十年前のその日、空には綺麗な満月が出ていた。いつもと変わらない平穏な夜の里に突如起こった異変――後に九尾事件と呼ばれる出来事が起こった。多くの里の者達は九尾に立ち向かい、当時の火影である四代目もまた九尾と戦い命を落とした。だが、彼等のお蔭で里は無事に守られた。この戦いで亡くなった者達は慰霊碑に名を刻まれ、里の英雄と呼ばれるようになる。
しかし、同時に英雄とは正反対のような存在になってしまった者もいた。四代目は九尾を幼い赤子に封印することで里を守ったが、九尾を宿す幼子は里の者達に嫌われ誰もその存在を認めはしなかった。否、中には彼を認めていた者もいたがそれは極僅かな人間であり、殆どの里の者は彼を認めていなかったのだ。彼の中にはあの化け狐がいるから、と。
彼の名はうずまきナルト。九尾の妖狐を封印され、その器となった少年。
十月十日
「今日は家にいるしかねぇよな……」
ベッドに寝転がりながら、ナルトはベッドの上でぽつりと呟いた。いつもなら集合場所に向かっている時間だが、今日は任務はなしだと事前にカカシから聞いている。それなら修業でもといつもなら考えるところだけれど今日はそういうわけにもいかないよなとカレンダーを横目に思う。
今日、十月十日は十三年前に九尾事件が起こった日だ。九尾の妖狐が里に現れ、里を壊滅にまで追い込んだ日。多くの死者が出たけれど、その英雄達のお蔭で今も木ノ葉隠れの里があるのだ。今日はその英雄達の為に里の者が集まって式が行われる。あの日から続く毎年の恒例行事だ。木ノ葉隠れに住んでいる者達はほぼ全員が参加するほどの式だが、ナルトはこの式に今まで一度も出たことがない。
(式に行ってもまたあの目で見られるだけだ)
九尾事件の英雄達の為の式。そこにナルトが出たことがないのは自分の中にその化け狐がいるからだ。里の者達はナルトではなく、ナルトの中にいる九尾を見て冷たい瞳を向けてくる。どうして化け狐であるお前がこの場にいるんだと、それが分かっているからナルトは式に出ない。ナルトは化け狐ではないというのに多くの者はそういう目でしか自分を見ないから。
けれど、四代目はナルトが里の者にそんな風に思われるように彼の中に九尾を封印したのではない。ナルトだって自分から好きで九尾の器になったわけではない。でもこれが現実なのだ。
「…………退屈だってばよ」
式には出ない。けど里の人達がほぼ全員式に出ている中で外に出ることも出来ない。そうなってくるとナルトには家で過ごすという選択肢しか残されていないのだが、家の中では出来ることも限られている。今出来ることといえば、カカシ人形を使った修業か忍術書を読むくらいだろう。
とはいえ、持っている忍術書はどれも読んだことのあるものだ。新しく買おうにもアパートで一人暮らしをしているナルトは色々とお金が入用な為そうそう新しい物は買えない。だから今は読んだことのある物しかない。どうしようかなと考えながら、今日だけは仕方がないのだと毎年ナルトは自分に言い聞かせている。
「何か楽しいこととかねぇかな……」
そう考えてはみても楽しいことなんて全然思いつず、はあと溜め息が零れてしまった。今日はナルトにとって一年で一番辛い日だ。仲間が怪我を負えば辛いけれど、そういうのとはまた違う辛い日。
今日は、自分の存在がどういうものなのかと考えたりしてしまう。里の人達は大抵自分を九尾の狐としか見ず、自分の存在を認めてくれないから。そういう目を向けられると分かっているから家にいるけれど、家にいてもその事実はナルトの中に突きつけられる。
「オレの存在って、何なんだろうな……」
普段はオレの存在を里の奴等全員に認めさせてやる、と大声で言い切れる。先代のどの火影も越える忍になるんだと。いつも前向きで自分の言葉を曲げない、それがナルトの忍道でもある。そうやってひたすら前へと進んできた。ライバル達と競い合いながら一歩ずつ前へ、今では万年ドベだったとは思えないような実力を身に付けてきている。
そんなナルトだが、今日という日だけはこんなことを考えてしまう。それだけこのことはナルトの中で大きいのだろう。小さい頃から里の者達に化け狐だと言われ、冷たい目を向けられてきたのだから気にするなという方が無理な話だけれど。
