「よお、ナルト! 丁度いいところに来たな」


 任務が終わって、皆が良く集まる居酒屋にナルトは今来た所。なぜ此処の居酒屋に皆が集まるのかといえば、飲みに行こうと言えばこの場所。彼等が飲みに行くのは自然とこの居酒屋になることから、一人だったとしても此処に居れば誰かが来て一緒に飲める。そんな場所がこの居酒屋だった。
 入ってすぐにナルトを見つけたキバが声をかけた。けど、その言葉の意味は理解しがたいものだった。丁度いい、という言葉には一つの意味だけがあるのではなかったから。


「何だってばよ」


 言葉の意味がはっきりしないものの、キバ達の居る席へと向かう。そこには、キバ以外にもシカマルやサクラ、いのやチョウジにヒナタ、加えてシノまで居て同期のメンバーが揃っているといった状態だった。此処まで揃っている日というのはまた珍しい。いつもこんなに揃っていることはないのだ。
 同期のメンバーというと、他に今来たばかりのナルト。それにサスケが居る。さっきから言っている通り、ナルトは来た所だ。サスケも此処に来ていて、既にキバ達と飲んでいたようだった。だけど、なんだかいつもと違うような気がナルトはしていた。いや、気がしていたのではない。実際にいつもと違っていた。


「悪ィけど、コイツのこと頼む」


 シカマルの言葉に、ナルトは驚いていた。さっき、自分が感じていたように、やっぱりいつもとは違っていたのだということがはっきりした。はっきりなったと同時に、やはり驚きがある。信じられないようなことだったからだ。
 シカマルの言った、コイツというのはサスケのことだった。



の気




「頼む、じゃなくてどうしたんだってばよ!?」


 目の前の光景に驚きを隠せないナルト。それもそのはず。こんな光景、見たことがない。というより、信じられない。この光景が信じられないのは、ナルトだけではない。此処にいる全員が信じられない光景ではないだろうか。
 そこには、ナルト以外のメンバーが揃っている。どうやら皆で酒を飲んでいたようだ。酒を飲んでいたようなのだが、そこにある酒瓶の数は半端ではない。


「それがさぁ、皆やめとけって言ったんだけどコイツが聞かねぇでどんどん飲んじまってさ」

「飲んじまってって、サスケが!?」


 信じられないが、実際にサスケはかなり飲んだ様子だ。その為、今は寝てしまっているようだ。
 だけど、あまり考えられない。いつも酒を飲む時、サスケはあまり飲まない。ナルトと争って二人して飲んだこともあったが、それも少ない。飲んだとしても酒に強いサスケはあまり酔ったりしなかった。つまり、そのサスケがこんなにもなってしまうということは、相当酔っているということだった。
 キバにそう言われてもやはり信じがたい。事実でありながらも此処にいる人は皆信じられないという心境だろう。


「皆がやめろって止めたんだけどよォ、全然聞こうとしなくてな。ずっと飲み続けてこうなったわけだ」

「サスケ君は長期任務で里を離れてたんだけど、今日帰ってきたの。珍しく此処に来たと思ったらいきなりお酒を飲み始めて……」

「いつものサスケ君とは、違う感じだったわよねー……」


 シカマルにサクラ、いのの話も聞いて皆はサスケが酒をたくさん飲もうとするのを止めたらしい。だけど、サスケは聞かずに飲み続けて今に至る。
 長期任務に出ていたのはナルトも知っていた。いのの言うように違う感じだったのだとすれば、何かあったのだろうか。今回は、里を離れた任務で狙われた里を敵の攻撃から防ぐというものだとは聞いていた。けど、それくらいサスケには簡単なことのはず。任務に油断は禁物だが、サスケが油断をするわけもない。だったら、一体どうしたというのだろうか。


「任務で何かあったんじゃねぇの。それで酒を飲んだとかさ」

「そうだな。サスケが任務で何かあったなんて考えづれぇけど、それ以外はなさそうだからな」


 此処にいる同期のメンバーは、互いの実力をそれぞれ知っている。誰がどんな術を得意としているかということも分かっている。その中でも班を組んでいたメンバーは良く分かっている。サスケの実力は、ナルトと同じくらいで里でも上の方だ。そんなサスケが任務失敗になったとは思わない。
 任務に失敗したのではなく、任務中に何かがあった。その何かだが、死傷者は出ていないと任務の説明をサクラがさっき話してくれた。他に思い当たることもなく、やはり本人に聞く以外答えを見つけられそうにない。


