木ノ葉高校。部活動も盛んなこの辺りでは有名な高校の一つに数えられている。そんな木ノ葉高校の生徒会室では、今日も生徒会のメンバーが集まっていた。
二人だけの空間
六時間目の授業が終わり、学校中にチャイムが鳴り響く。各クラスホームルームが行われ、次々に生徒達は部活や帰宅をするべく教室を後にする。
誰も居ない生徒会室は、静けさに包まれていた。そんな生徒会室にも、少しずつ人がやってくる。
「他はまだ来てないのか?」
ガラッ、という音と共に尋ねられた言葉。姿を見ずとも聞きなれている声に、途中になっている書類にペンを走らせながら返事をする。
「お前が一番だな、サスケ」
一度顔を上げて微笑みを浮かべると、作業の続きに戻る。サスケは生徒会室に入ると、兄の机まで歩いて行く。この学校の生徒であれば誰でも一度は見たことのあるだろう物がそこに広げられている。
「それ、今度の総会の書類か?」
「あぁ」
兄、イタチは次の生徒総会の資料を作っているようだ。そこに書かれていることに一通り目を通すと、近くにあった椅子に腰掛ける。
イタチは、現在この高校で生徒会長を勤めている。成績優秀でスポーツ万能、まさに才色兼備。会長挨拶となれば黄色い声が飛び交うなんてことはいつものことだ。
「兄貴、他にやることあればやっておくけど」
一人で黙々と進めていく様子を見ながらサスケは声を掛ける。こういうことは一人でやるよりも、手分けをしてやった方が効率が良い。同じ生徒会役員なのだから資料の作り方くらい分かっている。
サスケの申し出に、イタチはそうだなと言いながら近くの書類に手を伸ばす。その言い分は尤もであり、どちらにしても後で生徒会のメンバーで作らなければならないのだから二人でやるべきだろう。そう考えながらパラパラと中身を確認し、その中の幾つかをサスケに手渡す。
「全部照らし合わせておけば良いんだよな」
「そうだな、頼んだぞ」
説明するよりも前に、受け取った書類に目を通しやるべきことを把握するサスケ。それに小さく笑うと、つられるようにサスケも笑みを浮かべた。
二人で作業をしている間、生徒会室には静寂が訪れる。この兄弟、二人で黙々と作業する姿は絵になっている。本人達は気付いていないが、学校内では知らない人は居ないだろうという程有名な兄弟である。その人気がどれ程なのかは計り知れない。
「サスケ」
ふと、文字を書く音の合間に声が響く。「何だよ」と短く答えたのを確認すると、イタチは話を続ける。
「他の奴等は部活等で遅れるらしい」
「そうなのか」
「暫くは二人きりだな」
あまりな唐突な言葉に、思わず「急に何言い出すんだよ」と顔を上げた。
別に二人きりになることは少なくない。兄弟である二人は、同じ屋根の下で暮らしているのだ。それこそ、しょっちゅう二人だけになることがある。わざわざ今言うことではないだろうとサスケは思うのだ。けれど、イタチはそんなサスケの心中など気にせずに続ける。
「学校では珍しいだろ?」
「それはそうだけど、別に言う程のことじゃないだろ」
思ったままに述べると、何やら含みのある笑顔を浮かべられた。流石に兄弟として何年も付き合っているのだ。それがどういう意味のものかは分からなくない。
「今なら何をしても誰にも気付かれることはないだろ?」
そう、此処は生徒会室。生徒会以外には基本的に入ることが出来ない部屋。この状況で何かをしたとして、それが誰かに知れ渡ることはほぼ確実にないだろう。おまけに、他の役員たちは遅れてくると言うのだから当分心配はいらない。
「……一体何をする気だよ」
「別に学校で変なことはしないから安心しろ」
その変なことには何が含まれているのか。ついでにいえば、イタチの言うそれがどの程度なのかはサスケには分からない。
一般常識を持っていて頭も良いはずなのに、どこか一般的なことから外れていることが度々あるのだ。普段はその一般常識も通用するのだが、こういう時には大抵通用しないものだということをサスケは理解している。それをここで容認してしまっては何をされるのか分かったものではない。
「兄貴のそれは当てにならない」
