教室中でザワザワと話し声が聞こえている。あまり長くもない授業と授業の間の休み時間。次の教科の準備をして、他にやることといえば友達と話すくらい。それも十分に出来るとはいえないくらいの時間しかない。
たったそれだけの休み時間でも生徒達にとっては楽しい時間だ。短くても楽しく過ごし、時にはその休み時間が何かのきっかけになるということも。
貴方の瞳に映るのは
授業が二つほど終わった二校時と三校時の間の休み時間。いつものように生徒は近場の友達や仲のいい友達と会話を繰り広げている。実際には十分ほどしかない休み時間など短くて殆ど何も出来ない。だけど、こうして過ごしてみるとこれはこれで楽しく過ごせる時間でもあった。
ガラッ。
教室のドアが開く。まだチャイムの鳴っていないこの時間ということは、教師ではないことは皆承知している。特に気にもせずにクラス中の話し声は絶えない。
「あ、サスケ。どうしたんだってばよ?」
廊下側の席だったナルトは、キバとの会話を中断してサスケに声をかけた。会話を中断しようとキバは大したこととは思っていない。この二人が幼馴染ということは知っているし、ナルトがサスケを好きなのではないかと思うようなこともある。本人に直接聞いても曖昧な答えしか返ってはこないが、そうではないかとキバは思っている。サスケを見つければ声をかけるようなナルトの姿だってもう何度見ただろうかというほどなのだから。
相変わらずだなと思いながら目の前の二人の様子を見る。幼馴染というだけあって、男と女でも遠慮なく会話が出来るのだろう。
「シカマルは居るか?」
教室の様子を見ながらナルトに尋ねれば「シカマル?」と聞き返される。肯定するように返せば、シカマルの席の方を示して「あそこに居るってばよ」と教える。サスケは簡単にお礼を済ませるとそのままシカマルの方に向かっていった。
そんなサスケの姿を見ながらナルトがさっきとは違う空気を纏っていることに気付くまでにはさほど時間がかからなかった。
「何怖い顔してるんだよ」
「別にしてねぇってばよ」
否定された言葉に「してる」ともう一度言う。すると、さっきまでサスケの方に向けられていた視線がそのままキバの方に向けられる。向けられてすぐに「オレに向けんなよ」とキバが言えば、やっぱりしてるつもりはないという答えが返ってくる。
どうやら自分ではそんな意識はしていないらしい。それはそれで面倒なんだけど、というのはキバの意見。シカマルとサスケの様子を見ながらキバは説明するようにして口を開いた。
「だって睨んでるじゃん。そんなにシカマルとサスケが仲良くしてるのが嫌なわけ?」
言えば「そうじゃねぇけど」と話しているが、その様子はそんな風には見えない。言っていることとその行動に違いがある。 これは自覚がないというのだろう。
だから前に好きなのかと聞いても分からないと返ってきたのではないだろうか。どうしてそこまで自覚がないのかといえば、幼馴染という関係があるからこそではないだろうか。幼馴染だからこそ、そういう気持ちに気付けないのではないかと。
それもナルトだけであって、サスケの方はナルトが好きだという話はヒナタを通してキバは聞いていた。ヒナタが尋ねたわけではないが、サクラ達と話しているうちにそういう話になって聞いたらしい。
「言っとくけど、シカマルはサスケが好きだぜ」
その言葉を聞いた瞬間、ナルトは目を見開いた。次の瞬間には「え、マジで!?」と驚きの声を上げている。そのことに全く気付いていなかったらしい。
「マジで。つーか、お前、気付いてなかったのかよ」
「シカマルってばそんなこと言ってたか?」
「言ってねぇけど、見てりゃ分かるし」
初めて知った事実にナルトは驚くと同時に別の気持ちが生まれていた。それが何なのかは、はっきりとは分からない。けど、あまりいい感じがしないのだけは分かった。
ふと、サスケとシカマルの方を見てみる。何を話しているのかまでは分からないけれど、二人共楽しそうにしている。サスケがあんな風に笑って話しているのをナルトは知らなかった。自分との話で笑う時があっても、シカマルの時とは違う上にあまり笑ったのを見た覚えはない。
「サスケだって、男友達の中じゃシカマルとは随分仲が良いしな」
男友達の中では随分仲が良い。
それは、幼馴染である自分よりもシカマルの方がいいというのだろうか。ナルトはそんな考えを抱くが、答えが返ってくるわけでもない。疑問が生まれては答えも見出せずに消えていく。その繰り返しだ。
