アンタは覚えているか? 自分の誕生日が何時なのかということ。
 オレの誕生日の時はアンタが祝ってくれた。誕生日というその日が大事だと言ってくれた。だから、今度はオレがアンタを祝う番。



九月十五日




「なぁ、カカシ」


 呼べばすぐに「何?」と返ってくる。オレとカカシの二人しかいないのだから当然といえば当然だ。今オレはカカシの家に来ている。朝から訪ねるのは悪いかとも思ったのだが、それも今日だけのことだからとやってきた。そんなオレをカカシは普通に家に上げてくれた。


「どこか、行きたい場所とか……あるか?」

「急にどうしたの」


 質問の答えではなく疑問が来るのは大方予想していた。オレは普段、こんなことを聞いたりしないから。どちらかといえば、こういうことを聞くのはカカシの方だ。何度もオレが行かないと言ってもしつこく誘ってくる。それで結局オレがオレて出掛けることになる、ということが何回あっただろうか。
 それはさておき、オレが知りたいのは質問の答えだ。カカシの疑問には答えずに「別に良いだろ」とだけ言って済まそうとしたのだが、いつもはオレが誘っているのにとか珍しいとか言われる。オレ自身、珍しいことをしている自覚はある。
 けれど、今日はカカシの誕生日だから。本人がそれに気が付いているかどうかは知らない。だがカカシはオレの誕生日を祝ってくれた。だからオレもカカシの誕生日をちゃんと祝いたいと思ったんだ。


「良いから答えろよ」


 余計なことは考えなくて良いから、というのは勝手すぎるか。とはいえ、このままではいつまでも並行誠んで何も進展がみられない。カカシが言いたいことも分かるが、今は少しの時間も出来るだけ無駄にしたくない。
 そんなオレの気持ちに気付いたのかは分からないが、そうだね……と言いながらカカシは漸く考え始める。今から出掛けるなら、極端に遠くない場所でない限りどこでも大丈夫だろう。その為に朝から訪ねて来たわけでもあるが。


「オレはサスケが一緒に行ってくれるならどこでも良いよ」


 やっと答えが出たかと思えば、これはまた答えになっているようで答えになっていない。オレが一緒ならって、結局アンタ自身が行きたい場所はどこなんだ。
 それとも言葉通り、どこでも良いということなのか。それはそれで困るんだが……。いつもはカカシの行きたい場所に付き合っているだけだから、どういう場所が良いのかなんてオレには分からない。それに、やっぱりカカシの行きたい場所に行ってやりたい。いつも誘ってくるのだからどこかしらありそうなものだが、今は本当に何もないんだろうか。


「その場所を答えろって言ってるんだが」

「え? もしかしてサスケ、行ってくれるの?」


 念のためにもう一度尋ねれば、そんなことを言われた。最初からそのつもりで聞いていたんだが、これは通じていなかったと思っていいのか。そもそも行かないのに聞くだけ聞くなんて真似をする必要性を感じないのだが、その辺りのことはもう良いだろう。目に見えているやり取りをする必要はない。
 カカシの言葉に肯定を返しながら「だから答えろよ」と先を促せば、そうだなともう一度考えるようにしてやっとのことで答えが出てきた。


「じゃあ、どこか草原でも探してみる?」


 草原とはまたざっくりしているが、かといってすぐに思い当たる場所はない。一応「近くにあったか?」と聞いてみるが、すると当然のように「だから探すんでしょ」と返された。確かに、探してみるかと聞かれたんだったな。草原なんて探そうと思えば見つかるだろう。しかし。


「そんなに草原に行きたいのか……?」


 探してまでわざわざ。別にカカシが行きたいのならそれで構わないけれど、どうもたまたま思いついたものを挙げただけのように聞こえる。
 案の定、カカシはオレも思った通りの言葉を続けた。たまたま思いついただけだと。思わず溜め息が零れてしまったのは仕方がないだろう。こっちは真剣に聞いているっていうのに。相手がカカシだってことを考えれば、こんな答えが来ることも不思議ではないけれど。


「オレは、サスケが一緒ならどこでも良いって言ったでしょ?」


 更に続いたそれにオレはまた頭を悩ませることになる。
 考えてみればカカシは初めからそう言っていたのだ。それではこまるからと場所を追求したのはオレの方。本当に、オレと一緒ならどこでも良いのか。まさかとは思うが、いつも出掛けようと誘ってくる時も似たような理由だったりはしないだろうな……。今そこまで考える気にはなれないが。


「それはそうだが、ならどうしろっていうんだよ……」


 そんな風に言ってくれるのは嬉しくもあるけれど、慣れないことをするものではないなと今更ながらに思う。出掛ける場所としてどこを選んでもカカシは了承してくれるんだろうが、それではオレに付き合わせているみたいだ。こういう時、どうすれば良いのか。


