これで二回目となる今日。正確には二回目ではない。二回目というのはサスケの兄、うちはイタチが里に帰ってきてから二回目という意味だ。何の回数かといえば七月二十三日がきた回数だ。
 七月二十三日――それはサスケの誕生日。イタチにとっては大切な弟が生まれた特別な日だ。数週間ほど前から誕生日はどうやってお祝いをしようかとずっと考えているほどだ。だがその答えはなかなか見つからず、とうとう何も準備が出来ないまま二十三日を迎えてしまった。








 朝、任務に向かうサスケを見送る。いつもならイタチも任務へ出るところだが、本日の任務は夜中のため家を出るのも月が空に浮かんでいる時間だ。つまり今日一日は家にいられるようなものでもある。
 家にいるとなればまずは家事を終わらせなければならない。手際よく家事を済ませながらイタチはここ数週間ほどずっと悩んでいることを考えていた。これだけ時間をかけて考えても答えは見つからない。簡単に見つかるようなことでもないが、かといって時間をかけすぎるのも考えものだ。お蔭で何も用意が出来ないまま今日という日を迎えてしまった。


「誕生日、か」


 カレンダーを眺めながらポツリと零す。そこに示されている日付は間違いなく七月二十三日、サスケの誕生日である。ついでに時計に視線を向けてみると時刻は昼になろうとしている。一通りの家事を終わらせてからも考え事に没頭していたわけだが、この調子では一日中こうして過ごしてしまうことになりかねない。
 それはいくらなんでも困る。考え事に時間が費やされてしまうのは良い。大切な弟の誕生日のことなのだから適当にただ祝うだけにはしたくないのだ。けれど、考えてばかりで祝うことすら出来なければ本末転倒である。


「何も用意出来ないまま当日を迎えてしまったが、今年はどうするか」


 考えるのに使える時間は残り少ない。当日の、しかも昼になろうかという時間。ここからは一分一秒でも無駄には出来ない。
 どんなことをすればサスケは喜んでくれるだろうか。誕生日という年に一度の特別な日を特別だと思えるような、思い出に残るような日にするにはどうしたら良いのか。普通に祝うだけではイタチの方が納得出来ないのだ。

 去年の誕生日はわざわざ休暇を申請して弟の誕生日を祝う準備をした。プレゼントに悩んだのは去年も同じだったが、誕生日といえば料理も忘れてはいけないととりあえず買い物に行った。そこでサスケの好物を作るための材料と誕生日らしい少し豪華な料理の材料を購入した。
 その道中で誕生日プレゼントを決め、弟が帰ってくる前に準備を全て終わらせて任務から帰ってくる彼を待った。自分の誕生日だということさえ忘れていたサスケはテーブルに乗っている料理の数々に驚いていたが、喜んでもらえたようでイタチも嬉しかった。


(去年と同じというのもつまらないしな)


 つまらない、という表現はおかしいかもしれないがどうせなら今年は今年できちんとお祝いがしたい。あれは去年のイタチが考えたお祝いなのだ。料理を普段より豪勢にするという点は変わらないにしても何もかも同じでは祝う気がないようにも取れる。
 勿論、イタチはサスケの誕生日をちゃんと祝いたいからこそこうして悩んでいるのだ。だからたとえサスケがそれで喜んでくれるとしてもそれは選べない。
 きっとあるはずなのだ。去年とは違う、誕生日を祝うにふさわしいものが。サスケに喜んでもらえるようなことが絶対にある。


(そういえば、昔…………)


 良い案が浮かばずに小さい頃はどんな誕生日にしていたかを思い返していた時だった。あれはいつのことだっただろうか。
 それは誕生日の出来事ではないけれど、弟と一緒に過ごした大切な思い出の一つ。確かあの時、そう思いだしてイタチは立ち上がる。決まらなかった誕生日プレゼントが漸く決まったのだ。この答えに辿り着くまでかなりの時間を要してしまったが、今から準備をすれば十分間に合うのだから問題はない。

 そうと決まればまずはやるべきことを片付ける。商店街にも赴いて食事の支度も全部済ませ、一通りのことを終わらせるとイタチは家を出た。



□ □ □



「明日もいつもの場所に八時集合だ」


 今日も相変わらずDランク任務ではあったが、下忍である彼等にDランクが回ってくるのは当然のことである。それは仕方がないとしても集合時間通りに集まった三人より二時間も遅刻してくる担当上忍の方は問題だろう。集合時間を言うのなら自分が遅刻しない時間にしてくれと七班全員が思っている。ナルトとサクラに至っては直接声にも出しているが、悲しいことにカカシの遅刻癖が改善される様子は見られない。


「じゃ、今日はこれで解散」


 明日こそは遅刻せずに来るようにと二人が言うのを聞いているのかいないのか。おそらく適当に聞き流して解散の合図をするとカカシは瞬身で姿を消した。任務の報告に向かったであろうことは分かっているが、ナルト達からすれば逃げたと捉えられても仕様がない。実際、それも間違いではないだろう。
 残されたナルト達は少しの間話をしていたもののその後は比較的すぐに別れた。ナルトは修業をすると張り切って走り去り、サクラは真っ直ぐ家へと帰るらしい。サスケもいつもなら修業に行くところだが今日は兄が家にいるからと帰る――つもりだったのだが、目の前に現れた影に思わず足を止めた。