「それって」と小さな声で呟くように言われた言葉。所々から聞こえてくる声で聞き取りづらかったが、キバは何とか聞き取って耳を傾けた。
「それって、二人は付き合ってるのか?」
ゆっくりと言われた言葉。ナルトの表情はとても真剣だった。
それを見たキバは、あえて本人に聞いてみればと返した。付き合っているかどうかを知らないわけではない。けれど、このままキバが教えるよりも自分で答えを見つけた方がいいのではないかと思っての行動だ。
そこまで話したところで授業の始まりのチャイムが鳴る。ナルトは授業に集中もせずにただこのことだけを考えていた。
□ □ □
放課後。一日の終わりを示すチャイムが鳴り響く。この音を聞いてやっと下校をすることが出来る。いつもなら鞄を持ってすぐに教室から出て行くが、今日はそうもいかない。授業中も気になっていたことを確かめなければいけないからだ。
ナルトはシカマルに「ちょっといいか」と尋ねると、すぐに「別にいいけど」と了解の返事をもらう。他の友達には先に帰っててもらい、二人は校舎裏までやって来た。そこまで着くとピタリと足を止めてナルトは口を開いた。
「あのさ、シカマルってば、サスケのこと好きなのかってばよ?」
少し下を向きながら問う。今日の休み時間の時にキバから聞いたこと。直接聞いたわけではないけれど、見ていれば分かったといわれたこと。それが本当かどうか確かめたくて尋ねる。
そう問われたシカマルは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐにいつもの表情に戻った。そして、ナルトのことを真っ直ぐ見て答える。
「あぁ。好きだぜ」
言えば、今度はナルトの方が驚いた表情をした。本当にシカマルはサスケが好きという事実を知った。キバに聞い時も驚いたが、本人から直接聞いた方が何倍も大きい。あの時にも感じた気持ちがまた生まれてくる。
「大体、サスケはモテるんだから不思議でもねぇだろ? そんくらいはお前だって分かってるだろうし」
サスケはモテる。そのくらいナルトだって十分に分かっている。実際、サスケが色んな男に声を掛けられているのを見たこともあるし、それを阻止したことだったあるくらいだ。
だけど。シカマルまでその中の一人だとは思ってなかった。サスケと仲がいいのは知っていた。でも、それは友達という関係でだ。キバとかのように友達という関係でだと思っていた。それが違うということなど考えたことすらなかった。
「付き合ってたり、するの……?」
恐る恐る、その言葉を口にする。
もしも、シカマルがサスケと付き合っていたら。考えたことはないけれど、考えようとしたもこともない。というより、考えたくないような気がする。それ固定される言葉が返ってこないことをひたすら願ってしまう。
「お前には関係ねぇだろ。それ以前に、お前はサスケが好きでもねぇんだからよ」
「関係あるってばよ!」
関係ないといわれて反射的に関係があると返してしまった。どうして、なんて分からない。だけど、言わずにはいられなかった。だからそのまま言ってしまった。
「幼馴染、だからか?」
幼馴染。確かにナルトとサスケは幼馴染だ。それ以上でもなければそれ以下でもない。小さい頃からずっと一緒に居て、時には遊んだり勉強をしたりもした。親の次に相手のことをよく知っているといっても過言ではない。幼稚園から小学校、中学校、そして高校。この学校に至るまでの全ての学校を共にしてきた。誰よりも信頼できる相手で、誰よりも親しい友であるとも思う。
相手はそんな幼馴染。だから関係があるといいたいわけではない。ナルトは幼馴染とかそういう意味ではなく、もっと別の意味で関係があるといいたいのだ。
「違うってばよ」
「なら、何だっていうんだよ?」
「それは…………」
答えに詰まるその様子を見て「答えられないんだろ」と言えばそのまま黙る。答えられないわけではない。けれども、答えとして出す言葉が見当たらない。
自分達の間には幼馴染という関係しかないのだろうか。幼馴染という繋がりしかないのだろうか。関係あるといいたいのも、相手が幼馴染だからという理由だけなのだろうか。
そこまで考えて、やっぱりそれは違うという考えになる。自分達は幼馴染であり、それはこれからも変わらない。でも、関係があるといいたいのは何も幼馴染だからではない。その幼馴染の存在が、サスケが、ナルトにとっては大切な人だからだ。どんな人よりも大切な人だから関係があるのだ。
「オレにとって、サスケが大切な人だからだってばよ」
