今より約ひと月ほど前、六月九日。サスケの兄であるうちはイタチが木ノ葉に帰ってきた。
 そんなイタチも今や木ノ葉の忍として任務をこなしている。一体どうやったのかはサスケが聞いても答えてくれないから謎に包まれたままだ。だが、イタチが現在暗部として里の為に動いていることは紛れもない事実だった。
 イタチが里に戻って来てから色々なことがあったが、今では兄弟二人で一緒に生活することが日常になりつつある。そして時は七月二十三日を迎えた。








 今日もいつもと変わらない一日が始まった――というのは間違いだろう。世間一般的には何ら変わりのない一日が始まった頃だろう。だが、イタチにとってはとても大切な日だった。
 弟は既に任務で家を出た後。イタチの方は今日は任務が休みだからこうしてゆっくり過ごしている。


「七月二十三日、か…………」


 カレンダーに視線を向けながら呟いたのは本日の日付。先程イタチは任務が休みだと述べたばかりだが、実のところ彼は今日休暇を取っていた。どうしても今日だけは休みが欲しかったのだ。その為にここのところは任務を多くこなすことが多かったが、それも今日と云う特別な日の為だと思えば全然苦ではなかった。


(サスケの誕生日はちゃんと祝ってやりたいからな)


 そう、今日――七月二十三日はサスケの誕生日なのだ。だからこそイタチは休暇が欲しかった。元々優秀な忍ということもあり、一日の休みくらいは上手く調整して貰えた。その辺りがサスケにとっては不思議なのだろうが、細かいことは良いだろうと適当に流すのはお決まりとなっている。
 約一ヶ月前のイタチの誕生日にはサスケがちゃんと祝ってくれた。今度はイタチがサスケの誕生日を祝う番だ。一年に一度だけの大切な日を特別な形に。


「さて、まずは買い物にでも行くとするか」


 具体的にどんな風に誕生日を祝うかはまだ決まっていない。けれどまず料理は必要だろう。誕生日の定番であるケーキは甘いものが苦手なサスケにはいらないと言われそうな気もするが、家でじっとしている時間も勿体ない。下忍の任務はDランクも多く、サスケが早く帰ってくる可能性だってある。早く行動するに越したことはなさそうだ。
 そこまで考えてイタチは手短に支度を済ませると買い物へと出掛けた。



□ □ □



(料理といっても何を作ってやるか……)


 普段、家事といえば大方のことをサスケに任せている。イタチも家事が出来ないわけではないのだが、下忍のサスケと比べて暗部に所属しているイタチは家にいる時間も少ない。手伝える時は手伝っているもののその殆どをサスケが担っている。
 それは料理も同じだが、料理においてはイタチが帰って来てからまだ一度も作ったことがない。つまり、これが里に戻ってからイタチが初めて作る料理ということになる。


(サスケの好きなものは作るとして)


 考えながら野菜売り場に並ぶ赤いトマトを手に取る。そのまま近くに置いてある他の野菜も幾つかカゴの中へ。ある程度入れ終えたら次のコーナーへと移動していく。
 サスケの好物といったらトマトとおかかおむすびだ。誕生日にそれだけでは質素だが、やはり好きな物を用意するのが一番だろう。あとは誕生日らしくいつもよりちょっとだけ豪華な食事にしよう。こういう時くらい贅沢をしても罰は当たらない。

 一通りの食材を買い揃えるとイタチは店を出た。
 ついあれもこれもとカゴに入れてしまったが少し多かっただろうか。食材は保存がきくとはいえ、これではサスケがイタチの誕生日にやったのと同じである。二人で食べるにしても少し多いくらいの量。やはり兄弟というものは似ているのだろうか。


「あとは誕生日プレゼントだな」


 まだ用意していないプレゼントを探しながら商店街を歩く。サスケが何を欲しいかは分からない。いや、分からないわけではない。しかし、サスケが欲しがるものといえば忍術書や巻物といった類のものになってしまう。または実用的な忍具などだろうか。
 プレゼントはこうでなければいけないという決まりはないのだから選択肢は無数にある。その中からそれらを選ぶのも有りだろう。とはいえ、本当に誕生日プレゼントがそんなもので良いものか。


(それでもサスケは喜ぶだろうが……)


 最愛の弟が喜んでくれるのならそれで良い。そう思う反面で何かもっと別のものはないだろうかと頭を回転させる。他にサスケが欲しいと思うようなものはないのかと。
 そうやって考えている時、ふとあることが頭に浮かんだ。


(アレなら問題ないだろう)