「何を考えてるんだ、ウスラトンカチ」
突然聞こえてきた声にナルトは飛び起きる。そして目の前に立っている人物を見て「サスケ!?」と思わず声を上げた。そこにいるのは間違いなくあのサスケである。
同じ第七班のチームメイトでありライバルでもある男。どうして彼がこんなところにいるのだろうか。そもそも今は式の最中ではないのか。サスケに限って毎年行われているその行事を忘れていることはないだろう。まず里の人間で今日のことを忘れる人などいないだろうが、あまりに突然な出来事に次々と疑問ばかりが浮かんでくる。
「お前ってばどうしてこんなとこにいるんだよ!?」
「そんなことどうだって良いだろ」
「良くないから言ってんだってばよ! あと、勝手に人の家に入ってくんな!!」
言えば、お前が気付かなかっただけだろうと返される。それにナルトが「え?」と間抜けな声を出せば、何回も呼んだけれど返事がなかったから上がってきたのだとサスケは言う。試しにドアノブを回してみたらドアは空いており、部屋にいるだろうことは分かっていたから。どうやらそれほど考え事に没頭していたらしい。
「それで、どうしたんだよ」
サスケの問いかけにナルトは再び頭上にクエッションマークを浮かべる。どうしたとは何が、とそのまま口にすれば隠そうとしても無駄だと言われた。それに対して何も隠しているつもりはないと返せば、それを聞いたサスケは眉間に皺を寄せる。
「お前、オレが気付かないと思っているのか?」
その言葉にナルトは返答に困った。
そういえばサスケはこういった小さな変化にも意外と気付くのだ。いつも通りに振舞ったつもりだったけれど、サスケの目には何かがいつもと違うように映ったらしい。他の誰もこんな些細な変化には気が付かないというのにどうして彼には分かってしまうのか。これまでにも何度か思ったことのあるその結論はまだ出ない。
「………………」
「…………お前が話したくないのなら、無理には聞かないが」
「サスケ?」
何と言えば良いのか。分からずに黙っていたらさっきまでは理由を聞こうとしていたサスケが引いた。それをナルトは不思議に思う。何か隠していると気付いたのならその理由を聞くまで引かないかと思ったのに。
だが、考えてみればサスケはいつでも強引に話を聞こうとはしなかった。何かあると気付けば尋ねはするけれど深くは問わない。今回もナルトが言いたくないのなら良いと言う。
もしかしたら、サスケもナルトと同じなのかもしれない。ナルトと同じでそういう部分があるからこそ、言いたくないならそれ以上は問わない。これ以上は聞いてはいけないというラインが分かるから、きっとこれもそういうものなんだろうとサスケは判断したのだろう。
「お前自身は分かってるんだろ。だったら別に良い」
そう言ったサスケにナルトは「うん」と頷いた。そんなナルトに「だが」とサスケは続ける。
「だが、一人で思い悩む必要もねぇよ」
全てを一人で背負うことはない。サスケの言葉に「けど」と否定したのはナルトだ。これは自分の問題であってサスケには関係のないことだ。こうして傍にいてくれるだけでもナルトにとっては十分だった。だからそれ以上のことを望まない。そう言ってくれるだけで嬉しいから。
そんな風に話すナルトを、しかしサスケはばっさりと切る。
「けど、何だ。どうせお前は人に迷惑を掛けたくないとか言うんだろ」
「それは…………」
「余計な心配なんてするな」
余計なんてことはないとナルトは声を上げる。だって、自分の中には九尾の妖狐がいるから。里の人達が自分に対してそういう目を向けるのは構わないけれど、その自分と一緒にいるからと周りの人達までそういう目で見られたりするのは嫌なのだ。こんな思いをするのは自分だけで良い。そこだけはナルトの中で譲れなかった。
「イルカ先生やカカシ先生、サクラちゃん。それにサスケ。みんなオレを認めてくれた大切な人達だ。だから、オレのせいでみんなに迷惑を掛けるのは嫌なんだってばよ」
やっと出来た、仲間と呼べる人達との大切な繋がり。イルカが初めて自分を認めてくれて、それからうずまきナルトという一人の人間を認めてくれる人は増えた。シカマルやキバといった同期のメンバーに同じ班のカカシやサクラ。そして、ライバルであり親友でもあるサスケ。