「ねぇ、サスケ。どこか行きたいの?」

「そういうわけじゃねぇよ」


 どうしてオレがこんなことを言い出したのか。カカシはまだ気付いていないんだろう。まず今日が何の日かにも気付いていなさそうだ。それを分かれというのも無理な話だが。


「じゃあ、どうしてそんなことを聞くの?」


 オレも自分の誕生日なんて忘れていたから人のことは言えないが、ここまでくると少しは察して欲しいと思わなくもない。勿論、人のことは言えないから口にはしない。けれど、誕生日が大事な日だって言ったのはアンタの方だ。


「アンタ、今日が何の日か知ってるか?」


 なかなか話が進展しない一因がここにあるのなら、もう言ってしまっても良いだろう。言ったところで今日が終わるわけでもない。まだ今日は始まったばかりだ。カカシもそれを理解するだけ。むしろ理解してもらった方が話が早そうだ。


「今日? 何かあった?」


 予想通り過ぎる返答に、とりあえず今日は九月十五日だと教えておく。日にちなんて言われなくても分かっていそうだが、この会話で今日に何かがあることくらいは察しているだろう。日付と誕生日がすぐに結びつくか、はまた怪しいところだが。


「えっと……そういえば、敬老の日だっけ?」


 ……やっぱり、日付と誕生日もすぐには結び付いてくれないらしい。それにしたって、どうしてそっちにいったのかは疑問だが。いや、間違ってはいないけれど。


「アンタ……そんな歳かよ……」

「そんなわけないでしょ。オレはまだ二十代だよ」


 だったら違うって分かるだろうがと言えば、そうだけど他に思いつかなかったんだと言われた。自分の誕生日と祝日なら後者の方が覚えているらしい。
 その点についてもオレは強く言えるような立場じゃないけれど、ここまできたらはっきり言ってしまおう。最初からアンタが自分の誕生日を覚えているとは思っていなかった。オレと同じだろうなと。だからさっさと言葉にしてしまう。


「今日は、アンタの誕生日だ」


 言えば漸く理解したらしい。そういえばそうだったね、とカレンダーの日付とそれがやっと結びつく。カカシも自分の誕生日に関してはその程度の認識らしい。アンタも人のことは言えないじゃないかと思いつつ、まだ答えていなかったカカシの質問に答える。


「だから、少しでもアンタの好きなようにしてやろうと思っただけだ」


 どうしてそんなことを聞くのか、その答えがこれだ。
 誕生日だから何かをしたいと思った。けれど、何をしたら良いのかが思いつかなかった。カカシの好きなように、やりたいことをやれるようにしたいと思ったのは本心だ。だがオレにはカカシがどうすれば喜んでくれるのかが分からなかった。だから、こうして直接アンタに聞くことにした。


「それで、どこか行ってくれるって言ったんだ」


 オレの言葉でカカシも納得してくれたらしい。その通りだ。よくアンタは人にどこかへ出掛けようと誘ってくるから、今日はアンタの行きたいところに初めから付き合おうと。いつもは面倒だとか言ってしまうけれど、アンタがオレと出掛けたいなら今日くらいは素直に付き合おうと思った。それだけだ。


「まあ、それも無駄だったみたいだけどな」


 本人に直接聞いたというのに、結局どこへ行くかも決められなかった。誕生日だから祝いたいと行動を起こしてみても、これでは全く意味がない。


「そんなことないよ」


 その声に顔を上げれば、カカシはにこっと笑ってこちらを見た。


「だって、サスケはオレのために色々考えてくれたんでしょ?」

「考えることぐらい、誰だって出来るだろ」

「オレはサスケがそうやって考えてくれただけで嬉しいよ」


 考えるだけって、それは結局何もしてないのと同じことだろう。そう思ったのだが、カカシはそれは違うと否定した。ちゃんとオレのことを考えてくれたでしょ、と。
 そんなことで良いのかってオレは思ってしまう。けれど、目の前のカカシはそう言って笑ってくれる。その優しさが温かい。これが、オレがまた手に入れることの出来た大切なもの。カカシがそれを思い出させてくれた。そんなカカシを、オレは好きになった。


「ま、今日はまだ始まったばかりだからね。そんなに言うなら、これから出来るよ?」


 オレが納得出来ないのなら、残りの今日という時間で祝えば良い。言われてみればその通りだ。今日はまだ始まったばかり。誕生日を祝う時間は十二分にある。その時間で、少しでもカカシに喜んでもらえるようにすれば良い。


「なら、今日一日。ずっとアンタに付き合ってやるよ」


 今からでも遅くはない。九月十五日というこの一日の間、オレはアンタに付き合う。今日一日は、アンタの願いも頼みも好きなだけ聞いてやる。
 今日は大事な、誕生日という特別な日だから。

 一年に一度しかない今日と云う日。それは生まれて来てくれたことを祝い、感謝する日。この世に生きている人には必ずある誕生日。それを大切にしたいと思う。

 一日という短い時間だけれど、その時間の一分一秒を大切に。特別な時間を過ごしたいと。
 そう願っている。










fin