「何を見ている」
声を掛けるとうわっと驚かれてこちらが逆に驚く。まさか気付かれていなかったとは思わなかった。何せ、相手は視野の広い目を持っているはずだから。それを常に使っているわけでないことは知っているけれど、それにしたって珍しい。
「考え事か?」
「……真ちゃんは、オレのこと好きなんだよな?」
何を今更、とは思ったが声には出さなかった。考え事の原因はそこにあるということなのだろう。そしてこの場合、オレというのは自分であって自分ではない奴のことを指しているのだろう。
「オレはアイツを愛している。それはこれからも絶対に変わらん」
「絶対に?」
「ああ、絶対だ」
一体目の前の少年は何を考えているのか。今でこそ分かるようになってきたが、昔は全く分からなかったなと高校時代の頃を思い出す。もっとも、言葉にしないで相手に伝わるなんてまず無理な話だが。
わざわざ聞くということは不安になったと考えるのが妥当だろう。何かしらそう思うきっかけがあったのだろうが、考えたところで答えは本人に聞くしかない。
「オレと何かあったのか」
聞けば、まだ幼さの残る恋人は「いや」と否定した。彼と同い年の自分、高校生の緑間と何かあったのかと思ったのだけれどどうやら外れらしい。
けれどその緑間とのことで何かあったのは間違いないはずだ。それが二人の間で起こったことなのか、それともこの高尾が何かしらの不安を見つけて来ただけのことかは不明だが。
(ああ、そういうことか)
今更だが彼はずっとある一点を見つめていた。考えてみれば単純なことだ。視線の先に居る二人のことが気になるのだろう。それなら入りに行けば良いものを、そうしない理由が先程の質問に繋がってくるのだろうか。
「自分に嫉妬か」
「……そんなんじゃねーよ」
「なら、アイツが見境ないからか」
アイツ、というのも高尾にとっては自分なわけだが。否定をされなかったということは、少なくとも未来の自分に関することであるらしい。全く余計なことを、と思いつつも今は目の前の少年だ。
「アイツのことは気にするな、といっても無理か」
「別に気にしてなんか……」
いないのか、と尋ねれば高尾は口籠った。ということは、先程否定されたことも外れてはいなかったのだろうか。嫉妬というよりも、ただ複雑な気持ちなのかもしれない。未来の自分が、その自分にとっては十年前の姿をした恋人と親しくしていることが。
……まあ、正しく言うのなら必要以上にちょっかいを出しているからだろう。はあ、と彼の視線の先に居る恋人を見て緑間は溜め息を零す。
「あれはスキンシップの範囲なんだろう、アイツには」
何をしているんだと思わなくもないが、昔の姿をした相手が可愛いからとかそんなところだろう。あんな風に行動には出さないが、緑間とてこの高校生の姿をしている恋人を可愛いと思わなくはない。それはある意味で仕方のないことだ。
「だが、少し意外だな」
緑間がそう零すと、何がと言いたげに色素の薄い瞳がこちらを見上げた。
「お前もそういうことを気にするんだな」
「気にするっていうか、真ちゃんが……」
オレが? と緑間は聞き返したが、高尾はそこで黙ってしまった。おそらくこれが冒頭の質問に繋がってくるであろうことは分かったが、一体何だというのだろうか。
この“真ちゃん”というのは高校生の自分のことだ。そしてその自分は社会人である高尾と一緒に居る。その高尾は高校生の自分にスキンシップをしているわけだが。
「気になっていたのは和成のことではなく、オレの方か」
それも気にならないわけではいのだろうが、漸くこの幼さの残る恋人が気になっていることを理解した。それが正しいかは分からないが、多分合っていると思う。やはり原因は自分の恋人の方な気がしないでもないが、一先ずそこは置いておくとして話を進めよう。
「心配しなくても真太郎はお前が好きなのだよ」
「そう、なのかな」
「アレがお前だからあまり邪険にも出来ないんだろう」
一応年上でもあるしな、とは流石に失礼だろうか。だが緑間にとっては特に気にすることでもない。向こうだってこちらのことを好きに言っているのだろうから、こっちもそれくらいは遠慮なく言う。
