今日は大切な彼の誕生日。けれど彼はきっと、自分の誕生日なんて覚えていないだろう。カレンダーを見たとしても忘れているような気がする。彼はそういうタイプの人間だ。
でも、たとえ彼が忘れていても特別なこの日をちゃんと祝いたいと思うんだ。
あたたかな温もり
「で、オレの家に来たんだ」
ああ、と頷いた黒髪の少年。何でも今日は朝から女の子達に追い回されて大変だったらしい。
彼が女子から人気を集めているのは忍者学校時代から。下忍になってからは忍者学校生だった頃のようなことは減ったものの、今日は珍しくというか久し振りにというべきか。たまたま任務が入っていなかったこともあって女の子達に追い掛けられ、どこか彼女達に見つからない場所をと考えてやってきたのがここ――カカシの家だった。
「やっぱり、迷惑だったか……?」
突然押しかけるのも悪いかと思ったのだが、他に思いつく場所がなかった。忍者学校も演習場でも見つかる可能性はそれなりに高い。絶対に見つからない場所があるのかは分からないが、おそらくここなら大丈夫だろうと訪ねて来た。
別にサスケがカカシの家を訪ねるのはこれが初めてではない。といっても、大抵はカカシが家に招いたからであってサスケから来るのは初めてのようなものだ。自分の都合だけで押しかけてしまったが、迷惑だったのなら帰った方が良いだろうと黒の瞳を見る。
「迷惑なんてことはないよ。サスケがオレを頼ってくれたことは嬉しいしね」
普段は基本的に他人に頼ろうとしないのがうちはサスケという少年だ。何でも自分でやってしまおうとしているし、実際にそれが出来てしまうから余計に人を頼らないのだろう。
それが悪い訳ではない。自分で出来ることを自分でやるのは何らおかしいことでもないのだが、たまには人を頼っても良いと思うのだ。だから、このような小さなことでも自分を頼ってくれたことがカカシは純粋に嬉しかった。
それに、とカカシはさらに言葉を続ける。
「今日はサスケ君を先生が独り占め出来るってことでしょ?」
予想外の言葉にサスケは目を大きく開いた。まさかそんなことを言われるとは。確かにサスケは今日一日ここを出るつもりもないし、独り占めといえば独り占めということになるけれども。
「アンタが良いっていうなら居させてもらうつもりだったが、それもどうなんだ」
「本当のことでしょ。ま、オレはサスケが来てくれて嬉しいし好きなだけ居ると良いよ」
これは素直に喜んで良いのだろうか。複雑な心境だが、とりあえず居ても良いと言われたことに一安心する。もしカカシに断られたならどうするか頭を悩ませることになっただろう。
本人の言葉通り、カカシはサスケに頼られることが本当に嬉しいのだろう。それは見ていれば分かるのだが、こうもはっきり言われると少し恥ずかしくもなる。そんな風に言ってもらえることはサスケにしても嬉しいのだが、人の好意にあまり慣れていないとでもいえば良いだろうか。
「ところでサスケ、朝食は済ませたの?」
「いや、朝起きたらあんな調子だったからな。さっさと家を出てきた」
「じゃあ今から適当に何か作ろうか」
簡単なものしか作れないけど、と言いながらカカシはゆっくりと腰を上げる。
急に訪ねてきたというのにそこまでしてもらうのも悪いとサスケは断ったが、遠慮しなくて良いとカカシはさっさと台所へと移動した。育ちざかりなんだからちゃんと食べないと駄目だと。
カカシの言葉にサスケも諦め、ここは有り難く朝食を頂くことにする。だが。
「そういえばアンタ、料理出来るのか?」
ふと頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすれば「オレだって一人暮らししてるんだよ」と苦笑いで返された。それはサスケも知っているけれど、それと料理が出来ることとはイコールではないだろう。同じ班のナルトなんかは毎食ラーメンばかりで料理は得意ではなさそうだ。彼の場合はラーメンが好きだからそれ以外に作らないだけでもあるのだろうけれど、実際に料理が出来るかといえば怪しいところである。
同じく一人暮らしであるサスケは、難しい料理は出来ないが一通りのことは出来るようになった。一人暮らしをしていればある程度は身に付くものだ。それでも、疑問くらい抱くだろう。これまで二人で過ごす時に料理を作っていたのは全てサスケだったのだから。
「それなら何でいつもオレに作らせるんだよ」
「それは、サスケの手料理が食べたいからに決まってるでしょ」
さらっと言ってくれるが、それだけの理由で毎回自分が作ることになっていたなんて呆れてしまう。何度かカカシにも作らないのかと聞いたこともあったが、その理由がこれだったとは。
忍術書を見せてもらったり修業をつけてもらったりもしているからそれが悪いとは言わない。そう言ってもらえるのは嬉しくもある。けれど、何とも言い難い複雑な心境である。
「ま、お前の方が料理は得意だろうけどな」
「オレだって別に得意って訳じゃねぇよ」
