「母さん、兄さんはまだ帰ってこないのかな?」
「そうね。きっと夕方か夜にならないと帰ってこないと思うわよ」
「そうなんだ……。早く帰ってこないかなぁ……」
六月九日
うちは一族。木ノ葉で最も優秀だといわれている一族。その本家にあたる家にはイタチとサスケという、それは仲の良い兄弟が居る。
今日はそのイタチの誕生日で、サスケは早く兄が帰ってこないかとそわそわしながら待っていた。朝、イタチが任務に出掛けてから何回もサスケは母に兄はいつ頃帰ってくるだろうかと尋ねている。その度にミコトは冒頭の台詞を繰り返した。流石に明確な時間は分からず、答えたくともミコトもこれ以上は答えられないのだ。
イタチの誕生日ということで、ミコトもお祝いの為の準備で台所を行き来している。忙しい父も今日の任務は遅くまで掛からないという話だ。
早く帰ってこないかなと過ごしながら時は流れ、そして時刻は夜になった。
「ただいま」
任務を終えたイタチが玄関を潜ると、バタバタと廊下の方から足音が聞こえてくる。それから数秒後、姿を現したサスケは「兄さんお帰り!」と笑顔で兄を迎えた。そんなサスケにイタチも微笑みを返しながら、もう一度「ただいま」と告げた。
靴を脱いで家に上がると、サスケはイタチの手を引いた。兄さん早くと言いながら引っ張る様子に一体どうしたのだろうかと疑問を抱きながら、イタチは小さなその手に引かれるままに歩いて行く。
サスケに連れて行かれた先は居間。だが、なぜか今の電気が付いておらず部屋の中は真っ暗だった。更に疑問を浮かべるイタチだったが、暗い部屋の中に小さな光が灯されていくのに気が付いた。そちらに視線を向けると小さな光は一つ二つと増えていき、十三個目の光が灯ったのを最後にそれ以上は増えることはなかった。
これは何なのだろうか。そう思っていたところに、疑問の答えはすぐ隣の弟によってすぐに見付かった。
「兄さん、誕生日おめでとう!」
その言葉で、イタチは漸く今日が自分の誕生日だと気が付いた。灯された光はケーキのロウソクで、十三個で止まったのは今日が十三歳の誕生日だから。周りには母や父の姿もあり、全員の視線がイタチへと向けられていた。
「アナタのことだから誕生日なんて忘れてるかと思ったけど、本当に忘れていたようね」
クスリと母が笑みを零す。いつもの席に座ったままの父は何も言わなかったが優しげな笑みを浮かべながらイタチを見ていた。隣で自分を見上げる弟は「兄さん、早く火を消しなよ」と嬉しそうな声を上げる。
イタチはケーキの前に座り、そっと息を吹きかけてロウソクの火を消した。また部屋が暗くなったところでミコトが電気を点け、改めて「おめでとう」と祝いの言葉を掛ける。それにイタチも「ありがとう」と返し、ロウソクの消えたケーキをミコトは全員に切り分けた。電気を点けて改めて見たテーブルの上には沢山の料理が並べられている。どれもイタチの誕生日を祝う為に母が腕によりをかけて作った料理だ。
「兄さん、オレはこれをあげる」
言いながらサスケは小さな紙袋を兄に差し出した。誕生日プレゼントということなのだろう。ありがとうとそれを受け取ると、すぐに「開けてみてよ」と促されてシールで止められていた封を開けた。そこに入っていたのは、ちょっと不格好なお守り。
「兄さんは大変な任務を沢山するだろ?だから母さんに教わって作ったんだ」
「そうか。ありがとうな、サスケ。大事にするよ」
お礼を言ってイタチはサスケの頭を撫でた。それにサスケは嬉しそうに笑った。兄の為にと頑張って作ったプレゼントが喜んで貰えて嬉しかったのだろう。
続けてフガクが差し出したプレゼントは忍具セット。今やイタチも木ノ葉の里の忍だ。実用的な物の方が便利だろうと両親で用意してくれたらしい。ありがとうございますと両親からの贈り物を受け取り、全員からのプレゼントが渡し終えたところでミコトは「さぁ、それじゃあご飯にしましょう」と声を掛けた。
兄の誕生日を祝うその日。食卓には沢山の笑顔があった。
笑顔ばかりの幸せな日。当たり前にあった日常の一コマ。
□ □ □
「っ…………!」
窓から僅かに差し込む太陽の光でサスケは目を覚ました。
見慣れた部屋。幼い頃からずっと過ごしているこの家には、もう「おはよう」と挨拶する相手も居ない。家族四人で暮らしていた家は、たった一人で暮らす家へと変わっていた。家族で暮らしていた日々は、もう遠い昔のこと。