少しの時を経てやっと答えを見つける。サスケが付き合っているなんて考えたくなかったのもサスケが大切だから。ただの幼馴染という関係が、この元にはあるのかもしれない。けれど、その元となっている下ばかりを見てもいられない。もう、その土台から足を踏み出していることに気づいてしまったから。
「それは、どういう意味で言ってるんだ?」
「オレがサスケを好きだから聞いてるんだってばよ」
はっきりと言葉を形にする。今まで形になることのなかった言葉を。大切な幼馴染に向けて言ったことのない言葉が、ここにやっと出てくる。気づくことのなかった奥底に咲いていた花を見つけたのだ。心の奥底にあった、幼馴染への本当の気持ちという花を。
真っ直ぐ、瞳が交わる。空気は冷たく張り詰めていて、だけど一歩も戻ることは出来ない。目の前のことに向かっていかなければならない。真剣な表情が全てを物語っている。
「本気なのか?」
「本気だってばよ」
「それが、お前の答えなんだな」
その言葉に、ゆっくり頷く。もう、これが答えだと気づいたのだから振り返る必要はない。これが答えだと言い切ることが出来る。
そこまで話したところで、シカマルは一度息をつく。それからナルトのことを見て、言葉を発した。
「なら、早く行ってこいよ。いつまでも待たせてるんじゃねぇよ」
一瞬、何を言われたのか理解が出来なかった。どういう意味か分からずにポカンとしていると、シカマルの方から助け舟を出してくれた。
「だから早くサスケの所に行けって言ってるんだよ。めんどくせー奴だな」
「サスケの所って……。結局、どういう意味だよ!?」
「そのまんまだ。とにかく行けって。男が女を待たせてどうすんだよ」
そこまで言われて漸く意味を理解する。全てをしっかり理解したわけではないが、なんとなくシカマルの言おうとしたことが分かった。それが分かってしまえば、次にやることは一つしかない。次にやることは、もう既に示されているのだ。悩むことさえない。それをそのままやってしまえばいいこと。
この場を後にする際に「ありがとう」と心の中でお礼を言う。残されたシカマルは「本当にめんどくせー奴」と、走り去った後姿にポツリと投げかけた。譲るなんて気持ちはないけれど、それでも相手のその気持ちに気づいてしまっている。簡単に譲ったりは出来ないけれど、その相手が相手ならこれも仕方がないのかもしれない。
空を見上げれば、雲がゆっくり流れている。
□ □ □
授業も終わり、放課後になる。特に部活に所属しているわけでもないし、何か残ってやらなければならない仕事もない。ただ、なんとなく。この教室に居たいと思って残っている。別に家に帰りたくないわけではないが、たまには誰も居なくなった教室に残ってもいいだろう。完全下校時間になるまでのあと十数分。静かな教室で過ごすのも悪くはない。
窓側の席の一番後ろ。夕日が差し込む教室で、自分の席に座りながらのんびり窓の外を眺めていた。すると、廊下の方から慌しい足音が聞こえてくる。それも真っ直ぐこの教室を目指しているかのように音は大きくなる。そんなことを思っているとガラッと教室のドアの開く音がした。勢いよく開かれたドアの元に立っていたのは、誰よりもよく知っている相手だった。
「サスケッ!」
「ナルト……!?」
突然現れた幼馴染の姿に驚いてしまう。教室のドアを閉めると、ナルトは真っ直ぐサスケの所まで歩いて来た。急にどうしたのかと思うけれど、あまりにも真剣そうな表情に聞くことが出来ない。次の言葉を待って、サスケはナルトのことを見上げた。
見上げてくる視線にドキンとしながらも、ここまで来たのだ。そう言い聞かせて一度呼吸を整えると、口を開いた。
「えっと……その、オレってば、サスケのことが好きなんだってばよ!」
どう言えばいいのかと悩みながらも最後まで言葉を繋いだ。考えれば考えるほどどう言えば分からなくなりそうだと思い、直球でそのまま伝える。余計なことを考えれば、最終的に言いたいことが言えなくなってしまうような気がしたから。考えて出した答えを真っ直ぐに伝える。
そんなナルトの言葉に、サスケは驚いて言葉が出なかった。今まで一度だってそんな言葉を聞いたこともなければ、そういう恋愛という話さえあまりしないような人なのだ。幼稚園製の頃にそんな話をしたことや一時期はサクラが好きだと言っていた頃もあったけれど、それも随分と前の話。ここ何年もの間、そんな話をした覚えはない。持ち出そうともしなければ、そんな素振りさえ見せないのだ。
「…………急にどうしたんだよ」
なんと答えればいいのかと考えた末にやっと出てきた言葉。ナルトの気持ちを疑ったりしているわけではない。けれど、それはあまりにも突然すぎて戸惑ってしまう。
