長期任務を終え、漸く里に戻ってくることが出来た。数ヶ月の間離れていた里はどこも変わっておらず、少し懐かしいような気がする。
辺りは暗く、天には小さな光が点々と輝きを放っている。丸い月が地を照らしている刻、任務を報告をすべく真っ直ぐに長の居る場所へと向かう。
星の輝きの下で
形式的なノックをすると、扉の向こうから短く「入れ」と促される。それを合図に「失礼します」とドアを開くと、そこには書類の山と格闘している火影様の姿。真っ直ぐに机まで歩き、任務報告を連ねる。一通り話し終え、ゆっくり休むようにと言われ報告は終了。
そして踵を返すと、後ろからガタリと立ち上がる音が耳に届く。
「数ヶ月振りに会ったってのに、任務報告以外には何もないのかってばよ?」
それ以外に、任務が終わってから火影室に来る理由があるだろうか。その為に此処まで来たというのに、火影様はそれだけでは満足してくれないらしい。全く、困った里長である。
「その為に此処まで来たのですが」
「あ、オレもう仕事終わりにするから、一緒に一楽でも行かねぇ?」
形式上敬語で話すけれど、もう完全に帰る気になっている様子を見て「その机の上の奴は片付けなくて良いのか」と普段通りの口調で尋ねる。流石にもう夜も遅い。今日中にやらなければいけない仕事くらいはきちんと終わらせているのだろうが、このままで良いのだろうか。
そんな疑問を持つサスケとは逆に、ナルトは全く気にしていないようだ。先程まで手を付けていたであろう書類を纏めては机上をある程度片付ける。
「まぁ今日の分は終わってるし、そろそろ終わりにしようかなと思ってたんだってばよ」
「それなら良いが、後でサクラに怒られてもオレは責任を取らないからな」
「大丈夫だってばよ。少しは信用しろよな」
自分の里の長だ。信用をしていない訳ではない。ただし、この火影様はデスクワークが苦手で周りに注意されることが多い。これでも就任当初よりは大分慣れてきたようだが、終わらせなければいけない書類が終わっておらずにサクラに怒られている光景を何度見たことか。ついでにいえば、それはサクラに限ったことではないが。
普段からそういう状況になっているというのに、信用しろと言われても難しい話だ。はっきり言い切っている様子から心配はいらないだろうと思うけれど、何かあって文句を言われるのは御免だ。
「一応聞くが、一楽以外の選択肢はお前にないのか?」
ナルトのラーメン好きは昔から良く知っている。普段からカップラーメンばかり食べていて、外で食べるとなればまず一楽。
偶には他の物を食べろといっても、ラーメンはすぐに出来て美味しいしとなかなか作ろうとしない。それを見かねてかつて下忍だった頃には担当上忍が野菜を食べさせようとしたり、サスケも修行をした後に毎度ラーメンと言い出すナルトに飯を作ったことがある。
「どうせ食べるなら好きなモンの方が良いだろ? やっぱ行くなら一楽だってばよ!」
それはあくまでナルトの好きな物なのだが、細かいことは突っ込まないことにする。別にサスケもラーメンや一楽のことが嫌いではない。長期任務から帰ってきて家で夕食を作るのは面倒だし、久し振りに一楽で食べるのも悪くはない。
「全く、お前は変わらないな」
「そりゃぁ、数ヶ月ぐらいでそんな変わらねぇってばよ」
たかが数ヶ月だ。たったそれだけの期間では里も全く変わらなければ、人だって滅多に変わったりはしない。
それもそうだなと返しながら歩き始めると、隣に並ぶナルトは「でも」と言い出した。
「変わったこともあるんだけど、分かる?」
ついさっき言ったこととは真逆の言葉。否、そんなにと言っていたのだから真逆とも言い切れるものではないけれど。
しかし、変わったというのであればどこが変わったのだろうか。疑問形で尋ねられているけれど、思考を巡らせてもこれといった答えが出ない。大体、少し前に久し振りに会って業務連絡と多少の会話をしただけなのだ。判断材料が少なく答えを導き出すことは困難だ。
すると、サスケが分からないことが伝わったのだろうか。立ち止まったナルトに、更に疑問符を浮かべながらも立ち止まり振り返る。どうしたんだ、と問おうとするとまるで振り向くのを合図にしたように、ナルトは勢いよく飛びついた。
「すっごくサスケに会いたかったんだってばよ」
この数ヶ月は全く会えなかった。火影補佐としての仕事があり、この任務の前までは随分と一緒に居た。最初の頃こそ付きっ切りだったが、就任して大分日も経ちサスケにも任務が回ってくるようになった。その時は寂しかったと冗談交じり笑っていたが、今回は長期任務。常に一緒に居たいと言い出すナルトにとって、これだけの期間離れていると会いたいという気持ちが以前よりもどんどん大きくなっていった。
