「和成、お昼はどうするのだよ」
「オレが作るよ。真ちゃんもうお腹すいた?」
現在、この家にはオレと真ちゃんだけ。母さんは真ちゃんのママと一緒に出掛けている。
高校時代からの友人である母さん達は家が近所ということもあり、今でも二人で出掛けたりどちらかの家でお喋りをするなんてのはしょっちゅうだ。その度にオレはこうして真ちゃんの面倒を見ている。
といっても、真ちゃんが生まれる前は妹ちゃんの面倒を見ていたから特に苦労とかもなく。煩わしいとも思ったこともない。妹ちゃんも真ちゃんもいい子だから基本的にオレは見ているだけだったり、時々誘われて一緒に遊ぶ程度だ。こういう子供だと親も楽なんだろうなとか年齢に似つかないことを思ったりして。
「それは平気だが、おしるこは飲みたいのだよ」
「おしるこね、ちょっと待ってて」
確か冷蔵庫におしるこがあったはずだ。先述したように母さんたちは仲が良くウチに来てお喋りをしていることも多い。真ちゃんがおしるこを好きだからとウチにはおしるこが常備されている。オレは甘いものがダメだから飲まないけど、真ちゃんはいつも美味しそうに飲んでいる。子供は甘いものが好きだよな。たくさんの甘い食べ物がある中でおしるこをチョイスする真ちゃんはなかなかだと思う。可愛いけどな。
はいとおしるこを渡してやれば、ぱあと顔を明るくしてごくごくと飲み始める。うん、やっぱり可愛い。多分オレは子供の相手をするのが好きなんだろう。昔職場体験で幼稚園に行った時もオレ自身が結構楽しんでいた。子供ってオレ達の予想しないことをしたりするんだよな。
「あ、真ちゃんはお昼何食べたい?」
今すぐにお昼にする訳ではないけれど、どっちみちこれからお昼の支度はする。何か食べたいものがあるのならそれを作ろうと質問してみる。
これでもオレは春から大学生になった。料理もそれなりには出来る。まぁ本当にそれなりしか出来ないんだけど、子供が好きな定番料理くらいは作れる。要するに調理実習で教わるレベルの料理なら大丈夫ということだ。男子大学生なんてみんなそんなもんだろ。覚えておいて損はないんだろうけどな。とりあえず必要最低限さえできれば問題ないと思ってる。
「おしるこがいい」
「それは今飲んでるでしょ。それにおしるこはお昼ご飯じゃありません」
「うーん……それならオムライスが食べたいのだよ」
「オムライスだな。じゃあ、お兄ちゃんがこれから作ってくるから真ちゃんはいい子に遊んでてな」
こくんと頷くのを見て頭を撫でてやる。それからオレはキッチンに移動をして昼食の準備だ。リビングとキッチンはすぐ隣だから真ちゃんが何をしているかも一目で分かる。元々オレの視野が広いこともあって、リビングくらいの距離ならしっかり把握することができる。便利な目だなと思うのは部活中とこういう時だ。もっとも、部活は高校生だった頃までの話で今はやめてしまったけれど。
やめたといっても嫌いになったからではなく、将来その職に就く訳でもないし大学生活はそれなりに忙しい。そういうことから自然と離れていっただけだ。勿論今もバスケは好きだし誘われればストバスに行く。中学高校とバスケばかりやっていたからどうなるんだろうとは思ったんだけど、バスケがなくなっても案外普通に生活している。
(えっと、にんじんと玉ねぎ。あと鶏肉……はないからウインナーでいいかな)
必要な材料を取り出して包丁で切っていく。真ちゃんは好き嫌いとかなかったと思うし大丈夫だろう。好き嫌いなんてダメだとは言っても実際嫌いな食べ物くらいあったりするよな。まだお昼には時間があるけれど作っているうちに正午になる。その頃には真ちゃんもお腹が空くだろうし今から準備をするくらいが丁度良いのだ。
