さーと木々の揺れる音が耳に届く。それから近くに現れた気配が一つ。


「こんなところで何をしているんですか」


 火影様、と続けられた声の方を金髪はくるりと振り返る。碧の双眸の先には漆黒の髪と瞳を持つ青年。緑色のベストを身に纏った男がじっとこちらを見ている。


「何って、休憩だってばよ」


 しれっと答えてくれる火影に青年は溜め息を零す。何が休憩だ、と。
 これでも彼はここ、木ノ葉隠れの里を治める里長だ。当然仕事だって結構な量がある。適度な休憩は必要だという主張は百歩譲って認めるとしよう。だが、休憩をすると言うのならそれなりの仕事をするべきだと思うのだ。今も執務室の机には大量の書類が山のように積み重なっている。


「勝手に抜け出しておいて何が休憩だ。さっさと戻って仕事しろ」

「少しくらい良いだろ。さっきまではやってたんだし」


 やっていたといっても、現に仕事が残っているのだが。それでも本人的にはやったつもりなのだろう。実際に何もしていなかったというわけではない。ただ、残っている仕事が多すぎるのだ。


「あとどれだけ残ってると思ってるんだ。この調子だと帰れなくなるぞ」


 はっきり言ってやれば、明らかに嫌そうな声が返ってくる。それはちょっと……なんて言っているが、そう思うのなら早く仕事に戻ってくれというのがサスケの意見である。
 帰れなくなったところでサスケの知ったところではない、と言いたいところだがそうではないからこそ余計に言いたくなる。火影の仕事が終わらなければ、その余波は周りにくるのだ。それは当然、火影補佐であるサスケにもくる。


「先に言っておくが、今回は手伝わないからな」

「そんなこと言うなよ。オレとお前の仲だろ!?」


 どんな仲だ。そう思っただけで声には出さなかったが、元はといえばそれは火影の仕事だろう。それを手伝ってもらえると最初から考えている方がどうかしている。
 サスケだって好きで手伝っているわけではなく、そうしなければ間に合わない時だけ仕方なくだ。彼に限らず上層部の人間がそうやって時折手を貸しているのもこの火影様がデスクワークを苦手としているから。その上でこの行動だ。たまにはこれくらいはっきり言った方が良いだろう。


「とにかく、不味いと思ったなら執務室にお戻りください」


 やることをやっていて、それでも間に合わないとなれば手伝ってやる。
 そんな風に言えば、ナルトはううと唸りながらどうするかを考えているようだ。やるべきことは一つしかないとはいえ、まだ休憩をしていたいという気持ちがあるのだろう。


「じゃあ、あとちょっとだけ休憩してから……」

「それで終わるのなら構いませんが」


 何十分でも何時間でも、仕事さえきちんとしてくれれば文句は言わない。これでも彼なりに苦手なデスクワークを頑張っているのは知っているが、火影なのだからそれ相応の仕事はこなしてもらわなければ困る。これも火影の仕事のうちだ。
 ここまで言われてしまえば、ナルトもこれ以上返す言葉が見つからない。それでもオレは休憩をするんだと主張することは簡単だが、それで仕事が残った場合に彼を頼れなくなる方が辛いものがある。ナルトにとって、補佐であるサスケの存在は大きいのだ。


「うう、分かったってばよ。やればいいんだろ、やれば」


 半ば投げやりにも聞こえるが、それがナルトの仕事である。言われてやるものでもないのだが、あの書類の山を片付ける気になってくれたのならそれで良いだろう。


「それならさっさと戻るぞ。追加の書類もあるしな」

「は!? あれだけじゃねぇの!?」

「だから早く仕事をしろって言っただろ」


 今この瞬間だって任務に出ている忍がいる。みんながそれぞれ自分のやるべき仕事をしているのだ。それに伴ってナルトがやらなければならない仕事が増えるのも当然といえば当然だ。
 そもそも、サスケがナルトを探しに来たのは書類を持ってきたところに火影が居なかったからだ。またどこかでサボっているであろう里長を探してここまで来た。もっとも、彼を見付けるまでにそう時間は掛からなかったけれど。


「それは聞いてないってばよ……」

「うだうだ言ってねぇで仕事をしろ」


 ここで何を言ったところで書類の山は減らないのだ。そう言っている間にも仕事をする方がよっぽど効率的である。
 はあ、と深い溜め息を吐きながらもナルトも諦めたらしい。ゆっくりではあるが執務室へ戻るべく足を動かす。そんな火影の後に補佐官も続く。


「全部終わる頃には夜中になってそうだな……」

「少しくらいは手伝ってやる」


 火影が目を通さなければいけないものは手伝えないが、それ以外はサスケも手を貸してやることが出来る。それを頼られても困るが、今からではどんなに真面目に取り組んでもあの量は捌ききれない。


「今夜は空けておかないとアイツ等に何か言われそうだしな」


 不意に零れたその言葉にナルトは疑問を浮かべる。どういう意味かと疑問をそのまま問うと、今夜は同期の連中と集まる約束になっていると答えられた。そんなこと聞いていないと言えば、だから今言っただろうとのこと。
 ……これは言ったに入るのだろうか。疑問は残るが、それなら尚更仕事を早く片付けなければいけなさそうだ。仕事が終わっていないから、なんて理由で同期の飲み会に自分だけ欠席など寂しい。


