これは現実なのだろうか。それとも夢だろうか。
 一体どちらなのか。その答えがはっきりとは分からない。夢だと思いたいけれど現実だった。現実だと思ったけど夢だった。可能性としては、どちらも有り得ないことじゃない。
 果たして、今、目の前に映るこれは夢か現実か……。



悪夢




「これは……一体…………」


 目に映る光景は、とても現実とは思えなかった。一言で言い表すなら悲惨。どうしてこんなことになっているのか。
 木ノ葉の里の一角、平和なはずのこの里で起こった出来事。まだ全てを確認したわけではないが、ここにはもはや生存者などいないのではないだろうか。そう思わせる光景だ。


「何があったんだ……」


 突然の敵襲でもあったというのか。しかし、ここは里の中だ。敵襲だとすれば、どうやって里に入ってきたのかという話である。
 そもそも、こんな場所を襲って何になるというのか。敵国の人間が入り込んだとして、狙うのなら普通は里の中心ではないだろうか。重要な書物がある場所、または重要な人物の居るような場所。特に何もない里の一角を狙う理由はないはずだ。一体ここで何があったというのか。


「誰がこんなこと……」


 考えたところで今ここに来たばかりの少年には何も分からない。どこか他の里の忍がやったのか、忍でなくとも外の人間が起こしたことなのか。それとも、この里の忍が何かの目的を持ってこのような行動を取ったのか。何も分からない。
 静寂に包まれた空間にガサ、と何かが動く音がした。反射的にそちらを振り返ると。


「兄貴…………?」


 そこに立っていたのは彼の兄。どうして兄がこんな所に居るのか。そう思うと同時に過去の記憶がよみがえる。
 昔、たった一夜にして一人の男が一族を滅ぼした。いや、正しくは一人だけを残して一族を滅ぼした。二度と、起きることはないと思っていた記憶。それが少年の中で思い起こされる。


「まさか、アンタがやったのか……?」


 そんなはずはないと思った。だけど、過去の記憶が目の前の出来事と重なる。
 里に戻り、また暗部として任務をこなしてきた。昔のような生活に戻ることが出来た。要注意人物だと里の人間に思われながらも、こつこつと努力を重ねることで信頼が出来てきたというのに。
 また、里を裏切るようなことをしたというのか。


「ああ、そうだ」


 信じられない。信じたくない。こんなこと、認めたくない。
 少年は心の中で思った。けれど、その言葉が真実であることは目の前の現実が告げている。どんなに認めたくとも、この光景が本物ならば男の言葉もまた本物だ。本当に、また里を裏切る行為をしたのだ。


「何でだよ!? アンタは……!」

「まだそんな風に思っているのか。この状況を見れば分かるだろう」


 男の言う通りだ。それでも認めたくなくて、だから問うてしまう。現実を現実と受け入れられない。あの時もそうだった。これが現実だなんて認めたくなくて、でも……。


「オレには、やるべきことがある。オレはそのために動くだけだ」

「ふざけんな!! そんなことが認められるとでも思ってるのか!?」

「誰も、認めてもらおうなどとは思っていない」


 少年が認めなくても、里の誰もが認めなくても。そんなことは関係ない。別に認めて欲しいとも思わない。ただ自分のやるべきことをやっているだけのこと。
 そのためだけに動いている。里で平和に暮らしていくつもりならこんなことはしない。目的のためにやっているのだ。


「愚かなる弟よ。このオレを殺したくば今まで以上に恨め! 憎め! そうしなければ、お前にこのオレを殺すなど絶対に出来はしない……」


 そう言って、男はこの場を去った。また、この里を抜けるために。
 男は再び抜け忍となるのだ。裏切り者の名をもう一度背負って。ある意味、以前のように戻るというだけの話だ。一族を滅ぼして里を抜けた。あの時と同じようなことが起こり、あれからこの男が里に戻ってくる前までのように戻るだけ。
 一度の裏切りも二度の裏切りも変わらない。男は里にとって裏切り者だった。それが現実だったのだ。ただそれだけの――――。


「…………ケ……サスケ」


 名前を呼びながら肩を揺らす。先程からずっと呼び掛けているのだが、一向に起きる気配がない。強く目を瞑ったまま、うなされている様子に気付いたから急いで起こそうとしているのだけれど。悪い夢を見ているのだとしても、起きてしまえば現実に戻れるのだ。早く、早く夢から現実に。


「サスケ、サス――――」


 そうやって呼び続けていた最中、サスケは勢いよく飛び起きた。起き上ったサスケは呼吸が乱れているようで、なんとか呼吸を整えようとしているのが分かった。どうやら、イタチの考えは当たっていたらしい。


「あに、き……?」

「うなされていたようだが、大丈夫か?」


 目を覚ましたことにほっとしながら、そっと伸ばした手をサスケは払いのけた。その行動にイタチは驚くが、原因が何かははっきりしている。先程まで見ていたであろう夢で何かがあったのだ。


