夢うつのの世界 番外編
一通り話を終えたところで二人は部室へと向かった。朝練まではまだ時間がある。あのままバスケをしても良かったのだろうが、その前に声を掛けるべき相手が居る。
「何だお前等、もう仲直りしたのか」
部室のドアを開けると茶色い髪がふわりと揺れた。近くには月バスが数冊置いてあり、二人が体育館を使っている間はバックナンバーを読んでいたようだ。
今回、二人の間に立ってあれこれやってくれたのは全部この人だ。しっかり思っていることを話すべきだと教え、消えてしまった高尾を連れ戻してくれた。ちなみに、高尾に力を分け与えてくれたのもこの人。本当に何から何まで世話になった。
一先ず体育館で話したことを簡潔に報告する。喧嘩をしていた訳ではないが無事に仲直り、というか問題を解決したこと。契約をしたから力を使い切って消えてしまわないこと。必要だと思う報告は全て話した。
それを聞いた宮地は良かったなとだけ言って月バスを片付けた。付け加えるようにこれからは仲良くやれよと話すと、必要な物を持って部室を出ようとする。体育館が空いたのなら部室に居る理由もないし、これ以上ここで話すこともないだろうと判断した。
だが、どうやらそれは宮地だけだったらしく待ってくださいと後輩二人は宮地を引き留めた。
まだ何かあるのかよと言いたげな視線を向けると、まだどころか色々聞きたいこととかあるんですけどと言われて溜め息を一つ。これは暫く離して貰えそうにない。
「聞きたいことって何だよ。解決したんだろ」
「解決はしましたけど、どうして宮地さんが……?」
わざわざこんなことをした理由は、緑間も高尾も宮地にとっては大事な後輩だったからだ。それは二人も本人の口から聞いている。だが、高尾の言いたいのはそういう意味ではない。
ここに戻って来る前、宮地が連れ戻しに来た時にも聞いたけれど適当に流されてしまったそれを問いたいのだ。そしてそれは緑間にしても同じ。なんだかんだではぐらかされてしまったその意味を知りたい。どうして宮地は高尾を連れ戻すことが出来たのか、を。
正直、話さなくても良いだろうと本人は思っている。大したことでもないし、冷静に考えれば答えは単純だ。説明するほどのことなどない。ぶっちゃけお前等も勘付いているだろうと思っているのだ。まぁ、勘付いているけれど信じられないのだろうなとも分かっているが。
適当に受け流したいところだが、いい加減ちゃんと話してやらないとコイツ等も諦めないだろう。それを知ってどうすることもないのだろうが、これ以上質問をし続けられるのも面倒で答えてやることにする。
「そんなのオレがお前と同じだからに決まってんだろ。他にどうやって連れ戻すんだよ」
これだけ言えば満足するだろう。と思ったのだが、そうでもなかった。やっぱりと思っているのは一目瞭然だったが「それなら先輩も人間ではないということですか」「え、じゃあ宮地さんは誰かと契約してるんですか?」と次々に質問攻めに合う。
これは答えない方がマシだっただろうか。いや、どっちみち答えを教えなければいつまでも質問はされるだろう。一つ答えた今、ここで全部答えてしまった方が後々まで聞かれるよりは良いかもしれない。答えてやるけど今だけだからな、と念を押してから宮地は順に投げられた問いの答えを並べていく。
「まず緑間の質問だけど、高尾と同じ種族だからオレも人間じゃねぇよ。んで高尾の方は、契約しないでいつまでも人間の姿を保つのが大変だっつーのは知ってるよな?」
人間だって体力に限界があるように、高尾や宮地にも力には限界がある。休めば回復が出来るが、契約をしていない者がそこで無茶をしてどうなるかは知っての通りだ。契約をしていても無茶をし過ぎれば力が一気になくなるけれど、それでも契約があれば相手の人間に力を分けて貰えるから助かるのだ。
契約をしていなかったとしても、高尾のように過ごすことは誰にでも出来る。ただ、力がなくなれば人の姿を保てなくなる。高尾だって学校に行っていない時間は無駄に力を消費しなかったし、何事も起らなかったとしても最大でも高卒ぐらいまでが限界だろうとは思っていた。誰とも契約をせずにこの世界に留まり、尚且つ人間の姿を保つというのはそれなりに力を使うのだ。
「そうだったんですか。あれ、でも宮地さんってオレが人間じゃないっていつ知ったんですか?」
「いつってお前が入学した時からだけど」
「え、マジっすか!? オレそんなに分かり易かったかな……」
「そんなことはねぇけど、お前のことは知ってたからな」
それはつまり変な噂でも流れていたのだろうか。心配した高尾に、確かに噂はあったけれどおかしなものではないから安心しろと教えておいてやる。宮地もその噂を聞いたことがあって高尾を知っていたのだ。噂は同じ地域で暮らしていたからか、自然と耳に入ってきた。人間と契約はしていないけれど、人間と一緒に過ごしている。高尾本人も自覚していたが、非常に珍しいタイプだったのだ。
どんな奴かと思っていたが、一度見掛けたソイツは特に変わっている風でもなかった。むしろそこらの奴より良い関係を作っているように見えた。本当にソイツが大切なんだと少し見ただけの宮地にも分かった。