「何で今更…………」
体を起こし、そのままの体勢でサスケはそう呟いた。あの日からそんな温もりは無くなったというのに、どうして今更こんな夢なんか見てしまうのか。あれ以来、家族の夢なんて見たこともなかったのにどうして今更。
そこまで考えてサスケはベッドを降りた。このまま考えたところで答えなんて出ない。夢なんてものに理由を求めても仕方がないと思考を中断し、そのまま着替えようとしたところでふと傍にあったカレンダーが目に入った。
(六月九日、か)
今日の日にちを確認して思い出したのは先程の夢。一族を滅ぼし抜け忍となった兄の誕生日が六月九日だった。特別覚えていた訳ではないものの昔は毎年のように祝っていたから記憶に残っていたらしい。もう何年も祝うことなく、それどころか思い出すことすらなかったけれど。あんな夢を見たから思い出してしまったのだろう。
もしかしたら今日が兄の誕生日だからあんな夢を見たのだろうか。それならば今まで夢を見ていなかったことにも説明が付くといえば付く。
(だが、六月一日……母さんの誕生日にはこんなことなかったのにな)
八日前の母の誕生日には夢を見ることはなかった。そもそも、去年や一昨年は家族の誕生日に夢を見ることなどなかった。やはり誕生日と夢とに関係性はないのかもしれない。そう考えてサスケはとりあえず朝食を食べることにした。
朝食を食べ終えて任務に、と言いたいところだが今日は任務がない。それならば修行でもしようとサスケは家を出た。
太陽が昇り始めた頃から修行を始め、気が付けば東にあった筈の太陽は西の空に沈みかけていた。もう少し修行をしようかと思ったものの、なんとなくそんな気分ではなく今日の修行はここで終わりにした。
それから真っ直ぐ家に帰るつもりだったが、足は自然と商店街へと向いていた。適当に食材を買い、途中で何故か足を止めてしまった店では忍具を買った。食材も忍具も今必要な分は家にあるのだが、何故だか足がそちらに向いてしまったのだ。食べ物に関しては駄目にしてしまっても勿体ないからと少なくなってから買うというのに、つい買ってしまったこれをどうするべきだろうか。
(オレは一体何をしているんだ……)
自分の行動を振り返りながらサスケは溜め息を零す。自分のやった行動とはいえ、予定にはないことばかりで自分でも不思議に思うと同時に呆れた。どうしていつもはしないことばかりしてしまうのか、その答えは自身に問うても分からない。
商店街を歩いていたらまたいつ思いつきで行動を起こしてしまうか分からないと、サスケはさっさと家に帰ることにした。家に着くと買った物を一通り片付け、それから夕食の準備へと取り掛かる。
取り掛かる、そこまでは良かったのだが。
(こんなに作ってどうするつもりだ、オレは)
出来上がった料理の数にまた溜め息。本当に今日はどうかしている。朝から何だか調子が悪い。理由が分からないのが余計に呆れさせられる。
今までこんなことはなかったのだが、いきなり今日になってどうしてしまったのか。それに悩むのは後にして、まずは目の前の明らかに一人では食べきれない料理をどうするかを決めるのが先だ。保存が出来る物は明日に回すにしても多い。料理を作っている時の自分に会えるのなら、そんな量の料理をどうするのだと問い質したい気分だ。
(ナルトでも呼ぶか、アイツなら来るだろう)
この状況を説明したならまず間違いなく笑われるだろうが、このまま捨てるのも勿体ないしこの量を一人で食べるよりは良い。どうせラーメンばかり食べているのだろうから、たまにはちゃんとした食事を食べろとでも言ってやろう。
そう決断しナルトの元へ向かおうとした時だった。玄関の方から何者かの気配を感じた。ほんの僅か、一瞬だけ感じたその気配。気のせいかとも思ったが妙にその気配が気になり、サスケはその気配に呼ばれるように玄関へと向かった。
そして、玄関に着いたところでサスケが見たのは。
「久し振りだな、サスケ」
そこに立っていたのは黒地に赤雲の模様が描かれた装束に身を包んだ人物。黒髪の間から除いた漆黒の瞳は真っ直ぐにサスケを捉えていた。
その姿に見覚えはなかった。だが、サスケにはそれが誰だかすぐに分かった。記憶にあるよりも幾らか低くなった声、それでも間違う訳がない。ずっと、幼い頃から共に過ごしてきたのだ。数年の時が経とうと忘れたりしない。
