復讐の為に仲間を捨て、大蛇丸の元へ行った。そして、その大蛇丸もこの手で殺した。自分に近いものを自ら手放していく。
 もう温かなモノはいらないから。








「辛いんだな……」


 ふとした声の方を振り返る。相手の姿は良く見えない。


「誰だ」


 短く必要なことだけの言葉。すると相手は「分かってるんだろ?」といかにも気付いていて聞く必要もないのにとでも言いたそうに返してきた。
 わざわざ質問したが、実際はなんとなく気付いていた。この相手というのが誰なのかということに。


「アンタもオレ、ってわけか」


 確認するように言えばそれを肯定する返事がきて、漸く相手の姿が見える。今の自分よりも何歳か上だろうか。目線は少しだけ高く、それほどではないものの身長差があることが分かる。これは、それほど遠くない未来の自分の姿。
 成長期という時期は終わっても、まだ身長は少しだけ伸びるようだ。大して変わっているところはないように思う。目の前に居る未来の自分が木ノ葉の忍服を着ていることを除いて。


「大切なモノは必要ない、温かさは必要ない。そう思ってお前は行動してる。だけど、それは間違いだ。現にお前は里を抜けるのにも何にも胸を痛めている……」


 言われた言葉に驚く。そんなことはない、と言い返そうとしたが言葉は出てこなかった。違うと言いたいのに言うことができない。口にしようとしても声にならないまま終わってしまう。


「一度失っているから、もう手にしたくない。だから目を逸らしてるんだろ?」


 続けられた言葉を聞いたら言い返せなくなってしまった。さっきの言葉に言い返せなかったのも同じ理由だと気がついた。
 どうして言い返せなかったのかというと、それが当っていると気付いてしまったから。心のどこかで認めたくないと思っていたものそのものだったから。今まで気付いていて気付かぬ振りをし続けてきた。それがまさに今言われた言葉だったのだ。


「いつまでもそうしていても変わらない」


 こんなことを続けても意味はないとでも言いたげな言葉。それを聞いて、自然と新しい質問を投げかけていた。


「それじゃぁ、アンタはどうしたんだ?」


 一度里を抜けた。裏切った。大切な仲間を捨てた。
 だけど、身に付けているそれは木ノ葉のモノ。里を抜けた忍であったら、今のサスケのままだったら、いくら数年後の未来でも木ノ葉のモノを身に付けているわけがないのだ。
 今のままでは変わらないと言われたが、だったらどうしろというのか。未来の自分が身に付けているモノを見れば、彼がどういった立場の忍なのかは予想がつく。だけど、そのことだけに気付いても仕方がない。だからあえて質問をした。


「兄への復讐の為に捨てた温かさと仲間。捨てたけど捨てきれなかったんだ。アイツ等がいつまでもオレを追ってくるから。アイツ等の思いの強さにオレは里に戻った。里抜けという汚名はいつまでもついてくるが、今は温かいアイツ等、仲間がいる。だから木ノ葉でやっていけるんだ」


 話を聞きながら、驚くというより納得したというべきだろうか。アイツ等――ナルト達の思いは分かっている。強い思いが心のどこかにしっかり届いて、決めたはずの意思が揺らいでしまいそうになることがある。
 だけど兄への復讐の為にそこには戻れない。そう言い聞かせるようにして、揺らぎそうになった心を元に戻していた。それでもたまに、その温かさに触れたいと思ってしまう自分がどこかにいるのを知っている。


「恐れないで、温かさを探してみるのが一番だと思う。今は無理でも、いずれはな」


 その言葉が心に響く。いくら目を逸らそうとしても、心に残っていた思いが大きくなる。
 また、温かさを求めてもいいのだろうか。失ってしまうかもしれないそれを手にしていいのだろうか。
 疑問に思うけれど、そうしたいと思う自分がいる。捨てたはずなのに捨てきれていなかった事実と向き合うことになった。


「お前がしようとしていることと、本当はしたいと思っていること。どちらを大切にするべきか、よく考えないと後悔することになる」


 今やろうとしていること。それは、兄であるイタチへの復讐。その為に里を抜け仲間を捨て、力を求めた。大蛇丸という存在すらこの手で殺し、兄への復讐へ進もうとしている。
 逆に、本当はしたいと思っていることはなんだろうか。あえて考えようとしなくても答えは見つかってしまう。さっきまで話していたのだから見つけやすくなっていたのだろうか。そう思ってしまうほどに簡単に答えが出たのだ。本当にしたいと思うことは、またあの温かさに触れたいと。あの場所で、温かな場所でやっていきたいと。そう思っている。


