「サスケ君」


 声に反応して顔を上げると、桃色の髪が風に揺れた。間もなくして目が合ったサクラは小さく笑みを浮かべた。


「今日ってサスケ君の誕生日だよね?」


 言われて初めて、家を出る前にちらっと目にしたカレンダーのことを思い出した。ないと困るから置いてあるだけのそれに予定は特に書き込まれていない。だが、言われてみれば今日は二十三日――自分の誕生日だった気がした。


「誕生日おめでとう」


 おめでとう。
 脳裏に母の懐かしい声が響く。不意に甦りそうになった記憶に頭を振り、ああとだけ答えると今度は別のところから声が上がった。


「え、サスケって今日誕生日なのか?」

「悪いかよ」

「別に悪いなんて言ってねぇってばよ!」


 一瞬にして険悪な空気が生まれるのはいつものことだが、今日は「そうじゃなくて」とナルトが僅かに視線を逸らした。いつもとは違う反応を不思議に思っていると、暫くしてから空のような瞳が再びサスケを映した。


「………まあ、その。一応チームメイトだし? 今日くらい祝ってやってもいいってばよ」

「無理して祝わなくてもいいがな」

「んだと!」

「いやぁ、朝から元気だね」


 突如、聞こえてきた声に振り向くと「よ」とカカシが片手を上げた。そこへまた遅刻だとナルトとサクラが突っ込むのはもはやお馴染みの光景である。今日は道端で荷物を持ったお婆さんに会ったらしいが、よく毎日嘘を思い付くものだとある意味関心する。
 二人がその嘘に声を揃えたところでふと、カカシと目が合った。


「そういえば、今日はサスケの誕生日なんだっけ?」

「……何でアンタが知ってるんだよ」

「まあいいじゃない。任務が終わったら飯くらい奢るよ?」

「なら一楽がいいってばよ!」

「こらナルト! 今日はサスケ君の誕生日だって言ってるじゃない!」


 でもと言い掛けるナルトの声を遮って「そもそも俺は行くとは言ってねぇ」と言えば、誕生日なんだからの一言で片付けられた。
 誕生日なんてただ年をとるだけの日だろうと思ったが、先生の奢りなんだしとサクラも便乗し、珍しくナルトもそうだと頷いた。もっともナルトの場合、だから一楽という言葉が続くあたりただラーメンを食べたいだけだろうが。


「ほら、たまにはいいでしょ?」


 にこっと微笑むカカシから騒がしいチームメイトへと視線を向ける。すると、いち早くサクラがこちらに気がついた。


「ねぇ、サスケ君は何がいい?」


 まだ行くとは答えていないけれど、人の誕生日で盛り上がるチームメイトたちを見ていたらなんとなく。食事くらいなら付き合ってもいいかと思えた。
 今日くらい、それも奢りなら頑なに断る理由もないだろう。そう思える程度にはこいつらと共に過ごしてきた。大切な仲間として。


「ラーメン以外なら何でもいい」

「どういう意味だってばよ!」

「この暑い日に何でラーメンを食わないといけねぇんだよ」


 だからカカシの提案を受け入れ、サクラの質問に答えた。誕生日に特別思うことはないけれど、たまにはこんな日もいいだろう。仲間からの祝福はそこまで悪い気もしなかった。

 それより今日の任務はどうしたんだよと尋ねながら、いつもと少しだけ違う一日が始まった。



□ □ □



「サスケ!」


 里に着き、忍者学校に向かって歩いていた時のことだ。聞き慣れた声に振り向くと、そこにはかつてのチームメイトの姿があった。


「サスケ君、任務お疲れ様」

「お前等、二人揃って何か用か」

「何かって、お前ってば今日が何日か気付いてねぇのか?」


 今日、何かあったか。そもそも今日は何日だったか。
 少しだけ考えて、気が付いた。今日が七月の二十三日――つまり自分の誕生日だと。それから再び元チームメイトたちを見ると、二人はにこにこと笑っていた。


「……たかが誕生日だろ」

「私たちにとってはすごく大切な日よ」


 何ていってもサスケ君が生まれた日なんだから、とサクラは嬉しそうに話す。そんなサクラにナルトもそうそうと頷く。


「それなのにお前がいっつも忘れてるから毎年オレたちが思い出させるんだってばよ」

「それでわざわざオレのことを待ってたのかよ」


 いつ頃里に戻る予定かは知っていてもおかしくはないが、今回の任務は予定より早く終わったために今日里 に戻って来た。これが当初の予定通りならば現在もまだ任務中で、こんなところで待っていても無駄に時間を浪費することになっていたはずだ。
 どう考えても今日ここで自分を待つ理由はないだろ、とサスケは溜め息を吐いた。結果だけを見ればいいものの予定通りだったらどうするつもりだったのか。


