「あ、ナルト。おはよう」


 目が覚めて、トントンとリズムよく聞こえる音につられるようにリビングの扉を開けた。きっと母が朝食の支度をしているのだろうと思ったナルトは、そこに立っていたのが父だったことにこてんと首を傾げた。


「とーちゃん? かーちゃんは?」

「母さんはまだ寝てるよ」


 まずは顔を洗っておいで、と言われてナルトは一先ず頷く。
 いつもなら母も自分より早く起きているのに珍しいな、と思いながらナルトは洗面台の前に自分用の踏み台を用意する。それから台に上り、蛇口を捻るとぱしゃぱしゃと顔を洗った。


「とーちゃん」


 出したばかりのふかふかのタオルで顔を拭いたナルトは再びリビングに戻って父に声を掛ける。味噌汁を作っているらしい父は「ん?」と鍋の蓋を閉めながら碧眼にナルトの姿を映した。


「もしかしてかーちゃん、どこかわるいの?」


 前にも母が風邪を引いた時、こんな風に父が朝食の支度をしていたことがあった。昨日の夜は元気そうに見えたけれど、今日になったら熱が出てきたのかもしれない。
 顔を洗いながら考えていたことを尋ねると父は一瞬きょとんとしたもののすぐに小さく笑みを零した。その意味が分からずにナルトはますます首を捻る。


「ねえ、ナルト。ナルトは今日が何の日か、覚えてる?」

「きょう?」


 頷く父にナルトはくるりと体の向きを変えてリビングのカレンダーを探した。そして、そこに書かれている今日の日付を探す。
 七月十日。
 その文字を確認したナルトは続けて頭の中で考える。七月十日は何の日だっただろうか、と。


「あ!」


 今日って、と思わず声を上げようとしたところへぴとっと父の人差し指が唇に当てられた。そのまま逆の手をの口元に当てて「しーっ」と小声で言われてナルトは慌てて自分の口に両手を当てる。
 ――そうだ、まだ母ちゃんは寝てるんだった。
 大きな声で話したら起きてしまうかもしれない。そのことに気が付いたナルトはこくりと首を縦に振る。すると父はにこっと笑った。


「今日は母さんの誕生日だからね。だからクシナには今日一日、ゆっくりしてもらおうと思ってるんだ」


 優しく目を細めて父は寝室の扉を見つめた。きっと、あの扉の向こうでは母がまだぐっすり眠っているのだろう。
 今日はオレも休みだからね、とウインクした父にナルトの表情も自然と明るくなる。反射的に「ほんとう!?」と聞き返すと「ああ」とはっきり肯定されて嬉しさが胸の底から込み上げてきた。


「なあなあ、オレもかーちゃんになにかしたいってばよ!」


 声の大きさに気をつけながら、けれどはっきり主張したナルトの頭をぽんぽんと父の大きな手が撫でる。


「それじゃあナルトには盛り付けを手伝ってもらおうかな」

「まかせてくれってばよ!」


 力強く頷いたナルトに「ちょっと待ってね」と父はすぐに踏み台を用意してくれた。台に乗ると、今まで見えなかった台の上が見渡せるようになる。
 そこには既にふんわりとした卵焼きができあがっていた。まずはこれをお皿に分けて欲しいと言われてナルトは三枚のお皿に一つずつ、卵焼きを移動させていく。


「かーちゃん、よろこんでくれるかな?」

「ナルトが手伝ってくれたって知ったらすごく喜ぶと思うよ」


 そうかな、と言うと「うん、絶対に」と父は言い切る。そのことが嬉しくて、心の中で早く母に起きてきて欲いなと呟く。オレも手伝ったのだと言って三人でご飯を食べたい。それとおめでとうと伝えたい。
 そこまで考えたところでナルトはぱっと横の父を見上げた。誕生日といえば、プレゼントとケーキだ。


「とーちゃん、とーちゃん。ケーキは?」

「ケーキは後で買いに行こう。ナルトはどんなケーキがいいと思う?」

「イチゴのやつ!」


 どのケーキも美味しいけれど、イチゴは母と同じ赤色だから。
 やっぱり母には赤色が似合うと思う。そんな風に話すと父がくすりと笑った。オレも同じことを考えてた、という父の言葉にナルトも先程の父と同じように笑う。

 そうこうしているとガチャリと扉の開く音が聞こえてきた。その音にナルトと父は同時に振り向く。


「おはよう、クシナ」

「おはよう、かーちゃん!」


 目をぱちくりとさせている母に二人は顔を見合わせ、それから口を揃えて伝える。


「誕生日おめでとう」


 その一言で全てを理解したのだろう。
 母は嬉しそうに顔を綻ばせると台所にいる二人の元へ駆け寄った。


「ありがとう!」


 そう言って抱き締める母の腕はとてもあたたかかった。







(きょうはだいすきなかーちゃんのたんじょうび!)