「成人おめでとう」


 ビールを片手にそう言えば、同じ言葉で返ってくる。今日は成人の日、そして成人式が行われた日でもある。オレ達新成人は成人式に参加して懐かしい友と再会し、きっと今頃は同窓会が開かれていることだろう。
 だけど、オレ達は同窓会に出ることなくこうして家に帰ってきた。別に深い理由なんてない。目の前の男に「どうする?」って聞いたら「今日は運勢が良くないからさっさと帰るのだよ」と相変わらずのことを言われたから。それならオレも帰るかと二人でルームシャアをしている部屋に戻り、こうして酒をあけたわけだ。


「これでオレ達も成人か。いよいよ大人の仲間入りだな」

「年齢的にはとっくに成人だろう」

「真ちゃんは半年近く前だけど、オレはつい一ヶ月くらい前の話だぜ?」


 まあ、こんな話はその時にもしている。それでこの発言なんだろうけれど、こうして式が行われると改めてそれを感じたというか。真ちゃんにとってはそうでもないみたいだけれど。


「そういや、小学校の頃は二分の一成人式とかあったよな」

「ああ、成長記を作ったりしたな」

「そうそう。あん時、未来の自分に手紙を書いたりもしたよな」

「十年後の自分宛てに、だったか」


 小学校四年生の時だっただろうか。十歳の時に学校行事でそんなことをした覚えがある。成長期を作ったり、それを発表したり。親に手紙を貰ったりもしたっけ。
 その中の一つに、未来の自分に宛てた手紙を書くというものがあった。当時十歳だったオレ達が十年後の自分達に、つまり今のオレ達に向けて手紙を書いた。


「多分いずれ届くんだよな、あれ。何書いたかとか覚えてる?」

「当たり障りのないようなことを書いたんじゃないのか」


 そんな風に答えられて「つまんねーな」と零したが、それならお前はどうなんだと聞かれて考えたけれど十年も前の話だ。どんなことを書いていたかなんてはっきり覚えているわけもなく、おそらくオレのことだからこう書いたんだろうな程度の記憶しかない。そしてそれは、やっぱり当たり障りのないようなことなんだろう。
 オレもそんな感じだった気がすると言えば、人のことを言えないだろうと返された。その通りだな。どうせ元気ですかとか、今は何をしてますかとか書いてあるんだろう。というより、当時は何を書けば良いんだろうって思いながら書いていた気がする。


「そういえば、タイムカプセルも埋めたよな? 何入れたか全然覚えてないけど」

「写真を撮ったりしただろう。あれが入ってるんじゃないか」


 言われてみればそんなことをしたなと記憶がよみがえってくる。写真だけじゃなくて、ビデオとかも撮った気がする。どんなと聞かれても困るけれど。


「写真といえばさ、成長記を作る時。真ちゃんとの写真ばっかだったよな」


 生まれた時からその当時、十歳の頃までの写真を貼りながら作った成長記。写真は家にあったアルバムから幾つか選んだのだが、家も近くで親が親友同士のオレ達は本当に小さい頃から一緒に過ごしてきた。
 そのお蔭で、成長記を作る為の写真も二人で映っているものが多かった。別にその写真を避ける理由もなかったから普通にそれらも含めて選んで、半分以上は一緒に映っていたんだろうか。


「仕方がないだろう。出掛ける時も大抵一緒だったんだからな」

「オレ等二人で一冊でも良いんじゃね? ってくらい、どっちも一緒に映ってたよな」


 あれは今どこにあるんだろう。実家の押し入れの奥底にでもしまわれているのかな。クラスメイトにもお前等大体一緒に居るじゃんと笑われた。
 幼馴染だからしょうがないだろうと言ったら、そんなに小さい頃から一緒に居たんだと驚かれたというかなんというべきか。お前等幼馴染だもんな、と言われるのも昔からで慣れた。同じくらい幼馴染だからと言うのも毎度のこと。進級や進学する度だからどれくらい説明したことがあるのかなんて分からない。勿論今日も成人式で会った昔の友人に言われた。やっぱり一緒なんだと。


「いつから一緒に居るのが当たり前になったんだろうな」

「物心が付いた頃には一緒に居ただろう」

「だよな」


 いつからかなんて分からない。ただ隣に居るのが当たり前で、周りからもそれが当たり前に見られるようになって。片方が居ない時はもう一方に聞けば良いと思われてるし、学校が違ってもお互いのことは知ってんだろって思われてる。中学の時もそうだったし、大学生である今もそうだ。
 どれだけ一緒に居ると思われているんだと思っても、実際に別の学校だろうとお互いのことは知っていたし、今なんて一緒に暮らしているほどなのだから仕方がない。ルームシェアの理由は、大学が実家からでは遠いというだけの単純な理由。ついでに二人でなら家賃も半分で済むし、今更遠慮する間柄でもないから自然とそうなっただけだ。