「任務で暫く会えないことなんて良くあることだろ」
「そうだけど、オレとサスケって一緒のペアになることも多かったしさ。ちょっと前まではずっと一緒に居たから、余計に会いたくなったんだってばよ」
下忍になり第七班で任務をしていた頃は当然の一緒だったが、それ以降も何かと同じチームで任務に当たることが多かった。それは中忍や上忍の頃も変わらず、コンビネーションが良いとか術の相性が良いから等というのが主な理由らしい。
それにしても、里長とあろうものがこれで良いのだろうか。思わず溜め息を漏らす、傍から明らかに不満そうな声が聞こえてくる。
「サスケはオレと離ればなれで寂しくならなかったのか」
「少なくともお前程ではない」
「酷いってばよ」
何がどう酷いというのか。口にはしなかったと言うのにまるで心の中を読んだかのように「オレはこんなにサスケが好きなのに」なんて言い出す。それとこれとどういう関係があるのか。仮にそう尋ねたとすれば、おそらく好きだから一緒に居たいんだなどと言うに違いない。
「それより、一楽に行くんだろ。早くしないと閉まるぞ」
この話は終わりだ、とでも言いたげにくっつくナルトを離して足を進める。時間も時間だから、サスケの言う通りこの調子で行けば店が閉まってもおかしくはない。ナルトもそれを理解して再び歩き始める。
「あ」
たった一文字。まるで何かに気付いたように声を上げると、続いて笑みを零した。その様子に「何だ」とだけ聞くと、笑みを浮かべたままナルトは話を続けた。
「少なくとも、ってことはサスケもオレと会えなくて寂しいって思ってたんだなって」
数分前の会話を思い出して気付いたのか嬉しそうに話してくれる。一方でサスケはまさかそんなことを言われるとは思っておらず、驚くと同時に恥ずかしさで頬が朱に染まっていく。そんなサスケを見ながらナルトはまた笑う。
「オレも愛されてるんだな」
「…………勝手に言ってろ」
一方的に愛しているのではなく、ちゃんと通じ合えているんだと分かる。任務で離れることなんて当たり前であるものの、少なからず会えないことを寂しいと感じてくれた。それだけのことだけれど、ナルトにとってはそれが凄く大きなことなのだ。
顔に熱が集まっていくことに気付いたサスケは、フイと顔を背けると早足になっていく。ここで可愛い、なんて言ったならば何をされるか分からないので口にはせずに歩幅を合わせて歩く。
「なぁなぁ、サスケ」
隣まで追いつくと名前を呼ぶ。視線を合わさないまま「今度は何だ」と返ってきて、その横顔にそっと唇を寄せた。すると、先程よりももっと頬に赤みが増していく。
「テメェ、何考えてやがる……!」
「何ってサスケのことだってばよ」
「そういう意味じゃねぇよ!」
そこまで言うと、これ以上は無駄だと判断したのかサスケは溜め息を吐くと怒るのを止める。任務で疲れているというのに無意味に疲れる必要性は全くない。「さっさと行くぞ」とだけ言えば「おう」といつも通りの声が聞こえてくる。
「そうだ、サスケってば明日休みだし今日泊まって行っても良い?」
話は変わって今夜のこと。どちらも一楽で夕食を済ませれば後は家に帰るだけだ。それならとナルトは切り出した。
「別に構わないが、お前は仕事があるんじゃないのか?」
「それは平気だってばよ。オレも明日休みだから」
率直に思ったことを問えば、サスケと同じくナルトも休みだから心配いらないということらしい。それなら時間を気にする必要もないし何の問題もないだろう。そこまで考えて了承の返事をする。すると、またもや嬉しそうな笑みを見せる。
「明日はずっと一緒に居られるな」
どうしてコイツはいつも何でもかんでも口にすることが出来るのか。そんな疑問が浮かんだものの、あまりにも嬉しそうに笑っているものだからサスケもつられるように小さく笑みを零す。
「そうだな」
たまには素直に答える。おまけに先程のお返しだとそっと頬に口付ければ、今度はナルトの方がきょとんとしながらほんのりと触れ合った場所を赤に染めた。
それに笑みを浮かべ、「さっさとしろウスラトンカチ」と歩き出すサスケに誰がという突っ込みも忘れて慌てて追いかけた。今度こそ一楽に向かうべく、二人並んで歩き出した。
星達が見ている空の下、二人は笑い合いながら夜道を歩く。
久し振りに共に過ごす時間。傍にある体温を感じて幸せを感じて。
fin