「同期って、みんな来るのかってばよ?」

「一応全員集まる予定だ」


 お前の仕事が終わればの話だがと付け加えられるが、つまりはナルトがこれさえ終わらせれば全員が集まるということのようだ。誰かしら任務で居ないのはよくあることで、全員が揃うというのはまた珍しい。思ったまま声に出せば、黒の双眸が真っ直ぐにナルトへと向けられた。


「何だよ」

「……いや、お前が忘れているなんて珍しいと思っただけだ」


 忘れているって何が。考える前に質問すると誕生日だと簡潔に返ってきた。
 そういえば今日は、とナルトもここにきて漸くサスケの話を理解した。自分の誕生日だから同期の奴等が集まって祝ってくれるという話だったのだと。最近は忙しくてすっかり頭から抜けてしまっていたのだが、どうやら周りはちゃんと覚えていてくれたらしい。


「ここのところは忙しいが、ひと段落つけばお前も休めるだろう。少し先になっちまうがそこは諦めてくれ」


 誕生日だからといって仕事がなくなるわけではない。これでもナルトに内緒で上層部の仲間達と出来る限りのことはしたのだが、同期全員が揃って集まる席を用意することぐらいしか出来なかった。ナルトもナルトなりに頑張っているから一日くらい休みをと思っていたけれど、こればかりはどうしようもない。
 それでも近いうちに休暇を取れるように調整はしている。誕生日の当日とはいかなかったが、そこはナルトも火影なのだから無理は言わない。みんながそんな風に考えていてくれたというだけでも十分嬉しいことだ。


「そんなこと全然構わないってばよ。ありがとな、サスケ」

「礼を言うならサクラやシカマルに言え。オレはお前の仕事を手伝ってるだけだ」

「それもいつも助かってるってばよ」


 普段はなかなか言葉にして伝えることのないそれをこの機会に伝える。サスケは少し意外そうな表情を見せたがすぐに口元に小さく弧を描いた。そういえばまだあの言葉を伝えていない。


「誕生日おめでとうございます、火影様」


 今では大分聞き慣れた呼び方。けれどあまり敬語で話さないのは相手がナルトだからだろう。公式な場では 使うけれど、サスケに限らず同期はみんな同じようなものだ。
 その言葉にありがとうともう一度お礼を口にする。昔からの夢を漸く叶えた元チームメイト。その力になってやりたいと思っているのは、サスケを含め彼を知っている者はみんな一緒だ。だから彼が休暇を取れるように任務を増やしている。それくらいのことは別段苦にもならない。わざわざ本人に言いはしないけれども。


「なあ、サスケ」


 呼ばれて顔を上げると碧い瞳と目が合った。短く「何だ」とだけ返せば、火影様は楽しげに笑って口を開く。


「誕生日だから一つくらいお願い、聞いてくれねぇ?」


 何を言い出すのかと思えば、また唐突というのか何というか。ナルトらしい発言ではあるけれど、誕生日なのだからそれくらいは聞いても良いだろう。先を促せば、ナルトはやはり楽しそうに続ける。


「たまにはお前ともゆっくり過ごしたいんだけど」


 言われてきょとんとする。これは予想の斜め上の願い事が出てきた。
 だが、ナルトの言おうとすることを理解するのに時間は要さなかった。先程も述べたように最近は仕事が忙しかった。それに伴って二人で過ごす時間も減っていた。二人は友達やライバル以上の関係であるが、それ以前にこの里の火影と補佐だ。自分のことより優先しなければならないこともある。
 とはいえ、火影だって一人の人間だ。たまには好きな人と過ごす時間も欲しいと思ったりもする。仕事ではなく、プライベートでも。


「本当に珍しいな」

「オレだってそういうことも思うってばよ」


 好きなのだから、とは言わなかったけれど好きだからそう思うのだ。お前は違うのかよと問えば、いやと否定をして。


「それなら今日はウチに来るか?」


 そのような提案を投げ掛けた。同期の連中と集まった後、そのまま家に来れば良い。明日はサスケの家から直接ここに来れば良いだけの話だ。そうすれば一緒に過ごすことも出来るだろう。
 何より、誕生日が終わるまでの時間を一緒に過ごしたい。それはナルトの願いではなくサスケの願い。何せ二人は恋人同士なのだから。


「じゃあ、明日の朝飯は期待しても良いかってばよ?」

「ちゃんと起きろよ」


 心配しなくても大丈夫だと言っているが本当だろうか。担当上忍ほどじゃないにしても、寝坊して集合時間ギリギリになったりしたこともあったと記憶している。だが、流石に今はそんな心配も無用か。


「よしっ、まずはこれを終わらせるか!」


 気合を入れて書類に手を付け始めた火影の姿を眺めながら、サスケもまた書類の山に目を通していくことにする。今日中に終わらせなければならない仕事を夜までに終わらせられるように。
 そして夜は大切な仲間達と共に過ごそう。大切な仲間達と、特別な人と。







 

(立場が変わってもこの関係は変わらない)
(好きな人の為に、特別な人と共に)