起立、礼。その号令で今日も一日が終わった。同時に部活動へと向かう者もいればのんびりと今日はどこに寄って帰ろうかと教室を出て行く者、そのまま暫く教室へ残っている者と放課後の過ごし方は人それぞれだ。
 だが次第に教室から人は減り、クラスメイト達がみんな出て行った後。この教室に残っているのは二人だけとなった。その二人の間に会話はなかったが、本を開いてサスケが教室に残っている理由は今も日誌と向き合っているナルトのせいである。


「何でこんなの書かなくちゃいけないんだってばよ……」


 とうとう集中力が切れたらしいナルトが零す。いや、始めから時々手を止めてはペン回しをしていたような状態を集中していたとは言えないだろう。それでも一応日誌を書いていたナルトだが、ついに持っていたシャーペンを机に置いた。その音にサスケは視線を僅かにそちらへ向けた。


「文句を言ってないでさっさと書け」

「さっきからやってるってばよ。つーか、そう言うならサスケがやりゃあ良いじゃん」


 日誌を書くのは日直の仕事。今こうして日誌を書いているナルトは当然今日の日直である。
 しかし日直は二人一組で行うものであり、そのナルトに付き合って教室に残っているサスケこそがその相手なのだ。早くしろと言うのならサスケがやってくれればすぐに終わるのにと言い出したナルトにサスケは眉を顰める。


「それはお前の仕事だろ」

「どっちがやっても同じだろ」

「なら尚更お前がやれば良いだろうが」


 サスケだって早く帰りたい。こうしている間にも手を貸してやれば早く帰れるのは間違いないだろう。けれど日直の仕事は分担して行うことになっていたのだ。それはこの二人に限らず、大抵はみんな朝の時点でその分担を決めて日直の仕事に取り組む。当然二人も今朝の時点で仕事を分担し、本当なら放課後には終わっているはずだったのだ。ナルトがうっかり日誌を書き忘れてさえいなければ。
 勿論サスケの方は自分の分を終わらせている。どちらがやっても同じだというのなら自分でやれと言うサスケは何も間違っていない。何のために分担をしたんだという話である。


「でもさ、それでサスケも早く帰れるなら一石二鳥じゃね?」

「……別にオレはお前を置いて帰っても良いんだが」


 日直は二人で行うものとはいえ、日誌を書いて担任に届けるくらい一人でも十分だ。きちんと最後まで二人でやらなければいけないという決まりなどない。どれだけ時間が掛かろうとナルトがこの日誌を書き終えて担任に渡せばそれで終わりなのだからサスケがここに残る必要は正直ないのだ。
 それなら何故サスケが残っているのかといえば、目の前の友人が「日直は俺達の仕事だってばよ!」と言ってサスケを引き留めたからである。そして今も「サスケだって日直だろ!?」と放課後になった時と同じような台詞がナルトの口から飛び出る。


「オレは自分の仕事は終わらせた」

「こういうのはレンタイセキニンってヤツだってばよ!」


 連帯責任くらい普通に言えないのかとサスケは溜め息を吐く。これが放課後二度目の溜め息となる。一度目は言うまでもなく放課後に入ってすぐ、日直は二人の仕事だからと引き留められた時に零れた。二人の仕事なのだから一人だけ帰るのはいただけないという主張を聞いてやる必要もないといえばなかったが、幼馴染からの頼みを結局聞き入れたのはこれが初めてのことでもなかったからだ。ちなみに何度目になるのかは覚えていない。


「それなら黙って書け、このウスラトンカチ」


 誰がウスラトンカチだってばよといつものように言い返しながらもナルトは再びシャーペンを手に取る。それを見てサスケの視線も手元の本へ戻された。

 漸く教室は静けさを取り戻す。聞こえてくるのは運動部の掛け声と吹奏楽部の音色。全開の窓からは程よい風が流れ込んでくるけれど、それでもやはり暑いのは季節柄仕方のないことだ。
 どうして日誌に感想を書く欄があるのだろうと思いながらナルトはペンを走らせる。それより上にある日付や時間割の欄には几帳面で整った字が並んでいる。字は人を表すとも言うらしいがこの幼馴染の場合は見たままだなと思いながら行の終わりまで来たために次の行へ移動する。


(まあ字が綺麗だからって性格も良いわけじゃねぇけど)


 今日も暑い、というより毎日暑いからクーラー付けて欲しいって書いたら付けてくれないかなと思い付いたことをそのまま日誌に書く。感想を書く欄なのだから何を書いても文句は言われないだろう。書いたところで教室にクーラーが設置されることもないのだろうが、こんなに暑いのだからクーラーくらい付けてくれても良いのにとは生徒達の心の声である。


(でもこうして付き合ってくれてるし、性格が悪いってほどでもねぇか)


 宿題やテスト勉強も自分でやれと一度は言われるけれど頼み込めばなんだかんだで付き合ってくれる。それも昔からの腐れ縁だからではあるが、優しいところもあることは付き合いの長いナルト自身が一番分かっている。
 勉強も運動も出来て女子にもモテる。勉強はどうやっても勝てそうにないが運動ならナルトも良い勝負だ。顔ならオレも結構イケてると思うのに女の子達は見る目がない、と昔から思ってはいるが見た目が悪くないのも事実だ。今だって本を読んでいるだけなのに――。


(…………あれ?)


