ひらひらと桜の花が舞い落ちる。
 目の前には一本の桜の木。見上げればそこには満開の花が咲き、白い花弁が一枚、また一枚と宙を待っている。
 その光景はまさに今が春だと伝えていた。




二十





 一際目立つ大きな桜の木に思わず目が奪われる。
 いや、ひらひらと目の前を舞う花弁にも見惚れてしまう。綺麗な白色が舞っているその光景がただ美しく、気がつけば私は足を止めて桜を見上げていた。


「サクラ」


 初めて会った時よりも随分と低くなった声が呼ぶ。
 優しげなその声は私の大好きな人の声だった。


「サスケ君!」


 振り向けば、そこには予想通りの人物が立っていた。真っ直ぐにこちらを見ている彼は声だけではなく、表情も柔らかくて優しい感じがした。
 ――なんて言ったら、彼をどれだけ好きなんだと言われてしまうかもしれない。けれどそれは事実だから仕方がないとも思う。私は本当に彼のことが大好きなのだから。


「今日は任務じゃなかったの?」

「予定より早く終わっただけだ」


 言いながら彼は私の隣まで歩いてきた。ぴゅう、と吹いた風に花弁が舞う中で漆黒の髪が静かに揺れる。
 今回、彼は国外まで短期任務に出ていたはずだ。予定では明日、里に帰還すると聞いていたのだが、どうやら彼は予定よりも早く任務を終えて里に戻ってきたらしい。


「終わらせた、の間違いじゃなくて?」


 彼の実力ならば任務を急いで終わらせることも可能だろう。
 そう思って冗談交じりに尋ねれば、彼は僅かに視線を逸らした。


「…………正直、そうだな」


 半分は冗談のつもりだったのだが、どうやら彼は本当に早く終わらせて帰ってきたらしい。
 元々彼の任務が長引くことは滅多になく、どちらかといえば予定より早く帰ってくることの方が多い。
 だが、今回は意図的に早く終わらせたようだ。その言葉に私はぱちりと目を瞬かせた。


「何かあるの?」


 わざわざ任務を早く終わらせたかった理由。
 少し考えてみたものの特にこれといって思い浮かばなかったため直接尋ねれば、彼は小さく溜め息を吐いた。そして。


「今日はお前の誕生日だろう、サクラ」


 呆れたように彼が口にした一言に驚いて「え」と声が零れた。


「覚えててくれたの……?」

「…………ああ」


 返ってきた言葉に胸が熱くなる。まさか彼が私の誕生日を覚えているだなんて思いもしなかった。何せ彼は自分の誕生日ですら覚えていないのだ。だから私の誕生日なんて記憶に残っているわけがないと思っていた。
 でも、彼は覚えていてくれた。今日が私の誕生日だということ。そして今日、私の誕生日だからと任務を早く終わらせてくれた。


「ありがとう、サスケ君」


 一体彼はどんな気持ちで任務に向かったのだろうか。最初から私の誕生日のことを意識していてくれたのだろうか。
 覚えていてもらえたことだけでも嬉しいのに、まさかそのために早く帰ってきてくれるなんて嬉しくて堪らない。


「誕生日おめでとう」


 そう言った彼はそっと私の唇に自身の唇を重ねた。ひらひらと、桜の花弁が舞う中で。
 互いの熱が混ざり合い、程なくして離れた彼は小さく笑みを浮かべていた。それにつられるように私の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
 こんなにも嬉しい誕生日は生まれて初めてかもしれない。大好きな彼からのこれ以上ないほどのお祝いをもらえるなんて思いもしなかった。


「……サクラ、このあと予定はあるか?」


 それから尋ねられた問いに私は首を横に振った。


「特にないわよ」

「それならどこかに出かけるか?」


 予想もしていなかった発言にぱちぱちと目を瞬かせる。お前がよければだが、と続けられた言葉に私は勢いよく頷いた。


「うん! ありがとう!」

「別に大したことじゃないだろ」

「そんなことないわよ」


 最高の誕生日プレゼントだと笑えば、彼の頬が緩んだ。


「行くぞ」


 ぶっきらぼうに言って背を向けた彼を追いかけて隣に並ぶ。
 ねぇ、と呼びかければすぐに「何だ」と返ってくる。そのことがまた嬉しいなと思いながら私は口を開く。
 青く澄んでいる空には白い花弁がひらひらと空を舞っていた。


 桜舞う春の季節。弥生の月の二十八日。
 大好きな彼と過ごした今日のことを私は忘れない。

 貴方にこんなにも祝ってもらえて私はとても幸せです。










fin