「実は師匠に今回の任務内容なら予定より早く帰ってくるかもしれないって聞いてたの」


 呆れ交じりの言葉にサクラが口を開いた。だから今日中に帰ってくる可能性も十分に考えられたというが、やはりそれは絶対とはいえない理由だ。


「それでも今日帰ってくるとは限らないだろ」

「サスケ君ならもしかしてと思って」


 たったそれだけの理由で、と言いたいのが伝わったのか。柔らかな笑みを浮かべたサクラは「本当に今日帰って来てくれてよかった」と続けた。そこへナルトもちゃんと会えたんだからそれでいいだろうとあっさり言った。
 確かにこうして会えたのだからそれはよかったのだろう。だが、と思ったところでまたしても聞き慣れた声が耳に届いた。


「サスケ、帰って来たんだな」

「カカシ先生!」


 出会った頃から姿の変わらない元担当上忍は三人の元へ近付くと「お、そうだ」と思い出したようにサスケを見た。


「誕生日おめでとう」

「まさかアンタも……」

「オレはさっき任務が終わったところだけどね。ま、たまにはいいでしょ」


 いつか聞いたのと同じ台詞を繰り返したカカシに本日二度目となる溜め息が零れた。どいつもこいつも何を考えているのか。
 誕生日を祝うにしたってこちらの任務の予定を知っているのなら帰って来た後で集まれば良かっただけの話だろう。だが元チームメイトたち曰く、当日に祝えるのならその方がいいだろうとのことだ。その当日にここにいない予定だったんだが、と思ったものの細かいことは気にするなということらしい。全然細かくないだろうという主張は聞いてもらえないのだろう。


「ねえ、サスケ君。今日は任務明けで疲れてると思うんだけど、明日とか少し時間ない?」


 けれど、こちらのこともちゃんと気に掛けてくれるのだ。これでは今日ここで集まった意味がないような気がするのだが、それはさっきの当日に祝いたかったということなのだろう。
 本人も忘れている誕生日を覚えていて、それを祝うために集まる仲間たち。数年間、里を出ていた過去もあるというのにかつての仲間たちはあの頃から何も変わらない。去年、里に戻って迎えた最初の夏もそうだったが。


「お前等はこの後、任務があるのか」


 おそらく休みだろうと思いながらも念のために確認するとナルトもサクラはきょとんとしながらも今日は休みだと答えた。ナルトは昨日里に戻って来たばかりで、サクラの方も昨日は遅くまで木ノ葉病院で手伝いをしていたために今日は非番らしい。
 予想通りの答えを聞いたサスケは自分の周りに集まった仲間たちを見た。


「なら任務の報告が終わった後でいい」

「え、でも」

「わざわざ明日集まるのも面倒だろ」


 そこまで気を遣わなくてもいい。言えば、仲間たちは笑って「それじゃあまずは忍者学校だな!」と漸く止まっていた足を動かし始めた。忍者学校に着いてくる必要はないけれど、元七班の全員がこうして顔を合わせるのは久し振りだ。誕生日など関係なく、たまにはいいだろう。
 そういえばと話すチームメイトの声を聞きながら、あたたかな空間にほんのりと胸の内が熱くなる。いつまで経っても変わらない仲間たち。それは、俺にとっても――。


「サスケ!」

「サスケ君!」


 あ、と二つの声が重なったかと思うと翡翠と碧の瞳が同時にこちらを振り返った。それから名前を呼んだ二人は一斉に言った。


「誕生日おめでとう」


 まだ伝えていなかったと二人が告げた言葉にサスケの口元は自然と緩んでいた。


「……ありがとう」


 ただ年を取るだけの日ではないと、こいつ等と一緒に過ごしていたらまたそう思える日が来るのかもしれない。たとえ誕生日を忘れていても仲間たちが思い出させてくれるのだろう。
 一度はいらないと捨てたその場所は陽だまりのようなあたたかさで自分を迎え入れてくれた。これからはまた、彼等と共に。未来への道を歩いて行こう。







ここは昔からずっと、笑顔が広がっている