「また別れたのか」
たまにはストバスとか行かね?と誘ったらそうだなと了承され、お互い都合の良い日を決めるところまでは良かった。けれど、天気というのは予報通りに行かないこともある。
雨が降っている中でストバスに行ってもしょうがない。行ったところで雨ではバスケは出来ないのだから。それならどうしようかと連絡をし、どうせ空いてるならお前の家に言って良いかと聞いてやってきたのが十分ほど前。それから唐突にこの質問である。
「まぁね。でもなんで真ちゃん知ってるの?」
「この間、偶然お前を見掛けたのだよ」
声掛けてくれれば良いじゃんと普通に言ってから「どうして女性と歩いているところを邪魔をしなければならんのだよ」という緑間の尤もすぎる意見に気が付いた。それもそうだ。
いやでも、普通に友達っていう可能性もあるんじゃないのか。女性イコール彼女じゃないんだし。言えば深い溜め息を吐かれる。あれだけ堂々としていてよく言う、って言われるくらい堂々としてたっけ。
……してた、かな。この間がいつを指しているかは分からないけど、彼女に手を繋ぎたいって言われて繋いだ覚えはある。
「つーかさ、真ちゃん。オレの元カノ知ってたっけ?」
「知っているも何も、あれでどうして知らないと思うのだよ」
「え? そんな目立ってる?」
「そこまでは知らん。見れば分かるくらいだとは言っておくが」
それって目立ってるっていうんじゃないのか。同じ学校だからお互い大学内でも姿を見掛けることはあるけれど、あの緑間に分かるほどって相当な気がする。
冗談とかじゃなく、緑間が恋愛に関して鈍いということは彼の周りの人達なら大体知っている。オレも含めて。その緑間に分かるっていうんだから、他の奴にも普通に分かっているだろう。
別に学校内でイチャついたりはしてないし、かといって隠そうとしているわけでもない。彼女が手を繋ぎたいって言ったら手くらい繋いでやるし、それ一口頂戴とか言われたらほいと何の気兼ねもなく渡す。
こうして思い返してみるとそれらしいことを隠しもせずにしてるかもしれない。しかも相手が変わっていることもちゃんと覚えられているようだ。それも隠してもないんだけどさ。軽い男だと見られている自覚はある。実際、こうも彼女をコロコロ変えてたら当然のことだろう。それもどうでも良いからそうしてるんだけど。
「人の恋愛に口出しする気はないが、そんなことばかりしていると女性に嫌われるぞ」
「そん時はそん時? オレだって好きで振られてるワケじゃねーし」
誤解のないように言っておくけど、オレが彼女を変えているのは振ったからではなく振られたから。自分から振っておいてすぐに別の彼女を探すなんて酷い真似はいくらなんでもしていない。付き合うのも大抵向こうから声掛けてきて。
って、そのまま話したら適当な気持ちで付き合うなと怒られた。それは女性にも失礼だろうっていうのもそうだよなとは思う。だけど、フリーの時は自分を好きだって言ってくれるなら良いかぐらいの気持ちでお付き合いを始める。最低だな、と客観的に見て思う。
それならどうしてやめないのか。
やっぱり寂しいから……だろうか。
「オレもウサギと同じで寂しいと死んじゃうからさ」
「ウサギの話は迷信だろう」
「一人だとオレが寂しいっつー話」
誰も寂しくて死ぬなんて話は信じていない。普通に考えて嘘であることは分かるだろう。それはたとえ話とでもいおうか。オレも寂しかったら死ぬわけじゃないけれど、一人っていうのは寂しいものだ。
誰かに傍にいて欲しい、なんてオレが子供なだけか。というよりも、オレが自分の気持ちを整理できていないだけ。
「それだけの理由で女性を振り回すな」
「ラッキーアイテム一つでバスケ部を振り回してたヤツに言われたくはないけど」
なんて言ったら頭を叩かれた。意外と手が出るんだよな、コイツ。
高校ン時、席が前後だった頃にオレが授業中寝てたら椅子を蹴って人を起こしたもんな。もっと別の起こし方があるだろ。そもそも寝ている方が悪いっていう緑間の主張は正論なんだけどさ。
「じゃあ、真ちゃんがずっと傍にいてくれる?」
もちろん冗談だ。こんなこと本気でいうわけがない。だってオレ達は友達で元相棒で。こんな冗談は日常茶飯事のことで。
「あぁ」
だから、そんなあっさり肯定されるとか想定外過ぎた。あまり冗談を言わないヤツだけど、高校三年間の内に本当にたまにだけど冗談を言うこともあった。だから冗談という可能性も有り得る。
……とは考えられなかった。その翡翠があまりにも真っ直ぐで、嘘や冗談なんて一切ないように見えた。
「お前の隣にはオレがいてやる。それでも寂しいか?」
どうしてそんな目で見るんだよ。やめろよ。人がどうにかしてなくそうと必死になってるってのに、その感情を思い出させるなよ。
お前のそれが友達として言っているってことは分かってる。分かってるのに、オレは勝手に友情を超えた感情を抱いてしまうんだ。それが嫌で、彼女がいる間は忘れられるかなって別れてもすぐに付き合ってを繰り返してるっていうのに。
だったら別の学校に進学すれば良かったんじゃないかって?近くにいたら余計に気になってしまうんじゃないか。その通りだ。すぐにでも会える距離にいるんだから。
いつでも会える距離。友達としてそれくらいの距離にいたかった。少なくともオレ達は友達であって、学校で見掛けて最近の話をしたりっていう普通のやり取りが好きだから。なんだかんだでちゃんと話を聞いてくれてるって知ってるオレは、たったそれだけのことにも幸せを見つけたりして。
「けど、それだと真ちゃんが彼女作れなくね? また痴話喧嘩かよーとか茶化されたりしてな」
「それならお前も彼女が作れないだろう?」
えっと……これはどうとれば良いんだろう。なんとか冗談で終わらせようとしたのに、コイツはこんな風に返してくる。
普通に考えたら、考えたら?相手が女の子だったのなら、一つの告白的な何かに近いものなんだろうけど。オレも緑間も男で、そもそもオレ達は友達で。痴話喧嘩っていうのは高校生だった頃にオレ等が喧嘩してたら周りがそう茶化していただけだ。部活では相棒で普段もよく二人でいたから。
それで、結局その言葉の意味は何なのか。頭をフルに使って考えてみても答えが出ない。お前はオレに何を…………。
「高尾」
不意に名前を呼ばれる。反射的に「何」と返して顔を上げたら。
「ずっとオレの隣にいろ」
それがどういう意味なのかは流石にオレでも分かった。顔を上げた瞬間、緑間の唇がオレの唇に触れたから。それで分からないほどオレは鈍くない。
正直なところ、信じられない気持ちが大きい。でも。
「なら、真ちゃんもオレの隣にいてよ。オレはこの先も、お前の隣を譲るつもりなんてないぜ?」
「当然だ」
何を今更、とでもいうようにオレ達はもう一度口付を交わした。
ずっと欲しかった、けれど手に入れることは出来ないと思っていた。嘘でも冗談でもなく、夢でもない。紛れもない現実で告げられたずっと欲しかった言葉。
ずっとオレの隣に いつまでもお前の隣に
手に入らないと思っていた温もりが今はすぐ手の届く距離に。