「王様だーれだ!」
お決まりの掛け声で一斉にクジを引く。その中に一つだけ王冠のマークが書かれたクジがあり、残りの紙には数字が書かれている。何番と何番が何をするかを王様が宣言するというだけのシンプルなゲーム。
一体誰が言い出したのだろうか。いや、普通にレク係になっていた者の発言だろう。定番というかお馴染みというべきか。修学旅行のちょっとしたレクとして提案されたのがこの王様ゲームだった。
「あ、オレ王様! それじゃあ十番と二番のヤツが――――」
王冠のマークをみんなに見えるようにヒラヒラさせながら一人のクラスメイトが声を上げる。彼の宣言が終わると同時に周りは「十番誰だー?」「ここに二番いたよ!」と騒がしくなる。そして十番と二番のクジを持った人達が見つかると王様の命令を実行する。
今回の命令は二人でバスに備え付けてあるカラオケをする、というものだった。どの歌を知っているかと相談しながら曲を選んでいるらしいが、あまり最近の曲は入っていないらしく決まるまでに少し時間が掛かりそうだ。
「真ちゃんって当たりクジ引き当てる力とか持ってないんだな」
早く決めないと次のクジが引けないだろ、と話すクラスメイト達の声を聞きながら高尾は隣の幼馴染を振り返った。そんな力を持っているわけがないだろうと呆れられるが、人事を尽くしている彼はジャンケンでさえ負けなしなのだから不思議に思うのもおかしくはないだろう。実際、商店街の福引きで一等を引き当てたこともある。
だが、結局クジは運だ。当たりクジを引かないことだってある。ジャンケンにしたって高尾相手にという話で一度も負けたことがないわけではないのだ。仮に当たりクジを引き当てる力があったとして、この場でそれが発揮されては王様ゲームでも何もなくなる。むしろそんなものがあった方が困るだろう。
「じゃあさ、真ちゃんが王様になったら何て言う?」
「別にこれといってやって欲しいことなどないが」
それじゃあ王様ゲームにならないと言った高尾自身は王様になったらどんな命令をするのか。
そういうお前はどうなんだと聞き返されて「うーん」と悩みながら、暫くして出てきたのは「今までで恥ずかしかったことを暴露する?」なんてものだった。まぁ確かにそういうものもありだろう。
「お前に恥ずかしかったことなんてあるのか?」
「そりゃあ誰にでもあるだろ。真ちゃんはねーの?」
「……ないとは言わない」
だろ?と言って話は終了。そんな罰ゲームのようなことを自らするつもりはない。この幼馴染にとっての恥ずかしいことが気にならなくもなかったが、聞けば自分も話さなければならなくなるのは間違いない。自分が話すことになるのなら聞こうとも思わない。
二人がそんな話をしているうちに十番と二番の二人はカラオケの曲を決めたらしい。結局いい曲が見つからずに童謡で良いかということになったようだ。バスに備え付けのカラオケでは無難なところである。童謡を歌うだけでこれだけ盛り上がれるのは修学旅行のレクだからこそだ。
「よーし、次のクジ回すぞ!」
レク係が前で声を張り上げる。今度は誰が王様だろう、どんな命令になるんだろうねとバス中がざわざわとし始めた。くだらないとか早く終われとか思ってるんだろうな、なんて考えながら高尾は回ってきたクジを引く。それを隣の幼馴染にも回してから後ろの席へ。
今のところ出てきた命令は一人でカラオケ、それがあったからこその先程の二人でのカラオケ。他には当たった番号の二人が手を繋ぐとか、最近あったおもしろい話をすることになったり、好きな人を言うなんてものもあった。
その時に当たった男子生徒は好きなのはペットの猫だと答えてズルいとか言われていたが、オレが好きなら良いだろと強引に終わらせていた。何番が何番に告白なんてのもあったが、クジだから女子同士になり普通に好きだよと言い合って終わり。他人事だと楽しいけれど当事者になったら相手が誰なのかにもドキドキしそうだ。
「今度は誰が王様だ?」
「よっしゃ、やっと王様引いたぜ!」
「一体どんな命令するんだ? 変なのは止めろよー?」
「お前っ、どんな命令すると思ってんだよ!」
近くの男子達がからかってバス中に笑いが溢れる。変なのの基準は分からないが、高校生となれば大方恋愛関係だろうか。告白は出てきているが、ポッキーゲームくらいなら誰かが言いそうである。ポッキーがなかったらトッポだろうか。一人くらいはこんなこともあろうかと持っていそうだ。
「あーもう! なら十六番と三十番がキスでどうだ!」
一体どこの合コンだ。「サイテー!」と女子達に言われ、男子は「変なのは止めろって言っただろ」なんて言われている。ここまで言われたら逆にこういうことを言いたくなるだろうというのは王様になった男子生徒の主張だ。
だからってせいぜいポッキーゲームまでだろうとは大多数が思っているだろう。こういうのもないとだろと言えるのはやはり他人事だからか。
「ちなみに十六番と三十番って誰なんだ?」
