今日は木ノ葉隠れの里でお祭りが開かれる。この季節は幾つか夏祭りが開催されるが、今回のそれは中でも大きいお祭りで人も多く訪れる。そんなお祭りをどうせなら好きな人と一緒に楽しみたいと思うのは誰でも同じだろう。
 それは彼女も例外ではなく、任務が終わった後。いつものように彼を誘うのだった。今日はお祭りがあるから一緒に行かないかと。






「もうそろそろ花火が上がる時間ね」


 会場内を歩きながら屋台を一通り見て回った頃、サクラは隣のサスケにそう言った。彼等は今、二人で一緒にお祭りへとやってきている。サクラが誘い、断られるかもしれないと思われたそれは意外とすんなり肯定で返ってきた。
 それから一度家に帰り、それぞれ支度をしてお祭り会場の傍で待ち合わせをして今に至る。


「今年はどんな花火が打ち上がるのかな」


 打ち上げる花火の数は毎年決まっている。けれど、その演出は基本的には同じだが毎年違っているのだ。去年は子供達の間で流行っていたキャラクターの顔が花火で表現されていた覚えがある。さて、今年はどんな花火が空に描かれるのだろうか。


「あ、ごめんね。私ばっかり楽しんじゃって」


 さっきから一人で喋っていることに気が付いて今更だが謝る。しかし、サスケは「そんなことはない」と答えながら歩く。あれを見てみようと連れ回していたのはサクラの方だったのだが、別にサスケはそんな風には思っていなかったのだろうか。ちゃんと楽しんでいてくれたということだろうか。分からないけれど、もしそうなら良かったと思う。
 二人が一緒にお祭りに来るのはこれが初めてではない。以前にも任務で出掛けた先でたまたまやっていたお祭りに七班みんなで行ったことはあった。でも、こうして二人きりというのは今回が初めてだ。


「でも、サスケ君ってお祭りとかあまり好きじゃなさそうっていうか……」

「嫌だったら最初に断わってるだろ」

「そうかもしれないけど」

「オレと一緒に居るとつまらない、か?」


 そんな風にサスケが尋ねると「そんなわけないじゃない!」と即答。あまりにも早い返答に思わず微笑みが零れる。それを見たサクラはほんのりと頬を染めながらも小さく笑った。


「それなら良いだろ。オレはただ、ここで花火を見るのは大変じゃないかと思ってただけだ」


 このお祭り会場には大勢の人が集まっている。勿論ここから花火を見ることも出来るが、落ち着いて見るといったことは難しいだろう。それに、会場内で見るとしたら花火用のスペースにでも移動しない限り邪魔にもなってしまう。おそらくそこは混んでいるだろうし、屋台が並んでいる場所から外れても人が多いことに変わりはないだろう。


「言われてみればそうよね。でも、どこか良い場所あるかな……」


 近くでゆっくり花火が見られるような場所。そう考えてはみるものの、会場付近はどこも人で溢れていることだろう。会場内は言わずもがな。
 やはり落ち着いてみようとしたら少し離れた場所でなければ難しいだろうか。それでも多少は人も居るだろうが、お祭りなのだからそこは仕方がない。そう考えていた時だった。


「サクラ、着いてこい」


 そうとだけ言ってサスケが足を進める。どこに行くつもりかは分からないけれど、この人混みの中では離れたらすぐに逸れてしまう。それに気が付いて慌てて待ってと声を掛けながらサクラはその背を追い掛けた。



□ □ □



 人の合間を潜り抜けながら走ること数分。サスケが立ち止まったところでサクラも隣に並ぶ。
 見慣れない場所、いや、サスケにとっては馴染みにあるこの場所は。


「ここは…………」

「ここは、今でもうちはの土地らしい」


 人気のない静かな場所。それもそのはず、ここはサスケの言ったようにうちは一族が管理していた土地の一つだった。だから普段から人なんて入ってこない。というより、一般的には入れないようになっている。サスケが普通に入ってきたのは、彼がうちはの人間だからだ。彼だけは自由に出入りすることを里が許可しているのだ。


「そうなんだ。けど、そんな場所に私が来ても良いのかな?」

「オレが連れて来たんだから大丈夫だろ」


 勝手に侵入したわけでもない。言えばサクラも納得した。
 それから間もなくのことだった。ドーン、という大きな音が聞こえたかと思えば、空に大輪の花が次々と咲き始めた。


「綺麗…………」


 木々の合間の開けた場所に花開くそれに思わず感嘆が零れる。そう、この場所からは花火がしっかり見渡せるのだ。会場からは少し離れているけれど、それでも二人きりのこの場所でこれだけ大きな花火を楽しめるのだから穴場のようなものだ。
 入れる人が限られているのだから穴場どころの話ではないが、まさか静かな場所で二人きりになれるなんて思いもしなかった。ドーンという音と共に一つ、また一つと空に咲く花。祭りの会場から、少し外れた場所から、自宅からこの花火を見ている人もいるのだろう。この一瞬で散ってしまう儚い花を。


「サスケ君、今度は連続で上がるよ!」


 くるりと振り返ったサクラがそう言った次の瞬間、ドドーンと大きな音が幾つも重なり連続でカラフルな花が開いた。大きさも色も形も違う花、きっと同じものなんて一つもないのだろう。どれも微妙に違っていて、地上に咲く花と同じようにそれぞれが自分の形を持っている。


「私、毎年このお祭りを楽しみにしてるの。今年はサスケ君と一緒に来れて、今までで一番楽しかった」


 好きな人と沢山の屋台を見て回って、最後は二人きりで静かに花火を楽しむ。こんな幸せな夏祭りはこれが初めてだった。こんなにも幸せなお祭りは他にないだろうといってもいいくらいに幸せで、花火が徐々に終わりに近づいているのを見ていると段々と寂しくなってくる。もっとこの時間が続いたら良いのになんて思ったりして、だけど終わりは確かに近付いていた。


「オレも、お前と一緒で楽しかった」


 ぽつり、呟くように言われたそれに「え」と思わず聞き返してしまった。その声に振り向いた漆黒の双眸とかちあい、数秒ほどお互いを見つめ合った後にどちらともなく視線を逸らした。つい見つめ合ってしまい、顔に熱が集まっていくけれどこの暗さならバレないだろうか。
 そんなことを思いながら、ゆっくりと相手を見る。そこでまた目が合ってしまい、今度は顔を背けたりもせず、代わりに小さく笑みを浮かべた。


「来年もまた、一緒に見るか?」


 このお祭りは毎年恒例で開かれている。来年もよっぽどのことがない限りは開催されるだろう。そう思って誘えば、一瞬驚いた表情を見せたサクラが嬉しそうに笑って「うん」と頷いた。


「来年のお祭りも楽しみにしてるね」


 一年後もこの場所で、二人で一緒に花火を見よう。出来るなら来年だけでなく、再来年もその先も。隣に居るその人と一緒に花火を楽しめたら良いな、なんて。心の中だけでこっそりと思った。










fin