太陽が沈み月が昇る。刻一刻と一日の終わりへと近付いている。
 里の中心部では大人達が居酒屋で杯を交わし、焼肉屋などには家族連れの客がみんなで一つのテーブルを囲んでいる頃だろうか。同期のとある人物が大好きなラーメン一楽もこの時間は繁盛していることだろう。
 それも少し外れたところまで出れば一気に静かになる。河原なんかは特にそうで人の気配すら殆どない。夕飯時にこんな場所に来る人なんて滅多に居ないだろう。かくいうキバも任務が終わった帰りにここを通っているのであって、それ以外に理由はない。


「今年はまた綺麗に晴れたもんだな」


 空を見上げてぽつり、呟いた。眼前に広がるのは丸い月と無数の星。日中も晴れていたが夜まで天気が崩れることもなく、今日は夜空を楽しむにはもってこいかもしれない。
 といっても、キバは天体に興味があるわけではない。けれど今日は普段あまり空なんて気にしない人達もこうして空を見上げているのではないだろうか。
 なんせ今日は七月七日、七夕といえば織姫と彦星の七夕伝説で有名だ。忍者学校ではみんなで短冊を書いたのではないだろうか。自分も昔は短冊を書いた記憶がある。何と書いたのかまでは覚えていないけれど。


「これなら織姫と彦星も何の心配もなく会えるだろ」


 年に一度だけ逢引を許された日。これだけ晴れていて会えないということはないだろう。今頃はこの空の上で顔を合わせているのかもしれない――なんて、考えるのは単純に帰り道が暇なだけだ。
 やっと任務が終わったのだからさっさと家に帰りたいような、そうでもないような。そんな曖昧な気持ちで真っ直ぐ家に向かう気にはなれず、少し遠回りになるがこの河川敷を歩いているというわけだ。


(年に一度しか会えないって言っても星の一生から考えれば大したことないんだよな、確か)


 忍者学校時代のことだろうか。面倒くさがりの友人が短冊を書くことになった時、そんな話をしていたような気がする。なんでわざわざ短冊なんて書かなければいけないのか、大体織姫と彦星はといった風に愚痴っていた覚えがある。


(それに比べて)


 はあ、と溜め息を一つ。
 比べること自体がおかしいのだが、そんな織姫や彦星だって空の上で再会を果たしているというのにこちらは夜道を一人で歩いている。寂しいというわけではないけれど、と内心強がってみるがやっぱり寂しいと感じてしまう部分もある。
 どうしてと言われれば、空では恋人の二人が会っているのにこっちは一人だからと説明すれば通じるだろうか。一日や二日、ましてや忍なのだから一ヶ月会えないことだってあるだろう。その度にこんなことを考えるわけではないが、しいて言うなら里に居るからこそ考えてしまった。


「これならもう二、三日くらい任務で外に居たかったぜ」


 そう、里に居るからこそ会いたいと思ってしまう。会える距離に居るからこそ。
 これが逆に絶対に会えない距離だったのなら全く……とはいわないが、そこまで気にしなかっただろう。これでも今では木ノ葉の上忍だ。たかが好きな人に会えなかっただけで悲しんだり寂しがったりなどしない。
 と、そんなことを考えても仕方がないことは分かっている。予定より早く任務が片付いて里に戻ってこられたというのは悪いことではない。たった一日、気にするようなことでは――――。


「キバ君!」


 聞き慣れた、聞きたかった声が自分を呼ぶ。その声にばっと振り返れば、黒髪を揺らしながら一人の女性が目の前まで走ってくる。


「ヒナタ! どうしたんだよ、何かオレに用事でもあるのか?」

「あ、ううん。そうじゃないんだけど」


 それなら何なんだと疑問を浮かべるキバに、用事というほどの用ではないけれど会いたくて探していたのだと彼女は答えた。
 だけど本来の帰還予定日は数日後で、キバが彼女に伝えていたのもその日にちだったはずだ。どうして知っているのだろうかと思ったが、どうやら偶然会ったナルトが教えてくれたらしい。それでわざわざここまで来てくれたのだとか。


「なかなか見つからないからどうしようかと思ったんだけど、会えて良かった」


 そう言って笑った彼女を見てほんのりと頬が染まる。笑っている顔が可愛いとかそんなことを思ってしまったが、彼女は自分を探すだけの用があってここに来たのだ。とりあえずそれを聞く方が先だろうとキバは話を促す。


「んと、それで結局何の用なんだ?」


 言えば彼女は手に持っていた小さな鞄から何かを取り出した。そして、真っ直ぐにキバを見つめてにこっと笑う。


「誕生日おめでとう、キバ君」


 今日、七月七日。世間では七夕だと盛り上がっているが、その日は同時にキバの誕生日でもあった。だからこそ織姫と彦星でさえ今日は会っているのに、などということを考えてしまった。
 会いたいのなら会いに行けば良いだけの話ではあるが、里に戻ってきたのが昼ならまだしもすっかり暗くなってしまった時間。そんな時間に会いに行くのは流石に迷惑だろうと諦めていたのだが、まさか彼女の方から自分を探しに来てくれるとは思わなかった。


「その為だけに、オレを探してくれたのか?」

「うん。任務があるって聞いた時は仕方がないと思ったんだけど、帰って来てるって聞いたら今日中にちゃんと渡したくて」


 だから、と渡されたそれをキバは「サンキュ」と受け取る。
 もしかして、会いたいと思っていたのも自分だけではなかったのだろうか。そうでなければ誕生日だからという理由だけで里のどこに居るかも分からない相手をこんな時間に探し歩いたりしないだろう。そういえば、会うのは二週間振りくらいだっただろうか。


「あ、任務で疲れてるのに引き留めちゃってごめんね」

「気にすんなよ。疲れなんてヒナタに会えてぶっ飛んじまったぜ」

「も、もう、キバ君ったら…………」


 だってオレはヒナタに会いたいと思ってたから、と思ったままに伝えるとみるみるうちに彼女の頬が赤く染まっていく。こういうところは昔から変わらない。
 そんな彼女の反応がまた可愛いなと思いながら「そうだ」とキバが声を上げる。その声にヒナタが伏せてしまった顔を僅かに上げるのを見てこの後の予定を尋ねる。特に用事もなかったヒナタが「何もないけど」と答えるのを確認してキバは続ける。


「じゃあどこかで夕飯でも食べねぇか? それとももう食っちまった……?」

「まだだけど、良いの? キバ君、任務で帰ってきたばかりだよね?」

「良いって。別に疲れてなんてねぇし、まだヒナタと一緒に居たいしさ。どうだ?」

「えっと……そういうことなら」


 私ももう少し、キバ君と一緒に居たいと思ってたから。
 そう話すヒナタに思わず笑みが零れる。それじゃあ決まりだな、とキバが足を進めればヒナタも隣に並んで歩き始める。
 何か食べたい物とかあるかと話しながら静かな道を二人きりで。空の上でも織姫と彦星が二人きりで特別な時間を過ごしているのだろう。








(誕生日だから余計に会いたくて)
(誕生日だから今日中に会いたくて)


-特別な日に特別な人と、特別な時間を-