いくら王様の命令は絶対とはいえど、流石にこれは本当にやれとは言えないだろう。当たった人を確認したら適当に代わりのことをやってもらって終わりだ。
一先ず誰が当たったのかを確認しようと「何番だった?」と近くの友達同士で声を掛けあっている。クラス全員にクジが行き渡っているいるのだから、どこかに必ずその番号を持っている人はいる。片っ端から確認すればすぐに分かることである。
「十六と三十な……真ちゃんは何番だった?」
命令が命令なだけに、別のことをしてもらうにしても当たった人は名乗りづらいだろう。いずれはバレるのだから遅かれ早かれという話だが、こんな命令で喜ぶ人は――いないとも言い切れないだろうがほぼいないと思われる。
周りと同じように隣の幼馴染兼クラスメイトに尋ねると、翡翠の瞳がじっとこちらを見たかと思えば「お前はどうなんだ」と質問を質問で返された。それは今オレが聞いたことなんだけど、と言っても聞くなら自分から言うべきだろうと。たかがクジで何をそんなに譲り合っているのか。譲り合いとはまた違う気もするけれど。
「高尾、アンタは何番だったのー?」
ひょこっと後ろの席の友達がこちらを覗いてきて反射的に身を引く。それを見た彼女は「そこまで驚くことはないでしょ」と笑いながら、それで何番だったのともう一度尋ねた。
「そっちは?」
「アタシは三番。で、高尾は?」
「オレは…………」
そこで止まった高尾の手から彼女はクジを奪い取った。あ、と声を上げた時にはもう遅い。
クジを見た彼女は「アンタが十六番だったんだ」と呟き、それを聞いた周りにもあっと今に伝達した。いずれはバレるにしろ不本意である。どのみちバレるのだから同じことか、と思うようにはしても当事者になるとやはり相手が気になるものだ。
一人が分かってクラスメイト達も周りのクジを確認していて、全部分かるのも時間の問題だろう。十六番が高尾ならオレにキスをしてって言えば良かったなんて冗談で言った王様に「もうアイツに近づかない方が良いんじゃない?」「危ないよ」とこちらも冗談で女子が口にしている。
はぁ、と溜め息を吐きながら高尾はクラスメイト達の様子を眺める。いつものようにその中に入っていかないのは命令が命令だからだろう。
どうせキスにならないのなら誰でも良いけれど、と思いながらふと視線を感じる。この状況で視線を向けてくるとしたら、考えるまでもないか。
「聞いてたと思うけど、オレは十六番。まぁでもゲームだしな」
そんなに気にすることでもない。気にしてもしょうがないともいうが、細かいことは良いだろう。キスの代わりなら無難にポッキーゲーム辺りに落ち着くんだろうなと考えつつ、そういえば結局まだ聞いていなかったことを思い出して「真ちゃんは?」と最後に付け足した。
聞いた途端に視線を逸らされてクエッションマークが浮かぶ。聞いてはいけないことではないはずだ。どちらが先に言うかを揉めはしたがそれだけで、高尾の番号が分かった今となっては後は緑間の番号を確認するだけである。今更隠すことなんてないよなと思いながら、高尾は友人にやられたのと同じように緑間の手からクジを奪い取る。
「おいっ!」
「いずれは分かるんだからいーじゃん。たかがクジの一つくらい……」
見たって良いだろう、というような言葉が続くはずだった。続かなかったのはそのクジに書かれていた数字が原因だ。
二人の様子がおかしいことに気付いたクラスメイトがどうしたんだと声を掛ける。その声で漸く我に返ると、高尾はすぐに笑顔を作って「なんでもない!」とだけ答えた。けれどそれも無意味だ。時間が経てばいずれ分かること。それは高尾も分かっていたことだったのだが、咄嗟の行動というやつだ。
当然だが、クラス中のクジを確認すれば結果は自然と導き出される。残っている未確認のクジ、そして何やらおかしい幼馴染二人。未確認のクジの中身を見なくたって答えははっきりしている。
「なんだ、お前等なら普通にキスで良いか」
「どうしてそうなるんだよ! 良いわけないだろ!?」
「怒るなよ。夫婦なんだから今更じゃん」
「夫婦じゃないし! 付き合ってもないって何度言えば分かるんだよ!」
でもお前等って、とクラスメイト達は言う。本当に何もないのだ。二人はただの幼馴染でそれ以上でもそれ以下でもない。よく話すのも一緒にいることが多いのも幼馴染だから。お互いのことが分かっているのもそれが理由だ。
これまでにも幼馴染の男女だからとからかわれたことなら何度もある。小学生の頃から中学生の時も、高校生になった今も。男女の幼馴染にはよくあること。毎回否定しているというのに繰り返されるやり取りである。
「ってかさ、お前等って付き合わねーの?」
「あ、それ思ってた。お似合いだよね」
好き放題に言ってくれるクラスメイト達をどう収拾付ければ良いのか。頼むからもう放っておいてくれと切実に思う。
嫌いなのかと聞かれればそうではないと答える。好きか嫌いかで聞かれたら好きだ。では、好きかと聞かれたなら?
