「シカマル!」
呼ばれて振り返れば、そこには見慣れた金髪。走ってこちらに向かってくる様子からして、どうやら追い掛けてきたところのようだ。
「どうした。何か用でもあったか?」
用があるからこそ追い掛けてきたのだろう。その用が何かさっぱり分からなかったからこうして質問をしたわけだ。今日は部活があると言っていた気がするが、もう終わったところなのだろうか。
「いや、お前が帰るのが見えたから追い掛けて来たんだってばよ」
お前また寝てただろうと言われてシカマルは「まあな」とだけ返した。気が付いたらこんな時間になっていて、そろそろ帰るかと教室を出たのがつい数分前。
そんなシカマルをナルトは偶々見かけたのだ。いつもならもっと遅くまでやる部活だが、今日は顧問に用事があるとかで早くに切り上げられた。だからそれなら一緒に帰ろうとこうして後を追ってきたというわけである。
「そういやシカマルってば、今日誕生日なんだって?」
授業の合間の十分休みの時だったか。彼の幼馴染であるチョウジがそんなことを言っていたのを思い出して尋ねる。だが、本人は忘れていたのか「そういえばそうだったな」と適当な相槌を打った。自分の誕生日のことだろうとは思ったけれど、シカマルならこの反応でもおかしくはないかとすぐに思い直す。
「へえ、誕生日おめでとう」
「おう、ありがとな」
誕生日といえばお決まりともいえるようなやり取りをしながらいつもと同じように帰り道を歩く。このことを知るのがあと数日早かったのなら誕生日を祝う為に何かしら準備も出来たが、当日では何も用意はしていないのだ。手元にある物で渡せるようなものもないし、そんな適当な物をもらっても嬉しくもないだろう。
でもせっかく今日が誕生日だということを今日の内に知ることが出来たのだ。それならやっぱり何かしら祝いたいと思うのは、それだけ相手のことを想っているからだろうか。
「誕生日なんだし、何か欲しいモンとかねぇのかってばよ?」
男子高校生がそう高い物を買えるわけではないが、シカマルならそんなことは言い出さないだろう。こういう物は自分で考えるべきなのだろうが、目の前に本人が居る上にもう当日だ。聞いた方が早いし、どうせなら欲しい物を渡す方が良いだろうという結論だ。
とはいえ、いきなりそんなことを聞かれても困るというのがシカマルの心境だ。欲しい物と一言で言われてもぱっと思い浮かぶ物はない。
「急にそんなこと言われてもよ……別に何もいらねぇけど」
「それじゃあお祝いにならなねぇだろ」
「いや、さっき祝ってもらったし」
おめでとうという言葉なら既に受け取っている。だがナルトはそれだけでは満足してくれないらしい。年に一度の誕生日なのだから遠慮せずに言えと。そう言われたところで遠慮しているわけでもないのだけれど。
「はあ……。じゃあ、お前だったら何が欲しいんだよ」
急に言われても答えられるのかという意味で言ったのだが、すぐに「ラーメン」と出てくるあたりはナルトらしい。お前はラーメンがあればそれで良いのかと言いたくなるけれど、好きだからいくら食べても良いのだろう。実際、三食ラーメンでもいけるような奴だ。
それでシカマルは何が欲しいんだと再び問われ、仕方なく思考を巡らせる。ナルトのように何か食べ物でも答えておけば良いのだろうか。何でも良いから答えなければ納得してくれないだろうことだけははっきりしている。
「あー……それじゃ酢こんぶで」
「酢こんぶって、コンビニとかで売ってるあれか?」
それだと肯定すれば、本当にそれだけで良いのかと聞かれる。お前だってラーメンだと答えただろうと返せば、まあシカマルが良いならと納得してくれた。
これが逆の立場だったならシカマルもナルトに同じことを言っただろう。けれどそれが彼の好きな物だから本人が良いと言うなら良いことにする。まず今回の場合はわざわざ物を用意してくれなくても構わなかったのだが、話が纏まったのだからこれもまた良いということにしておこう。
□ □ □
「でもさ、もっと何か欲しいモンってねぇの?」
通り道にあったコンビニに寄った後、再びそう尋ねてくる友人に本日二度目の溜め息が零れる。彼の中では誕生日イコール何かを贈る日にでもなっているのだろうか。
「だからオレは祝ってもらえただけで十分だっつーの」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ」
全く、たかが誕生日の話がここまで長くなるとは思わなかった。けれど、今度のはナルトもただ気になったから聞いてみただけのようでそれ以上は何も続かなかった。どうやら漸くこの話も終わりを迎えたようだ。
欲しい物なんてそう簡単に出てくるものでもないよなと空を見上げながら思う。空はオレンジ色に染まっている。ぼんやりとそれを眺めながら、ふと頭に思い浮かんだそれを口にしたのはただなんとなく。
「そんなに聞いてくるけどよ、もしオレがキスして欲しいとか言ったらどうするんだ?」
これも物ではないけれど、これは一つの例えだから良いだろう。そもそも物でなければいけない決まりもないけれど。もしそういうことを言っていたとしたら、ナルトはどうしたのか。
「は!? え、っと……シカマルが欲しいなら?」
「…………欲しいって言ったら?」
ナルトはシカマルの言葉が予想外だったのだろう。だがシカマルもそんな答えが返ってくるのは予想外だった。だからついこんなことまで聞いてしまった。
別に本当にして欲しいという話ではない。これはあくまでも例え話だ。してもらえるのならそれで嬉しいけれど、いくら二人が付き合っているとしてもこんな場所でナルトがキスなんてするわけがない。
そう、思っていたのだが。
「これで、良いのかよ」
顔を赤く染めながらそう問われた。
先に言い出したのはシカマルの方であったが、ただの例え話が現実になるなんて思いもしなかった。そのせいか、ナルトの問いへの返答も少しばかり遅れて「お、おう」と戸惑うようなものになってしまう。
それからはといえば、お互いに黙ってしまって変に沈黙が生まれる。普段通りにと思っても何を話したら良いものか。そう考えていた時、突然「あ」と声を上げたのはナルトだった。
「オレ借りてたCD返さなくちゃいけなかったんだってばよ! だからこっち行くな」
続けて「じゃあまた明日!」と言ってナルトは右に曲がって走る。そんなに急ぐ必要はないのだろうが、この空気に耐えられなくなったのだろう。とはいえ、正直なところシカマルもどうしたら良いのか悩んでいたから助かった。
「まさか本当にやるなんてな……」
誰も居ないところでぽつりと零す。ただ思いついたことをナルトの反応が気になったから口にしてみただけだったというのに。しかし、これは予想外だったけれど嬉しいプレゼントをもらってしまった。
(今度、アイツの誕生日を聞いておくか)
ナルトもシカマルの誕生日を知らなかったが、シカマルもまたナルトの誕生日を聞いた覚えがなかった。本人に直接聞くのもあれだから、知っていそうな友人にでも聞いてみることにしよう。そして、彼の誕生日にはラーメンとプレゼントを用意しようか。
九月二十二日。自分でも忘れていたような誕生日。
当日に知った彼は嬉しすぎるほどのプレゼントをしてくれた。彼の誕生日には自分がもらったもの以上のモノを贈れるように準備しよう。彼に喜んでもらえるように。
君が欲しいモノは
(さて、何が良いか考えるとしようか)