フライパンで切ったものを炒め、ご飯やケチャップと合わせる。それらを作り終えたら今度は卵だ。半熟が美味しいだとか半熟で作るにはとか色々あるけど、オレはそんなことを気にせず普通に焼く。というより大して料理が出来る訳でもないオレに半熟なんて高等技術は無理だ。ちゃんと火が通ってた方が安全だしな、とでも思っておこうか。
こうして準備をしている間に正午を知らせる鐘の音が響いてきた。そろそろお腹が空いてきたのかリビングからこちらを見た真ちゃんがまだなのかと尋ねる。もうすぐできるから待っててねと返事をしながらお皿を用意して盛り付け。
……まぁこんなもんだろ。きちんと卵でご飯を包んだし立派なオムライスだ。
完成したばかりのオムライスとスプーン、それからケチャップを持ってリビングに入ると真ちゃんはすぐにテーブルの傍までやってきた。早く食べたいみたいで、そういう反応をされると作った方としても嬉しいものである。もう一度だけキッチンに戻って飲み物を用意すると二人でテーブルにつく。
「真ちゃん、何か描いて欲しい? 自分で描く?」
「くまさんがいいのだよ」
くまさんか。そういえば今日の蟹座のラッキーアイテムはくまのぬいぐるみだっけ、と真ちゃんのすぐ隣にあるぬいぐるみを見る。これは真ちゃんママが真ちゃんを預けた時に「いい子にしてるのよ」と彼に持たせたものだ。
くまさん可愛いなとオレが言ったら今日のラッキーアイテムなんだと教えられた。オレは占いとか信じない方だから特に気にしたことはないけれど、このくまが真ちゃんに何かいいことでも起こしてくれたらいいなくらいのことは思った。
ほら、ラッキーアイテムっていうくらいなんだし小さなことでも一つくらいいいことが起こってもよさそうだろ。
「はい、くまさん完成!」
卵の上にケチャップのくまの絵。妹ちゃんにもよくやってあげたから結構自信がある。時々ケチャップで描くには難しいものをリクエストされたりもしたけどな。たまたまテレビにアニメがついていて、誰々を描いて欲しいとか。まぁその時はその時でなんとかしたんだけどさ。
その妹ちゃんも今は中学生になり今日は友達と遊びに出掛けている。オレも大学は休みでたまたまバイトもなく、家の留守を任されたというわけだ。
「よし、食べるか。いただきます」
「いただきます」
オレが言うのに続いて真ちゃんも挨拶をする。味が濃すぎることもなく、聞いたら真ちゃんも美味しいって言ってくれたから成功だろう。オムライスとか作ったの久し振りだな。料理すること自体があまりないけど、そこは気にしないお約束。
「和成は料理もできるのだな」
「ん? 簡単なものならな。さすがにおしるこは作れないぜ?」
「でも美味しいのだよ」
繰り返し言われた言葉にありがとうと返しながらスプーンを口に運ぶ。おしるこも作れるなら作ってあげたいけど、そもそもどうやって作ればいいのかも分からない。レシピを調べたとしてもオレにできるのか。オレが甘いもの苦手じゃなかったら何度でも試せるけど、失敗しても作りすぎても後の処理に困るから手が出せない。
でも、一度くらいは作ってみたいかな。市販のおしるこも美味しいんだろうけど手作りではまた違うだろうし。それよりもお店に連れて行ってあげる方が美味しくいいかもしれないけどな。つっても、作るとしても今すぐの話じゃないし真ちゃんが大きくなればこんな風にウチに来ることもなくなるんだろう。
「真ちゃん、学校はどう? 勉強とか。あ、宿題あるならみてあげるよ」
「宿題は終わらせたのだよ。勉強も問題ない」
流石真ちゃん。きっと宿題を出されたその日のうちにきちんと終わらせたんだろうな。頭もいいしオレが教えることなんて何もないか。別にオレは頭がいいって訳でもないんだけど小学生の問題くらいは簡単に解ける。今回はその必要もなかったみたいだけどな。いや、真ちゃんならこれからも宿題くらい一人でできそうだ。
