ザーザーという音とともに空から雨が降り注ぐ。ついさっきまではお天道様が見えていたというのに気が付けば黒い雲で空が見えなくなり、次第に雨が降り出したかと思えばこれだ。天気は自然のことなのだから突然変わってもおかしくはない。
 とはいえ、突然の雨に傘なんてものを持ち合わせてもいない。暫く止みそうにない雨を見ながらサクラははぁ、と一つ溜め息を吐いたのだった。








「急に雨が降るなんてついてないな……」


 任務が終わって家に帰った後、親に買い物を頼まれて出てきたまでは良かった。頼まれていたものを全て買い終えていざ帰ろうとしたところでこれだ。家を出る時は晴れており、まさかこんなことになるなんて思わなかった。
 もう少し早く買い物を済ませていれば、と思ったところで遅い。今雨が降っていることは事実なのだからこの現実を受け止めるほかない。この雨の中を走って帰るという選択肢もあるけれど、帰っている途中ならまだしも結構いい降りをしているこの中を走って行く気にはなれない。


「これは雨宿りをするしかなさそうね」


 びしょ濡れになってまで急いで帰る用事でもない。はぁともう一度深い溜め息を吐く。ちらりと空を確認したところで現状は何も変わりはしない。
 今日の占いは運勢が悪かったのかもしれないななんて考えながら雨が止むのを待つことにした時だった。雨の音の中にザバッと水を弾く音が混ざった。反射的に音のした方へと視線を向けると、そこには見慣れた姿があった。


「あれ、サスケ君?」


 その声に反応するように漆黒の瞳がこちらを見る。そして一言「サクラか」とこちらを確認して呟いた。この雨の中をずっと走ってきたのかまだ肩が揺れている。サスケがここに来たのもサクラと同じ目的、雨宿りの為だろう。
 だが、サスケの服は随分と濡れているように見える。一体どれほどの距離を走ってきたのだろうか。わざわざ雨宿りを選んだということは自宅に帰るよりはここの方が近かったのだろうけれども。


「かなり濡れてるみたいだけど大丈夫……?」

「これくらい大丈夫だ。お前は、買い物か」


 サクラの荷物を見て出たその言葉をサクラは肯定する。しかし、いくら本人が大丈夫だと言ってもこれだけ雨に濡れていると心配にもなる。好きな人のことだから余計にそう思うのかもしれない。
 本当に大丈夫なのかと思わず繰り返して尋ねてしまったが答えは変わらない。しまいにはお前が気にすることはないと言われてしまう。そう言われてしまえばこれ以上は言えない。心配だからで何度も聞いてもしつこいと怒られてしまうだけだ。


「雨、なかなか止みそうにないね」

「そうだな」


 目の前で振り続ける雨を見ながらぽつり。これは当分止みそうにない。下手をしたらこのまま今日一日ずっと降るのではないかとさえ思う。ついさっきまでの晴れが嘘みたいだ。
 とはいえ、今日は雨が降るという話はなかったはずだ。天気は変わるものとはいえ、これはおそらく通り雨だろう。暫く雨宿りをすればきっと止むのではないだろうか。止んで欲しい、というのが本音だけれど。


「サスケ君は修行をしていたの?」


 街中ではあるけれど買い物の途中にしては荷物がない。一番考えられるのは修業をした帰りだろう。
 どうやらそれは当たっていたようで少し前までは修業をしていたと答えられた。いつもならもっと遅くまで修業をするのだが今日はこの天気だ。雨の中でやるのもそれはそれで修業になるだろうけれど、わざわざ雨が降っている中でやることでもない。だから切り上げてここに来たそうだ。そして偶然にもサクラと鉢合わせたというわけだ。


「毎日やってるんだよね。ナルトも、サスケ君も」

「修業なんだから続けないと意味がないだろ」

「それもそうだよね」


 強くなりたい。その気持ちがあるからひたすら修業をする。一日でも早く強くなれるように。それぞれの夢の為、夢を叶える為に。叶えたいからこそ諦めない。お互いにその夢……目的は違うけれど、そこへ向かう意思だけは二人とも同じなのだろう。
 強い思いがあるからこそ毎日続けることが出来る。二人はいつだって強くなりたいと必死だ。ただ強くなりたいと、そう願っている。そんな男の子達。


