任務で里を離れていることの多い彼がたまたま里に戻って来た日、それは木ノ葉隠れの里で夏祭りが開催される日だった。毎年行われるこの夏祭りはいつも大勢の人達で盛り上がっているが第四次忍界大戦を終えてからは更にその賑わいが増した。昔も里の外から人がやってくることもないわけではなかったが、今はあちこちから沢山の人がお祭りに合わせて里を訪ねるようになった。これも平和になった証拠だろう。
 そんな日に帰って来た彼に「よかったら一緒に行かない?」と誘ってみたのは数時間前のこと。任務での疲れもあるだろうし、そもそも彼は人混みが苦手なのを知っていた。けれどせっかくのお祭りだからと駄目元で誘ったそれに彼は意外にも二つ返事で了承してくれた。


「そろそろ花火の時間になるね」


 毎年お祭りの最後には何百発という花火が打ち上げられることになっている。その時間がもうすぐそこまで迫っていた。会場に居た人達が減ったように感じるのは花火の観覧スペースへ移った人達が多いからだろう。この会場からも花火は見えるけれど、じっくり花火を楽しみたいとなればそちらに移動する方が良い。屋台で買ったものの持ち込みは可能だから飲み物や食べ物を買ってから移動している人も多いのではないだろうか。


「私達もそろそろ移動しようか?」


 一通りお祭りの会場は見て回った。出店も十分に楽しんだので後は最後のイベントである花火を満喫したいところだ。既に観覧スペースには大勢の人が集まっていそうだが、こうしている間にもどんどん混んで行くことを考えれば早めに移動した方がまだマシだろう。良い席は残っていないだろうが今ならそれなりの場所は確保出来ると思われる。


「それは構わないが混んでると思うぞ」

「そうなのよね……でも仕方ないわよ。みんな考えることは一緒なのよね」


 花火だけが目的であれば最初からそっちで席を取っておけば良いだけの話だけれど、こうして出店が出ているとなればそちらも楽しみたい。そう思って会場を回っていると花火の良い席は取れない。どうやっても両方を取ることは出来ないのだ。
 だから仕方がないと納得するサクラにサスケは何やら考え込む。それに気が付いて「サスケ君?」と名前を呼べば、その声に反応した漆黒の瞳が桃色の髪を瞳に映した。


「どうせ見るのなら静かな場所の方が良いだろう」

「えっ?」

「良いから着いてこい」


 それだけを言ってさっさと歩き始めてしまうサスケをサクラも慌てて追い掛ける。人混みを掻き分け、他の人達が向かうのとは逆方向へとサスケは進んで行く。それは徐々に賑やかなお祭り会場から離れて行くことでもあった。
 だがサクラは先を歩くサスケの後をただ追い掛けた。そうして歩きながら「あれ?」と思ったのはある程度お祭りの会場から離れたところを歩いている時だ。前にもこの道を通った覚えがあると、そう感じた。それはここが木ノ葉の里の中だからではなく、あれは確か……。


「着いたぞ」


 言われて現実に引き戻されたサクラが目にした景色はやはり初めて見るものではなかった。だが何度も見たことのある景色ではない。この風景を見るのはこれで二度目。一度目はそう、あの時もサスケと一緒に夏祭りへとやって来た時だ。


「ここって…………」

「ああ。前にもお前を連れてきたことがあったな」


 その時も花火を見る為の場所を探してここにやってきたのだ。お祭り会場からそう離れていない観覧スペースは混んでいるだろうからとサスケが案内してくれたのがこの場所である。あの時、サスケはここがうちは一族の土地だと言っていた。あれから色々あったけれどそれは今でも変わっていないらしく、それを思い出したサスケが今回もまたサクラをこの場所へと案内したのだ。


「ここなら落ち着いて見れるだろ」


 そう話している間にも一発目の花火が打ち上がる。木々の間に浮かび上がる大輪の花は綺麗に咲いては散っていく。うちはの土地であることから他に人がやってくることもない、完全に二人だけの特等席だ。


