「愚かなる弟よ……。このオレを殺したくば、恨め! 憎め! そしてみにくく生きのびるがいい……。逃げて……逃げて……生にしがみつくがいい」
その時、兄さんは兄さんであって兄さんではなくなった。
優しくて優秀な兄。オレの尊敬する忍であって、目標にしている憧れの兄。天才とまで言われる兄は誇れる兄だった。兄さんのような人は、この世に兄さん一人しか居ない。本当にそう思えるような兄だった。
そんな兄が一瞬にして変わった。父さん、母さん、そして一族の皆を殺した。オレ以外の一族の皆は誰一人生き残らずに殺された。兄さんなのに、兄さんではない。
これは夢だって思いたかった。オレに知っている兄ではないから。けど、片腕に残された傷は本物で、あの出来事は現実だったと知った。
そして、オレは復讐者になった。
gentle heart
「ナルトォォ!!」
「サスケェェ!!」
互いが互いの想いを込めて、自信の最大の術をぶつけ合う。千鳥と螺旋丸。想いを込めた一撃はとても大きなものになり、その一撃で二人はそれぞれの道を歩み始める事となった。
サスケは兄に復讐を果たす為に力を求め大蛇丸の元へ。ナルトは友であるサスケを連れ戻す為の力を求め自来屋と修行の旅へ。お互い、目的の為に必要な力を求めて目的の人を探す。己の目的の為に。
(兄貴に復習をする為に里を抜けた。…………はずだったんだけどな)
過去の事を思い出し、ふとそう思った。
あの時。兄へ復讐を果たせるだけの力が欲しかった。うちは一族を滅ぼした実の兄であるうちはイタチへ復讐を果たす為の。だから大蛇丸の元へ力を求めた。その力を使って兄へと復習をするつもりだった。その為に里を抜け、仲間と必死で戦った。己の道を進む為に。うちはイタチを倒す為に。
(どうしてこうなっちまったんだろう……)
今現在の事を思いながら、そう思う。
父さんや母さん、一族の皆の敵を討つ為に復讐を野望とした。それはあの事件が起こって以来、ずっと思い続けていること。
昔、「ある男を必ず殺す事だ」と三人一組を組んだ時の自己紹介で言った覚えがある。夢という言葉では終わらせない、野望とまでいった兄への復讐。それをあの日からずっと己の生きる理由としてきた。
それなのに今、自分がしていることは何なのだろうか。
「サスケ、どうかしたのか……?」
目の前にいるのは実の兄であり復讐を誓った相手、うちはイタチ。あの事件から八年の月日が経ち、木ノ葉を抜けてからは三年という月日が経っている。夢、野望、目的。色々な言葉があるが、結局はこの八年間復習をする為に力を求め探し求めていた相手。そんな相手が今、目の前にいるのだ。
けど、兄を殺そうとはしない。あれだけ必死で復讐をする為に生きてきたのに殺さない。殺さないのではなく、殺せないといった方が正しいかもしれない。力が足りないのではない。己自身が殺さない事を選んでいる。
「いや、何でもない」
その返事を聞いて「そうか」とだけイタチは言った。
どうして兄を殺せないのか。元々、兄への復習の為だけに生きていたのは事実だ。己自信だってそうやって生きていたのは分かっている。
こうして今一緒に居る兄と再会した時も復讐の為に殺そうとした。殺すつもりで闘った。力だって、明らかに劣っていたりなどということはなかった。
だったら、どうしてだというのか。それは殺す寸前のこと。なぜかは分からないが、どうしても殺せなくなってしまった。
一族を滅ぼした兄。だけど、その兄は唯一残っている血の繋がった兄弟。もはや二人しか居ないうちは一族。大切な家族。昔、あんなにまでも慕っていた兄。たった一人の兄。色々な想いが生まれて、殺す事が出来なくなってしまった。それどころかこの兄と一緒に居たい。そんな考えが浮かんでしまうほど。
「なぁ、兄貴」
「何だ?」
こんな風に優しく接してくれる兄。それは昔の記憶にある兄そのものだった。いくら何をしても、どんなことがあっても兄は兄なのだ。何も変わってなどいない、とまで言い切れなくても変わっていないのだ。
いつだって、優しくて優秀なたった一人の兄。今は、昔と違ってSランク級犯罪者となっていても。暁という組織に入り、ナルトを狙っていたとしても。一族を滅ぼしたとしても。どうであっても変わらない。変わる事はない。この事実も、兄の優しさも。本当は、何も変わっていないのではないかと思ってしまう。それが、今のイタチと一緒に居て思うこと。
「オレは、アンタを殺す為に生きてきたんだ」
父さんと母さんを殺した。一族の皆を殺した。誰一人残さず皆イタチに殺された。満月のあの夜。たった一夜にして。
ただ一人。生き残ったのはイタチの弟であるサスケだけ。あの夜、二人は会っていた。けど、イタチはサスケを殺しはしなかった。代わりにイタチ自信を倒させる存在、復習者として生き残らせた。たった一人だけ。
一族を滅ぼした兄は里を抜けた。その存在は世界各国にSランク級犯罪者として知れ渡った。一人だけ生かされたサスケは、兄を倒す為。一族の皆の敵を討つ為。その時から復讐者になった。復讐を野望とし、それを生きている理由にして。
「あぁ、知っている」
知らないわけがない。そうさせたのは彼自身。幼い弟の夢も希望も何もかも奪ったのは己。一族を殺し、自分への復讐者にまでさせたのも彼だ。一族を滅ぼしたにもかかわらず、あえて一人だけ生き残らせた。それがどれほど辛いものなのかを分かっていながら。これから、どんな風に弟が生きていくことになるのかを分かっていながらそうしたのだ。