「ねぇ、ナルト。多分、サスケ君からどうしてなのか聞けるのはアンタだけだと思うの。アンタになら話せると思うから……。だから、サスケ君の話を聞いてあげてくれない……?」


 心配そうにしながらサクラはナルトに頼む。同じ班を組んでいたからこそ、何か感じているものがあるのだろう。ナルトも、何かあるという言葉で表せるようなものではないそれを感じていた。
 下忍の頃、七班で任務をしていた時。いつもは普通に任務をこなすことが出来ていた。けど、人にはそれぞれ苦手なものや不得意なこと、それに辛い過去の記憶がある。苦手なことや不得意なことは周りが代わったりしながらなんとかすることが出来る。けど、辛い過去の記憶だけはどうすることもできない。それが難しい部分だった。
 ナルトは、体の中に九尾の妖弧を宿している。サスケは、うちは一族の末裔。二人共、小さな頃から一人暮らしをして孤独というものを知っていた。他人には理解できないようなことも、理解できるような存在。それが、二人にとって互いのことだった。あまり話したりはしないものの、その気持ちを分かることが出来る。それだけでも大分違うのだ。


「任せとけってばよ! オレがサスケのことは引き受けるからさ。安心してくれよな、サクラちゃん」


 その言葉にサクラは「うん」と頷いた。頼んだわよ、と言葉には出さずに言われているようで、ナルトもまた同じように分かってると視線で返す。それからナルトはサスケを連れて店を後にしたのだった。



□ □ □



 夜の里。それは、静かなようで騒がしいような感じだ。場所によっては騒がしく、静かでもある。基本的には、静かな里といった感じだろう。ナルトは、サスケを背負いながら夜道を歩いていた。


(にしても、本当にどうしたんだってばよ……)


 歩きながら考えるのはサスケのこと。ナルトは他の誰よりもサスケのことを知っている。同期の仲間よりも、同じ班であるサクラよりも、担当上忍であったカカシよりも。中忍になり、七班での任務がなくなってからも同じ任務につくことが多かった。それは上忍になった今も同じだ。
 任務を沢山一緒にこなしているだけではなく、同じようなモノを知っているからこそ分かり合えたことが今までにも何度かあった。ただの仲間ではなくライバルでありながらも親友と呼べる友になっていた。だから、ナルトは他の誰よりもサスケのことを知っていて分かっている。
 だけど、今日の行動はナルトにも分からなかった。ただ、サスケに何かがあったのだということ以外は。それが何なのか、聞きたいと思う気持ちは大きかった。


(珍しいよな。本当に…………)


 何だか分からないそれを知りたいと思う気持ち、サスケの話を聞いてやって早く楽にしてやりたいという気持ち。色々な気持ちが交差していた。

 歩いていると、背中の方で動いている感じがした。きっと、歩く時の揺れで起きたのだろう。そう思っていると「降ろせ」という声が後ろから聞こえてきた。このまま背負っていてやりたい、なんて言っても「ふざけるな」と言われてしまうのはわかっている。だから素直に降ろしてやった。


「お前、酒飲みすぎて寝ちまったんだってばよ。だからオレが連れて帰ってやるところだったんだってばよ」

「そうか……悪かったな…………」

「でもさ、驚いたぜ? あのサスケがそんなことするなんて。信じられなかったってばよ」


 二人で並んで歩き始める。身長はサスケの方が少し上だがそれほど変わりはない。体格的にも実力的にも二人は同じくらい。どちらかが合わせようとするわけでもなく、自然と同じくらいの歩幅で歩いている。
 サスケがどこまで覚えているのかは分からない。居酒屋に行った時、かなりの数の酒瓶があった。それだけ飲んだのだから、その時の記憶がしっかりあるのかは分からなかった。


「……キバ達に聞いたんだけどさ、お前ってばかなり飲んだだろ? 何があったんだってばよ」


 さっきまでの明るい口調とは一変した雰囲気。今から話す内容が変わることを表しているようだ。


「別に……。何にもねぇよ」


 嘘だ。何もないわけがない。何もないのだったら、サスケがあれほどまで酒を飲むわけがない。何かあったからこそあんなにも酒を飲んでしまった。
 それを忘れる為かは分からないが嫌なことか何か、あまり良くないことがあったのだろう。それを分かってやりたいのに分かってやれない。話してもらわないと分かることの出来ない自分にナルトは苛立ちを覚えた。