いくら成績優秀とはいえどもこんな出来事に対応できる頭を持っているわけではない。それも相手は幼馴染のあのナルトだ。まさか、こんなことが起こるなんて考えもしなかった。考えても意味はないと思っていたから。
「オレはサスケが好きなんだ。だから、それを伝えなくちゃって思って……」
そう思ってここまで来た。今まで気づくことのなかった気持ちに気づいたから、それを伝えなければいけないと思って。学校に居るかも分からなかったけれど、なんとなくまだいるような気がした。だから真っ直ぐこの教室を目指して走ってきたのだ。
必死で言葉を繋げるその様子にナルトの真剣な気持ちが伝わってくる。あまりにも突然だったからどうすればいいのかも分からずに戸惑ってしまった。けれど、そんなナルトの様子を見ていると戸惑ってばかりもいられない。ナルトは自分の気持ちを必死で伝えに来てくれたのだ。だから、それにはちゃんと答えなければいけない。
「ナルト」
自分の気持ちを伝えようと話しているナルトの言葉をその名を呼ぶ声が遮る。その声に話をやめてサスケのことを見る。
ガタン、と椅子が動く音がする。立ち上がれば、さっきまで高さの違った視線が近くになる。ほぼ同じような高さの視線に、ずっと昔から知っている瞳。その瞳を静かに交じり合わせる。
「いいのかよ、オレで」
「サスケじゃなくちゃ、いけないんだってばよ」
確かめるように聞けば、すぐに肯定の言葉で返される。迷いはどこにもない。ただあるのは一つの答えだけ。それ以外の答えなどないのだ。
嘘なんかではない。夢でもない。紛れもない現実。
瞳の先に映るのは互いの姿だけ。他のものは今の瞳の中には入ってこない。入って来れない。一秒ずつを刻む時計の音が響いている。部活をする声が聞こえてくる。流れている時の中でこの空間だけが切り取られたような特別な空間になっている。
「後悔しないか?」
「するわけないってばよ。後悔もさせはしない」
後悔なんて言葉を口にはさせたくない。後悔なんて言って欲しくはない。そんな最後の確認。
一度、瞳を閉じる。頭に浮かぶのは一つの答え。この会話で見つけた、会話をするよるもずっと前から。いつからか決まっていたその答えに手を伸ばす。
思えば、この幼馴染を意識し始めたのはいつだっただろうか。最初はただの幼馴染だった。それが、気づいた時にはいつも瞳で追っていた。いつも隣で笑ってくれていた存在を、気がつけば幼馴染というだけで見なくなっていた。壊してしまうのが怖くて、触れなかったこの気持ち。その気持ちに、今、触れる。
ゆっくりと開かれた瞳。そこに映るのは大切な幼馴染の姿。真っ直ぐに瞳を見つめて、告げる。
「オレもナルトが好きだ」
ずっと前から。何年も前から好きだった。この関係を壊したくなくて幼馴染で在り続けたけれど、この気持ちが幼馴染や友達としてではなく恋愛感情だと気づいていた。やっと、一歩前に進むことが出来た。壊したくなかった関係が一緒に動き出す。
曖昧だった気持ちの答えを見つけると、本当はもっと前からこの気持ちを抱いていたのかもしれない。そんな風にもナルトは感じていた。この関係を崩したくないなんて考えずにこれが自分の気持ちだと伝えた。伝えずにはいられなかった。そう思って行動して同時に一つの歯車が動き出した。
「ありがとう、サスケ」
言いながら触れるだけのキスを落とす。離れると、頬を赤く染めたサスケはナルトの胸に顔を埋めた。頬が赤く染まったのを見られたくないと思ったけれど、離れたくもなかった。だからナルトの胸に顔を埋めてそれを隠した。
そんなサスケの気持ちを知ってか知らずか、そのままサスケのことを抱きしめた。久し振りに近くで感じる互いの体温に相手の温もりを感じる。優しい光が二人を包み込む。夕日が差し込む教室は、たった二人だけの特別な空間だった。
小さい頃から一緒に居た幼馴染。互いに相手のことをよく知っていて、いつも隣に居てくれた存在。
いつからか。その瞳に映っていたのは。
一緒に、笑って、泣いて。同じ時を過ごした大切な人。誰よりも大切な、大好きな人。
貴方の瞳に映るのは、大好きなあの人。
fin
39000hitを踏んだ伊佐様からのリクエストです。馴れ初めとのことだったのですが、なんだかずれてしまったような気がします。申し訳ありません。
自分の気持ちに気づかないナルトですが、シカマルとの会話で漸くその気持ちに気が付きました。これから幼馴染だった二人が少しずつ変わっていくのでしょうね。リクエストありがとうございました!