まさか高校でソイツが後輩になるとは思わなかったが、近くに居る奴を見て納得したものだ。最初から気付いていた訳ではなかったが、もしかしてと思ったらビンゴだった。何も知らなければ気付かなかっただろうけれど、一度見たことと噂を知っていたのとがあってすぐに気が付けただけのこと。
「入学した時から知っていたなら、高尾が消えた時も知っていたんですよね」
「まぁな。他の奴が居る手前で話すワケにもいかなかったから、放課後にしたんだよ」
あの場で知っていると答えても話がややこしくなるだけだった。だから居残り練習で周りが帰った頃を見計らって話題を振ったのだ。一度知らないと言っていただけに緑間に疑われたけれど、それは仕方がない。最終的に無事に解決したのだから、終わりよければ全てよしというヤツだ。
「もう良いだろ。じきに他の奴等も登校してくるし、体育館に行くぞ」
大方の疑問には答えたところで宮地は話を切り上げる。二人も異論はなく、はいと返事をして体育館に戻ることにする。
体育館に行くまでの短い道で「あ」と高尾が短く声を漏らした。何だと二人から視線を向けられると「結局宮地さんは誰と契約してるんですか」と質問を投げ掛けた。終わりだっつったろと宮地は眉間に皺を寄せたが、これで最後にしますからと高尾は譲る気がないらしい。興味本位だと分かっているだけに答えたくもなかったのだが、誰かと契約してるのかと聞いた時に答えて貰っていないからと逃げ道を塞がれる。知るかよと言いたかったけれど、今だけは答えてやると言った手前。正論を言われては断り辛い。
どうしたものかなと思案していると、前方から「もう来ていたのか、早いな」と声を掛けられる。声のした方を見れば、そこにはキャプテンの姿があった。
先程部室で宮地が言っていたように、部員の誰が登校してきておかしくはない時間だ。適当に挨拶を済ませると「何かあったのか?」と尋ねられて「何でもない」と答える宮地をよそに、高尾は「キャプテン!宮地さんが」なんて言い始める。余計なことを言うと怒気を含んだ声と共に高尾は軽く絞められ、そんな二人を緑間は呆れたように見て、いつも通りな三人に大坪は思わず笑みを零す。
「相変わらず仲が良いな」
「別によくねぇよ」
「そうか? でも無事に戻って来たみたいで良かったじゃないか」
大坪のその発言にえ?と首を傾げたのが二人。チッと舌打ちをしたのが一人。勿論、前者が後輩コンビで後者が宮地である。
お前も余計なことを言うなよと呟かれた声に、他に人も居ないから大丈夫だろと返されたのにはそういう問題じゃねぇよと言いたくなる。これでさっきまでのやり取りが全部無意味になってしまったと思うものの、大坪には悪気も何もないのだから責めることも出来ず、はぁと溜め息を零した。
一方でどういうことなのか理解出来ていない後輩達。なんで大坪も知っているのかと混乱している二人に、投げやりな宮地の声が届く。
「ああもうめんどくせーな。オレが契約してるのがコイツだからだよ」
知ってて当然だ。ついでにお前のこともみんな覚えてる筈だから心配すんな、とだけ言って宮地はさっさと行ってしまった。未だにいまいち状況を理解していない二人だが、とりあえず宮地と大坪も自分達と同じ関係らしいというところまでは把握した。
「そうだったんですか」
「昔の話だがな。オレ達は成り行きで契約したようなものだったが」
「成り行きでって……そんなんで契約しちゃって良いんですか!?」
「良いんじゃないのか? オレ達は幼馴染みたいなものだったからな」
どこか懐かしむように目を細めると、朝練が始まるから早く体育館に移動しろよと言い残して大坪は部室へと向かった。
残された二人は、そんな大坪の後姿を見ながらそういうのもあるんだなと会話をする。知らなかったのかと言われたが、何でも知っている訳じゃないと答えておいた。出会い方一つにしたって幾つものパターンがあるように、自分達と人間が契約に至るまでの経緯も多くのパターンがあるのだ。一応補足をしておくと、宮地や大坪のようなパターンはそれなりにあるが、緑間と高尾のパターンの方はかなり特殊である。
「ねぇ真ちゃん。オレ達はまだ付き合いも短いけど、先輩達みたいになれたら良いね」
ずっと一緒に居て、それが当たり前で。きっと今回の件は大坪も知っていたのだろうが、全て宮地に任せるくらいには信頼しているのだろう。
二人がどんな関係を築いているのかは殆ど知らないけれど、なんとなく雰囲気で分かるのだ。だから二人を見てそんな言葉が出た。
「そうだな」
部活の相棒として、友人としてはそれなりの関係を築いてきた緑間と高尾。これからは、それに加えてもう一つ。特殊なこの関係も大事に築いていこう。
いつか、昔のことを思い出す日も来るだろう。この先、ぶつかることもあるだろう。その上で自分達なりの関係を作っていけば良いのだ。
夢うつつの世界は、真の世界に。
これからも隣に並んで歩いて行こう。いつまでも、そう、ずっと一緒に。
fin