「そんな分かりきった嘘をつくなってばよ。何もないならあんなにお前が酒を飲むわけない」


 そんな嘘をついてもナルトにはすぐに分かるということはサスケも分かっているはず。ナルトだけがサスケのことを知っているのではない。それと同じようにサスケもナルトのことを知っているのだ。その程度の嘘くらい、あえて考えなくてもすぐに嘘だと分かる。
 それとも、あえてそんな風に言うのだろうか。ナルトには言いたくないから、隠したいから。だから嘘を吐くのだろうか。しかし、それならもっと上手い嘘があるはず。今のサスケが何を考えているのか、ナルトには分からなかった。


「オレもお前も酒くらい飲むだろ。何かあったわけじゃねぇよ」

「確かにオレやお前だって酒くらい飲むってばよ。だけど、お前があんなに飲むわけないだろ。嘘吐くな」


 ナルトも酒は飲む。飲まないのなら居酒屋に行ったりはしない。ナルトの場合は、任務が終わって時間があれば大体行っているという感じだろうか。逆に、サスケはあまり飲まない。いくら任務が終わってから時間があっても殆ど行ったりはしないという感じだ。二人共、酒は飲むがどれだけ飲むかは行く回数を見れば分かるだろう。殆ど行かないサスケがあんなに飲むのはおかしすぎる。


「嘘なんて吐いてねぇよ」

「吐いてるってばよ!」

「吐いてねぇ!!」

「絶対に吐いてる!!」


 お互い一歩も譲らない言い争い。まるで下忍になったばかりで喧嘩ばかりしてた頃のよう。同じ言葉の繰り返し。
 あの頃だったら、そのままずっと続けていたかもしれない。けど、今は違う。今はあの頃から約十年は経っている。大人になった二人は、いくら同じような喧嘩といっても少し違っていた。


「嘘なんか吐いてねぇって言ってるだろ!! もうオレに構うなっ!!」


 大声で怒鳴る。流石にナルトもそれを聞いて言うのを止めてしまう。そして気付く。サスケは、心に余裕がないのだと。任務で何かあったことで、心に余裕がなくなってしまっている。だから、あんなにも酒を飲んだり今こうして大声で怒鳴ったりといつもと違う様子だったのだ。
 それに少しでも早く気付けなかったことに悔しいと思う。けど、今はそんなことは関係ない。とにかくサスケを抱きしめた。力いっぱい抱きしめた。少しでも安心できて、心に余裕が持てるように。


「っ!? 離せっ!!」

「離さないってばよ! オレから逃げるな!!」


 ナルトの言葉にサスケは抵抗していた動きを止める。それを見たナルトは一息つく。そして、言葉を続けた。


「大丈夫だってばよ。お前に任務で何があったのかは分からねぇけど、大丈夫だから安心しろよ……」


 その声は、とても優しかった。まるで、母親が小さな子供に言い聞かせるよう。丁寧で、優しくて、それでも言葉に含まれる思いは大きい。伝えたい思いも、伝わる思いも。自然と相手の心に伝わっていく。
 それが、とても優しいモノだとサスケは感じた。張り詰めていた糸が切れてしまいそうなほど、優しく温かかった。だからこそ「離してくれ」と静かに言った。これ以上、こうしていられないと思ったからだ。それを聞いたナルトは、少々悩みつつもサスケに言われた通りに離してやる。少しは、落ち着いた様子が分かったからだ。まだ抱きしめていてやりたいと思うものの、そう言われたからと離す。
 さっきまで何も話そうとしなかったサスケだが、ナルトの行動から少し落ち着いたのか任務のことを話し始めた。


「オレがついた任務は、敵に狙われていた里を守るという任務だった。それほど難しい任務ではなかったから、死傷者も出ずに無事に終了した」


 だったら問題はないのではないか、とナルトが思った時「木ノ葉の忍は、という話だ」と付け加えられどういう意味なのかと頭を回転させる。サクラにも死傷者は出なかったと聞いていた。だから、その部分については心配ないのだろうと思っていた。
 だけど、サスケが言ったのは“木ノ葉の忍”という部分を強調しているようだった。まるで、その里の人と木ノ葉の忍を分けて考えているかのよう。そこまで考えると、ナルトはみつけた言葉の意味をつい口に出した。


「まさか…………」

「そうだ。木ノ葉の忍は誰一人として死傷者も出なかった。けど、里の人間には――死者が出たんだ」

 間が開いていた部分が、やけに長く感じた。本当はそれほど長くもない時間なのに、長く重たく感じた。そしてまた気付く。サスケの心に余裕がなくなったのはそれが理由なのだということに。

