宿




「なぁ、サスケ」

「自分でやれ」


 まだ何も言っていないのに自分でやれとはどういうことか。
 答えは簡単。つい先程、数学の宿題が今日までだという話になったからだ。「え、マジで!?」と聞き返したナルトに話を振られたら誰でもその続きを予想出来るというものだ。


「まだ何も言ってないってばよ」

「宿題は貸さないからな」


 周りも予想通りのやり取りが交わされる。頼み込むナルトと断り続けるサスケ。アイツ等はまたやっているのかと、教室では既に見慣れた光景である。
 数回程これを繰り返し、それでも諦めないあたりは流石ナルトだ。それならば他に貸してくれる人を探した方が早いだろうとは誰もが思っている。
 しかし、彼の周りの親しい人間はやっていない者が多いのだ。それなら完璧に終わらせている人物を頼ろうとなり、結果的に当て嵌まるのがサスケなのだ。


「もう諦めろよナルト」

「ウッセーってばよ、キバ! どうせお前もやってねぇんだろ!?」

「やってねーけどオレは当たらねぇからな」


 答え合わせの時に写す、とのことだ。ナルトだって、今日が五日でなければキバと同じように授業中に全て埋めていただろう。
 だが、生憎今日は五日。今年の数学担当は日にちと同じ出席番号の生徒に当てるタイプだ。そしてナルトの出席番号は五番。今日は何としても宿題を完成させなければならない。


「サスケ、一生のお願いだからさ」

「お前の一生の願いはこれで何度目だと思っている」

「えっと……一回?」

「さっさと自分で終わらせろ」


 一生のお願いとは、文字通り一生に一度だけのお願いだろう。
 だが、ナルトは既に何度もこのお願いを使っている。片手分くらいは軽く越えているのではないだろうか。本人も当然これが一度目ではないと知っている。けれど、何回目なのか覚えていない。そういうことだ。


「サスケ、今度何か奢るからさ」

「どうせラーメンだろ」

「……そんなことねぇってばよ?」


 どうしてそこに疑問符がついているのか。それでは肯定しているようなものだ。別にサスケだってラーメンが嫌いな訳ではないが、ナルトの好物であるだけに本人が食べたいだけではないかとも思う。そもそも何か奢って欲しいとも思わないけれど、宿題を写させてもらうお礼として手っ取り早いのがそれだっただけである。
 こうしている間にも時間は流れている。この調子では授業が始まるまでに宿題を完成させるのは困難だ。頼んでいるうちに数学の時間になるのではないかとクラスメイトの何割かは思っているだろう。諦めて自分で解いた方が早いんじゃないかとも。
 しかし、答えが分からないのだからこうする他にないというのがナルトの考えだ。分からなくてもやることに意味があるのかもしれないが、何も進まないのではどうしようもない。それもどうかという話だが、それについては今は置いておこう。


「えっと……じゃあ他のモンで埋め合わせるから」

「自分でやれと言ってるだろ」


 そこをなんとかと頼み込むナルトに溜め息を一つ。
 毎回頼むくらいならたまには自分でやる努力をして欲しいものだが、長期休みでも終わりの方で宿題を見せて欲しいと頼んでくるような奴だ。そこにキバが加わりシカマルも呼ばれ……そうして宿題を終わらせるのがお決まりとなっている。それも昔から。全く困ったものである。

 そしてなんだかんだと言いながらも最後は協力してしまうのだ。それも友達だから、というよりは幼馴染だからだろうか。
 溜め息の後に「これっきりだからな」と言って差し出されたノートをお礼を言いながら受け取ったナルトは、すぐに自分のノートへとそれを移し始める。本当に分かっているのだろうかと毎度思うのだが、分かっていない訳でもないだろう。ただ次も同じことを繰り返してしまうけれど。


「お前もいつも大変だな」

「……そう思うならお前が教えてやってくれ」

「オレだってめんどくせーよ」


 まず宿題もやってないしな、と二人のやり取りをずっと見ていたシカマルが答える。それでも問題を見ればすぐに解けるだろうとは思ったが声に出さなかった。シカマルに文句を言ってもしょうがないのだから。


「ナルトのヤツ、他のモンで埋め合わせるって何するつもりだろうな」

「埋め合わせよりも次がない方が良いがな」


 次というのは、またこんなことがなければ良いという意味だ。そうであれば埋め合わせなんてしてもらわなくても結構なのだが、おそらくそれは叶わない願いだろう。叶うのならとっくに叶っていて欲しいものである。
 ずっと幼馴染として付き合ってきているが、既に何十回と願っているものの未だに叶う気がしない。この先で叶う日が来るのかも定かではない。来てほしいとは思うけれどもこの様子を見る限りでは期待は出来そうもないだろう。


「つーか、お前も人のこと言えねぇんじゃねーの?」

「オレはナルトほどじゃねぇよ」


 そういう問題ではないのだが、聞こえていたらしいナルトは「キバも大して変わらないだろ!」なんて自分の席から言い返している。その光景に最早溜め息しか出てこない。
 それを見たシカマルもまぁ頑張れと苦笑いをしながら声を掛けてくれるだけ。一体何を頑張れというのか。 とりあえずナルトにはキバと言い争いなんてしてないで早く終わらせろと言っておく。宿題ひとつでどうしてこんなに疲れるのか。

 今日もいつも通り、平和な日常が広がっている。










fin