それでも分からないことがあったら教えるからいつでも聞けよくらいは言っておく。お兄ちゃんとして。実の兄でもなければ母さんがそう呼ぶからか呼び捨てにされてるんだけどな。妹ちゃんはお兄ちゃんって呼んでくれてるんだけど、そっちには影響されなかったらしい。まぁ呼び方くらい気にしないけどさ。
「和成は大学生になって忙しいのか?」
「んー……忙しいっちゃ忙しいけどそこまでじゃないぜ。真ちゃんとはこれまで通り遊べるよ」
「本当か?」
「オレも真ちゃんに会いたいしね。これからも気にしないで遊びにおいで」
言えば真ちゃんは笑顔で頷いた。可愛いな、って一応言っておくがオレはショタコンではない。子供って普通に可愛いだろ?真ちゃんのことはもっと小さい頃から知ってるし、気持ち的には兄みたいなものだ。
なんせオレ達は十二歳差だ。小さい頃どころかオレは真ちゃんのことを生まれた時から知っている。母さん達が仲良いのはその頃も同じで、生まれたばかりの真ちゃんにも会っている。当たり前だが真ちゃんはそんなこと覚えていないだろう。でも物心つく前から一緒に遊んでいたし、真ちゃんからすればオレは近所のお兄さんってところだろう。
妹ちゃんとも五歳離れてるけど、十二歳っていったら干支が一周するくらいだからな。真ちゃんが初めて自分の干支を迎える時にはオレも二十四だ。その頃にはもう就職しているんだろうか。無事に仕事に就けたらいいななんて六年後の自分に対して思う。その為には今勉強をしっかりやらないといけないだろう。
「そういえば、和成はその……好きな人、とかいるのか?」
バイトばかりじゃなく勉強もしないとなと考えていたところにその質問でむせるかと思った。いきなりどうしたのかと思えば、小学校でそういう噂が流れたりとかするらしい。誰が誰を好きとかそういう話が。まだ一年生の一学期だろとは思うが、幼稚園だろうとそういった類の話はあったようだ。
最近の小学生はマセてるな……。まぁオレの頃もそういった噂話はよく流れたものだ。当事者にはなったことがないけど当事者は大変だろうなと思いながら傍観してた。お前あの子が好きなんだってと茶化されると本当は好きでも好きなんて言えないだろうし。当事者じゃないからそうなんだろうなとしか分からないけど。
「好きな人か……別にいねーな。高校ン時も部活ばっかだったし」
「…………オレのことはどうなのだよ」
「真ちゃん? もちろん好きだぜ」
真ちゃんのことも妹ちゃんのことも、みんな大好きだ。聞きたいのはそういうことではないんだろうけど、そういうことなんだろう。恋愛の意味で好きな人はいないけれど、真ちゃんや妹ちゃんは家族というか兄弟というか。そういう意味で好きだ。初めに聞かれたのは恋愛対象としての話なんだろうけど、後者はそういう意味だろう。
当たり前のようにそう解釈したから、次に出てきた言葉には今度こそ本当にむせた。いや、本当にむせても全然嬉しくないけど。咳は止まんねーし苦しいし。
なんとか咳が収まったところで漸く話せる状態になる。だってまさか、それなら結婚しようとかいう話になるとは思わねーじゃん。どこをどうしたらそうなったんだ。
子供って時々分からないよな……。ただ純粋な気持ちで聞いているのも分かってるんだけどさ。
「あのね真ちゃん。オレは真ちゃんのことが好きだけど結婚はできないんだよ?」
「なぜだ?」
なぜと言われてもできないものはできない。オレはもう結婚できる年になったけど真ちゃんが結婚できるようになるのは十二年後だ。そもそもオレ達は男同士だし十二歳も年が離れている。
仮にオレか真ちゃんのどちらかが女だったとしても躊躇するレベルの年齢差だ。どう考えてもオレが真ちゃんに手を出した時点でアウトだろ。どっちみち無理だ。