 第七班を組んでやっていた頃。サスケは優秀で何でも出来るような忍だった。チャクラや幻術ではサクラが上回ったり、ある別の面ではナルトが上回ったりしながらも体力と知力を共に優れて持っていた。
 そんなサスケが、動けなくなってしまうほどのことが一度だけあった。その原因はナルトも知っている。ある任務についた時、他人の死を目の前にした。それは偶然の出来事ではあったが、どうやら依頼主の家の何かを狙っていたらしい。敵はカカシによって始末されたが、その時のサスケはカカシの指示にも全く動けず、何かに怯えているように震えていた。

 その時のことをナルトはしっかり覚えている。中忍や上忍になって敵と戦い敵を始末することも増えた。敵の死だけでなく、仲間の死も見てきた。けど、もうあの時のようになることはなかった。


「けど、お前等はその敵を倒すっつーか、里から守る為に任務についたんだろ!?」


 それならどうして、里に人が命を落とすことになってしまったのか。ナルトは分からずにただサスケに問う。守る為に任務へ行ったのに、それでは守りきれていない。
 ナルトの質問に答える為、サスケは口を開く。

「オレ達は、任務を受けてその里へと向かった。けど、その時には遅かったんだ。里を守る体勢をつくるよりも、里へ着くよりも先に敵は里を襲った」


 任務を受けてから出発するまでの時間はそれほどなかった。忍具などを用意して集合したら出発という感じだったのだ。それも急を要する任務だったからだ。伝令に鳥を飛ばし、出来る限り早く来て欲しいという連絡だった為に急いでその里へと向かった。
 けど、着いた時には遅かった。もう既に敵は里を襲っていた。何人かで里へ入った敵を手分けして探し捕獲するという形になったのだ。里への被害は最小限に抑えることが出来た。被害を抑えると共に、木ノ葉の忍が着てから死傷者を出すことはなかった。だけど、この里へ到着するよりも前に殺されてしまった里の人の命は守られることがなかった。


「里へ着いてからは死傷者を出すこともなく里への攻撃を防ぐことが出来た。けど、結局里の人を守ることは出来なかった。死者を出すことになった。そして、中には家族を失った子供まで出てしまうほどだ」


 段々と声が強くなっていく。どうして守ることが出来なかったのか。あと少し早く着いていれば誰も死なずに済んだのではないだろうか。守れなかったことが、悔しい。過ぎてしまったことは仕方ないというが、それでも悔しい。忍がついてからどれだけ守られたとしても死者が出てしまったことにかわりは無いのだ。
 その中には親が殺され、家族を失ってしまった子供がいる。その子供は、これから一人で生きていかなければならない。今まであった温もりを感じることが出来なくなってしまった。たった一人。孤独という辛さを知って生きていくのだろう。
 家族が居なくなるということがどういうことなのかをサスケはこの身をもってよく知っている。サスケは、小さい頃に家族を失ったからだ。兄に滅ぼされた一族の唯一の生き残りとして一人孤独の中で生きてきた。その苦しみと辛さは半端なものではないことを知っている。


「その子供がこれからどうなるか、なんて分かってるのにな。オレは結局何も出来ないんだよ」


 その辛さを知っていながらも助けられなかった。守ってやれなかった。今まで過ごしてきた日々を守ることが出来なかった。任務に行って、着いた時には敵が里を襲っていて、着いてからは守ることが出来た。それだけで良い訳がない。
 人の命がなくなった、家族がなくなった。それは大変なことで身近な人にとっては辛いこと。そんな人達を出さない為に急いで任務に向かったのもこれでは仕方がない。その子供の、幸せを奪ってしまったかのようだ。


「そんなことねぇってばよ! お前は里に着いてから里の人を守っただろ!? その子供のことだってこんなにも考えてるじゃねぇか!?」


 何も出来ないわけじゃない。ただ、上手く時間が合わなくて守れなかった。守ろうと努力して、残った子供のことをこんなにも思っている。だから、何も出来ないのとは違う。サスケはしっかりやった。ナルトはそう思う。こんなにも思い悩んでしまうほどまで考えている。そんなにも考えているのだからもう良いのではないだろうか。これ以上思い悩む必要もないのではないだろうか。


「考えるのなんて誰にでも出来るんだよ! 同情したって何したってソイツは救われるわけじゃねぇんだ!!」


 でも、と言いかけたがその口を閉じた。サスケがこんなにも言うのはその辛さを本当に分かっているからだ。ナルトとはまた違う、家族を奪われたという苦しみ。どちらも辛いことではあるが少し違うのだ。サスケの場合は、そに加えて“うちは”という名を背負っていたのだから尚更大変だったのではないだろうか。そう思い、自分が口を出しても仕方がないと感じた。
 いくら同情したところで何かが変わるわけじゃない。同情してもその子供は救われない。逆に同情されて嫌なこともある。こんなにもそのことが分かっていても、結局何もしてやれない。それが、サスケには悔しくて辛いことだった。自分がその任務についていながら、そんな子供が出てしまったから。家族を失うことが辛いと知っているから、救うことが出来なかったことが悔しい。色々な感情が溢れる。その感情が交差し入り混じる。とても複雑な感情となっている。


