「サスケ、明日お前に就いてもらいたい任務があるんだけど」
補佐の仕事をしながらそう言われて「何でしょうか」と形式上の敬語で返す。すると金髪の男は手元の書類に判子を押したところで手を休め、こちらを見て続ける。
「明日の四時半くらいに里の外れにある高台に行って欲しい」
「高台? あそこには何もないだろ」
「まあ詳しいことはそこで聞けってばよ」
結局ナルトはそれ以上任務の内容を語ることはなく、その後はいつも通りにそれぞれ火影の仕事と補佐の仕事を全うした。
どうして何もないような高台に集合なのか。指定された時刻も日が昇るか昇らないかのような時間、どんな内容なのかも分からなければ誰と組むのかも聞いていない。単独任務でないことだけはその場で話を聞けと言われただけに分かるがそれだけだ。
思えば、あの時もう少しちゃんと話を聞いておくべきだったのかもしれない。
そうすれば少なくとも、こんな馬鹿げたことに付き合う羽目にはならなかっただろう。
君だけの特別任務
「………………」
翌日、指定された時刻に高台へとやってきたサスケはそこに居た予想外の人物に言葉を失った。
どうしてお前がここに居るんだと聞きたかったが、それよりも先に「よう、サスケ」なんて声を掛けては時間通りだなと一人で喋っている火影様になんとなく状況を察してしまった。というよりは、他にこの状況の説明がつかなかった。
「……任務の話は嘘か」
何を言うべきか迷って出てきたのはそれだった。自分と目の前の男以外、この場所には誰も居ないのだ。それはそうだろう。ここは里の外れにあるような場所だ。元々人の出入りも少ない。
だが、それは違うとナルトは否定する。確かにここには自分とサスケ以外には誰も居ないけれど任務があって呼んだのは事実。
それならなぜ火影がここに居るのか。まさか火影自らが任務に赴くつもりかと思ったが、どうやらそれも違うらしい。ナルトがこの場に居るのは、サスケに任務を伝える為。
「オレはお前に任務の内容を伝えに来ただけだってばよ」
「それなら昨日あの場で話せば良かっただろ。何でわざわざこんな場所に呼び出す必要がある」
サスケの言い分は尤もだ。しかし、ナルトにも言い分はある。意味もなく呼び出して任務を伝えるような真似を仮にも火影がするはずもない。
――だが、後に理由を聞いたサスケはこの行動自体。火影のするようなことではないと呆れることとなる。けれどやはりサスケの言うことが正論だった。
「何でって、今回の任務の依頼主はオレだし」
一体この火影は何を言い出すのか。思わず「は?」と間抜けな声が漏れる。火影自身が依頼主とはどういうことか。そもそも、それなら今回の任務内容というのは……。
もはや嫌な予感しかしない。どうして昨日の自分はきちんと火影から話を聞こうとしなかったのかと今更ながらに悔やむ。かつては意外性ナンバーワンと言われていた里長が何を考えているのか全く分からない。
「…………一応聞くが、任務内容は何だ」
聞かなくてもくだらないことだろうことくらいは予想出来る。火影自ら、というよりはナルト個人の任務依頼。おそらく、ほぼ確実に命の危険もないような平和な依頼だろう。むしろ依頼にすること自体がおかしいような内容としか思えない。そして、悲しいことにその予想は見事に的中していた。
「今日一日、オレに付き合って欲しいんだってばよ」
これはまた直球過ぎる依頼内容だ。まずこれを依頼だと言ってしまって良いのかも疑問だが、ナルト自身が依頼だと言っているのだから依頼なのだろう。
こんなことをわざわざ依頼として回すなと言いたいところだが、こうでもしなければ付き合ってくれないだろうとはナルトの意見。だからといって依頼にまですることはないだろうと思うけれど、今から取り下げろと言ったところでナルトが素直に頷くとは思えない。いや、だがしかし。
「ちょっと待て。付き合って欲しいってお前、自分の仕事はどうした」
「それなら大丈夫だってばよ。昨日までにやれることは終わらせたし、サクラちゃん達の許可も取ってるから」
要するに今日は休みだから気にするなという話らしい。気にするなと言われても火影がこんなことで休みを取って良いものなのか。火影だって一人の人間だと言われればその通りだが、どうしてサクラ達もこれを認めてしまったのか。自分に知らされなかったのは、聞いたら絶対に却下されると思ってのことだろうけれど。
「そういう問題じゃないだろ。付き合って欲しいなら今度付き合ってやるから、こんなくだらねぇことしてんじゃねぇよ」
「くだらなくねぇってばよ! 今日はお前に仕事させねぇって決めてんだよ!」
「仮にも火影なんだから自分の仕事くらい…………」
そこまで言ってサスケは言葉を止めた。
