「お帰り、サスケ」


 学校から帰宅をし、リビングに入ったところでそう声が掛けられた。まさかこんな時間に帰って来ているとは思わずに驚いたが、それでも「ただいま」と返しながらサスケは目の前の兄を見る。


「今日は早かったんだな」

「ああ。仕事も一区切りついたからな」


 それで今日は早く帰れたらしい。珍しいと思ったけれど、そういうことなら納得だ。今夕飯を作っているからと言われ、とりあえずサスケは荷物を部屋に置いてくることにする。
 夕飯くらい作ると話したのだが、いつも作ってもらっているのだからたまにはということらしい。仕事で遅い兄の分も先に帰るサスケが夕飯の支度をするのは当たり前のことで、特別気にすることでもないのだが兄はそう思っていないようだ。作れる時くらい作ると、その気持ちだけでも十分だが今日のところはその言葉に甘えさせてもらうことにする。


「早く帰れた時くらいゆっくりすれば良いだろ」


 荷物を置いてリビングに戻ると、キッチンに立っている兄に向ってサスケはそう言った。今日だっていつもより早く帰れただけで、一日仕事をして帰ってきたところなのだ。疲れていないわけがないのだから、そういう時は休むべきではないかと思う。普段は遅くまで会社に残っているほどなのだから。


「これもオレが好きでやっていることだ。お前が気にすることはない」


 それなら良いけど、と料理をしている姿を眺める。料理が好きというわけではないのだろうが、イタチが料理を作りたくて作っているのなら止める理由もない。
 サスケも料理をすることが好きではないけれど、嫌いというわけでもない。だが、兄のためにご飯を作るのは嫌ではないからイタチも同じなのかもしれない。


「出来たら呼ぶから部屋に居てもいいぞ」

「宿題もないから平気だ。アンタが気が散るって言うなら部屋に居る」

「オレはサスケがここに居てくれる方が嬉しいな」


 おそらく、思ったままのことを口にしているだけなのだろう。それは分かっているのだが、いつもよく平気でそう言葉に出来るよなとサスケは心の内で思う。なら問題ないだろとだけ返せば、そうだなと言いながら兄はふっと笑う。
 こんな兄と付き合う女性が現れたのなら、平然とこういうことを言う兄に苦労をするのではないだろうか。いや、苦労という表現は正しくないかもしれないけれど。それとも女性は案外そうやって言葉にしてもらえる方が嬉しいのか。考えたところでサスケは男なのだから女性の考えなど分からないが。


「……兄貴は、彼女とか作らないのか」


 なんとなく、疑問に思ったことを尋ねただけだった。深い意味はない。だが、その質問に兄はきょとんとした表情でサスケを見た。


「どうしたんだ、急に」

「だってアンタ、モテるのにそういう話全然聞かないだろ」

「それはそうだろう。オレは女性と付き合った覚えはないからな」


 それなのに噂を聞いたことがあると言われても困る。そんな風にイタチは話す。
 学生時代も兄がモテていたことくらい、弟のサスケは勿論知っている。けれど、イタチの言うように誰ともお付き合いをしたことはないのだ。
 何でも出来る優秀な兄は顔も整っていて、告白された回数なら両手でも足りないだろう。あくまでもそれはサスケの想像でしかないが、バレンタインの日には多くのチョコを貰っていたのだから間違えでもないと思われる。


「そういうお前こそ、彼女はいないのか?」

「何でオレの話になるんだよ……」


 言えば、お前も女の子に人気があるじゃないかと返された。確かにサスケも人のことを言えないくらい、高校でも女子生徒達からモテる。だが、それ以上にイタチの方が凄かっただろうと思うのだ。第三者からすれば、どっちもどっちと言われそうではあるけれども。
 それでどうなんだと問われて、仕方なくいないとだけサスケは答える。そもそも女性に興味もない――という言い方はあれだが、恋愛をしたいと思ったこともない。それはモテるから言えるんだとクラスメイトの一人は言っていたけれど、サスケに言わせれば好きでモテているわけでもない。


「なら人のことは言えないだろ」

「オレとアンタは違うだろ」

「どうしてそう思う?」

「どうしてって……」


 兄弟でも同じ人間ではないから違うとかそういった意味での話ではない。女性からの好意をウザいだけだと言い切ってしまうサスケとは違い、イタチは断るにしてももっと丁寧で出来るだけ傷つけないような言い回しをしている。簡単にいうなら、女性への態度が全然違うのだ。
 それでも結局は断っているのだから同じだとイタチは思う。まあ、その点についてはもう少しくらい女性のことも考えて言葉を選んだ方が良いのではないかと思ったりもするのだが、断るなら同じだろと前に言った弟の意見も間違いとは言い難いからそのままだ。とはいえ、優しくされても困るといえば困るのだが。


「サスケ」


 呼ばれて顔を上げれば黒の瞳とぶつかる。そして、微笑んだ兄はやはり平然と言ってのけるのだ。


「オレはお前が居ればそれで良い」


 何だか彼女どうこうという話から若干逸れている気がしないでもないが、兄にとってはそうではないのだろう。でなければこの流れでこの言葉は出てこない。というより、元から兄はこういう人だといってしまう方が正しいかもしれない。今に始まったことではないのだ。
 一応補足しておくが、自分達は至って普通の兄弟だ。親が仕事で海外に居るから二人で暮らしているというだけの、どこにでもいる兄弟。


「……そういうことは、好きな人にでも言えよ」

「だから言っているだろう」


 オレじゃなくて、と否定する気にはならなかった。昔からこうなのだから今更気にしても仕様がない。兄が弟として自分を好きだと言うのは昔からで、サスケもまた同じように兄のことは好きだ。
 ……いや、同じようにではないかもしれないけれど。それをわざわざ口に出すつもりはない。口に出す必要もないだろう。


「サスケ?」


 突然立ち上がったサスケにイタチは疑問符を浮かべる。一方のサスケはといえば、イタチの疑問など気にせずにキッチンに入って食器を取り出した。


「手伝う。二人でやった方が早いだろ」


 目の前のリビングで見ているだけなら手伝う方が良いと判断したらしい。話なら一緒に料理をしながらでも出来るし、夕飯の準備を終えてしまえばゆっくり話すことも出来る。
 そこまで声には出さなかったが、イタチには分かってしまったのか。口元に弧を描きながら「そうだな」と頷いて、それならサラダを作ってくれないかと頼む。二人で並んで食事を作るなんていつ振りだろうか。幼い頃は母の手伝いをしながらよく一緒にキッチンに立ったなと懐かしく思う。


「お前に彼女が出来たら寂しくなるな」

「彼女なんて作るつもりはねぇよ。アンタが居ればいい」


 口角を持ち上げるようにして笑った弟は、先程の言葉をしっかりと聞いていてくれたらしい。一瞬きょとんとした顔をしたイタチだったが、すぐに「そうか」と言って料理をする手を動かした。


「それならこれからもずっと、二人で暮らすのも良いかもしれないな」

「いつか母さん達は帰ってくるだろ」

「その時は二人で暮らせる場所でも探すか」


 冗談だか分からない言葉を並べた兄はどこか嬉しそうで、サスケもまた「それも良いかもな」とどちらともとれる言葉で返した。それに対して、やっぱりイタチは嬉しそうに笑った。







貴方が居ればそれだけで

(良い、と言ったその理由は言葉にしないけれど)
(貴方のことが好きだからこその言葉であることは真実)