「オレは、何も出来なかった。結局オレと同じような子供が出てしまった。守ってやることも、助けてやることも、救うことも何も出来ないんだよっ!!」


 その子供に対する思いを言い叫ぶ。言葉が終わる時、サスケの頬を涙がつたう。一つ、二つ、次々と涙は溢れんばかりに流れていく。涙の一つ一つがサスケの思いであり、その思いが涙と一緒に次々と溢れている。
 ナルトは、そんなサスケの姿を見て胸が痛くなった。自分も孤独というものは知っているけど、サスケとは違う。だから、その思いをしっかりと分かってやることが出来ない。彼はこんなにも苦しんでいるのに何も出来ない。涙を流す姿が見ていられなくなりそうだった。


「オレは……今まで何をしてたんだよ…………」


 崩れ落ちそうになる体を支えて、そのまま抱きしめる。ナルトには、それしか出来なかったから。ただ抱きしめて、落ち着かせることしか出来ない。
 それでも、それが自分に出来ることならしてやりたい。どんなに小さなことだったとしても、彼の為になるのならしてやりたい。今のナルトはそれしか考えていなかった。少しでもいいから楽にさせてやりたい。その一心でサスケを抱きしめる。その思いが強いからか、抱きしめる腕にも力が入る。


「オレは、いくら孤独を分かるって言ってもお前のソレとは少し違う。だから全部を分かってやれない。だけどさ、少しでもサスケのことを楽にしてやりたいと思うんだってばよ」


 少しずつ、言い聞かせるようにナルトは話していく。抱きしめている腕にもその気持ちが伝わっているかのように。その言葉はサスケの心に一つ一つ届いていく。


「今回の任務が辛かったのは分かった。子供の気持ちになるっていうのは、サスケが優しいからで自分と同じようにはしたくなかったんだよな。誰もお前を責めたりしないんだからそんなに一人で思い悩むなってばよ」


 サスケの話を聞いていて、もしその任務に自分がついていたらとナルトは考えていた。着いてからは里に死傷者が出なくても、それより前に死者が出てしまっている。それも家族を失ってしまった子供がいる。
 そんな任務についていたら、気持ちはサスケと同じだったと思う。サスケのように子供の気持ちをそこまで分かってやることは出来ない。けど、この子供がこれからは一人で生きていかなければならない。そうしていくなかで辛いことや大変なことはたくさんあるはず。そう考えると、どうしてもっと早く行って助けられなかったのか。本当に何も出来なかったのか。ナルトもサスケと同じで、それを思い悩んだのではないかと思う。これほどまでには思い悩まないかもしれないが、それでも思い悩んでしまうだろう。


「それにさ、お前は優秀な木ノ葉の忍だ。今までだってずっと努力してきただろ? サスケは、昔も今もずっと努力しつづけてる優秀な忍だってばよ」


 言葉の一つ一つがサスケの心の中に届いていく。温かいそれを感じて、サスケはまた涙を流す。優しくて、温かい。それを与えてくれる人。それは、ずっと昔に亡くなった母親から与えられた記憶がある。そして、ナルトもまたそれを与えてくれる唯一の存在なのだと心の中で思う。


「オレは、生きていてもいいのか……?」


 小さな声でナルトに問う。すると、ナルトは優しく笑いながら答えを返す。


「バーカ、当たり前だってばよ。生きていてもらわなくちゃオレが困るからな」


 そう返すと次は「有難う」という言葉がやってきた。抱きしめている腕や触れている体からもそれが伝わってくる。ナルトもそれに答えるようにしながら「どういたしまして」と言った。
 二人はそのまま、少しの間お互いの気持ちを言葉ではない方法で伝え合った。

 言葉で伝え合うのは難しい。それでも分かってくれる相手にだからこそ言葉で伝える。言葉だけでは伝わらない気持ちは直接伝え合う。言葉では分からないような思いを伝え合い分かち合うことが出来る。
 それは、お互いを信頼しているから。だからこそ、本当の気持ちを伝え合うことが出来る。辛いこともどんなことも。本当の気持ちを伝え合う。そして、一緒に歩いて行こう。










fin