しかし、オレがそう説明しても未だに真ちゃんはクエッションマークを浮かべている。オレが大きくなったら嫁にくればいいだろうって、確かに真ちゃんが大きくなったら結婚できる年になるね。その時にはオレも三十路になるけどね。
というかオレがお嫁さんなんだ。可愛さの欠片もないし真ちゃんの方がお嫁さんにピッタリだと思うけど、十八になる頃には今より背も伸びてカッコよくなるんだろう。可愛いっていうのは子供に対してだから男女問わずに使える言葉だよな。そんなこと今はどうでもいいけど。
「真ちゃんが結婚できる年になっても、オレ達は男同士だから結婚はできないんだぜ」
「? 黄瀬は黒子に好きだと言っているのだよ」
「それは友達としてだからね。結婚っていうのは一緒に一度の大切な人とするものなんだよ」
説明しても真ちゃんはさらに頭の上の疑問符を増やすばかりだ。「オレは高尾が大切なのだよ」と言ってもらえるのはとても嬉しいんだけどね。普段なら素直に喜ぶところだけれど今はそうもいかない。一体どうすれば分かってもらえるのだろうか。
多分、真ちゃんはまだ小さいから結婚というものをよく理解していないんだろう。結婚は男女でしか出来ないとか、生涯を共にしたいと思うような大切な人とするものだとか。ただ一緒にいたいと思う気持ちがイコールで結婚という表現になっているに違いない。
成長すれば自然と理解するようになるだろう。今ここでその認識を正すのは困難だと判断したオレは一つの約束をすることにした。
「じゃあ、もし真ちゃんが大人になってもオレを好きで結婚したいと思ったら。その時はオレもちゃんと考えるから」
その十二年の間に真ちゃんは結婚がどういうものなのかをきちんと理解するだろう。そうしたらあの頃はこんなこともあったよなという笑い話になるに違いない。ここで説明しても理解してもらうのは難しいだろうしこうするのが一番だろう。
でももし。結婚の意味を理解しても尚、真ちゃんがオレのことを好きだと言ったら。
絶対にないとは思うけれど世の中に絶対なんてものはない。おそらく一パーセントにも満たない確率だろうけれど、もしも真ちゃんの考えが変わらなかったとしたら。その時はオレもちゃんと考えて答えを出さなければいけない。男同士である以前に大人になった真ちゃんが三十過ぎたおっさんに興味なんてなくなってるだろうけどな。
「オレが大人になったら結婚してくれるのか?」
「結婚するっつーか、考える。これから真ちゃんが大きくなるまでに素敵な人に出会うかもしれないし、その時までオレが好きかなんて分からないだろ?」
「オレはずっと和成が好きなのだよ」
「ありがと。でも人の気持ちは変わるものだからさ。その時までの約束」
な?と小指を差し出すと真ちゃんも自分の小指を出して絡めた。約束をする時のお決まりである指切りをして、絶対忘れないようにと念を押された。
小学生になったばかりの真ちゃんは忘れちゃうかもしれないけど、もう大学生になったオレはお前が大人になっても忘れないだろう。そこまで記憶力は悪くない。
そうこうしているうちにお皿の上のオムライスは綺麗になくなった。ごちそうさまでしたと手を合わせ、二人でキッチンまで食器を運んだ。
さて、十二年後。彼はどんな風に成長するのだろうか。
その時までオレが彼の傍にいられるのかさえ分からないけれど、まだ当分の間は近くで成長を見ていられるだろう。母さん達に頼まれて一緒に遊んだりして。ずっとそうしていられたらいいなとは思えど、十二年も先のことはオレにもさっぱり分からない。
だけど、彼がこれからどう成長していくのかは楽しみだ。
きっとカッコよくなるんだろうななんて思いながら、オレは今日も真ちゃんと一緒に遊ぶのだった。
十二年後の約束
(オレは覚えているだろうけど真ちゃんも覚えててくれたなら嬉しいな、とか思ったりして)