目の前の彼も今では立派な火影で、火影なら火影らしく。デスクワークが苦手だろうと自分の仕事をきちんとやれと言うつもりだったのだが、ナルトが今しがた言ったばかりの言葉を頭の中で復唱する。
今、コイツは仕事をしないのではなくさせないと言ったのだと、理解するまで数秒。サスケに仕事をさせないということはつまり、休暇を与えるという意味なのだろうか。
「オレに仕事をさせないっていうのはどういう意味だ」
「そのまんまだってばよ。普通に休めって言ってもお前はぜってー聞かねぇじゃん」
だから任務という形で依頼した。これが全てだ。
特に隠しもせずに全部答えられてサスケは呆気にとられる。それだけの為に火影が任務を依頼するなとか、どうしてお前まで休みなのかとか、なぜそんなことをしようと思ったのかとか。
言いたいことは沢山あったけれど一度に聞くことは不可能だ。この状況を理解してもその意味は理解出来ず、結局口から出たのは「何で……」という問いだけ。それを聞いたナルトはニカッと笑って答えるのだ。
「だって今日はお前の誕生日だろ?」
言われるまですっかり忘れていたが、そういえば今日は七月二十三日。サスケの誕生日だ。
誕生日だからこそ、この日くらいは休んでも良いのではないかと思った。というより、いつも火影の補佐として。それから里の上忍として任務に就いている彼は忙しそうにしている。こういう時くらい休むべきだと、そう話したナルトにサクラをはじめとした上層部も同意してくれた。だからこそナルトは今ここにいる。
「あ、ほらサスケ! こっちに来いってばよ!」
返事も聞かずに手を引くナルト。後ろで「おい」と声を掛けられたが「いいから」と有無を言わさずにそのまま高台の先まで移動したのとほぼ同時だろうか。東の空から太陽が昇った。
「誕生日おめでとう、サスケ」
それから生まれて来てくれてありがとう。ナルトは青い瞳を真っ直ぐに向けて伝えた。
その時、サスケはここにきて初めて今回の任務の集合場所と集合時間の意味に気が付いた。何もないようなこの場所に朝早くから呼び出された訳はこれだったのだと。
火影が何しているんだとは思った。けれど、その火影だって元は木ノ葉隠れの一人の忍に過ぎなかった。昔は忍者学校に通っていたし、三人一組を組んで任務に就いていた頃だってあった。それから中忍になり、上忍に。
昔から何も変わっていないこの火影のことをサスケはよく知っていた。そう、こういう奴なのだ。うずまきナルトという人物は。火影になっても本当に変わらない。サスケを含めた上層部が常々思っていることだが。
「……こんなことの為だけに依頼なんて出してんじゃねぇよ、ウスラトンカチ」
「だから、そうでもしないとお前は――――」
「けど」
またくだらないと言われるのだろうと思って否定をしようとしたところで遮られる。黒の双眸が青と交わったかと思うと、彼は口角を小さく持ち上げて。
「ありがとう」
そう言って笑うサスケにナルトは目を丸くした。あのサスケが――という言い方は失礼かもしれないが、こんな風に素直に感謝の言葉を口にされるとは思わなかった。勿論、それは嬉しくてすぐに笑みを浮かべると「おう!」と答えた。
「だが、任務の依頼は取り下げろ」
「何でだよ!?」
このような馬鹿げた任務を認めてしまった連中もどうかと思う。休みが少ないのは他の奴等だって同じなのだ。誕生日だからという理由だけでこの火影の馬鹿な話を受け入れた仲間達も馬鹿なんじゃないかと思う。それもこの火影を筆頭に、自分も含めて。
任務は任務だと主張するナルトに馬鹿がと言えばすぐ反論されたがそれはいつものこと。昔からそうだ。今はあの頃ほど言い争いもしなくなったが、きっとそれはこの先も変わらないのだろう。
「こんなくだらない任務があって堪るか。代わりに一日くらい休暇を貰った方がマシだ」
文句を言おうとしていたナルトがぴたりと止まる。続けるように「どうしますか、火影様?」とわざとらしく敬語で尋ねれば、それ以上はナルトも言い返せなくなったようだ。そういうことなら、と任務を取り下げて今日一日を休暇とすると言い換える。
本来なら事務的な手続きも必要なところだが任務の内容が内容だ。しかも火影自らが依頼人で、その火影も本日は休み。サスケも事実上は休みのようなもので、元から正式な手順を踏んでの依頼という訳でもないからこれだけで十分だろう。
「今日は一日、オレに付き合うのか?」
「そのつもりだけど、嫌なのかよ」
「誰もそんなことは一言も言ってねぇだろ」
言いながら伸ばされた白い指先はナルトの頬に添えられる。そしてそのまま唇を重ねた。
それから自然な動作で離れると「今日は一日付き合ってもらうからな」と言い直され、それを聞いたナルトもまた「勿論だってばよ」と答える。
さて、一日はまだ始まったばかり。
二十時間を切った残りの時間をどのようにして過ごそうか。
fin