「でもさ、このままだと彼女出来た時とか困らねぇ?」


 今はお互いに彼女が居ないから良い。けれど、これから彼女が出来たらやり辛いことも出てくるんじゃないだろうか。そうなった時は、一人暮らしの方が良かったなと思ったりするんだろうか。今のところ、彼女が出来る予定なんて全くないけれど。


「……好きな人でも出来たのか」

「いや、全然。そういう真ちゃんこそどうなんだよ」


 この幼馴染は少し変わっているけれど、それでも女子から人気が高いことは昔から知っている。バレンタインだってチョコを沢山もらっているし、告白された回数だって片手ではとても足りない。
 だけど女の子と付き合ったことはない。といっても、それは部活を中心の生活をしてきたからだ。彼女を作ったり、デートなんてしている暇はなかった。だから断っていただけで、今は好みの女の子が現れればお付き合いをするんじゃないのかなと。考えたりはする。


「オレは女性と付き合うつもりはないのだよ」

「そりゃあ今はそうかもしれねーけど、いつかは分からねーだろ?」


 いつ、どこで好みの女性と出会えるかなんて分からない。今は付き合う気がなくても、いつかはそういう日が来るだろう。
 ……そうしたら、オレは真ちゃんの隣には居られなくなるんだろうな。今は幼馴染だからここに居られるけれど、彼女が出来たらそこは彼女の席になってしまうんだろうから。


「いつかも何も、付き合うつもりはないと言っている」

「そうは言ってもさ……」

「お前こそ、いつかは結婚して子供を作り、幸せな家庭を築いていくんだろう」


 いつかはって、それが普通の未来像だろ。だから真ちゃんもそう言う未来を歩いて行くんだろうなと思って、というかそれが当たり前のことで。


「それは、真ちゃんもだろ?」

「オレはお前だけが居れば良い」


 さらっと言われたけれど、なんかとんでもないことを言われたような気がする。聞き間違えか、それとも何かの間違いか。恐る恐る聞き返してみる。


「オレだけが、って……」

「何度も言っているだろう。オレは女性と付き合うつもりはない。オレはお前が好きだから、これからもお前さえいてくれれば良いのだよ」


 聞き返したところで、返ってきたのは先程と変わらぬ答え。何かの間違いかとも思ったけれど、そんなことはなかったらしい。
 でも、えっと。これはどうすれば――――。


「カズ」


 白く長い指が伸ばされたかと思うと、そのままそっと唇を重ねられた。
 頭の中は真っ白で、何を考えていたのかも忘れてしまった。冗談や気の迷いではなく、本気なんだ。もともと冗談や気の迷いだなんて思ってはいなかったけれど。この幼馴染はそんなことをする人間じゃない。


「お前はどうなんだ」


 真っ直ぐに翡翠がこちらを見る。お酒が入っていたはずなのに、そのお酒はどこにいってしまったのか。酒の勢いでこんなことをしたら後悔する、と言いたいけれど言えないことは知っている。この程度の酒で幼馴染が酔わないことくらいとっくに知っているし、それは逆もまた然り。
 まさか、成人式の日に告白をされるとは思わなかったけれど。でも、ある意味良いきっかけにはなったのかもしれない。


「オレも好きだよ、真ちゃん」


 ずっと伝えられなかった。伝える気もなかった言葉だけれど、そっちが伝えることにしたのならこちらもきちんと伝えよう。好きというその言葉を。
 そして、今度はこちらから唇を寄せる。やられてばかりは性に合わない。それに、好きという気持ちはオレだって同じだから。


「これからもずっと、オレの隣に居ろ」

「じゃあ、真ちゃんもちゃんとオレの隣に居てね」


 お前に言われるまでもない、と言って真ちゃんは口元に笑みを浮かべた。それを見てオレも笑う。

 二十歳、大人への一歩を踏み出すこの日。
 オレ達は新たな誓いを立て、これからも二人で一緒に歩いて行く。

 これからも、ずっと一緒に。







(三十年後も四十年後も、変わらずに君の隣に)




緑高ワンライに参加させて頂いたもので、お題は「二十歳」「同棲」でした。