静かな風が通り過ぎる。木々が揺れ、ひらひらと木の葉が舞い落ちる昼下がり。忍者学校では元気な子供達の声が、商店街に行けばお店の人達の呼び込む声があちこちから聞こえることだろう。
 何の変哲もない日常。けれど、それは同時にこの里が平和であることの表れでもあるのだろう。あの大きな戦いから早いことで一年が経った。この平和な日々がいつまでも続けば良いと、きっと多くの人が願っていることだろう。


「昼間からこんなとこに居て良いのかよ」


 里の入り口にある大きな門を眺めながら問い掛ける。この時間にはある程度の人通りもあるこの場所だが、どうやらその問いは目的の人物にきちんと届いていたようだ。


「ウチの里の忍は優秀だからね。大丈夫でしょ」

「そういう問題じゃないだろ」


 呑気な答えに視線を落とせば、銀髪の男と目が合う。
 確かにこの里の忍達は優秀かもしれないが、仮にもアンタは火影だろう。そう言いたげな視線に気付いたのか、心配することはないと返された。


「それに、これも立派な仕事だからね」

「門の前でのんびり過ごすことが、か?」


 分かって言っているのだろう。口元に笑みを浮かべるサスケに「そんな訳ないでしょ」と言ってカカシはその距離を詰める。


「自分の里の忍を迎えるのもオレの役目」


 そう言ってカカシは微笑んだ。

 あの忍界大戦が終結してからというもの、サスケはずっと国外を旅して回っていた。その間も時折連絡はあったとはいえ、こうして直接会うのはかれこれ一年振りぐらいになるだろうか。
 それがサスケの選んだ道とはいえ、久し振りの再会くらい素直に喜べないものかとカカシは心の中で思う。サスケにそれを期待しても難しいか、ともすぐに思ったけれど。


「火影が自らするようなことではないと思うんだが」

「こういうのも大切なことだと思うけどねぇ」

「都合の良いように言ってるだけだろ」


 長期任務に出た忍を毎回のように火影が出迎える訳がない。というより、普通はサスケの言うように火影自らこんなことをするなんて有り得ないだろう。どこの世界にそこまでする長がいるのか。
 別にそれが悪いことだとはいわない。だが、火影には他にも沢山の仕事があるのだ。その時間を割いてまでするようなことではないと話すサスケは間違っていない。だが。


「久し振りに会っても変わらないね、お前」

「性格はそう簡単に変わるもんじゃねぇよ」


 会うのは一年振りだというのに以前と何も変わらない。いや、何も変わっていないということはないのかもしれない。けれど、二人のやり取りは昔のままだ。そうそうこういう奴だったと思うくらいに。


「もう少し喜んだりとかはないの?」

「ある訳ねぇだろ」


 ばっさり否定すれば冷たいと言われるが、これもやっぱり昔と同じようなやり取りだ。
 サスケがこうして旅に出る前。力を求めて里を出てしまってからは数年も会っていなかった。五影会談が行われた頃に一回と、次に会ったのは忍会大戦中。それが終結して暫くの間はサスケも里に居たけれど、その時もやはりこんなやり取りをした。それがこの二人なのだろう。


「ま、どっちみちオレのところに来るつもりだったでしょ?」


 それなら手間が省けたじゃないと話すカカシに、それはまた話が別だろとサスケが返す。
 確かに六代目火影であるカカシの元に報告に行くつもりではあったが、こちらから出向くのと火影自ら出迎えるのとでは訳が違う。


「つーかアンタ、いつまでもここに居て良いのかよ」


 無断でこっそり抜け出してきたなんてことはないだろうが、世界が平和になったって火影の仕事は山ほどあるだろう。呑気に雑談している時間なんてないのではないか。
 そんなサスケの疑問は当然で、けれど聞かれたカカシはといえばきょとんとした表情を見せた。それからすぐに大丈夫だと答えた後、思いもよらない言葉を続けた。