 答えが出るなりイタチは目的の店へと方向を変えた。そこでプレゼントになるものを購入するとそのまま真っ直ぐ家へと帰る。



□ □ □



 家に着くと早速料理を始める。サスケが帰ってくる前に全部終わらせなければならないのだ。タイムリミットは分からないがあまりゆっくりはしていられない。
 手際よく下準備を終わらせると次々と料理を作っていく。料理の腕前はサスケと変わらないくらいだろうか。それでいて料理をはじめとした家事をサスケに任せているのは、イタチの方が任務で忙しいからという理由も勿論だが実はもう一つ理由がある。誰でも好きな人の手料理を食べたいものだろう。そういうことだ。


「これで料理は完成だな」


 あっという間に完成した料理は綺麗にテーブルへと並べられた。後はサスケの帰りを待つだけだ。
 帰ってくるのを待つだけとなると、やはりサスケに早く帰って来て欲しいと思ってしまう。彼の為にとこうして準備をしたのだ。一体どんな反応をしてくれるのか楽しみである。
 そんなことを考えていると、ふと。ある時のことを思い出した。


(サスケの言いたかったことが少し、分かる気がするな)


 それは以前、イタチが言われたことだ。

 暗部に入っていることもあり任務でイタチの帰りが遅いことは日常茶飯事だった。任務なのだから仕方がないことくらいはサスケにも分かっている。
 だがある日、イタチとサスケの間でこんな会話があった。いつも遅くても夜のうちには帰ってくるのが、その日は任務が朝まで長引いた時だった。


『サスケ、どうかしたのか……?』


 時間が時間だからと任務を終えて静かに家へ入ったイタチだったが、帰って来てすぐに何かがおかしいと感じた。その何かがサスケであると気付くまでに時間は掛からなかった。
 帰ったばかりのイタチは真っ直ぐにサスケの元へと向かい尋ねた。だが返事はない。胸に不安を抱きつつももう一度名前を呼べば、小さな声で「お帰り」と返ってきた。それに「ただいま」と答えるが、会話はそこで途切れてしまう。それどころか視線も合わせてもらえない。ただ眠いからというだけでないことは分かっているのだが、何も言わないサスケに話を促そうとした時。サスケの方から口を開いた。


『…………もう朝だぞ』


 当たり前のことを言われてイタチは更に疑問を浮かべる。とりあえず肯定を返したのだが、サスケの言いたいことはまだ分からなかった。しかし、それも次の言葉で漸く理解した。


『夜には帰ってくるんじゃなかったのかよ』


 任務が長引くことがあるのはサスケだって承知している。今回だって任務が長引いたから帰りが遅くなったということくらい分かっている。だが、朝まで掛かりそうな時はいつも事前に教えてくれていた。こんな風に夜遅くまで掛かりそうだと言われていたものが朝になったのは初めてだった。
 それでも任務だからと言ってしまえばそれで片付けられる。時間が決まっている任務もあるが大抵はそうではない。早く終わることもあれば遅くなることだってある。けれど。


『アンタがいつまでも帰ってこないから。暗部はいつでも死と隣り合わせで、もしかしたら兄貴は…………』


 そんなことはないと思っている。あの兄が任務で死ぬなんて。
 だが有り得ないことではない。暗部は常に死と隣り合わせ。暗部だけではない、忍というものはそういう世界に生きているのだ。その中でも暗部は特にそういった任務が多い。

 サスケの様子がおかしかった理由はこれだった。任務が長引いているのだろうと分かってはいても、もしかしたらという最悪の可能性が頭を過ってしまった。いくら否定してもその可能性がゼロではないからこそ心配で不安になってしまった。
 全部自分のせいだったのだとイタチは理解した。イタチのせいというのも変な話だが、自分がサスケを不安にさせてしまったのだ。イタチにのってはそれだけの事実で十分だ。


『サスケ、心配をさせて悪かったな』

『オレは兄貴が死ぬなんて思ってないけど、もしかしたらと考えたら……』

『安心しろ。オレはお前を置いて死んだりはしない』


 絶対に、とイタチは続けた。木ノ葉でもトップクラスの実力を持っている自分が簡単に死ぬわけがないと。何より、大切なサスケを置いて死ねるわけがないと。
 だからもうそんなことは考えるなと言ってサスケをぎゅっと抱きしめた。オレはお前の元に必ず帰ると話したイタチに、サスケは約束だと言った。それに対してイタチもまた約束を誓った。こんな口約束にどれほどの効果があるのかは分からないが、少なくともサスケの不安は減らすことが出来る。それにこの言葉に嘘は一つもない。必ず守る、守ってくれると信じている。