「兄貴……!?」


 どうしてこんなところにいるんだと言いたげな視線を受けながらイタチはそこに立っていた。サスケの疑問はもっともだ。任務が終わったところへタイミングよく、というのはイタチがその頃を見計らっただけなのだがサスケがそれを知るはずもなく。困惑した様子の弟に小さく笑みを向けたイタチはここに来た目的を伝える。


「サスケ、これから行きたいところがあるんだ。少し付き合ってくれないか?」


 それがイタチがここにいる理由であり目的だ。その内容は意外なものだったが、それなら今ここにいることにも納得がいく。一体どこに行くんだという疑問が新しく生まれたが、こういう言い方をしているということは聞いたところで教えてはもらえないのだろうと長い付き合いでサスケは理解していた。


「別に良いけど、兄貴がそんなこと言うなんて珍しいな」

「そうか?」


 どこかに出掛けようと誘われることも少ない。任務で忙しいというのもあるが、昔からそう多くはなかったとサスケは思う。それもやはり任務があったことも関係しているだろうけれど、小さい頃はサスケの方から一緒に出掛けたいと誘ったり修業を見て欲しいと頼んだりすることが多かった。とはいえ、イタチから誘われたことがないわけではない。ただ数が少ないというだけだ。

 行くかと声を掛けられてサスケは兄の隣に並んで歩く。こうして二人で出掛けるのも久し振りのように感じる。実際、ここ最近は擦れ違うことも多くかれこれ数ヶ月振りくらいにはなるかもしれない。
 一体イタチがどこに付き合って欲しいのかは分からない。けれど、方向からしてうちはの集落のある方へと向かっているようだ。どこかに行くということはこの方向でも家に帰るわけではないのだろうが、里の外れということもあり目的地が見えてこない。果たして兄はどこに行くつもりなのだろうか。



□ □ □



 話をしながら歩くこと数十分ほど。そこでやっとイタチの足が止まった。つられるようにサスケも足を止めると、そこには――――。


「これは…………!」


 眼前に広がるのは小さな光の数々。一つ一つはとても小さいけれど、幾つも集まって辺りを照らすには十分の明るさとなっている。この光景をサスケは昔見た覚えがある。


「ここの水は昔から変わっていないようだな」


 うちはの集落のすぐ近くに流れる南賀ノ川。この場所には幼い頃何度も遊びにやってきた。その殆どが兄と一緒だった。ここから数分のところにある南賀ノ神社にも片手では数えられないくらい訪ねたことがある。二人にとっては思い入れの深い場所だ。
 そして、この光景と記憶の中にある思い出にぴったり重なるものが一つ。あの時はまだ夏の始まりぐらいの時期だったが、どうして兄がこの場所にやってきたのかという疑問の答えは既にサスケの中で出ていた。


「あの約束をまだ果たしてなかったからな」


 あの時、昔この場所に来た時のことだ。いつもなら昼間に遊びに来るここに一度だけ夜にやってきたことがあった。その時に“またここに来よう”と約束したことはサスケの記憶にもしっかりと残っていた。


「覚えてたのか!?」

「当たり前だろう」


 その約束をしたのはサスケの方からだった。サスケ自身はそんな約束もしたなと覚えていたのだが、まさか兄までこの約束を覚えているとは思わなかった。何せ今から七年も前の話だ。
 だが、イタチからしてみれば覚えていて当然のこと。これは大切な弟とした約束なのだ。忘れるわけがない。結局その約束が翌年移行に叶えられることはなかったが、あれから一族は滅びイタチも里を抜けたのだから叶えられるわけもなかった。

 それが七年の時を経て漸く果たせる時が来た。もう忘れられているかもしれない。けれどイタチにとっては弟とした大事な約束で、だからこそ二人でこの場所に来たかった。


「あの時の約束通りとはいかないが、またお前とこの景色が見たかった」


 兄の言葉はそのままサスケの気持ちでもあった。叶うことのない願いだと分かっていても忘れることのなかった約束は、それだけサスケにとって大事な約束だったから。イタチにとってもサスケにとってもそれは同じだったのだ。
 小さな光が飛び交う様子を眺めていた黒の双眸が隣へと動く。その視線に気付いたサスケもまた蛍から視線を外して兄を見る。かちあった二つの黒。イタチは柔らかな笑みを浮かべて告げる。


「誕生日おめでとう、サスケ」


 昔の約束を果たすことがプレゼントというのも変かもしれない。しかし、約束をしてそのままになっていたそれをきちんと果たしたかったのだ。何より、この光景をもう一度二人で見たかった。


「また来年も、再来年も。一緒に蛍を見よう」


 続けられた約束に心の内がじんわりと温かくなるのを感じる。昔の約束を覚えていてくれただけでも嬉しかったというのに、兄はあの時の約束をもう一度しようとしてくれている。今度はイタチの方から。それがとても嬉しくて。


「ああ、そうだな」


 サスケは口元に笑みを浮かべながらそう答えた。
 来年も再来年も、今度こそあの時の約束を本物にしよう。これから先、何度も二人で一緒にこの場所へ。この景色をいつまでも二人で見よう。

 七月二十三日、サスケの誕生日。
 誕生日という日をきっかけに昔の約束を果たしてくれた兄。これがプレゼントというのも変な話だがと言った兄に対してそんなことはないと首を振る。サスケにとってはこれ以上ないくらいのプレゼントだ。こんなに嬉しい誕生日なんて初めてではないかと思うくらい心は幸せで満ち溢れている。


 こんなにも素敵なプレゼントをありがとう。
 やっぱりオレは兄さんが好きだ、と心の中でそっと呟いた。










fin




「サスケ生誕祭」様に参加させて頂いた作品でした。