「今日はオレ、半日休み貰ってるから。この後は何の予定もないのよ」


 予想の斜め上をいく発言に思わず「は?」と間抜けな声が漏れる。いくら火影とはいえ、毎日働きづめということはないだろう。休みだってあるのは当然だろうが。


「アンタ、まさかとは思うが……」


 流石にそれはないだろうと思いつつ、口にしたその言葉にカカシは何も答えなかった。その代わりに小さく笑みを返されて、そこに含まれるであろう意味に溜め息が零れた。


「……火影がそんなことして良いのかよ」

「火影っていっても、オレだって一人の人間だからね?」


 それはそうかもしれないが、とは思ったがそれ以上は言うのを止めた。カカシがそう言っているのだから、今更どうこう言ったところでこの休みは変わらない。何か緊急事態でも起これば話は別だが、それは忍なら誰でも同じだろう。
 しかし、火影にも休みの日があるのは良いとしよう。それはあって当然だが、有り得ないと思いつつも尋ねたそれには否定してもらいたかったというのが本音だ。カカシのいうように火影も一人の人間であるとはいえ。


(本当に、どうして)


 どうしてアンタは、今でも――。

 思ったのはこれが初めてではない。
 第四次忍界大戦が終わって一度は捨てた里に戻ってきた時に聞いたそれは、正直信じられないような話だった。もっと前、まだサスケが里に居た頃にもやはり信じられないような話をされたことがあった訳だが。


「サスケ、また何か考えてない?」


 名前を呼ばれて現実に引き戻される。昔も何も言ってないのにこんな風に言い当てられたことがあったなと思いながら「何でもない」とだけ答える。
 そう、と言ったカカシが何かを考えているようだったから誤魔化せてはいないのかもしれないが今更気にしても仕様がない。それに気付かない振りをしてサスケは別の話題を振る。


「それより、アンタはこの後どうするんだ」


 話題を変えるついでにいい加減こんな場所で立ち話をするのも終わりにしないかというニュアンスで尋ねる。人に迷惑を掛けている訳ではないが、どうせ話すならもっと別の場所でも良いだろう。


「サスケは家に帰るんだよね」

「まあ、そうだな」

「じゃあ、サスケの家に行っても良い?」


 唐突な話ではあったが、サスケは特に考えることもなくそれに了承の返事をした。あまりにあっさりOKされて、逆にカカシの方が拍子抜けしてしまったほどだ。
 里に戻って早々に火影であるカカシに会うとは思わなかったし、こんなことになるのは想定外ではあった。とはいえ、サスケにはカカシを断る理由がなかった。それだけのことである。


「何だよ、行くんじゃねぇのか」


 先に歩き始めたサスケが立ち止まったままのカカシを振り返る。それに勿論行くと答えながらカカシはその隣に並んだ。昔とは背の高さも歩幅も違う、けれどどちらともなくそれは自然と合わさっていた。


「ねぇ、サスケ」


 呼ばれて視線を向けると、今夜は鍋にでもしようかと聞かれた。二人で鍋かよと返せば、二人なら良いでしょと言われる。手軽に準備も出来るし、色々と話したいこともある。


「材料はアンタが用意してくれんのか」

「そこは一緒に買いに行くとかないの?」

「そんなもん誰が買っても同じだろ」


 言いながらも一緒に行かないとは言われなかった。つまりはそういうことなのだろう。
 このまま買い物して帰れば良いというカカシの提案を仕方がないと言いつつもサスケも受け入れる。一度は離れてしまったけれど、それでも二人の心には何の変わりもなかったのだ。だから今、二人は一緒に木ノ葉の里を歩いている。


「本当に久し振りだね。サスケとこうして歩くの」

「年寄りっぽいぞ」


 遠慮のない物言いに酷いねと言って笑って。そんな何でもない当たり前のような日常が今もここにある。いや、これから当たり前になるのだろう。
 平和になったこの世界だから、この先もずっと。その当たり前が続いていくのではないだろうか。










当たり前な日常を二人で共に歩んで行こう