「何かあったのか?」


 出来るだけ優しく、サスケを怖がらせないように尋ねてみるものの返事はない。けれど、サスケが何か悪い夢を見たことは間違いない。体は震えていて、まるで何かに怯えているようにも見える。
 それをどうにかしてやりたいと思うけれど、その方法がイタチには分からない。夢で何があったのかも分からないのだ。下手に何かをして怖がらせたくもない。かといって無理矢理聞くようなこともしたくないから、どうしたものかと考える。
 ――が、その僅かな時間の内にサスケは窓から外へと飛び出した。ガラ、と音がした時にはもう遅い。


「サスケッ!」


 あっという間にサスケはどこかへ行ってしまった。止める間もなく出て行ってしまったサスケ。イタチは何もしてやれなかったことを悔やむが、ここは冷静に気配を探ることにする。このまま立ち止まっていては何も変わらない。今、イタチがやるべきことは飛び出して行った弟を探すことだ。
 数秒ほどで見つけた気配を追ってイタチもまた家を出る。結構なスピードで移動しているようだがこれならまだ追いつける。そう思った矢先、突然気配が消えてしまった。こちらが気配を探れるということは、向こうもまた兄が追い掛けていることに気付いたのだろう。優秀な忍に育ったものだ。とりあえずイタチは最後に気配を感じたところへ向かうことにする。



□ □ □



 気配が消えたその場所から近くを捜索すること十数分ほどだろうか。里の外れにある森の中でイタチはサスケを漸く見つけた。


「サスケ……」


 声を掛けると、びくっと分かりやすく肩が揺れた。どんな夢を見ていたかは分からない――が、十中八九自分に関することだろうとイタチは考えていた。サスケの自分に対する反応を見れば一目瞭然だ。
 弟が今何を考えているのか。分からないけれど、いつまでもこんなところに居ても仕方がないだろう。自分に関する夢を見たのだとしても、目の前の弟をどうにかしてやれることが出来るのもまたイタチだけ。


「家に帰ろう、サスケ」


 何と言葉を掛けてやるべきなのかも分からなかったが、外に居る理由はない。いや、サスケにはあるのかもしれないけれど、まずは家に帰って落ち着いてから話をしよう。
 そう思ったのだが、サスケは全く動く気配がない。自分と一緒に居たくないから、と考えるのが妥当だろうか。しかし、この場に居るイタチにどこかへ行けとは言わないのだ。思わず飛び出してしまったけれど、弟も弟で色々考えているのだろう。夢と現実、分かっていても心が追いつかない。そういうことなんだろうとイタチは思う。


「サスケ、オレにはお前が今何を考えているかは分からない。だが、お前の中で何かがあったのだろう。それもオレには分からないが、オレはお前のためならどんなことでもしてやる」


 だから安心しろ、と優しく語りかける。オレはいつだってお前のことを想っていると。
 イタチに伝えられるのは、自分の弟への真っ直ぐな気持ちだけ。でも、それが大事なのだろう。今の自分にとって、何が大切で何をどう考えているのか。サスケが自分の夢を見たのだとすれば尚更、本心からの言葉を伝えることこそが彼をこちらへ戻す手段。


「オレを恐れることはない。もう二度と、あんなことは繰り返さない。お前が悲しむようなことはしない。オレは、お前を愛している」


 その言葉に、心の中の何かが消えたような感覚がした。さっきまであったはずのそれが、一瞬で消えてなくなった。


「……兄、さん…………」

「お前がオレをそう呼ぶのは、久し振りだな」


 小さく口元に笑みを浮かべると、サスケはやっとイタチを見た。それからもう一度「兄さん」と呼ぶと、そのままイタチに抱き着いた。その小さな体をイタチはそっと抱き締める。


「オレのせいで、辛い思いをさせてしまったようだな」


 言えば、サスケは首を横に振った。そんなことはないと。イタチは何も悪くないのだと伝えようとする様子に、ぽんぽんと優しく背中を撫でてやる。


「お前は優しいな、サスケ」


 何の夢を見たかは未だに分からないけれど、予想が出来ないわけではない。そんな夢を見て、夢と現実が分からなくなってしまうのも全部イタチ自身のせいだ。
 夢だとはっきり言い切れない。そう思わせてしまう行動を前に取ったことがあるから。そう思われても仕方がないし、そう思わせてしまうことが辛い。だがそれも自己責任だ。それなのにサスケは兄は悪くないと言ってくれる。本当に優しい子だ。


「兄さんは悪くないだろ。オレが勝手に……」

「大丈夫だ。何も心配しなくて良い」


 心配することはない。不安になることもない。オレ達は木ノ葉の忍で、これからも二人でずっと一緒だ。二度と弟を裏切るようなことはしない。絶対に。もうこの温もりを手放したりなどしない。


「帰ろう、サスケ。オレ達の家に」


 落ち着いた弟にそう声を掛ければ、こくんと頷いてくれた。どうやらもう大丈夫そうだ。
 ゆっくりと体を離すと、イタチは昔のように弟へ手を伸ばした。ここは殆ど人通りもない。家に帰るまでの距離くらい誰にも会わないだろう。サスケもそれが分かっているからか、素直にその手を握り返してくれた。

 たとえどんなことがあろうと何も恐れることはない。もしも君に何かあったのなら僕が必ず助けるから。
 だから君は安心していて。何があっても必ず、僕が君を守るから。










fin