けど、本当は殺せなかったから。大切な弟だけはどうしても殺せなかったから生き残らせた。これから辛い思いをすることは分かっていたけれど。最初は殺すつもりだったけれど。どうしても殺せなかった。だから、たった一人になってしまうけど生き残らせたのだ。
「その為に仲間を捨て、里を抜けた。ただ力を求めて大蛇丸の所へ行った。全部アンタを殺す為だ」
生まれてからずっと育ってきた場所。家族と一緒に暮らしていた時も一人で暮らしていた時も。忍者学校を主席で卒業して下忍になった時も。七班という仲間達と共に過ごしてきたのも。全部木ノ葉隠れの里。
最初は足手まといだと思っていた。そんなものは必要ない。自分さえ居ればそれで十分。そう思っていたのが、七班で任務をこなすうちに変わっていった。仲間というものの大切さ。ライバルという競い合う相手。師である人との関わり。そして、己自身の成長。それは仲間達から教えてもらったもの。
その何もかも一気に捨てた。全ては兄への復讐の為。力が必要だから。その為に大切なものを全て捨てたのだ。
「けど、オレは今。アンタとこうして一緒にいる」
あの頃の思いはどこに消えてしまったのだろうか。己自身もそう思ってしまう。だから、きっと他人からすれば尚更気になるものだろう。アレほどまでに復讐をするという事ばかり見ていたサスケ。まるで、復讐という呪縛に縛られているかのようだった。そんな彼が、復讐したい相手であるイタチとこんな風に一緒にいるなんて。誰が想像したのだろうか。
「オレは、お前が望むのならいつでも殺してくれて構わない……」
その言葉は、まるで今すぐにでも殺していい。いつどんな時だって殺しても構わない。死ぬ覚悟が出来ているような言葉だった。
元々、大切な弟に殺されるのなら本望というものなのだろう。今まで自分のやってきたことは分かっている。それで、どこかの忍に殺されるのだとすれば弟に殺される方が良い。むしろそれを望んでいる。だからこそ、サスケは復讐者という存在だったのだ。
「違う! オレは兄貴の事を絶対に殺したりはしない。誰がなんと言ってもオレはアンタを殺さない」
「オレがお前にどれほどのものを与えたかは分かっている。けど、なぜお前は殺さないんだ、サスケ」
殺されてもおかしくはないし、それが当然だ。あの時、サスケから全てを奪ったのはイタチなのだから。
けど、サスケはイタチを殺さない。この間会って闘った時。あの時のサスケはイタチを殺そうとしていた。どちらも必死で闘い、止めを刺すという所でサスケはそれをしなかった。それからというもの、この小さな家に二人は一緒に暮らしている。あまり、このことには触れずに過ごしていた。
「アンタは……兄貴は、やっぱり優しい。それは昔から変わっていない。確かにオレは、復讐をする為に生きてきた。けど、いざ殺す時になって今までの兄貴との事を思い出した。そしたら、兄貴を殺せなくなった。兄貴の温もりを、思い出したから……」
だから殺せない、と最後に一言付け加えた。
それが、今のサスケの想い。紛れもない事実であり、イタチに対して想っていること。言葉に表している想いはたくさんある。それ以上に言葉から伝わってくる想いの方が大きい。
サスケの言葉を聞いたイタチは驚いた。その気持ちの大きさ。そして、そんな風に想っていてくれていたことを知って。今日までの数日間、一緒に過ごしてきたけれどこんな事を聞いたのは今日が初めてのこと。この言葉の一つ一つからサスケの優しさが伝わってくる。
「オレにとって、アンタの存在はとても大きい。そして、とても大切なんだ」
さっきの言葉とこの言葉が、サスケの想っていることの全てだといってもいいだろう。彼の優しさというのはどれほどのものなのだろうか。いくらどんな事をしても兄は兄だと言って殺さない。そんな優しさの大きさはとても大きいのではないのだろうか。
思えば、昔からどんなに小さい命でも大切にしていたとイタチは思い出す。捨て猫が居れば「かわいそう」だと言って連れて帰ろうとする。彼の優しさもまた、幼い頃から変わっていないのだ。
「優しいのは、お前の方だな……」
オレなんかよりもどれだけ優しいのか。そう思えるサスケの優しさ。
昔から見ていた弟の姿。そこにはいつも優しさがあった。さりげない優しさ。どんなに小さなものにも目を向けるその優しさ。イタチは小さい頃ずっとその姿を見ていた。
自分は気付かなかったり気にしないものへまで目を向けていたそれに感心する事もあった。七班になってからも、言葉には出さなくてもその優しさはずっと存在していた。彼のその気持ちは小さい頃から、生まれた時から変わっていないのではないだろうか。
「オレもお前が大切だ、サスケ」
一度は離れ離れになった。闘った事もある。
いくらどんなことがあっても、昔のあの頃の記憶はしっかりと残っている。笑顔があった、幸せな日々。
今はあの時とは違う。けど、本来の部分は何も変わっていなかった。優しい心は何一つとして変わっていなかった。あの優しい心はとても居心地が良かった。全く変わっていなかった心に驚きつつも安心する。
gentle heart:優しい心。
貴方のその優しさはとても大きく、素敵なモノ。
fin
「あんみつ屋」の椎名連季様へ差し上げたものです。リクエストは「二部イタサスでほんのり甘めなもの」でした。
二人はは数日前に再会して闘いましたが、サスケはどうしてもイタチを殺す事が出来ずにそれから一緒に過ごしていました。お互い昔からの優しい気持ちは何一つ変わっていないようです。タイトルは「優しい心」という意味でした。