年が明ける。一年が終わり、また新しい一年が今日から始まる。
 さて、そんな今日は朝からみんなで初詣。




初詣





「おはよう」


 聞こえてきた声に二人は振り返る。それから二人もおはようと挨拶を返す。これはいつもと変わらない三人のやり取りだ。いつもと違うことといえば、今日はサクラが三人の中では最後にやって来たということぐらいだろうか。
 集合場所に集まる順番は決まっていないけれど、三人の中ではナルトが最後であることが断トツで多い。とはいえ、ナルトも集合時間にはちゃんとやってくる。それより後にやってくるのはいつも時間を指定した担当上忍だ。今日もまだやって来ていないのはその人だけである。


「わあ、サクラちゃんってばスゲー綺麗だってばよ!」


 サクラの姿を見るなりナルトはそう言った。ナルトとサスケは普段と同じく忍服だが、今日のサクラは着物姿だったのだ。彼女の忍服と同じく赤を基調とした鮮やかな着物に、大きな花の髪飾りを付けている。サクラが最後だったのはきっとこの服を準備していたからだろう。サクラらしい着物はとても彼女に似合っていた。


「ありがとう、ナルト。ねえ、サスケ君はどう思う?」


 ナルトに着物姿を褒められたのは嬉しい。だけど、好きな人はどう思ったのだろうかと気になってしまうのが恋する乙女というもの。サクラの問いにサスケはちらっと視線をそちらに向けるが、すぐに視線を戻すと「別に」とだけ答えた。それに反応したのはサクラではなくナルト。


「サスケ! お前、もっと他にねぇのかってばよ!」

「良いのよ、ナルト」


 突っかかるナルトをサクラが止める。でもと言おうとして止めたのは、サクラが小さく笑ったことに気が付いたから。一瞬きょとんとしたけれど、すぐにサクラの言おうとしていることをナルトも理解した。伊達に三人一組を組んではいないのだ。一緒にいればそれだけお互いのことを分かるようにもなってくる。このチームメイトが素直ではないことくらい、二人ももう知っているのだ。
 実際、二人がそう理解したようにサスケもサクラの着物姿は似合っていると思った。だが、それを素直に言葉に表すことの出来ない性格をしている。それを直接言ってもらえたらサクラも凄く嬉しいのだけれど、サスケがそう返すであろうことは予想出来ていた。そして、その後の反応を見れば彼の言葉にしなかったそれも分かる。ほんのりと赤くなった耳が何よりの証拠だろう。


「おはよう、朝から元気だね」


 唐突に降ってきた声に「カカシ先生!」と三人の視線は一斉にそちらに向けられた。今日も相変わらずの遅刻だが、いつもと違って十分だけの遅刻だからマシな方だろう――と、思ってしまうのもどうかという話だが。普段から何時間も待たされている三人にしてみれば、悲しいことにこれでも早い方だと思えてしまうのだ。


「お、サクラは着物か。可愛いね」

「ありがとうございます」


 三人を眺めながら、やっぱりサクラは女の子だなとカカシは一人思う。女の子はこういう時にお洒落をしたいものなのだろう。全員が全員そうとは限らないがそういうイメージはあるものだ。ちなみにカカシは他の二人と同じく忍服姿である。


「なあカカシ先生、早く行こうぜ!」

「はいはい、分かったよ。それじゃあ行きますか」


 早く早くとナルトに急かされながら、カカシの言葉で出発する。向かうのはここからそう遠くない神社。今日は任務ではなく、これからみんなで初詣に向かうのだ。七班は今日は任務がなく、それならと昨日の任務が終わった時にサクラがみんなに提案したのだ。せっかくだからみんなで初詣に行かないかと。
 それに一番に賛成したのはナルト。特に予定もなかったサスケとカカシも断ることはせず、こうして元旦の朝から七班の面々は集まった。そして、初詣のために四人は神社を目指すのだった。



□ □ □



「スッゲー列だってばよ……」


 真っ直ぐに神社に向かい、辿り着いたその場所には既に大勢の人が集まっていた。今日は元旦ということもあり、みんな初詣にやって来たのだろう。一体どれほどの人が集まっているのか、ざっと見ても数十人というレベルではないことが分かる。