「緑間だって高尾のこと本当は好きなんだろー?」
「どうしてそうなるのだよ」
「高尾も緑間君のこと好きでしょ?」
「それは、幼馴染としてだから」
明確な答えをどちらも口にせずに適当にやり過ごそうとする。だって、自分達は幼馴染だ。これからもずっとそれは変わらない。一緒にいる理由はそれだけで十分だ。
昔からよく知る、一番近くにいる相手に本当のことなど言えるわけがない。
嫌いかと問われれば否定する。好きか嫌いかなら好き。好きかと質問されたなら、自分の気持ちに正直に答えるのならYESだ。今更そんなこと、しかも幼馴染に対して言えないけれど。幼馴染としてではなくそういう意味でも好きだと思うようになっているからこそ、余計にキスなんて無理だと否定する。これがただの幼馴染だった頃なら冗談でキスくらいしただろう。多分、だけれど。
「とにかく! キスは絶対しないから!!」
嫌だからというより無理だから。キスって大事なものなんだから遊びでするものじゃないとそれっぽく主張しておけば、これ以上無理にとは言われないだろう。ファーストキスだったら可哀想だしな、は余計である。
それならどうするかとなった結果、案の定ポッキーゲームにしようということになりクラスメイトの一人がポッキーを取り出す。折った方が負けだからと律儀にルール説明をしてくれたが、正直周りのことを気にしている余裕なんてない。それでも表面上はいつも通りを装う。
「ポッキーゲームだってさ。真ちゃんチョコの方で良い?」
「…………あぁ」
緑間がこういうことに乗り気ではないのはいつものことだから気にしない。高尾がビスケットの方を選んだのは甘いものが好きではないからであり、緑間が甘いものを好きだからだ。どっちみち食べ進めるのは自分なんだろうけど、と先にもらったポッキーを咥える。やらなければいつまで経っても終わらないのだから、ここは覚悟を決めてさっさと終わらせるのが一番だ。
そう考えたのはどちらも同じだったらしい。溜め息を一つ吐いて緑間も反対側を咥えると、終わらせるべく食べ進める。甘いものが好きではないといっても食べられないわけではないし、これくらいなら大丈夫だ。とはいえ、甘いものは甘い。好き好んでは食べる気にならないなと思ってしまうのは仕方がない。
そんな高尾の様子に気付いたのか、緑間も反対からチョコを食べる。ポッキーのせいで喋られなくてもこの距離で表情は見える。何より幼馴染だから分かるのだ。無理して食べているほどではないにしても、こちらが食べても終わるのならその方が良いだろうと考えたが故の行動。
両方から食べれば片方だけで食べるよりも早くポッキーが短くなっていく。一口、また一口と食べ進めればあっという間に互いの距離が縮まる。先に離した方が負けなんていうが、ある程度小さくなれば周りも許してくれるだろう。流石に初めから折るのではやり直しを求められそうだが、このくらいまでくれば文句もあるまい。
(――――!?)
ばっ、と勢いよく離れた二人に周りは「どうした?」「もしかしてキスしちゃった?」と勝手なことを言い出すクラスメイトの言葉など聞こえていない。
(これはゲーム、だからただの事故。それ以外の何でもないんだ)
(たかがゲームだろう。それにコイツは昔から……)
僅かに触れた唇が柔らかかったなとか、温かかったなとか。そんなことを思ってしまって慌てて頭を振る。王様ゲームの命令で出たポッキーゲームをしただけで、やりたくてやったことでもなければこんなの事故でしかない。
キスにさえカウントされないそれに、しかし心臓がドクドクと鳴る。たかがそれだけのことなのに、相手はただの幼馴染なのに、恋をしている相手でもあるから。たったそれだけのことでこんなにも胸が苦しくなるなんて。
「おーい? マジで大丈夫か?」
「え? あー平気だぜ。折れた時にちょっと刺さってさー」
こういうのって失敗すると痛いよななんて笑って誤魔化せたのかどうか。本当にそれだけかと追及されたところに緑間がくだらないと一刀両断し、それに乗じて「ほら次いこうぜ!」と促せばそれもそうだなという雰囲気になる。
クラスメイト達が次のゲームに頭を切り替えてくれたことにほっとしながら、ちらりと隣を見る。その瞬間、双方の瞳がかち合って相手が慌てて顔を逸らしたことは互いに知らない。
(もう本当、全然大丈夫じゃないんだけど)
(一体どうしてくれるのだよ)
お互い相手がそんなことを考えていることも知らない。自分が恋愛対象にされているなんて微塵にも思っていない。
さて、まだ修学旅行は続くわけだがこれからどうしようか。
事故とは突然起きるもの
それにしたってこの気持ちはどうすれば良いのか。
しかもバスの席順なんて修学旅行中ずっと変わらないというのに。今すぐ誰かと交換したい。
だけど隣にいたいとも思うなんて。
この恋は相当重症なのかもしれない。