(サスケはDランク任務だからそんなことはないだろうが、もしそういうことがあったら)


 ランクの低い任務で生死が関わるようなことはほぼない。しかしゼロとは言い切れないと考えれば、イタチにもサスケの気持ちが分かった。


(オレもサスケと同じか)


 二人に限ったことではないだろう。誰だって大切な人が死の危険に晒されていると思えば心配になる。そんなことを思いながら、イタチは今頃チームメイトと一緒になって任務をこなしているだろう弟の帰りを待った。

 空は一面夕焼け色。空高くに昇っていた太陽も今では西の空に沈みかかっている。
 ガラッという玄関の音と共に「ただいま」と聞き慣れた声が響く。帰ってきたばかりの弟の前に姿を現し「おかえり」と迎えると、それから手を洗ったらすぐに来るようにとだけ告げてイタチは部屋へと戻って行く。その後ろ姿を眺めながら何なんだと呟けば「とにかく来い」とだけ返ってきた。
 全く、何が何だか分からないが行かないわけにもいかないだろう。兄の行動がよく分からないなんて今に始まったことではない。はあと溜め息を吐きながらさっさと手洗いを済ませて部屋へと向かう。


「どうしたんだよ、これ…………」


 部屋に入るなり目に飛び込んできた光景に思わずそんな言葉が零れた。イタチはといえば、その疑問に対して「オレが作ったに決まっているだろう」と平然と答えてくれる。
 そういう意味ではないのだが、そもそもイタチがこの時間に家にいるのも珍しい。毎日任務の有無を確認したりはしていないが、この時間に家にいることなんて極たまにあるかどうかくらいなのだ。それも気になるところではあるが、今はこの大量の料理について聞く方が先だ。


「そうじゃなくて、どうしてこんなに料理があるのか聞いてるんだよ」

「さっきも作ったからだと言っただろう」

「だから、オレが言いたいのは」


 噛み合わない会話にどうしたものかと思うが、それを遮るように「分かっている」と言われた。お前の言いたいことは分かっているのだと。
 それならちゃんと答えろよと言い返してしまったのは仕方がないだろう。分かっているのにわざとそういった言い回しをしていたのだから。この兄だから、と思えるくらいにはサスケもイタチという人間を分かっているけれどもそれとこれとは別だ。

 それで、結局どうしてこんなに料理があるのか。その理由を真っ直ぐに見つめた漆黒が優しく微笑んで伝えた。


「今日はお前の誕生日だろう」


 だからこうして料理を作って待っていた。イタチはそう話した。
 言われて初めて、サスケは今日が自分の誕生日だったことに気が付いた。誕生日というものにあまり関心がないからすっかり忘れていたのだ。だから今日は女にも振り回されたのか、と今更ながらに理解する。


「別にオレの誕生日じゃなくても料理は作ってくれて構わないんだが」

「無理を言うな。オレだって暇ではない」


 イタチが任務で忙しいのは分かるけれど、サスケだって暇というわけではない。色々とやりたいことだってある。
 だが兄はそんなことは良いだろうと適当に流してしまう。こちらとしては良くないのだがいちいち気にしても仕様がない。家事の大半をやっているとはいえ兄も時間のある時は手伝ってくれるのだから今はそれで良いということにしておこう。


「それで、誕生日プレゼントだが」


 不意に話を区切ったイタチはそのままサスケの唇へ自分の唇を重ねた。僅かに触れ合ったそこから相手の体温が伝わってくる。


「何すんだよ……!」

「嫌だったか?」

「嫌、じゃねぇけど…………」


 頬を朱に染めながら答えた弟に思わず笑みが零れる。イタチはサスケのことが好きであり、サスケもまたイタチが好き。二人は両思いで今では恋人という関係でもある。だからこんなプレゼントも良いのではないかと思ったのだ。
 いきなりのことに驚いたけれどサスケだって嫌だったわけではない。やっぱりイタチのことが好きということもあって、どちらかといえば嬉しい。それを言葉にはしなかったが兄には分かっているだろう。


「サスケ、誕生日おめでとう」


 誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。
 この二つの言葉を大切な弟に贈りたい。里を裏切り、弟のことも裏切った自分に心を開いてくれる優しい弟に。お前がいてくれることに本当に感謝しているのだと。そう伝えたい。

 これからも二人はずっと一緒に歩いていく。同じ道を、二度と別れることのない道を。
 何より大切なアナタと共に。










fin




「兄弟生誕祭り」様に参加させて頂いた作品でした。