友達以上恋人未満のスキンシップは、相手が恋人であって恋人ではない人だから。きっと、この高尾もそれは分かっているのだろう。ただ、まだ不安に思ってしまうこともある。それが不安なんだか嫉妬なんだか、またはその両方なのかよく分からない状態なんだろう。付き合ってからまだ日が浅いから余計に。
「そんなに気になるのなら、試してみるか?」
何を、と聞き返すよりも前に緑間は高尾の額にそっと唇を落とした。
唐突な緑間の行動に高尾は顔を赤くして、思わず「緑間さん!?」と敬語で翡翠を見た。それをやはり可愛いと思ってしまったが、今は自分の恋人の方である。
「和成、いい加減に真太郎を返してやれ」
高校生の自分の方はどうか分からないが、高尾の方はこちらのことにも気付いていたはずだ。気付いていた、というよりも途中から気に掛けていたというべきなのかもしれないがどっちでも良いだろう。
そう声を掛けると、すぐ傍の少年と同じ色をした瞳がこちらを見た。それから自分と同じ瞳の少年に何かを言ってこちらに来る。
「また余計なことをしたんじゃないだろうな」
「してねーよ。つーか、真ちゃんはオレのことを何だと思ってんだよ」
何と言われても困るが、少なくとも十年前の自分達に見境なくちょっかいを掛けているくらいのことは思っている。言えばそんなことはないと否定されるが、これまでの行動もあって説得力はあまりない。
「えっと……真ちゃん?」
これはどういう状況なのかと言いたげな高校生の高尾に、緑間は「コイツのことはいいから行って来い」と高校生の自分を見た。その横では「オレのことはいいって何だよ」と不満そうな顔をした高尾が居たのだが、元はお前のせいだろうと片付けた。
「お前は思ったことをそのまま言えば良い」
そうすればお前が気にしていたことは分かる、とアドバイスしてやると高尾は自分の恋人の元へと向かった。これでもう大丈夫だろう。
――そう思いたかったのだが、どうやらそうでもないらしい。
「それで、お前は何を拗ねている」
自分の恋人に向かって言えば、別にと素っ気なく返された。別にと言えるような態度ではないのだが、全く困った恋人である。先にも言ったように、元は彼の行動が原因なのだが。
はあ、と溜め息を零すのも何度目になるだろう。なんだか結果的にこの恋人に振り回されているだけのような気がしないでもないが、それでも好きなのだから仕方がない。
「これで気が済んだか?」
今度は唇と唇を重ねたキス。いくら同一人物とはいえ、そこにキスをするのは恋人の方だけだ。彼等は同じ人かもしれないが、自分の恋人は一人だけだから。
「……真ちゃんさ、オレを妬かせたかったの?」
「どちらかといえば、それはこっちの台詞なんだが」
あんなことをされて何も思わないと思うのか、と言ったのは緑間自身のことだ。高校生の高尾もそうだったが、分かっていても何も思わないなんてことはないのだ。
だからこそ、ああやって行動に移した。向こうで話をしている高校生の彼は分かっていなかったようだが、それでも緑間が分からせたかった相手には伝わっていたから問題ない。
「だって、高校生の真ちゃんも可愛いから……」
「気持ちは分からなくもないが、ここでそれ以上言うのか?」
そう言った翡翠が真っ直ぐに見つめていて、それに気付いた高尾は緩やかに口角を持ち上げた。
「オレはそれでも良いぜ? オレが好きなのはお前だから」
それ、とは何を指しているのか。緑間が溜め息を吐くのを聞きながら、珍しかったからついなんて言っているこの男をどうするべきか。むしろこちらが人を何だと思っているんだと言いたくなる。
「とりあえずお前はアイツ等をからかって遊ぶな」
「真ちゃんだって時々オレで遊んでるくせに」
そう言ったところで今度は高尾の方から唇を重ねた。そうして小さく笑みを浮かべると、少し離れた先に居る二人の様子を窺う。
だが、そちらは心配しなくてもちゃんと話せたようだ。お互いが好きであることは分かっていたから、そもそも心配をする必要なんてなかったわけだが、これで解決としたとみて良さそうだ。
自分に嫉妬
(好きな相手と同じ人だから気になってしまう)
(でも、恋人だから。たとえ相手が自分であっても妬いてしまうんだ)