「そんなことはない」
言いながら、互いの距離が徐々に縮まっていく。いつの間にか、作業は完全に中断されている。
二人の間がゼロに近付いていたその時。はっと流されていると気付いて、サスケは慌てて元の間隔を開けると声を上げる。
「今は、これを作るのが先だろ!」
強引に話を戻すと、止まったままになっていた手を漸く動かし始める。サスケの方はこんなに必死だというのに、イタチはいつも通りの涼しい表情をしている。そして何事もなかったかのように再び作業に戻っていく。
どうして自分ばかりこう振り回されるのだろうか。そうは思うものの、今までイタチに勝てたことなど殆どといっても良いくらいにない。今更どうこうなるようなことではないだろう。
「サスケ、それが終わったらこっちもやっておいてくれるか?」
言いながら別の書類を手渡す様子はいつも通りである。色々と考えてしまうのは結局自分ばかりなんだな、と思いながらも「分かった」と言ってサスケは書類を受け取った。
兄弟仲は悪くない。むしろ良い方だ。それこそ昔はサスケも兄のことを好きだと言っていたし、イタチも弟のことを可愛がって同じく好きだと口にしていた。段々年齢を重ねていくうちに色んなことを知り、あまりそういうことを言わなくなった。けれど、それは主にサスケの方からでありイタチは今も昔も変わらないといっても強ち間違いではない。
要するにスキンシップが激しいのだ。ついでに周りをあまり気にしない。それが今一番のサスケの悩みの種になっていることを本人は知らないだろう。
「なぁ、兄貴。もう少し公私を弁えろよ」
「弁えていると思うが」
どこがだ、というのはサスケの心の声だ。確かにその一点を除いては全く問題はないのだ。何でも出来る優秀な生徒なのだから。どうしてこのことだけは、どこか常識と外れてしまっているのだろうか。イタチの一般的なことから外れる行動というのは、サスケ絡みであることが多いのだ。
「なら一応聞くが、さっきは何をするつもりだったんだ?」
先程は答えて貰えなかった質問をもう一度繰り返す。するとイタチは一瞬きょとんとした顔をしたかと思えば、再び含みのある笑みを浮かべて答えるよりも早く体を動かした。
「ただこれだけのことだ」
そう言って、生徒総会の資料の作成を続けるイタチ。あまりに唐突な行動に、今度はされるがままサスケはイタチと口付けを交わした。
これだけといっているが第三者がこの光景を見たならこれだけでは済まないだろう。兄弟仲が良いことはいいことだが、スキンシップが激しいというのは考えものだ。漸く我に返ったサスケが、兄を振り返るとすぐに口を開いた。
「これだけじゃねぇだろ! 外でこういうことはするなって、何度言ったと思ってるんだよ」
「今日は他の奴等は遅れてくると言っただろう。心配はいらない」
「そういう問題じゃないんだが」
やはり一般常識から外れている、とはサスケの心の中で思う。誰も居なければ良いという話ではなく、ここは自分達の通っている学校のしかも生徒会室なのだ。どうして兄貴はと考えるが、今更かもしれないと思ってしまう自分も居る。
「嫌だったか?」
そんなサスケを見ながら、イタチは単刀直入にそう尋ねる。サスケは少し俯き、それからふいと横を向いて。
「別に、嫌じゃないけど…………」
その答えを聞いて「そうか」と優しく笑うと、そっと頭を撫でる。子ども扱いするな、と手を退けながらもサスケも小さく笑みを浮かべていた。頬はほんのりと朱に染まっていた。
今度こそ本当に作業を再開し、後からやってきた生徒会役員達と一緒に次の総会の資料を作り終える。日も暮れた空を見ながら、お疲れと声を掛けあいそれぞれの家路につく。イタチとサスケも、二人揃って両親の待つ家へと向かう。
家のすぐ傍、人通りの少ない場所で伸ばされた手をぎゅっと握り返す。
小さな頃の“好き”はもっと大きな“好き”となって二人の関係を繋いでいる。スキンシップが激しい兄に付き合うのも、たまには有りかもしれない。そんなことを考えながら歩いて行く。
笑顔から伝わる温かさ。
昔も今もこれからも、この温かさは兄弟二人だけのもの。
fin