 見慣れた黒髪。本を読んでいる姿だって珍しくも何ともない。それこそよく見る光景で、それだけでも様になっているのはズルいと思ったこともある。ちょっとくらいなら女の子がキャーキャー言うのも分かると思ったこともあるのけれど。


「ナルト?」


 視線を感じた漆黒がナルトを捉える。昔から毎日のように見ているその瞳はいつもと何ら変わりはない。でも何故か、不意に思ったのだ。


「オレ、お前のこと好きかも?」

「は?」


 突然何を言い出すんだ。そんな視線がナルトに刺さる。暑さのせいでおかしくなったんじゃないかと思われるのは心外だが、この教室が暑いのは確かだからやっぱりクーラーは付けてもらいたいものだ。冬にはストーブがあるというのにどうしてクーラーはないのか不思議である。


「いや、何となく? やっぱカッコいいはカッコいいんだよなって思って」

「理由になってねぇぞ、ドベ」


 つーか日誌を書いてたんじゃねぇのかよと言うから日誌なら書いていると先程よりも幾らか進んだそれを見せる。全く違う二つの字。大きめの字で書かれているそれは一応線を意識しているようだが若干飛び出していても気にしていないあたりはナルトらしい。


「あ、サスケって好きな子とかいんの?」

「お前は人の話を聞け。どうして急にそんな話になるんだよ」

「だから何となくそう思ったんだってばよ」


 特に理由はない、というのもナルトらしいのだがサスケの口からは本日三回目となる溜め息が零れた。
 おそらく本当に本人が言った通りの意味なんだろうということも短くない付き合いの上で理解している。何故そういう思考に辿り着いたのかはさっぱり分からないけれど、それこそ考えても仕方のないことなのだろう。幼馴染の唐突な発言に振り回されるのも今に始まったことではない。


「なら付き合ってみるか」


 幼馴染の発言を受けてこんな言葉が出たのは単なる気紛れでしかない。どうしても理由を上げるとすれば暑さのせいだろう。暑さのせいで少し思考回路がおかしくなっているのだ。お互いに。


「マジで? サクラちゃん達が知ったら驚くってばよ」

「そもそも信じないだろ」

「だよな」


 ストーブがあるならクーラーがあっても良いと思います。その方がきっと快適に勉強出来る、と書かれたそれを読む担任は『それが本当なら導入しても良いかもね』といったコメントを書くのだろう。そして結局クーラーは導入されないのだろうが感想はこれくらい書いておけば良いだろう。何も書かないのは駄目だとやり直しをさせられるものの何かしら書いてあれば良いとされる欄なのだ。
 笑いながらぱたんと日誌を閉じたナルトは「やっと終わったってばよー」と大きく伸びをする。それを横目に見ながらサスケも本を鞄にしまうとさっさと席を立つ。そのまま戸締りをしてしまうサスケを見たナルトも筆箱を鞄に入れて日誌を手に取る。


「なあ、帰りにコンビニ寄って行かねぇ?」

「お前の奢りならな」


 ここまで付き合ったのだから、という意味が含まれていそうなそれに「じゃあソーダアイスでも買うか」とナルトは定番のアイスを思い浮かべる。そもそもコンビニに寄ろうと言ったのは暑くてアイスでも食べたいと思ったからだ。値段もお手頃で待たせたお礼にもなり、何より二人で分けることが出来るのだから丁度良い。


「あ、そういや夏休みのことなんだけどさ」


 少し前のやり取りは何だったのか。すっかりいつもの日常に戻りながら話を進めるナルトに「オレは行かないからな」とサスケが言えば「まだ何も言ってねーってばよ!」とお決まりの返事が来る。
 ――でも、先程のやり取りに嘘があったかというとそういうわけではない。しかし好きとかいう以前に自分達は幼馴染で、好きだからこそ夏休みの予定もとても重要な話なのだ。幼馴染として、友達として。今はそれだけで十分だと、思ったのはどちらだろうか。








気付いたそれの本当の意味を知るのはまだ少し先の話