「お前の未来だから、後悔しないような道を選べ」


 最後まで言い切って、彼は数年前の自分の様子を窺う。少しの間、その姿を見ていると小さな笑みを浮かべて「じゃぁな」と言って歩き出した。
 別れの挨拶に驚いて、下を向いていた顔を上げて未来の自分の姿を映す。どうしてもまだ話したいことがあって咄嗟に手を伸ばす。伸ばした手はしっかりと相手の下に辿り付いた。
 その行動に驚くようでもなく、伸ばされた手を掴んで向き合う。相手は同じ自分であるに、何だか違って見えてしまうのは気のせいだろうか。


「アンタは……後悔、してないのか?」


 どこか不安そうな声で尋ねてくる。
 本当にこの答えは間違っていないのか。これは後悔しないような道なのだろうか。今、この道を選んでしまっていいのだろうか。一度捨てたモノ、失ったモノ、さまざまなものがある中でこれは正しい選択なのだろうか。
 不安や疑問が生まれてきてしまって答えを肯定出来ない。それも今までの全ての出来事が交差してしまっているからだ。いくらそうしたいと思っても今までの出来事がそれを妨げてしまい決めかねてしまう。
 そんなサスケの気持ちを未来の彼は見透かしているようだった。そっと微笑んで、相手の目をしっかりと見る。


「オレは、後悔なんてしていない。これは自分で決めた道で、今のオレはアイツ等と一緒に過ごせている。これが本当に正しかったかなんて分からない。けど、間違っていなかったと思う」


 まるで、本当に心の中の気持ちを知っているかのように話す。いや、実際は分かっているのだろう。目の前に居るのは以前の自分なのだから。
 どんな風に思っていて何を感じているのか。自分自身だからこそ、分かるのだ。あの時の自分がどう思っていたのかを思い出し、この小さな自分はさっきまでの話で思ったことを考えて話すことが出来る。安心してその道を選ぶことが出来るように。


「お前が後悔しないと思うのなら、問題ねぇよ」


 言い切られた言葉と掴んでいる手から伝わる安心する気持ち。こんな温かさを感じたのは久し振りだ。里を抜ける前までは、近くにあった仲間という存在が温かさをくれた。里を抜けてからは、温かさも捨ててただひたすら進んだ。どちらかといえば、冷たさの方が間近にあったのだろう。
 久し振りに感じた温かさに、安心するだけでなく心が温まる。改めて挨拶をし、今度こそ行ってしまう姿を見ながら「ありがとう」と呟く。その言葉が届いたのかは分からないが、なんだか届いているような気がした。



□ □ □



「夢……?」


 空を見ながらポツリと言われた言葉は、誰に聞こえるわけでもなく消え去る。辺りを見回せば、自然の緑色が目に入る。そして、自分がどうして此処に居るのかを思い出す。
 大蛇丸に転生されるよりも前に大蛇丸を倒した。その後、兄への復讐の為に動こうとしたもののすんなりとそうすることが出来なかった。よく分からない自分の気持ちを置いて、適当に外を出歩き始めたのは数日前のことだ。


「温かさ、か」


 さっきまで見ていた夢のことを思い出す。夢だというのにやけに現実味があった。だけど、未来の自分に本当にこの場で出会えるのかといえば難しいだろうということからやはり夢に過ぎない。
 そうと分かっても、ただの夢とは思えないのは自分自身の心の奥底にあった気持ちと向き合ったからだろうか。それとも、あの彼は本当に未来の自分だったからだろうか。本当といったところで夢だが、夢だからこそそうだったのかもしれないと思ってしまう。


「オレが選ぶ道は…………」


 そこまで言いかけて言葉を止めた。代わりに、立ち上がってもう一度空を見上げる。


(オレは、後悔しない道に向かって歩いてみることにする)


 心の中で未来の自分に向かって話す。今度は届かないだろうがそれでもいい。どこかで聞いていてくれればと思いながら、自分に言い聞かせるように話した。
 瞳を閉じて、新しく見た世界は少しだけ変わって見えた気がする。心に決めた道に向かって、一歩ずつ歩き出す。後悔しない道になることを願いながら、一歩ずつ足を進めていく。

 今までには色々なことがあった。失うことも知っている。温かさも知っている。自分で里を捨て、それを追いかけてくる人も居れば追いかけなければならない人も居た。たくさんのことがあり、それが交差してはっきりとした答えを見つけることが出来なかった。
 だけど、今は違う。夢かもしれないけれど、あの時話した未来の自分というのは本物だと思っている。本物だと思っているからこそ、その彼が言った言葉を信じている。

 だから、もう迷ったりはしない。後悔しない道に向かって、歩いて行く。
 また、あの温かさを求めて……。










fin




新年の挨拶に差し上げた物です。二十歳と十五歳設定です。
それが夢だを分かっても信じるのは未来の自分の言葉だからでしょうね。自分自身だからこそ気持ちを分かっていると感じているのだと思います。