「……ありがとう、サスケ君」

「別に礼を言われるほどのことではないだろ」

「ううん、また私をここに連れてきてくれてありがとう」


 前にこの場所に来た時から本当に、本当に色々なことがあった。けれど二人は今、こうしてまたこの場所に立っている。
 サスケが里を抜け、ペインとの戦いによって里は崩壊し、第四次忍界大戦が起こり……他にも今日までに様々な出来事が起こった。かつては同じ仲間として戦っていたはずがその手に握る剣を向けられ、こちらも同じく刃を向けようとしたこともあった。だけど再び一緒に戦うことになり、サスケはまた木ノ葉の忍としてここにいる。


「…………お前にも、色々と迷惑を掛けたな」

「あ、違うの。そういうことじゃなくて、私はただサスケ君がまたこの場所に連れて来てくれたことが本当に嬉しくて」


 ここがうちはの土地であるということはうちは一族の、つまりはサスケが認めてくれなければ来ることの叶わない場所だ。色々とあったけれど、その後に里に戻って来た彼がこうして自分をまたここへと案内してくれた。またここに来ても良いと許してもらえたということがただ嬉しかったのだ。


「だからありがとう、サスケ君」


 もう一度お礼を述べるサクラにサスケはフンと顔を背けた。これは単なる照れ隠しというものだろう。サスケが素直ではないことは昔から知っている。同時に素直でない彼がさり気なくこちらを気遣ってくれる優しさを持っていることも知っている。なんだかんだで二人は結構長い付き合いをしているのだ。それくらいのことはとっくに分かっているし、だから自然と笑みが零れた。


「あ、サスケ君見て!」


 視界の端で幾つもの線が空へ向かうのに気が付いて隣の彼を呼ぶ。サスケがそちらに視線を向けた時、連続して打ち上げられた花火は丁度綺麗な花を咲かせたところだった。


「ねぇ、サスケ君」


 次々と打ち上げられる花火を眺めながらサクラが呼ぶ。
 昔、彼はこうして花火を眺めながら来年も一緒に見ないかと言ってくれた。結局その約束は叶わなかったもののそう聞かれた時、サクラは嬉しくて堪らなかった。任務で忙しい彼が来年もこの時期に丁度里に居るのかは分からないからいつとは言えないけれど、それでも改めてあの約束が出来たら良い。そんな風に思ってサクラはサスケに尋ねる。


「また一緒にお祭りに来てくれる?」


 来年でなくても良い。三年後でも五年後でも、こんな風に一緒にお祭りに行けるような機会があったら。その時は二人でお祭りに行きたい。他の誰でもなく、サスケと一緒に行きたいのだ。
 だって、あの頃も今もサクラが好きで想い続けているのはただ一人。好きな人と一緒にお祭りに行きたい、いや、好きな人と共に時間を過ごしたいと思うのは誰でも同じはず。だからもし、サスケさえ良ければもう一度あの約束を。


「…………そうだな。お前とならこういうのも良いかもしれない」

「えっ?」


 思わず聞き返せばサスケは口角を持ち上げた。それから「またいつか、な」と優しく微笑んだ。
 これはつまりどういうことなのか。頭の中がぐるぐると回るけれど、お祭りにはまた一緒に来てくれるということで良いらしい。けれど、さっきの彼の台詞は。


(私となら、って……)


 そんな風に言われたら勘違いしてしまいそうになる。けれど、考えてみればサスケはそもそも人混みが嫌いだったはずだ。だからお祭りに誘ってもOKはしてもらえないだろうなと思いながらあの時も今日も誘った。しかし意外なことにOKを貰えて、一緒に見て回って……。
 まさかとは思うけれど、ちらりと隣を見ればこちらの視線に気付いたのか漆黒がこちらを見る。それに慌てて目を逸らしたサクラの顔はほんのりと朱に染まっていた。普段なら夜のせいで分からなかったであろうそれに気が付いたのは大輪の花が空に咲いていたから。


「もう終わりだな。家まで送って行く」

「え、でもサスケ君の家って――――」

「家に何もないからな。買い物に行くついでだ」


 だから気にするなと言って歩き始めるサスケにサクラは思わず笑みが零れた。やっぱり優しいなと思いながら待ってと小走りでサスケの隣まで並ぶ。どちらともなく歩調を合わせながら並んで歩く。
 ――またいつか、二人でこの場所に。
 そう思いながらこの地を後にする。他愛のない話をしながら歩く帰り道、大切な人との特別な時間はあともう少し。







(今度こそまた一緒に花火を見に来よう)