「何で、兄貴がここに居るんだよ……」
そう。玄関に立っているのはサスケの実の兄、うちはイタチ。抜け人である筈の兄がどうしてこんな場所に居るのか。サスケの疑問は尤もだ。だが、イタチはサスケの質問にいとも簡単に答えるのだ。
「ここはオレの家だ。オレが居てもおかしくないだろ」
確かにここはサスケの家であると同時にイタチの家でもある。そんな彼が家に帰ってくることはおかしいことではない。これが普通の兄弟であったのなら。
だが、イタチは一族を滅ぼした重罪人。木ノ葉の抜け人だ。その彼が自分の家だからといって普通に帰ってくるのは誰が考えてもおかしい。これが里に知られたのなら、すぐにでも上忍や里の上層部達が飛んでくるだろう。そういう状況なのだ。
「兄貴は一族のみんなを滅ぼして里を抜けたんだろ。それなのにどうしてここに居るんだよ」
「たまには家に帰りたいものだ」
「だからってな…………」
そういう問題じゃないだろ、というサスケを無視してイタチは家の中に入って行く。おいと呼びかけるものの気にせずにイタチは歩く。
「おい、人の話を聞いてるのかよ」
「あぁ。ちゃんと聞いてる」
「だったら答えろ」
「そんなことに答える必要などない」
答えてほしいから聞いてるというのにイタチは分かっていないのだろうか。いや、分かっていない訳がない。分かっていて言わないのだろう。数年振りに再開したとはいえイタチとは長い付き合いなのだ。それくらいのことはサスケにも分かる。
だが、本人に答えるつもりがなくてもそれではこちらが納得出来ない。それなら何で今日帰って来たんだよとつい声を荒げると、ちらりと視線を向けながら「それは簡単なことだ」とだけ言った。簡単なことだとしても言ってくれなければサスケには通じない。その簡単なこととはどういうことなのだと先を促すと、今度はお前にも分かっているだろうなんて言われる。
分かっているのなら聞いていないというのにどうしてこんなやり取りをしなければならないのか。分かっていたらこんな不毛な会話などしないというのに。
「兄貴はいつもそうだ。オレは分からないのにそう言って。分かってたら誰がこんなこと聞くんだよ」
思っていたことをそのまま口にする。言わなければこの男には通じない。何もかも分かっている彼に説明をして貰うにははっきり言わなければいけないのだ。
一方、それを聞いたイタチは少し考えるようにしてからまたサスケに視線を向けた。
「今日のお前は何かいつもと違ったんじゃないか」
「……それがどうしたんだよ」
無意識のうちにという訳ではないけれど、いつもと違うことばかりしていた自覚はある。何故それをイタチが知っているのかは不思議だが、違っていたからといって何だというのか。解決するどころか疑問はどんどん増えていくばかりである。
続けてその理由を分かっていないのかと尋ねられるが、分かっていたなら苦労などしていない。先程から同じようなやりとりを繰り返しているような気がするがそれは気のせいだろうか。いや、気のせいではないだろう。
それにしても、今更だがどうしてイタチと普通に会話などしているのだろうか。サスケはイタチに復讐をする為に日々修行をしているのだ。それなのに武器を向けることもなく、警戒していないとはいわないが倒すべき相手としてというよりは兄弟として接している。
もしかしたら、昔のようにイタチと一緒に居ることを心のどこかで望んでいるのだろうか。
ふと頭に浮かんだ事柄をサスケは自分で否定した。そんなことがある筈ないと。イタチは一族のみんなを殺し里を抜けた重罪人だ。優しかった頃の兄は全てイタチが演じていたもの。そうだと分かっているのに、どうして目の前の兄に復讐心を向けられないのか。
「今日はオレの誕生日だ。そしてお前は今日に限っていつもと違うことばかりしてしまった。つまりはそういうことだ」
「だからそういうことって何だよ。オレにアンタを祝えって言うのか?」
「別にそういう訳ではないが」
六月九日。今日という日がサスケにとって何らかの意味を齎すというのなら、思い付くのはイタチの言うように兄の誕生日であるということ。しかし今や敵となった兄のことを祝おうと思ったりなどするものか。たとえそれしか思い付くものがないにしてもそれはないだろうと思う。