「それでもサスケは上手いでしょ。オレはあんま得意じゃないんだよね」
得意じゃないのはこちらも同じなのだが、とは思ったけれどそれ以上は言わなかった。言ったところで同じような問答の繰り返しだ。
サスケの料理の腕だって一人暮らしで自然と身に付いた一般的なレベルでしかない。カカシにしてもそれは同じなのだろう。実際にカカシの料理を食べたことはなかったからなんとなくでそう思っていたのだが。
「出来たよ」
そう言って出されたそれに、得意ではないと言われた言葉の意味を理解した気がした。すぐに用意出来るものということでおかかおむすびを作ってくれたのだが、三角にしようとして失敗しているのが見て分かる出来である。
「アンタ、どうやって生きてんだよ……」
「酷いねぇ。意外と形を整えるのって難しいんだよ」
それなら無理に三角にせず、丸い形にすれば良かったのではないだろうか。せっかく作ってくれたものに文句を言うつもりはないけれど、確かに自分の方が料理は上手いのかもしれないと感じた。
見た目が悪くても味は平気だからという言葉通り、味は普通に美味しかった。おにぎりで失敗をする方が難しいだろうけれど。
「案外不器用なんだな」
「サスケは器用だよね。ま、オレも自炊はしてるしそれなりには作れるよ」
その言葉に偽りはないのだろう。一人暮らしで毎回外食ではお金がかかりすぎる。料理なんて食べてしまえば同じという訳ではないが、極端なことを言えば見た目が不恰好でも味が良ければ問題ない。他の料理を作ってもらったとしても、長年料理をしてきたのなら味の方は心配ないのだろう。
そんなことを考えていると「それよりさ」とカカシの瞳がこちらに向けられる。それに対して「何だ」とだけ返せば、ずっと気になってたんだけどと口を開いた。
「サスケは今日が何の日か、知ってる?」
おそらく気付いていないんだろうなと思いながら尋ねれば、予想通りに「さあな」とだけ返ってきた。それでは女の子達が彼を探していた理由も全く分かっていないのだろう。ここに来た時の反応からして分かっていたことでもあるけれど。
しかし、それも無理はないのかもしれない。彼にとって今日という日はそれほど重要ではないのだろう。昔はどうだったか分からないが、おそらくあの日以来この日を意識することもなくなったのではないかとカカシは想像している。
「サスケ、今日はとても大事な日なんだよ」
「一体何の日だって言うんだよ……」
何か行事があるような日でもない。たかが夏の一日にどれほどの意味があるのか。
全然覚えていない様子の目の前の少年に、カカシはその答えを教える。
「今日はサスケ、お前の誕生日でしょ」
七月二十三日。世間では何でもないただの一日だろう。けれど、カカシからしてみればこの日はとても大切な日だった。それは、今日がサスケの誕生日だから。
言われたサスケはといえば、きょとんとした顔をしていた。忘れてたでしょと問えば肯定が返ってくる。そうだと思ってたと笑うカカシに、サスケは僅かに視線を落とす。
「けど、そんなに大事な日なのか……?」
たかが誕生日。その人が生まれたというだけの日。
そのように言いたげなサスケの言葉に、カカシはぽんと黒髪に大きな手を乗せた。そして伝えるのだ。
「当たり前でしょ。今日はサスケがこの世に生まれてきてくれた日なんだから」
十三年前の今日、彼がこの世界に生まれて来てくれたから今こうして一緒に居られる。この十三年には色々な出来事があり、辛かったり悲しかったりすることもあっただろう。
けれど、サスケが今ここに居てくれる。それだけのことがカカシにはとても嬉しいことだった。今日この日に生まれて来てくれたことに感謝している。
「サスケ、誕生日おめでとう」
だからこそ、カカシはこの日を祝う。カカシにとって大切な人の特別な日。
何も疑問に思うことはない。気にするようなことはない。大切な人の特別な日を祝いたいと思うのは誰だって同じだろう。カカシにとってそれがサスケだというだけの話だ。
「誕生日だし何か聞いてあげるよ?」
「何かって何だよ……」
「そこはサスケが決めるところでしょ」
急に言われても困るのだが、誕生日だから何かあればというだけの話でなければないで良いのだろう。カカシなりの誕生日の祝い方なのだろう。もっとも、サスケが家を訪ねて来なかったとしてもカカシはこの日を祝うつもりでいた。ちゃんとしたお祝いはまた別にあるのだが、それはまた後で。
そうやって自分を祝おうとしてくれるカカシに、サスケはどうしたら良いのか少し困惑する。けれど、祝ってくれる相手にお礼を言うことは必要だろう。そう思って告げられたお礼にカカシは微笑みで返した。
七月二十三日。君が生まれた年に一度の大切な日。
君の存在は僕にとってとても大切で、だからこそ今日と云う日を目一杯にお祝いする。今日はそれだけ大事な日だから。
誕生日おめでとう。
生まれて来てくれてありがとう。
これらの言葉を君に贈ろう。
fin