「ま、元旦だからね。みんな同じ目的で来てるんでしょ」

「初詣って、こんなに人が来るモンなの?」

「そうね。いつもこれくらいじゃないかしら」


 へえとナルトは感嘆の声を上げながらきょろきょろと周りを見ている。今まで一度も初詣に来たことのなかったナルトにとってはこの光景が新鮮なのだろう。これだけの人が集まっているのだから初めてであれば驚くのも無理はない。
 だが、いつまでもここに立っていても仕方がない。この列に並ばなければいつまでたっても参拝は出来ないのだ。こっちだと呼ばれるままナルトも列の最後尾に並び始める。


「これって、あとどれくらい待てば良いのかな……」


 ここからでは列の先が見えない。けれど、この列の先には拝殿があるのだろう。そこまで行けばお参りが出来るのは分かっているが、この人数だとどれほどの時間が掛かるのだろうか。


「順番が来るまでだろ」

「そんくらいオレにも分かってるってばよ!」

「なら大人しく待ってろ。一時間とかそんなもんだろ」


 そんなに待つのかとナルトは驚くが、これだけの混雑ならそれくらい掛かると思っているくらいが丁度良いだろう。一時間もただ立って待っているなんてと思っても条件はみんな同じだ。今参拝している人だってきちんと並んで自分の順番が来たのだ。ここはサスケの言う通り、大人しく並ぶ以外に選択肢はない。
 とはいえ、ただじっと待っているのも退屈だ。そこで、ナルトは適当な話題を振ることにした。


「あのさ、初詣って願い事をするんだよな?」

「そうだな。ま、願い事っていうよりお祈りをすることだけど」

「じゃあさ、みんなはどんなことをお願いするんだってばよ?」


 話を聞いているのか聞いていないのか。聞いていたけれど、願い事でも間違いというほどではないと理解したというのが一番正しいただろうか。ナルトは他の三人にそのような質問を投げ掛けた。


「こういうことは教えるものじゃないわよ」

「えー、ちょっとくらい良いじゃん」


 健康、恋愛、勉学。お祈りすることといえば色々あるが、みんなはどのような願い事をするつもりなのか。これはナルトのちょっとした疑問だ。
 だがしかし、サクラの言ったようにこういうことは他人に教えるものではない。人に話したらその願いは叶わないなんていう話もある。人に話すことで邪念が入ってしまうことがあるのだとか。だからあまり人に教えることはよろしくないと思われるが、少しくらいなら平気じゃないかというのがナルトの意見である。


「それなら、アンタはどうなのよ」

「オレは火影になること!!」


 人に聞くのなら自分も答えなさいよと尋ねてみれば、大方予想通りの回答が返ってくる。忍者学校を卒業し、下忍になったばかりの時にナルトはカカシを前にそう言った。それ以前からもナルトの夢は火影であり、それはサクラもサスケも知っていることだ。だが。


「アンタね、それって願い事なの?」


 火影になることがナルトの夢であることは知っているが、それを願い事としてしまって良いのだろうか。本人が良いというのなら良いような気もするが、何か違うような気もする願い事だ。
 けれどナルトはそうだと思いっきり頷く。つまり、夢であり願いでもあるということだろうか。サクラの疑問に続き、サスケも火影に“なる”というのは少し違うのではないかと問うが答えは変わらず。


「良いんだってばよ。オレは火影になるんだからさ!」

「それってやっぱり違わない?」

「ま、ナルトが良いって言うなら良いでしょ」


 やはり願いではなく夢という方が正しそうだが、新年から神様にそう宣言するのもナルトらしくて良いだろう。きっと神様もナルトのその願いを笑って聞いてくれるのではないだろうか。


「じゃあ次はサクラちゃんの番!」

「私は教えるなんて言ってないわよ」

「えー! オレはちゃんと答えたのに……」

「アンタのはいつも言ってることじゃない」


 そんなと落胆するナルト。それならサスケはと振ってみても答えてもらえず、後はカカシ先生しかいないと碧眼が後ろを振り返る。振られたカカシはそうだなと考えつつ、無難に健康祈願とかかなと答えれば年寄りくさいなんて言われる。それでも大切なことでしょと言えば、それはそうだけどと返されたりして。