みんな、ナルトにとって大切な人達だ。まだ里の多くの人達はうずまきナルトではなく九尾の化け狐として自分を見るけれど、ちゃんと自分を見てくれるその人達との関係は大事にしたい。だから。
「……お前がそこまで言うなら他の奴には頼らなくて良い。その代わり、オレは頼れ」
「サスケだってオレにとっては……!」
「同じだろ」
漆黒の瞳は碧の双眸を見る。ナルトにとって、仲間というのがそれほど大切なものだということは分かった。けれど、それはナルトだけに限ったことなのか。
答えは否、サスケだってナルトのことを大切な仲間だと思っている。自分だけがそう思っているのではない、ナルトがそう思っているならサスケだって同じだ。
「お前がオレや他の奴のことをそう思うように、オレはお前のことが大切だ。お前の背負うものを少しでも軽くしてやりたいし、一人で思い悩む必要なんてないと思ってる」
人はみんなそれぞれ自分の意思を持っている。ナルトが周りに迷惑を掛けたくないと思うように、サスケはナルトが一人で抱えているそれを軽く出来れば良いと思っている。たった一人で抱えて苦しんで、悩むなんて辛いだけだと知っているから。ナルトの周りにいる人達全員に頼れとは言わないけれど、同じような境遇である自分にくらいは頼れと。
「…………お前ってば、馬鹿だってばよ」
「お前に言われたくはないな」
言っていることは正反対でもお互いに思っていることは同じ。大切な仲間だからこそ、二人はお互い相手にそう言っているのだ。
「後からやっぱ聞かなきゃ良かったとか言っても遅いんだからな」
「言うわけねぇだろ。良いから、話す気になったなら話せ」
サスケの言葉にナルトの目には薄らと涙が浮かぶ。サスケはナルトの中に九尾がいることを知らない。それを知った時、彼はどういう反応を見せるのか。それが怖くもあり、けれど彼ならただ静かに話を聞いてくれるような気がする。
でも、その話をするにはまだ今は勇気が足りない。だから今は、ちょっと色々と考えててと少しだけ打ち明ける。けどいつか、本当のことを話す時が来たらその時はちゃんと話そうとそう決める。けど今は彼のこの優しさに甘えさせてもらおう。
「ありがとな、サスケ」
全部ではないけれど、少しだけ自分の中にあったものを吐き出して楽になった。ただ隣で聞いてくれる人がいることがこんなに大きいなんて、初めて知った。
こちらがお礼を言ってもサスケは「別に」としか返さない。だがそれは彼が不器用なだけだとナルトは知っている。サスケらしいその返事にナルトは思わず笑みを浮かべる。そんなナルトを見て、サスケはそういえばと口を開く。
「そういや、まだ言ってなかったな」
「何だってばよ?」
「誕生日おめでとう、ナルト」
言われてナルトはやっと気が付いた。今日が自分の誕生日だったということに。
九尾事件のあった日でいつもこの日はただ辛いだけの日だと思っていた。外に出ることも出来ず、ただ家の中でじっとしているだけの日。だから今日という日を誕生日だと意識することなんてなかったのだが、今日はナルトが生まれた日でもある。今まで誰からも祝ってもらったことなどなかったその日を、今年は目の前の友が祝ってくれた。そして、誰かに自分の誕生日を祝われるということがこんなにも嬉しいことなのだと知る。
「へへ、ありがとな!」
今まではただ辛いだけの日だった。里にいるのにその存在を殆どの人に認めてもらえない。そのことをはっきりと突きつけられてしまう日。九尾の妖狐に里が襲われた日。
ナルトの中でそういった面が大きい日だったけれど、それが今日変わった気がする。里の人達の目は変わらないかもしれないけれど、でも変わったんだ。ナルトの中では確かに、今日は自分の誕生日であると。それを祝ってくれる人がいて、自分が抱えているものを一緒に分かち合おうとしてくれる人がいる。
これまでは辛い日だったこの日が全く違う日に変わる。もしかしたら、これからは今日と云う日が一年で一番の日になるのかもしれない、なんて。そう思えるほどに今、ナルトの胸中は幸せでいっぱいだ。
fin