そういえば、未だにイタチが家に戻ってきた理由を聞いていなかったと思い出す。帰ってきたところでここにサスケしか居ないことは分かっている筈だ。サスケに用があったのか、それとも家に用があったのか。前者だとしたら目的は何かを知る必要がある。 だが、この様子からして少なくとも戦うということはなさそうだ。まず自分に用があるとしてその用が何なのかはサスケには見当もつかない。唯一思い浮かぶことといえば、それこそ誕生日くらいなもので。
「アンタ、誕生日だから帰ってきたとか言わないよな……?」
有り得ないと思いつつも一応尋ねる。てっきりそうではないと否定されるものだと思っていたが、返ってきたのは無言。時に無言は肯定などと判断するが、この場合も肯定と取っていいのだろうが。それはそれで意味が分からないが。
仮にそうだとしても、サスケにイタチを祝う理由はない。昔なら弟として兄の誕生日を祝っただろう。けれど、今の自分達はそんな穏やかな関係ではない。だから先に誕生日を祝ったりはしないと言い放ったが、それに対してイタチは疑問を返した。それならばお前の今日の行動の意味は何だというんだと。
それはサスケにも分かっていないが、まさかこの男は自分の誕生日を祝う為だとでも言うのか。そんな訳ない。否定すれば更に疑問が投げ掛けられる。そうでないなら何なのかなどサスケも知らない。自分自身のことなのにと言われると痛いが、本当に分からないのだから他に答えようがないのだ。
「サスケ、今から質問をするから答えろ」
「は?どうしてオレがアンタの質問に答えなくちゃいけないんだよ。大体兄貴はオレの質問に答えてないだろ」
「過ぎたことは気にするな」
過ぎたといってもたかが数分前のことだ。質問をするというのならこちらの質問に答えてからにしろと言いたい。けれど、イタチは早速「一つ目」と質問を始めてしまう。相変わらずの兄に溜め息を零しながら、その質問に耳を傾ける。
「お前は今、オレと話していてどう思う」
「別に何とも思わねぇよ」
「では、お前はオレに復讐をするんじゃなかったのか」
「…………そうだ」
復讐をするならば、どうして今それをしないのか。
予想通りの言葉を続けられてサスケは返答に困る。それは自分のも分からないが、何故か今は復讐しようと思っていない自分がいることには気付いてしまった。復讐をする為にここまで来たのに、滅多にないようなチャンスをこのまま逃してしまうのか。
復讐をするのなら今だ。それは分かっているのに体が動かない。こうして兄と久し振りに話をすることを楽しんでいる、のだろうか。
「まぁ良い。これで最後の質問だ。お前はオレのことをどう思っている」
「どう思うって……」
それは先程の質問と何が違うのだろうか。さっきは話をしていることに対して、今度はイタチに対してという意味で良いのだろうか。それ以外に考えられることはないが。
いまいち理解をしかねていると、イタチは分かり易いようにと更に言葉を続けた。
「つまり、お前はオレのことを好きかと聞いてるんだ」
直球で尋ねられたその質問にサスケは目を丸くした。何を聞かれているのかは明確になったが、こんな意味で聞かれているとは思いもしなかった。
どうなんだと言われても何と言えば良いのか。からかわれている可能性についても考えてはみたが、イタチの目は真っ直ぐにサスケを映していた。その真剣さに冗談で言っている訳でもないと悟る。これもちゃんとした質問の一つなのだと。そして、その真意も次の言葉で明らかとなった。
「サスケ、オレはお前が好きだ」
一つ前の発言にも驚かされたというのに更に驚かさせられた。一体誰がこんなことになると想像出来るだろうか。敵対している筈の相手がいきなりやってきて、終いには好きだと言い出すのだ。こんな展開は誰にも想像出来ないだろう。当人であるサスケでさえ、信じられないと言う気持ちでいっぱいだ。
「オレは一族を滅ぼし、お前だけを残して里を抜けた。だが、ずっとお前が好きだった」
サスケには辛い思いをさせてしまった。酷いことをしてしまったなんて軽く言えるようなことではないことをした。信じられないというのも当たり前だと思う。
けれど、イタチの気持ちは本物だった。お前は信じないだろうと自嘲気味に話しながら、もう一度。それでもお前が好きなのだと、イタチははっきりと告げた。