 そうこう話をしているとあっという間に時間は過ぎるもので、気が付けば自分達の番がやってくる。二礼二拍一礼をしてそれぞれが思い思いに願い、祈る。
 無事にお参りを終えると、近くにあったおみくじを引こうと今度はそちらに移動する。今年一発目の運試しだとみんなでおみくじを引き、その結果に一喜一憂しながらそれらを木の枝に結んだ。そのまま売店をちょっと覗いたりしながら、初詣を終えた四人は神社を後にするのだった。



□ □ □



「なあ、結局みんなどんな願い事をしたんだってばよ?」


 帰り道、ナルトは並んでいた時にしたのと同じ質問を繰り返した。結局あの場で聞けたのはカカシの健康祈願だけ。サスケやサクラがどんな願い事をしたのかはさっぱり分からない。初詣に来たのだからみんな何かしらのお願いやお祈りをしたのだろうが、その内容はやっぱり気になってしまう。


「だから人に言うもんじゃねぇって言っただろ」

「良いだろ、減るモンでもねぇんだし」

「そういう問題じゃないねぇよ」


 確かに言ったところで何かが減ることはないのかもしれないがそういうことではない。ナルトが自分の願い事を言いたいのなら勝手に言えという話であるが、それをこちらが答える理由はない。


「アンタは本当に火影になるって言ったの?」


 人の願い事を聞くのなら自分から、とまた先程と同じようにサクラが尋ねる。そうやってナルトが答えた後でサクラは答えることをしなかったわけだが、それでも聞くからには自分の願いも口にするべきだろう。そう思って尋ねたのだが、ナルトの返答は曖昧なものだった。


「えっ、とー……まあ」


 当然だと返ってくるとばかり思っていたからこの反応は意外だ。そして、一応肯定はされたもののこの答えは怪しすぎる。もしも火影になると願ったのであれば、ナルトは堂々と答えるだろう。つまり。


「なんだ、結局他の願い事にしたのね」

「そ、そんなことねぇってばよ!」


 必死に否定してもバレバレである。別にああ言ったからといって他の願い事にしてはいけないなんてことはないのだ。自分の気持ちを素直に願えば良いのだからわざわざ隠すこともない。他の願いにしたのならそれで良いのだ。
 けれど、それならナルトは一体何をお願いしたのだろうか。先程まではナルトが気にしていたそれを今度はサクラが疑問に思った。


「でも、それならアンタは何をお願いしたの?」


 聞けば「えっ!?」とあからさまに動揺し、それから「言わなくちゃダメかってばよ?」と逆に質問を返してきた。言わなければいけない、ということはないけれど元々それを言い出したのはナルトの方である。それをそのまま言うが、ナルトはあーとかうーとか唸るだけ。


「自分が言えないなら人に聞くな」

「いや、これは違うんだってばよ」

「何が違うのよ」

「だからこれはそのー……」


 減るものではないと言ったけれどつまりはナルトも同じと言うことだ。人に言えない願い事というわけではないけれど、これを人に話すのは躊躇してしまう。勿論その願いが叶って欲しいとは思っているけれど、人に話すようなことでもないとでも言えば良いのだろうか。それもちょっと違うのだが、ここで言うのは戸惑われる願いで。


「まあまあ、そのくらいにしておきなさいよ」


 このまま続けたところで誰も願い事を口にすることはないのだ。だからこの話はここまでとでもいうようなカカシの言葉にそれ以上は誰も何も言わなかった。
 代わりにせっかくだから一楽でご飯を食べようとナルトが言い出し、それに「また一楽?」とお決まりになっているその場所に溜め息を吐いたのはサクラ。今日くらいは奢ってやっても良いと話すカカシに、だからお前も来るでしょと聞かれて「ああ」と小さく頷くサスケ。そしてナルトは先頭に立つと「それじゃあ行くってばよ!」と元気に一楽に向かって歩き始めた。


 初詣に行って何をお願いしたのか?
 誰一人として答えなかったソレ。けれどその答えはみんな同じ。


(いつまでも七班のみんなと一緒にいられますように!)










fin