「サスケ君、お願いがあるの!」


 そう言った私を見て彼は足を止めた。こっちを見た彼は急に何だとでも言いたげな表情をしていた。それでもちゃんと何だと返してくれて、私は言葉を続けた。



いつからか




 今日は任務がない。簡単に言ってしまえば休暇みたいなものだ。でも、その事を前日に話さなかったカカシ先生のせいで三時間ほど集合場所で待たされる羽目になった。
 当然、私やナルトは文句を言った。遅刻をされたことに対しても文句が言いたいっていうのに、今回はそれに加えて「今日は休み」だなんて文句を言いたくなるのも当然でしょ? サスケ君だって口には出さなくてもきっとそう思っているに違いない。全く、どこに三時間も遅刻をして今日は休みだと伝える上司が居るのだろうか。実際、此処に居るから困るんだけれど……。

 でも、今日が休みになったのは正直嬉しい。カカシ先生はその事を言うなりすぐに行ってしまい、ナルトもまた修行するとか言って早々に帰って行った。
 そんな二人に続いてサスケ君も帰ろうとしたんだけど、それを私は引き留めた。ちょっと頼みたい事があったから。くだらないとか思われるのは承知での頼み事。


「あのね、今日。あんみつがタダで食べられるの」


 木ノ葉隠れでも結構大きな甘味処。そこは女の子に人気が高く、私もいの達と何度か行った事があるお店。どの和菓子も本当に美味しくて見た目も可愛い。それでいて値段もそれ程高くなくてお手頃。だからこそ人気があるのだろう。
 そのお店で今日はあんみつがタダで食べられるサービスを行っている。この間行った時に丁度そのチラシを見つけた。甘い物が好きで、その中でもあんみつが特に好きな私にとってはこんなに嬉しいことはない。


「だったら食べれば良いだろ」


 そう言ったサスケ君の言葉は正論だ。食べたければ勝手に食べればいい。確かにその通りなんだけど、出来る事ならサスケ君と一緒に食べたいなんて思ったりして……。
 というのは冗談。いや、本心でもあるんだけどサスケ君が甘い物を苦手なのは私も知っている。だからバレンタインのチョコも貰わないんじゃないかと思う。それ以上に女の子達に追い回されることをウザイと感じているのかもしれないけど。
 でも、こうして一緒に七班で任務をこなし始めてからのバレンタインに甘さ控えめで作ったチョコをサスケ君は受け取ってくれた。だから、多分一番の理由は甘い物って事なんじゃないかと思う。


「そうなんだけど…………」

「ならオレは行くからな」

「え、あっ、待って!!」


 行こうとするサスケ君を更に引き留める。もう良いだろと思われていそうだけど、それでもちゃんと待ってくれるのはサスケ君の優しさだ。
 サスケ君の言っている事は何一つ間違っていない。間違ってないんだけれどそれでは駄目なのだ。私だって、そうじゃなければこんなに引き留めたりはしない。今回ばかりはいの達と一緒にというわけにもいかないのだ。いのは任務があるからとかそういう理由ではなく、もっと別の理由があって。


「確かに食べたければ勝手に食べればいいんだけど、その……タダになるのって、カップルだけで…………」


 自然と段々声が小さくなってしまう。だから駄目元でも頼んでみようと思ったのだが、実際に言うとなると少し恥ずかしくなってしまった。
 だって、恋人同士でもないのにそんな事を言うなんて。私達は同じ班を組んでるだけの仲間で、私が一方的にサスケ君を想っているような状況だ。サスケ君が私の事をどう思っているかは分からないけれど、多分ただ同じ班を組んでる仲間ってだけだろう。それにこんな事に付き合ってくれるか可能性はゼロに近いんじゃないかとも思う。それでも、彼に頼むのは彼が好きだから。


「……で、オレにどうして欲しいんだよ」


 その言葉に、私は思わず「え?」と聞き返してしまった。まさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなかったから。てっきり「くだらねぇ」とか「オレには関係ない」とか言われるんだと思っていた。
 以前は「ウザイ」なんて言われたこともあったから。とはいえ、その頃は私もナルトの事を「ウザイ」と言っていた。けど、こうして三人一組を組んでいて少しずつ変わっていった。仲が悪かったナルトとサスケ君も前ほど仲が悪いわけではない。私もナルトとは色々話したりしてて楽しく過ごしたり、サスケ君とだって前より話せるようになったと思う。
 そんな風に少しずつ変わっているから、サスケ君はこんな言葉を言ってくれたんだろうか。そうじゃなかったとしても、前とは変わっててサスケ君に少し近づけたみたいで何だか嬉しい。


