「ただいま」

「お帰り」


 リビングに入ってそう声を掛ければすぐに返事が来る。返事をした弟の姿はリビングの隣にあるキッチンに、テーブルの上には既に沢山の料理が並んでいた。


「今日は一段と手が込んでいるな」

「今日はアンタの誕生日だろ」


 そう答えた弟はサラダを持ってリビングへ。サラダには勿論キャベツとトマトが入っている。
 そうかと微笑んだイタチがありがとうと述べれば、照れ臭そうに視線を逸らされながら大したことはしていないとぶっきらぼうに言われる。だが次の「誕生日おめでとう」という祝いの言葉は真っ直ぐに目を見て伝えられた。それにイタチはもう一度ありがとうと繰り返す。


「兄さんが欲しいものを考えたんだが、結局何も用意出来ないまま今日になっちまった」

「オレはサスケに祝ってもらえただけで嬉しいぞ」

「アンタはそれで良くてもオレは良くない」


 だから何かないか、と自分と同じ漆黒の双眸がイタチを見つめた。何かと言われても本当にサスケが誕生日を祝ってくれることこそが幸せであり、それ以上に望むものなんてない。しかしこの弟がそれでは納得してくれないだろうことも兄には分かっていた。
 とはいえ、何かあっただろうかと考えてみてもぱっと思い浮かぶようなものはない。唯一出てきたのはそういえばシャンプーの詰め替えパックがこの前ので最後だったか、くらいだ。それを口にしたところでサスケは納得しないだろうから言わないが、他に何かあるだろうかと考えていると。


「……あまり高い物は買えねぇけど、誕生日なんだから兄さんが喜んでくれるものを渡したい」


 ぽつり、呟くようにサスケが言った。どうやらこれが可愛い弟の本音らしい。その言葉にイタチは僅かに目を見張り、それから優しく微笑んでサスケを見つめた。


「サスケのその気持ちがとても嬉しいよ」

「だから、そういうのじゃなくて……」

「だがこれと言って欲しいものがないのも嘘ではない。オレはお前と二人で暮らしている今が幸せだからな」


 これ以上望むことはない。
 それがイタチの本心であることはサスケにも分かったのだろう。けれど誕生日なのだから大切な兄に贈り物をしたいという気持ちも本当で「でも」と零れたその声にイタチはふとあることを思い付く。


「そういえば、俺には何より大切なものがあるんだが、サスケがくれるというのならそれが欲しいな」


 イタチの言葉にサスケは首を傾げた。おそらくそれだけでは何が欲しいのか分からないと言いたいのだろう。
 悟ったイタチは「サスケ」と名前を呼びながらちょいちょいと手招きをした。昔からよくこうしてサスケを呼んでいるが、不思議そうな顔をしながらも弟はいつだってすぐにイタチの元へ来てくれる。そうして近づいた弟の体をぎゅっと抱き締めると腕の中から驚愕の声が聞こえる。


「おい、いきなり何を……!」

「値段などつけられないが、他に欲しいものは思い付かなくてな」


 正確には“もの”という表現も些か間違っているが、この愛しい弟が生まれてからイタチの欲しいものは他にない。サスケ以上に大切なものなどないとイタチははっきり言うことが出来る。それは兄として、また一人の人間としても同じだ。
 そう話したらサスケが静かになる。弟の温かさを感じながらそうして過ごすこと数分。ありがとうと言ってその体を離すとサスケの目が真っ直ぐにイタチを見た。


「どうした?」

「……兄さんが欲しいのは俺なのか」


 そう尋ねてきた弟にイタチはきょとんとした。まさかそのような問い掛けがくるとは思っていなかった。


「そうだな。オレはサスケが欲しい」


 兄として、だけではない感情を抱くようになったのはいつだったか。勿論兄としても大切な弟と今以上のことは望んでいない。先程の発言にしても兄弟としてのそれ以外に何かを含んだつもりはなかったのだが。


「……アンタが欲しいって言うなら、やっても良い」


 次いで出た弟の言葉にイタチの目が丸くなる。そう言ったサスケはほんのりと頬を赤くしながらふいと顔を背けたが、黒髪の合間から覗く耳も赤く染まっていた。
 これは……。そう思いながらイタチはこちらを見ない弟をその漆黒の双眸に映す。


「オレがどういう意味で言ったか、分かっているか?」

「アンタこそ、オレがどんな気持ちで言ってるのか分からねぇのか」


 兄さんが好きだから、微かな声は二人だけの部屋ではしっかりとイタチの耳まで届いた。兄弟として、おそらくはそれ以上の感情が含まれていることに気付かないほどイタチは鈍くない。
 予想外の反応が返ってきたことに驚きながらもその事実はゆっくりと心に染み入り、自然とイタチの頬は緩む。やっぱり愛おしいな、と思いながら漆黒は弟を優しげに見つめた。


「本当に貰っても良いのか?」

「いらないなら別に――」

「いや、ありがたく頂こう」


 最高のプレゼントだ、と言ったら漸くこちらを見たサスケが小さく笑みを浮かべた。
 それじゃあそろそろ夕飯にしようかと二人はテーブルを囲む。いつものように向かいに座ろうとした弟の手をぎゅっと掴むと、一つ溜め息を吐きながらもサスケはそのまま隣に座った。そして二人で並びながらいつものように他愛のない話を繰り広げ、楽しく夕飯を食べながら今日と云う特別な日を共に過ごすのだった。







いつからかは分からない、けれど気が付いた時には――
絡めた指先から伝わる温もりに幸せを感じる