――キンコンカンコーン。
 チャイムの音が学校中に響き渡る。その音を聞いた生徒達は、席を立ち部活に向かったり自宅へと帰っていく。
 少し前、たった今まではあちこちから声が聞こえていたこの空間。ほんの数十分経っただけで、此処はとても静かな空間となっていた。








 ついさっき、チャイムが鳴る前までは騒がしかった教室。それが、チャイムが鳴り今日の授業が終わると生徒は次々と出ていきあっという間に静まりかえっていた。


「おい」


 静かな教室に一つの声が響く。夕焼けのオレンジ色の光が教室を照らしている。
 窓側の一番後ろ。机に伏している生徒が一人。その生徒の前にも生徒が一人。話しかけたのは机に伏している生徒の前に立っている生徒の方。


「いつまでそうしてるつもりだ」


 少し苛立っているような声。いや、実際に少し不機嫌なのだろう。その声もそうだが、彼の周りの空気がそう語っている。今はこの教室にこの二人しか残っていないから何もないが、もし他の生徒が残っていたなら何も言わずにこの二人の場所から距離をおくだろう。
 そんな気配に気付いているのかいないのか。または、気付いていながらも気にしないでいるのか。机に伏したままその姿勢を変える様子はない。


「下校時間までそうしてるつもりかよ……」


 溜め息混じりで言われた言葉。目の前の生徒の姿に頭を悩ませる。
 どうしようかと考えても、何通りもの答えを見つけられるわけではない。いくら成績の良い彼――サスケにも無理な話だ。唯一、それが出来るというならIQ二百といわれる同じクラスのシカマルくらいではないだろうか。


「………………」


 答えを見つけるまでの間。二人の間には沈黙が続いた。
 漸く出てきた答えも、いいといえるのかも分からなければ少ない選択肢から導き出したもの。でも、やっと見つけた答え以外に今は何もないのだ。そう考えると、その答えのままに言葉を発した。


「ナルト」


 自分の名前を呼ばれ、机に伏していた生徒――ナルトは若干反応を見せた。
 それも一度だけで、聞く姿勢にしようとは思ってもいないらしいことは見れば分かった。だけど、サスケは気にもせずに言葉を続けた。


「……悪かったな」


 少しの間をおいてから言われた言葉。それを聞いた瞬間、ナルトは驚いて顔を上げた。


「何で、サスケが謝るんだってばよ……?」


 浮かんだ疑問を、驚いた理由もそのままに尋ねる。そんなナルトの質問にサスケもそのまま答える。


「お前だけに非があるわけじゃねぇから。それにこのまま何も言わなければ、お前はずっとそうしてただろ?」


 言えば、不思議そうな罰の悪そうな複雑な表情を浮かべた。そして、ゆっくりと口を開く。


「ごめん」


 一言。まずはそれだけを伝える。一番最初に言わなければいけないその言葉を。言わなければいかなかったその言葉を。
 続けて、他の言葉達も並べられていく。


「オレってば、謝らなくちゃって思ってたのに出来なかった。サスケと話しづらくて、逃げたんだってばよ」


 話さなくてはいけないと思った。謝らなければいけないと思った。
 けど、それは簡単に出来ることではなかった。分かっていても、どうしようかと考えてしまう。普通に謝ればいいと分かっていても、出来なかったのだ。
 だから、何も言わなかった。それではいけないと分かっていながらも、出来なくて逃げていた。人間、分かっていても行動に起こせないことだってある。全くといっていいほど、その言葉の通りだった。
 でも、サスケは逃げたりしなかった。だからもう逃げない。


「ごめん。オレが悪かったってばよ」


 謝る。ごめん、悪かった。
 その言葉が持つ力はどれくらいなのだろうか。量ることは出来ないけれど、今の二人のこの言葉の持つものは同じ。そして言葉の大きさも、言葉の持つ意味も全て同じ。
 同じ言葉が同じ大きさで同じ意味を持って同じように気持ちが込められている。それを聞いて感じることも、思うことだって大差はないだろう。


「お互い様だって言っただろ。そんなに謝る必要はねぇよ」

「でも」

「ナルト」


 ナルトが反論しようとした時。サスケはその言葉を遮った。
 止められて行き場を失った言葉はなんとか抑えておく。代わりに、遮ったその言葉を聞く態勢になる。
 一度、目を瞑る。ゆっくりと開いたその瞳に映っていたのは、優しい光だった。


「お前は、自分の決めたままに行動を起こした。それに問題があったから、呼び出しをくらったわけだけどな。オレだって同じだ。だから、一方的に謝られても迷惑なだけなんだよ」


 口調が変わったわけではない。でも、その瞳には優しさの色が見えた。いつもと変わらないけれど、いつもと違う。そんな風に見えた。たまにだけど、いつも何かと言ってくるサスケが優しい。そう思う時がある。今もまたその時で、もしかしたら本当はこの優しさを上手く表に出していないだけではないかと思ったのはいつ。頃だっただろうか。あまり遠くない日だったと思う。
 言い方は同じ筈なのにそこから見える優しさ。それに触れた時のこの気持ちは、何なのかはまだ分からない。


「分かったってばよ」


 ただ。この時間がとてつもなく大切であるように感じた。この二人で一緒に居られる時間が、何よりも大切であるように思う。
 ありがとう。と、言葉で伝えようかと思ってもそれを言わなかったのは自分達の関係から。今、ここでそう言うよりも他の言葉があると、その言葉を選ぶべきだと分かっている。だから、あえて言わないのだ。


「早く支度しろ、ウスラトンカチ」

「もう終わるってばよ!」


 先に教室を出ようとするサスケを追うナルト。いつものように隣り合わせに並んで歩く。会話の合間に見える笑顔はいつもと変わらずに。変わらない二人の姿がそこにあった。
 静かな校内。そこはあっという間に明るさを取り戻したかのような場所となっていた。オレンジ色の夕日に照らされて二人は歩く。

 家へと向かう帰り道。並んで帰るいつもの光景。
 二人の歩む道。その先に辿り着く場所とは。

 それを見つけるのは、まだもう少し先の話。









fin




「ヒミツバス」ののりこ。様へ差し上げたものです。朝に他校の生徒と揉めたナルトを止めたサスケ。問題になるからといいつつ、こういうのはちゃんとやらないとダメだと話すナルト。結局他校の生徒と揉め、サスケとも言い争いになって最終的に教師に呼び出しになった。そんな二人が放課後仲直りするお話でした。