「頼みたい事があるんだろ?」

「だから……もし良かったらなんだけど、一緒に行ってくれない……?」


 叶って欲しい願い。だけど、叶わない事を承知している願い。叶わないって分かっていても頼んでしまうのは、私がサスケ君を好きだから。僅かな可能性にかけて。
 ほら、もし叶わなくても次にまたチャレンジすればいいわけじゃない? そう考えていかなければ片想いなんてやっていられない。きっと恋する女の子はみんな同じだと思う。叶わないと分かっていても好きだから、本当に少ない可能性でもかけてみたくなる。


「……一緒に行くだけだからな」


 言われたことを頭の中でゆっくり復唱する。私の都合のいい聞き間違えではないかと。でも、サスケ君は確かに一緒に行くと言ってくれた。これは紛れもない現実だ。


「え、本当に良いの……?」

「嫌なら良い」

「そんなわけないじゃない!!」


 思わず声が大きくなる。それから慌ててよろしくと改めてお願いした。
 嫌なわけがない。だって、私はサスケ君が好きだから。聞き返したのはただ信じられなかったから確認の意味も込めて。あのサスケ君がそんな風に言ってくれるなんて思わなかったから。勿論、そう言ってくれたら嬉しいなとは思っていたけれど。
 だからつい聞き返してしまった。私がサスケ君と一緒に行く事を嫌なんて言うわけがない。多分サスケ君も分かっていて言ったのだろう。そんな風に聞こえたし、そもそも最初に頼んだのは私だったから。


「それならさっさと行くぞ」


 そう言って歩き始めたサスケ君の後を私は追い掛ける。それから私達は二人でそのお店に向かった。店の場所を知っているのは私だから、案内も私がする事になった。何だか新鮮な感じがする。いつもは私が教えられることばかりだから。
 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、案外早く店まで着いてしまった。そんなに離れている場所でもなかったけど、こうも早く着いてしまうなんて。もうちょっとくらい時間がかかっても良いんじゃないか、なんて思ってしまった。
 それから店員に席に案内されてると、私は今日ここに来た目的であるあんみつを頼んだ。



□ □ □



「やっぱりあんみつは美味しいな……」


 頼んでからまだ数分しか経ってないけれど、注文したあんみつは既に私の手元にあった。一口、また一口と食べながら思わずそんな感想を零す。
 だけど、嘘みたい。私がサスケ君と二人でこんな所に来ているなんて。駄目だと思っても頼んでみるものだな、なんて。本当に夢みたいだけどこれは夢じゃない。忍者学校生だった頃からずっと好きだった彼。そんな彼と一緒に来れるなんてとても幸せだ。それだけでも最初の頃から比べれば随分と進歩した。


「お前はよくここに来てるのか?」

「うん。いの達と一緒に時々ね」


 そういえば、今更だけど一人だけ食べているのも悪い気がする。とはいえ、サスケ君は甘い物が苦手なんだけど……。私だけ一人で食べてサスケ君は何もしないでいる。
 そりゃあ私はサスケ君と一緒に居れる上に、あんみつはタダで食べられてこれ以上ないくらい幸せだ。だけど、一人だけ幸せになっていても意味がない。かといって甘い物が苦手な彼が食べられるようなものはこのお店にはないからどうしようもないのだけれど。

 でも、どうしてサスケ君は私の頼みを聞いてくれたんだろう? こんな事をするより修行をしていた方が良いとか言いそうだけど。何で私と一緒に来てくれたのかな……。


「そういえば、サスケ君はなんで私と一緒に来てくれたの?」


 さっき浮かんだ疑問をそのまま聞いてみる。一緒に来てくれた事は嬉しいけど、やっぱりそこは気になる。いつもならくだらないで片付けられそうなのに、ただ付いてきてくれるだけで良いからという言葉に頷いてくれた。それだけで十分嬉しいからわざわざ聞かなくても良いんだけれど、その理由も知りたいというのが乙女の心理。