「……ナルトもサスケ君も、本当に凄いよね。私には出来ないもの」


 二人の足手まといにはなりたくない。それはいつだって思っているけれど、サクラは二人のように修業をすることは出来ない。
 だからといって修業をしていないわけではない。サクラだって強くなりたいという気持ちはある。けれど二人のようには出来ない。同じ思いがあってもやり方は人それぞれ、それでもすぐ近くで毎日遅くまで修業に取り組む二人を見ていると自分には真似出来ないと思うのだ。
 やろうと思えば出来るのかもしれない。けれどやっぱりナルトやサスケのようには出来ない自分がいるのだ。同じ第七班のメンバーだけれど一人だけ置いて行かれているような気がする。


「サクラ、オレはお前が凄いと思うようなことは何一つしていない」

「そんなことないよ!」


 サスケの言葉をサクラは否定する。けれどそれを更にサスケが否定する。サクラだって誰だって出来ることだと。
 確かにそうかもしれない。サスケの言っていることは間違ってはいない。それでもサクラは二人のように修業することは出来ないのだと零した。どんなに修業をしても急成長していく二人にはついていけない。強くなりたいのに周りの二人が凄すぎて自分は何も変わっていないような気がするのだ。どうして自分はこんなに駄目なんだろう、と考えてしまったこともあるくらいに。


「…………」


 サクラは決して弱くはない。それをチームメイトであるサスケはよく知っている。彼女がいなければ苦労したであろう場面もこれまでに何度もあった。
 それにサクラだって忍者学校を卒業してから確実に力を付けてきている。そう思えないのはすぐ近くにいる二人の成長があるからだが、サクラが努力をしていることも知っている。サクラがチームメイトの二人のことを知っているのと同じように。


「サクラ、お前にはお前のペースがある。オレ達と比べることはない」


 人にはそれぞれ自分に合うペースがある。サスケやナルトは毎日遅くまで修業をしているかもしれないけれど、それは二人に合っているからそうしているだけだ。二人にはこの量が丁度良いというだけの話である。
 だからサクラはサクラのペースでやっていけば良いだけだ。何でも自分に合ったペースでやるのが一番。無理をしてもプラスになることはない。むしろマイナスになっていくだけだろう。サスケ達のようにはいかなくてもそれが自分に合っているのならどんなペースでも良いのだ。量や速さは関係ない。


「お前も自分に合ったペースでやっていけば良いだけだ」

「私のペース…………」


 そうだとサスケは頷く。どんなことだって自分のペースでやることが大切だ。人はそれぞれ得意なことだって苦手なことだってある。同じことをやろうとしても個人差があるのは当然だ。
 けれど、そこで自分のペースを乱してしまったら本来なら上手くいくものも失敗してしまうかもしれない。自分のペースを守るというのが大事なのだ。それは他人と比べるようなことではない。


「そうよね、私は私のペースで。ありがとう、サスケ君」


 冷静に考えてみればサスケの言う通りだ。そう思えば気が楽になった。
 人間とは単純な生き物で一度そうだと分かってしまえばこうも早く立ち直れる。だからこそ良いのかもしれない。いつまでも同じ考えのままよりそっちの方がよっぽど良い。

 笑顔でお礼を述べたサクラ。その表情で吹っ切れたらしいことはすぐに分かった。そんなサクラの笑顔を見て思わず。


「……お前はそうやって笑っている方が良いな」


 零れた言葉。先程までよりも小さな声だったけれどこの距離では十分に聞き取れた。
 だからこそ「え」と驚きの声が漏れた。まさかサスケがそんなことを言い出すとは思わなかったのだ。普段の彼からは考えられないような言葉だったから。


「何でもない。雨も上がったしオレはもう行く」


 言われてやっと気が付いた。いつの間にか降り続いていた雨が止んでいる。屋根から雫が流れ落ちるのが見えるのだから止んだのは少し前だろうか。話に夢中になっていた気が付かなかった。さっきまでの雨が嘘だったかのように空は晴れている。まるでサクラの気持ちと同じように。


「じゃあな」

「えっ、サスケ君!?」


 こちらが何を言う間もなくサスケは走って行ってしまった。残されたサクラはその後ろ姿が見えなくなるまで見つめた後、自分も家に帰るべく空の下へと踏み出した。

 買い物に来たところで急に天気が雨になり。雨宿りをしなければならないことを不運だと思った今日。
 けれど大好きな人と一緒にその時間を過ごすことが出来て、その彼に自信をもらうことが出来た。それは不運というよりも幸運。



 最初は今日は不運だと疑いもしなかったけれど本当はその逆だった。
 雨が降ってきたからこそ、今日は幸運な日。










fin