今日もやっと一日が終わった。クラスメイト達は次々と教室を出て行く。いつもならサクラ達と寄り道をしながら帰ったりするところだけど、今日ばかりはそうもいかない。
なんて、ただ日直だから仕事が終わるまで帰れないだけ。日直なんて面倒だと今までは思っていたけれど、今はこの日直の仕事で幸せを感じられるんだから我ながら単純だと思う。でも、たとえ日直という小さなことでも好きな人と一緒に出来るというのは、恋する女の子にとっては嬉しいことこの上ない。
「でも、その日直の仕事ももう終わりなのよね……」
窓から外を眺めれば、グラウンドでは運動部が大きな声で頑張っている。
授業の準備から号令、それと日直日誌を書いて教室の戸締りをする。日直の仕事といえば大まかにこんな感じだろうか。放課後にもなれば残っているのは後者の二つだ。
それについても戸締りは既に終えている。日直日誌についても先程書き終わったところだ。その日誌を担任に届ければ日直の仕事も終わり。私が教室に居るのは、日誌を届けてくれているもう一人の日直を待っているから。
(別に待ってなくても良いんだろうけど)
担任に渡して戻ってくるのをわざわざ待つ必要はない。日直としては最後まで二人でやるべきなのかもしれないけれど、届けるくらい一人でも出来るし時間にしても僅か。だから前回日直になった時は、届けておくから先に帰っても良いと言われた。今回言われなかったのは、それでも私が教室で彼の帰りを待っていたからだろう。
単純にただ届けるだけとはいえ、日直の仕事を一人に任せてしまうのは悪い。そう思ったのと、たった数分程度で終わってしまう日直の仕事でも大好きな彼と一緒に居られるからという思いと。
たかが数分なら待っていても苦にもならない。相手が相手だから余計に。別に先に帰らないのは席替えをして彼と日直をすることになったからではない、と補足はしておく。
(それに、こんな風に考えてるのって私の方だけだろうしな)
こんな風というのは勿論、恋愛対象として見ているという意味だ。彼は女の子からかなり人気がある。それも当然といえば当然。成績優秀、運動神経も抜群で、それから容姿端麗。全てを兼ね備えているような彼がモテないわけがない。私も彼を好きな一人であり、幼馴染も恋のライバル。
だけど、当の本人はあまり女の子には興味がなさそうにしている。それがまたクールでカッコいいなどと言われたりしているのだが、そんな彼が誰かを好きだとかいう話は一切聞いたことがない。まず恋愛自体に興味がなさそうなところである。
「恋の道のりは長いわね」
彼も私が恋心を抱いていることは知っているだろう。私だって他の女の子に負けないように好きだとアピールしているのだから。それがどう思われているかは分からないけれど、いつかは振り向いてもらえるように日々努力している最中だ。そしていつかきっと……。
「まだ残ってたのか」
ガラッとドアが開いた音が聞こえたかと思えば、もう一人の日直である彼がそこに立っていた。そのまま教室に入ってきた彼に「先生いた?」と尋ねれば、いなかったから机に置いてきたとぶっきらぼうに返された。まあ、直接渡さなければいけないものではないから構わないだろう。あの先生をわざわざ探す方が大変そうだ。
「私だって日直だもの。待ってるのは当然じゃない」
「日誌を届けるのなんて仕事のうちにはいらねぇだろ」
その前の時点で日直の仕事は終わっていると言うけれど、それでも届けてくるとしか言わなかったんだから私が残っていることくらい分かっていただろう。そう思っているのは本当なんだろうけど。
人に任せず自分で行くと言いながら帰って良いと先に言ってくれるのは彼の優しさだ。日直の仕事だって、何も言わずに日誌を引き受けてくれた。個人的に一番大変なのは日誌だと思うんだけど、そういうさり気ないところも彼の魅力の一つというか。
「戸締りは大丈夫か」
「勿論。それじゃあ、私達も帰ろうか」
日直の仕事が終わったのにいつまでも教室に残っている理由はない。理由がなくても好きな人とならいつまでも一緒にいたいというのが本音だけど、流石に片想いでそれは叶わない。それならせめて、普通に途中まで一緒に帰るくらいしたいというわけだ。
自分の机に戻って鞄を肩に掛ける。それから教室を出ようと思ったのだけれど、その前に「いの」と名前を呼ばれて動きを止めた。
「何、サスケ君?」
尋ねると彼――サスケ君は、私の前までやってきて「ほらよ」と缶ジュースを差し出した。それを渡される理由は全く分からなかったけれど、とりあえずありがとうとお礼を言いながら受け取る。
「でも何で……」
「誕生日、なんだろ」
質問を言い終えるよりも前にサスケ君はそう答えた。
確かに今日は私の誕生日。サクラやヒナタ、他にも友達に祝ってもらったけど、それじゃあこの缶ジュースは誕生日プレゼントということなんだろうか。
まさかあのサスケ君に誕生日を祝ってもらえるなんて。凄く驚いたけれど、同じくらい嬉しかった。
けど、どうしてサスケ君が私の誕生日を知っていたんだろう。私はサスケ君の誕生日を知っているけれど、彼を好きな女の子で彼の誕生日を知らない人なんていないと思う。好きな人のことはみんな知りたいから。だけど、サスケ君が私の誕生日を知る機会なんてないだろうし。
「教室であれだけ話してれば分かる」
ああそれで、と私も漸く納得する。騒いでいたというわけではないけれど、同じ教室にいれば自然と耳に入ってもおかしくない。今日はみんな私の誕生日を祝ってくれたから。サスケ君もそれで私の誕生日を知って、こうしてプレゼントに缶ジュースを奢ってくれたんだ。
「ありがとう、サスケ君」
さっきはちゃんと意味を理解しないまま言ってしまったから改めて言い直す。誕生日を祝ってくれたことに対してのお礼を。
ああと答えた彼はすぐに顔を逸らしてしまったけれど、大好きな人に自分の誕生日を祝ってもらえただけで十分。今までの誕生日で一番幸せかもしれない。こんなに嬉しい誕生日は初めてだ。
「帰るんだろ。さっさとしないと見回りの教師が来る」
そう言って彼もまた鞄を持つ。まだ暫くは先生も来ないとは思うけれど、サスケ君と一緒に居られるのならそれで良い。先に教室を出た彼の背を追い掛けて隣に並ぶ。
大好きな彼からのプレゼント
(でもなんか意外。サスケ君って誕生日とか興味なさそうだったから)
(自分の誕生日と人の誕生日は違うだろ)
(それはそうだけど、たまたま今日知った私の誕生日を祝ってくれるとは思わなくて)
(たまたまお前と日直だったからな)
そうだとしても、彼が私の誕生日を祝おうと思ってくれたのは事実。
それが本当に嬉しくて。そんな彼がやっぱり好きで。
この恋が実るように。
これからも頑張ろう、と。そう思った。