そんなイタチの言葉に、サスケは何と答えれば良いのか分からなかった。ただ、イタチは本気で言っているのだということだけは分かった。このような嘘を言ったりしないのはサスケが一番知っている。
一族を滅ぼし里を抜けた兄。けれどずっと前からサスケのことが好きだったと言う。突然のことが起こりすぎて正直頭がついていかないが、真剣な兄の言葉にサスケは自分なりに考える。復讐すべき相手を目の前にしても復讐を果たそうとしない自分、兄の誕生日だからかは分からないものの普段とは違った一日。自分は兄のことをどう思っているのか。復讐をする相手なのか、それとも……。
自分の気持ちと向き合いながら一度瞳を閉じる。脳裏に浮かぶ色鮮やかな記憶の数々。それらを思い出して、ゆっくりと瞼を持ち上げる。そして、サスケが出した答えは。
「オレは、兄貴のことは嫌いじゃない。最初は信じられなかったけど、兄貴は本当にオレのことを好きだと思ってくれてるんだって分かった」
一族の皆の敵だと兄を倒すことばかり考えていた。だからこそ余計に分からなくなっていたんだろう。自分が本当はどう思っているのか。復讐しなければ、倒さなければいけないとばかり考えていたから。
でも、落ち着いて考えてみたら段々と自分の気持ちが分かっていった。多分、気付かなかっただけで前からこの気持ちはあったのだろう。あの日を過ぎてからはその気持ちを見ない振りして過ごしていたんだと、今になって気が付いた。
「オレも多分、兄貴のことが好きだ」
これがサスケの出した答え。まだはっきりとは言い切れないが、昔からずっとイタチのことが好きだった。イタチが里を抜けてからはただ倒すべき相手だったが、心の奥底では昔から変わることなく兄のことが好きだったんだと思う。そう考えれば、今日の自分の行動にも納得が出来る。
サスケの言葉にイタチは少しばかり目を見張った。信じて貰えないかもしれないと思ってさえいたのだが、弟はそれを信じた上で自分も同じだと言ってくれた。それがとてつもなく嬉しい。
「サスケ、ありがとう」
そう言ってイタチはサスケを抱きしめた。お互い幼かったあの頃よりも成長して大きくなったけれど、その温もりは昔と何も変わっていなかった。兄の大きな体にサスケの体はすっぽりと収まった。懐かしい感覚に小さく笑みが零れる。
「別に良い。オレはきっと、心の奥底では兄貴を待ってたと思うからな」
「オレを?」
「兄貴があんなことをする訳がないって。いつか帰ってきてくれると、どこかで思っていたんだと思う」
「…………お前はどこまで優しいんだろうな」
普通なら一族を裏切り、サスケのことも裏切った相手に対してこんな感情を持たない。それなのにサスケは自分をずっと信じてくれていた。そんな優しい心を持っているのはきっとサスケだけだとイタチは思うのだ。昔から優しい子だったが、その優しさはどこまで向けられるのだろうか。それは相手がイタチだからこそ、だということを兄が知るのはまだ先のお話。
「サスケ、これからはオレもここで暮らす」
「でも兄貴は…………」
「大丈夫だ。そのことについてはオレに考えがある」
サスケの言いたいことを悟ったイタチはそう言った。それが何かはサスケには全く分からないが、兄がそう言うのであれば大丈夫なのだろう。安心しろと話す兄に分かったとだけ答え、そっと腕の中から抜け出すと同じ漆黒の瞳を見つめた。
「ここで暮らすんだろ。もう冷めちまっただろうけど、夕飯にしようぜ」
「あぁ、そうだな」
微笑みを浮かべれば同じように笑みが返される。久し振りに誰かと一緒に食べる夕食。その温かさを感じながら、思い出したように伝えていなかったその言葉を告げるのだ。
「誕生日おめでとう、兄貴」
事の始まりは幼いあの日、兄の誕生日を祝った夢を見たこと。
六月九日。サスケの兄、イタチの誕生日。その日、二人の兄弟は再開し、お互いの想いを伝え結ばれた。かつては仲の良かった兄弟達がまた同じ屋根の下で過ごす。
これからは昔のように二人で暮らしていく。
家族として、兄弟として。それから、恋人として。
六月九日、今日と云う日を祝福する。
大切な人が生まれた大事な日。この先はまた毎年祝おう。
fin
「兄弟生誕祭り」様に参加させて頂いた作品でした。