまで来たんだから少しくらい海も楽しもうぜ」


 今は合宿中でさっさと部屋に戻って寝るべきだ。緑間が言いたいことは分かるけれどちょっとくらい楽しんでも罰は当たらないだろう。
 もう合宿も終盤だ。こうやって過ごせる時間なんて殆どないだろう。もとから自由時間も大してなかったけれど、緑間の言うようにバスケをする為に来ているからそれは仕方ないし当たり前だ。だけどバスケ以外にも少しくらい、なんて思ったりしてしまうのはいけないだろうか。


「それで朝起きられなかったらどうするのだよ」

「だからちょっとだってば」


 な、と見上げれば二度目の溜め息。少しだけだからなと妥協した相棒におうと頷いて視線をまた海に戻す。波が月を揺らしているその様子を眺めながらぽつり。


「合宿も明日で最後だな」


 一週間の合宿。まさか誠凛と鉢合わせすることになるとは思わなかったけれど、いつも以上に厳しい練習が続いていた日々も終わりを迎えようとしている。
 こうして過ぎてみればあっという間だった。毎日ひたすらバスケだけをして、というのは普段通りかもしれないけれど。それでも、朝から晩までずっとバスケ漬けだから学校での練習とイコールにはならない。この合宿で少しは成長出来たと思う。本当に少しだけど。


「真ちゃんはこの合宿、どうだった?」

「どうとは何だ」

「楽しかった思い出とかそういうの」


 バスケしかしていないとはいえ、一日中チームメイト達と過ごしていた。誠凛と練習試合をしたり、食事の時も一緒になったりもしたっけ。緑間を探しに行ったら火神とバスケをしていたなんてこともあった。
 バスケばかりの中にも何かあるだろう。そう思って尋ねてみたのだがやっぱり答えは予想通り。合宿は楽しいとかそういうものではないだろう――と、言ってはいるけれどオレ達と同じくらいの思い出を緑間も共有している。


「学校戻ってからも夏休み終わるまでバスケだよな。宿題終わっかな」

「計画的にやれば問題ないはずだ」

「そりゃ真ちゃんはそうかもしれないけど、オレはそうもいかないんだよ」

「誰だって計画的にやれば終わるようになっているのだよ」


 そうでなければ困るだろうとこれもまた正論。合宿に宿題を持ってきている奴も多かったけれど、練習で疲れた後に宿題をする気はなかなか起こらなかった。それでも全くやらなかった訳ではないが、夏休みの宿題はまだまだ残っているのが現実だ。
 といっても、それはオレ達の話であって緑間にも当て嵌まる訳ではない。宿題を広げながら聞いた話によればもう殆ど終わっているとか。オレなんて部活がなかったとしても八月頭にそこまで終わることはない。こういうところにも性格は出るよなと思いながらそれを聞いていた。


「今度オフの日にでも宿題教えてくんない?」


 駄目元で聞いたけれど案の定断られた。宿題くらい自分でやれって、自分でやるけど分からないところがあるから教えて欲しいという話だ。お前も成績は悪くないだろうと言われても、目の前にそれ以上成績の良い相手が居て頼むのは何もおかしくないだろう。


「写したりはしないからさ」

「そんなことをしたら二度と教えないのだよ」


 分かってるからと頼み込んだ結果、諦めた緑間が渋々頷いてくれた。それに感謝をしながら宿題とはいえ約束を取り付けられたことが嬉しくもあり。
 どうしてかって? その理由は秘密だけど部活以外でも一緒にいられることが嬉しい。絶対に言わないし自分でもこんなことで喜ぶなんてとも思ったけれど、これは内緒。


「高尾、いい加減に戻るぞ」

「あ、待てよ!」


 先に踵を返した緑間を慌てて追い掛ける。夜中に大声を出すなと怒られつつオレ達は砂浜を歩いた。
 ふと振り返ったそこには綺麗な月と数えきれないほどの星。それが一つ空から流れ落ちたのを見届けながら合宿所へと戻るのだった。







(お前と一緒に過ごしたこの時間がオレにとっては……)
(オレにはお前に言えない秘密がある)