「それは…………」


 そこまで言って言葉が途切れた。やっぱり何か理由があるんだろうか。でも、サスケ君が一緒に来てくれる理由は何だろうか。考えてみてもなかなか思い当たらない。
 これが恋人同士なら特に理由なんていらないのだろう。けれど、この想いは私の一方通行。両思いだったら色々と気にせずに自然とこういうことが出来るんだろう――なんて夢を見ても仕方ないけど。一体どんな理由があるんだろう。


「…………が……から」

「え?」


 とても小さな声で殆ど聞き取る事が出来なかった。僅かに聞き取れたそれを並べても言葉にならない。何せ私が聞き取れたのは三文字だけ。これだけでは予想をするのも難しい。
 だから聞き返す。どういう理由で私に付き合ってくれたのか。ちゃんと知りたいから。大好きな彼が私と一緒に来てくれた理由を。普段なら考えられない事だから尚更。


「オレはお前が、お前の事が……好き、だから…………」


 それもあまり大きな声ではなかったけれど、今度はきちんと聞き取れた。けれど、予想外過ぎるその言葉に私は驚いた。
 そんな、まさか。サスケ君が私の事が好きだなんて。確かに最初の頃よりは私達の関係も進歩したと思っている。それでも、あのサスケ君が私を好きだなんて考えられなかった。そうなったら嬉しいとはずっと思っていたけれど、それが現実になるなんて。


「本当に…………?」


 信じたいけれど本当なのかと疑ってしまう自分が居る。勿論本当であって欲しいとは思っている。だって、これが現実なんてそれこそ本当に夢みたいだ。


「……こんな事で嘘を言っても仕方ないだろ」


 つまり、本当に好きだということ?
 まだ信じられない気持ちもあるけれど、彼こんなことで嘘を吐くような人でないことは分かっている。それに今、嘘じゃないとはっきり言ってくれた。
 ずっと、ずっと想い続けてきた恋。一方通行だった恋。そんな恋だったのに、今やっと。この恋が実ったのかな? 私の気持ちが彼に通じたって事なのかな?
 本当にこれは現実で夢じゃないんだ。


「ずっと好きだった。最初は他の女と同じでウザイって思ってた。けどいつからか、お前の事ばかりを見ている自分がいて。オレはお前の事が好きだって気付いた」


 彼の偽りのない本当の気持ち。サスケ君はそんな風に思ってくれてたんだ。
 最初はウザイと思われてたっていうのは分かってた事とはいえ少しショックだったけれど、そんな思いも次の言葉を聞いてすぐに消えた。私の事ばかり見ていたなんて知らなかった。私はいつもサスケ君ばかり見てたけれど、全然気が付かなかった。
 でも、私が気付かないだけでサスケ君は私の事を見ていてくれたんだ。こんなにも嬉しい事なんてないだろう。大好きな人にこんな事を言ってもらえるなんて。


「有難う、サスケ君。私、すごく嬉しい……」


 夢みたいな事。だけどこれは現実。この現実の世界で言ってもらえた事なんだ。本当に嬉しい気持ちでいっぱいだ。こんなに幸せで良いのだろうか。
 今日は幸せな事ばかりで夢だと思ってしまうような出来事ばかり。大好きな彼と一緒に過ごせて、更には長年の恋が実って。あんみつが目的だった筈なのに、今はもうあんみつがオマケみたいなもの。あんみつをタダで食べられるのなんてどれだけ小さな事だろうか。想い続けてきた恋と比べれば、それは本当にちっぽけな事でしかない。


「私も、サスケ君の事、好きだよ」


 忍者学校の頃からずっと好きだった。この想いを受け取ってもらえるように努力していた日々。一方通行だった恋。そんな恋が今やっと実った。サスケ君も私の事を好きだと言ってくれた。いつからか私を見ていたんだって。
 そんな嬉しい事、生まれて初めてだよ。大好きな彼と一緒に過ごした一日。そして、想い続けてきた恋が実った日。それは全て今日という日。

 サスケ君、今日は有難う。これからも宜しくね。
 そして、私はいつまでも貴方が好き。貴方に抱くこの想いはいつまでも変わらないから。










fin