「サスケー!」


 外から騒がしい声が聞こえる。その声に起こされ、視線を窓へと向ければ外はまだ暗い。とても人の家を訪ねるような時間ではないけれど、この声の主はそんな常識が通用する相手ではない。
 繰り返し呼ぶ声を聞きながら溜め息を一つ。仕方なくさっさと着替えると、サスケは玄関の扉を開けた。そこにあったのは予想通りの金髪。






「朝っぱらから何の用だ、ウスラトンカチ」


 不機嫌であることを隠しもせず、サスケは突然の訪問者へと視線を向ける。周りに人が住んでいないから良いものの、ここが普通の住宅街だったら間違いなく近所迷惑だと怒られていただろう。どの道、サスケにとっては迷惑でしかなかったわけだが。


「あのさ、ちょっと一緒に来て欲しいんだってばよ」

「は?」


 詫びれた様子もなく、ここに来た目的を告げたナルトに思わず間抜けな声が漏れた。いきなりやって来て何を言い出すかと思えば、一緒に来て欲しいとはどういうことだ。まずどこに来て欲しいというのか。そしてそれは何の為に。
 疑問は解決するどころか増えていく。起きたばかりの頭を必死で動かして理解しようと努力はしてみるが、これだけの情報でナルトの言おうとしていることが分かるわけもなく。


「……結局どういうことだ」


 分かるように説明しろと尋ねたサスケは悪くないだろう。誰だってサスケと同じ立場であれば、同じように疑問を抱いたに違いない。
 けれど、その質問の意図を理解しかねたナルトは「だから一緒に来て欲しいんだって」と同じ言葉を繰り返す。サスケが聞きたいのはそういうことではなく、はあと大きく溜め息が零れた。


「そうじゃねぇ。どこに、何の為に行くのかって聞いてんだよ」


 なぜこんな早朝から疲れを感じなければいけないのか。今日は任務がないからゆっくり出来るかと思えば、そんなことはなかったらしい。別に来るなとは言わないけれど、もう少しなんとかならなかったのだろうかとは思ってしまう。


「えっと……どこに行くかは秘密だけど、サスケに見せたいものがあるんだ」


 漸くサスケの質問を理解したらしいナルトはそう答えた。
 目的地は隠されてしまったけれど、これでやっと目的は分かった。何を、とは思ったけれど目的地が隠されているのならそこも教えてはもらえないのだろう。
 つまり、これ以上の問答は無意味。不明な点は多々あるが、ナルトの目的が自分に見せたいものがあるのだというのなら。


「分かった。お前に付いて行けば良いんだな」


 まだ太陽すら昇っていない早朝。休みの日に朝からどこに付き合って欲しいんだとは思えど、一度起きてしまったからには二度寝をする気にもならない。それなら、この男に付き合ってやっても良いかと思った。


「よっしゃあ! それじゃあ、早く行くってばよ!!」


 嬉しそうに笑ったナルトは早速走り出す。突然走り始めたナルトをサスケも慌てて追い掛ける。勿論すぐに追いついて、そのまま二人で並んで走る。



□ □ □



 元からサスケの家は里の中心より離れたところにあるが、それよりも更に中心とは反対の方向へと進んで行く。里の外へ行くつもりではないだろうが、ナルトの目的地は一体どこなのだろうか。
 それは聞いても教えてはもらえないのだろうが、それに関すること以外なら答えてもらえるだろうか。分からないけれど、真っ先に浮かんだ疑問の答えをまだ聞いていないことを思い出して問うた。


「そういえば、どうしてこんな早い時間に来たんだよ」


 今日は一日休みなのだ。何もこんな朝早くから訪ねてくることはなかっただろう。
 そう思って尋ねた。そんなに早く目的の何かを見せたかったのか、あるいはこの時間でなければならなかったのか。考えられる可能性はこの二つだろうか。


「それは、早くしないと間に合わなくなるからだってばよ」


 間に合わなくなる、ということはどうやら後者が正しいらしい。この時間でなければならない理由があったからこそ、あんな非常識な時間に人の家を訪ねて来た。
 ……その時間でなければいけないのなら、せめて事前に一言くらい言っておいてくれても良かったのではないだろうか。そう思ってしまったサスケは一般的な思考回路の持ち主だろう。


「それにしたって、少しは人の迷惑も考えろよ」

「けど、遅くなったら意味なくなっちまうし……」

「昨日の任務が終わった後にでも言えば良かっただろ」


 言われて初めて気が付いたという表情をしたナルトに本日何度目かの溜め息が零れる。そこに気付かないところもナルトらしいといえばらしいが、もう少しどうにかならないものかと思う。おそらくそれを彼に求めるのは無理だろうとも思うけれど。


「う……悪かったってばよ」


 それでも多少は悪いと思ったのか、謝罪の言葉を述べられた。素直に謝られたらサスケもそれ以上は文句を言う気にもならず、次は気を付けろとだけ注意した。これで次がないとは限らないが、反省したのなら今は良いとしよう。


「あ、そろそろだ。急ぐってばよ、サスケ!」


 それは目的地までもうすぐという意味なのか、それとも時間が迫っているということなのか。サスケにはどちらか分からなかったが、頷いて二人はスピードを上げた。



□ □ □



「よし、間に合ったってばよ……!」


 森を抜けて辿り着いたそこは、里全体を見回すことが出来る高台だった。


「サスケ、こっち!」


 外柵のところまで行ったナルトが振り返って呼ぶ。ゆっくりそちらへと歩き、横に並ぶと「ほら、あれ!」とナルトは空を指差した。
 サスケがそちらを見たその時。丁度太陽が顔を出した。


「前、偶然この場所見つけてさ。お前にも見せてやりたかったんだってばよ」


 なあ凄いだろと言われて、自然と凄いなと感想が零れた。それを聞いてニシシとナルトは笑う。目的地を隠したのは、サスケを驚かせたかったからだ。それが見事に成功したことに喜びを感じる。


「綺麗な初日の出だな」

「だろ? サスケと一緒に見たかったんだ」


 だから今日だったのか、とまたサスケの疑問が一つ解ける。お前と見れて良かったと嬉しそうに笑うナルトにつられるように、サスケも口元に笑みが浮かぶ。


「あ、そうだ!」


 何かを思い出したらしいナルトは、真っ直ぐに碧の瞳を漆黒へと向ける。


「明けましておめでとう、サスケ」


 本当は会って真っ先に言うべきことだったのだろうが、初日の出を一緒に見たいという思いが先走るあまり言い忘れていた。それを思い出して、遅くなってしまったけれど新年の挨拶を述べる。
 それにサスケも同じように「明けましておめでとう」と返し、そして笑い合う。年の挨拶を交わし合いながら、お互いに想い合いながら。二人で過ごす新しい年の始まり。










fin